第22話 喧嘩の果て、つながり直す二人
時が経ち、一週間後の夜。
リアが滞在している部屋を訪れたのは、セドリックだった。
「入るぞ」
「……」
あの日、衝突したまま
まともに話していない。
それでも、セドリックは約束通り現れた。
リアも、何も言わずに目を閉じる。
言葉は交わさない。
ただ、今日も魔力を与えてもらうだけ。
そのはずだった。
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ゆっくり手のひらを離した後。
沈黙を破ったのは、セドリックの低い声。
「お前はいつまで意地を張っているつもりだ?」
その言い方にむっとした。
「意地なんて、張ってないわ」
リアは眉を寄せる。
でも、我慢できない。
「その言い回しが、嫌なの!」
気づいた時には、もう体が動いていた。
シュッ、と腕を伸ばす。
けれど届かない。
「……」
「……」
気まずさに、はぁ……と息を吐いた、その時。
セドリックが反対側の黒い手袋まで外し、
無言で両手を差し出した。
「……え?」
その手を見た瞬間。
胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れる。
バシッ
「ほんとに、もう……!」
強く叩くたび、言葉にならない感情が零れていく。
もう一度。
何度も。
彼は一度も避けない。
(なんで……)
少しずつ力を弱めた。
手が触れたまま……しばらく離せなかった。
呼吸の音だけが重なる。
「もう、疲れた……」
「……満足したか」
ゆっくり、手を浮かせた。
「……した」
首輪が静かに光り、輪郭が浮かび上がる。
「……そうか」
それを確認すると彼は目を閉じた。
……静かだった。
呼吸の音だけが、やけに近く聞こえる。
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リアはまっすぐ彼を見つめた。
「あなたはどうなの?」
彼は閉ざされた瞼を開いた。
お互いの様子を伺うような時間が続く。
そして彼はゆっくり答える。
「そうだな、俺は……」
彼は片腕を強く握る。
「自分の魔力を、抑えることができない」
その言葉と同時に、表情がはっきりと歪んだ。
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予想外の反応に、リアは戸惑う。
ごくり……息を呑み込んだ。
「……そ、それってどんな風に?」
一拍。
「魔力を使い続けるか、無理やり開放させるしかない」
そう言って彼は上着を脱ぎ、
普段隠している腕を静かに見せてくれた。
火傷のような痕が無数に広がっている。
(まるで、自分で、
自分を押さえつけたみたいな痕……)
その中には、昔のものと思われる手形まで残っていた。
(小さな手が、そのまま大きくなったみたい……)
リアは息を呑み、胸の奥がちくりと痛む。
「あの日、首に触れることは説明した」
「だが……」
「自分の感情を優先して、配慮が足りなかった」
低く押し殺した声。
「結果的に暴走して、
お前の足に怪我までさせて……悪かった」
彼は目を合わせない。
リアは一瞬だけ目を伏せ、小さく首を振った。
「違う!」
「これは……必要だった」
「だから、後悔してない」
リアは傷ついた彼の腕にそっと触れる。
「あなたもそうでしょ?」
彼と目が合った。
意地を張っているわけではなかったと知れて、少し安心した。
セドリックは何も言わずに、ただ目を細めた。
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リアは古い火傷の痕を目で追う。
「今は大丈夫……? 痛くない?」
静かに彼は頷くと、上着を羽織った。
(力の代償……よね)
その時。
ズキズキと刺さる足の痛みで目を強く瞑った。
それを察した彼が光の魔法をかけてくれる。
痛みがふわりと浮くような優しさを感じた。
「……くすぐったい」
彼は静かに、申し訳なさそうに眉を下げた。
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お風呂に入り、侍女に支えられながら部屋に戻る。
ガチャ……中に入ると彼はまだそこにいた。
小さなテーブルの上に、飲み物や軽食が置かれている。
(これってつまり……)
(まだ、話したい。てことよね)
彼の意図を素直に受け入れることにした。
リアはベッドの脇に座り、
グラスに入った水を一口飲む。
彼はその間、萎れていた花にわずかな光を与えてくれた。ゆっくり、元気を取り戻すように花が開く。
(ソフィアがくれたやつ……)
その花を見つめながら、彼に聞く。
「あなたの場合、どうしたら楽になれるの?」
「体……つらいのよね」
彼は花に触れたまま動かない。でも。
「今は……お前との契約がある」
「だから、前より楽に過ごせてる」
そう言って、柔らかな表情を見せた。
三年前の借りを返す……彼はそう言っていた。
だけど。
契約してくれたのは。
路地裏で魔力をくれたのは。
(……私と、彼自身のため……)
その事実に気付き、呼吸が浅くなる。
以前言われた、"受け取るだけでいい"。
その言葉の意味が、今、胸の奥に落ちていく。
「……それは、魔力をくれる時だけ?」
「私が側にいるのは……」
「同じだ」
「息が出来る」
「それだけで……?」
リアはふいに、欠けた赤い石のペンダントを強く握った。それと同時に首輪が一瞬、強く光る。
魔力無しの自分を必要としてくれる人が、いた。
こんなにも近くに。
(なのに、私は……)
「今まで……ごめんなさい」
「あなたに失礼な態度を取ってしまって……」
一度、息を吐く。
(今、全部言ってしまおう)
胸の奥が熱くなるのを感じながら、彼女は告げる。
ひとつ目。
「ずっと嫌な人だと思ってた……」
「事実だろ」
ふたつ目。
「本当は追って来て欲しかった」
「……ああ」
まだある。
「ドレスも……無くしたの……」
「……、」
「……気にしなくていい」
少し、吹かれた。ぶっきらぼうな返事。
それでも声はどこか穏やか。
(許してくれるみたい)
髪の毛がふわり、彼の手の中に収まる。
左右にゆっくり……。熱を帯びた。
「ねぇ、その力……生まれつきなの?」
普通の人なら温存するための魔力を、彼は惜しみなく使う。髪を真っ直ぐに整えてくれていた手が、そっとリアの視界から離れた。
「そうだな……」
「俺は、そのために作られた人間だ」
彼は淡々と語る。
「国の連中は……」
「俺を神話の“救世主”と呼ぶ」
感情を無くすように。
「でも本当は……"光ノ核"」
「あいつらは裏でそう呼ぶ」
黒い手袋を外し、両手を眺めた。
「都合のいい……名前だ」
(……光ノ核……)
それはリアが初めて聞く言葉だった。
「それってつまり……」
「いつか消える」
彼はポケットから小さな赤い石を取り出し、
大事そうに見つめた。
(その石、このペンダントの……)
それをぐっと握りしめる。
一瞬だけ、彼の瞳が赤色に染まった。
「亡くなった母は……それを知っていた」
「でも……俺を産んだ」
「国に騙されたのかもしれない」
「……正しいと思い込むしかなかった」
彼は顔を伏せる。
「……誰も」
「俺の本心なんて知らない」
荒い、呼吸の音。
「……知ろうともしない」
必死に泣くのを堪える顔。
それ以上、口を開かなくなってしまった。
(まだ、私は彼に)
(信じてもらえていない)
(でも、私はもう――)
首元の消えない首輪が、じわり、熱くなる。
そして静かに呟く。
「セドリック……」
ゆっくり立ち上がり、一歩前へ近づく。
「ねえ……」
「もう一回、やり直せる?」
彼は俯き、答えない。
もう一歩。
「あなたのこと、ちゃんと知りたい」
セドリックは顔を上げ――
驚いたように目を見開く。
徐々に、戸惑いの表情へと変わった。
「それは……興味本位だろ」
「また、すぐ逃げる……」
リアは首を横に振る。
「知りたいの!」
思い切り両腕を広げた。
「だから答えてよ」
「……」
もう一歩……
少しふらつきそうになった、その瞬間。
彼も一歩踏み出した。
触れるか迷うように、指先がぴくりと反応し、
腕が伸びかけた、その時。
リアは包み込むように彼を抱きしめた。
——今度は、逃げない。
首元までしっかり近づけて、逃がさないように、腕に力を込めた。
「私がいるからね」
お互いの呼吸が、近くで重なる。
温かい体のぬくもり。
リアは力いっぱい彼を引き寄せる。
「あの時、助けに来てくれてありがとう」
今、彼の体から溢れる魔力に、荒々しさはない。
ゆっくりと熱を帯びている。
彼は数秒だけ戸惑い、一言。
「……もう、いい」
「わかった」
それでも、リアは離さなかった。
彼は息を止める。
長く。
そして――
重りのように感じていた首輪が、
彼の呼吸に合わせるように、
ほどけていく。
静かに。
消えた。
「……これからはちゃんと、話し合いましょ」
「……努力する」
「これで三年前の貸し借りはなしね」
* * *
翌朝、リアは着替えを始める。
(首が軽い……)
(信頼……された、のよね)
思わず笑みが溢れる。
体もだいぶ回復してきた。
(これならきっと大丈夫)
大きな姿見で確認すると――
胸元に薔薇のような模様。
まるで、心臓で生きているかのように。
日々、模様が変わる。
そっと鏡に触れる。
「……大丈夫」
鏡に額を寄せ、
そっと視線を逸らした。




