42:鰻重
それから2日後。ガランドが俺を訪ねてきた。なんでも彼の母親が珍しく起きているとのこと。あの日食べさせたフィッシュバーガーが効いたのではという見立てだった。まあ息子と同じくアゴは外れたらしいんだけど。
「すこブる骨の状態ガ良いようデス」
「やっぱりカルシウムが効いたのか」
「カルシウム……そのよウな栄養素まデ日本は突き止メているのデスね」
まあカルシウムを発見したのは多分日本人じゃないけど。
「それデ、お願イなのデスが」
「分かってる。お母さんを日本に連れて行って、カルシウムの多いご飯を食べさせてやってくれって話だろう?」
「はイ。願わくバ」
「もちろん良いよ。まあ取り敢えず、お母さんが元気なんだったら、挨拶に行きたいね」
どんな料理が良いか、ヒアリングもしたいし。ついでにガランドにも一緒に食べさせて、骨を強くしてやらないとな。本人に言ったら、自分はまだ元気だと突っぱねそうだから、自然な流れでね。
「それデは、行きましょウ」
ガランドがゲートを開く。地道で行くなら、城から飛行魔法で40分くらいの場所だそうだ。遠いような近いような。
2人で転移すると、石造りの小さな家が目の前にあった。なんでも彼の生家を再現しているそうだ。
中へ入ると、すぐに居間のような場所に出た。玄関とかは無いんだな。
「あ」
棺桶が1つ、部屋の隅に鎮座していた。黒檀で出来た、とても上等そうな造りだ。
「もしかして、あの中に?」
「はイ。先程まデ出ていタのデスが、今はまタ入ってイるようデス」
寝てるのかな。と思ったら、俺たちの声を聞きつけたらしく、棺の蓋がズズッと開く。中から骸骨が現れた。
「顔ハあまりワタクシとは似てイませんガ、実母デス」
……似てるけどね。ていうか、スカル軍団全部、俺には見分けつかないけどね。
「ああ……ガランド。お友達かい?」
「昨日モ言ったダろう? 魔王陛下ダよ」
「そうだったねえ……魔王のお友達」
穏やかな口振り。けどあまり俺のことを分かってなさそうな雰囲気だ。
まあガランドとは魔王と臣下という建前はあっても、本音を言えば友達同士という方がシックリくる間柄だと俺は思ってるから、問題は無いんだけどな。
「母ハ、基本的に魔族ノことには疎イのデス」
自分も魔族なのにか。
聞けば、体が悪くなるまでは畑を耕し、自給自足のような生活をしていたそうだ。つまり人間だった頃と変わらない暮らし。そりゃ魔界の事情にも疎くなる。
まあ正直、彼女からはコモンのスカルマンと同じくらいの魔力しか感じられないし、世情に敏くても文官にも武官にもなれないだろう。つまり、ここに隔離してるのはガランドなりの愛だな。
「今日はね……調子が良くてね」
「そうか。それは良かったな」
一瞬、敬語を使いそうになったが。やはり立場的には、こういう口調が適切だ。
そういえば俺、最初はガランドに敬語だったんだよな。魔法の師であり、魔界での理解者であり、遥かに歳上。オマケに恐ろしい程の博覧強記で……まあ敬わない理由無いし。ガランドが魔王になれば良いのでは、と思ったことも一度や二度じゃなかった。
ただそれでも、選ばれたの俺。結局、ガランドにもタメ口でいかせてもらう形になったんだよな。
「なんでかしらねえ……? でも嬉しい」
「母さん、昨日モ言ったガ、魔王様が買っテくださっタ料理のオカゲだ」
「ああ、そうなのかい……?」
うーん。正直、ちょっと脳の方も退化がみられるような。
ガランドの話では元々そんなに教養は無いということだったが……更に150年くらい前から、ちょっと認知も怪しくなってきてるそう。
眠りすぎてるのも原因だと思うけどな。
「取り敢えず、改めて自己紹介だな。俺はルイ。魔王をしている」
「はいはい。アタシはママンドですよ。息子と犬と暮らしてるの」
「母さん、犬ハもう死んダだろう?」
「そうだったかねえ……?」
うーん。これは結構アカン感じか。
というか、ママンドっていう名前なのか。分かりやすすぎだろ。
「ママンド、日本に行ってもっと骨に良い食べ物を食べよう」
「日本とハ、ルイ様の故郷ダ」
「そうなんだねえ……折角だから行ってみようかねえ」
よしよし。乗り気という程じゃないけど、承諾してくれた。
というワケで、彼女が立ち上がるのを補助する。腕に捕まらせて、ゆっくりと……
――ポコッ
うわあ!? 骨が外れて転がってしまった。脆すぎだろ。
「あら、恥ずかしい……少し待って」
恥ずかしいことなんだ、これ。
ママンドが自分の骨を拾い上げ、足の付根あたりに当てる。だが、そこには普通に足の骨があった。外れたのは、違う箇所の骨じゃないか。
「母さん、そレは肋骨ダ」
「そうだったかねえ……」
言いながらも、胸の辺りに1本分空いている箇所へカポッと嵌めた。やっぱり肋骨だった模様。
「だ、大丈夫なのか?」
コレで「骨の状態が良い」とか言われても、にわかには信じられないんだが。
「ええ、ええ……大丈夫。1回で嵌るのは縁起が良いの」
うーん。
まあ取り敢えず、コケないように注意しながら、連れて行くしかないか。縁起も良いらしいし。
………………
…………
……
擬人魔法を掛けて老婆の姿となったママンドを、2人でゆっくりと見守りながら、街を移動する。
「それデ、どちらニ向かうのデスか?」
「ああ、そうだなあ」
本当は煮干しラーメンの名店に行きたかったんだけど、1駅先なんだよな。そこまでは恐らくママンドがもたない。思った以上に脆いし。
……こうなったら、食いたい物リスト最後のアレを狙うか。
「鰻重だな」
高いから1人で来たかったのが本音だが。まあ他ならぬガランドと、その縁者だしな。
「うナじゅー」
「うなじゅー」
母子揃って繰り返すのが可笑しい。
「確かここから少し先に……アワード店があるハズ」
時刻は11時31分。ちょうどオープンしている頃合いだろう。
ゆっくりゆっくりと歩いて、15分もかけて到着。白い京行灯看板に『うなぎ汎町』とある。木造りの引き戸に手を伸ばすと、自動ドアだったみたいで、ひとりでに開いた。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
若い女性店員が訊ねてくるが、俺は首を横に振る。一瞬、ダメかと思ったけど、幸い空席はあるそうで。そのままテーブル席に案内してもらえた。
店内入りは5割程度で、しかし空きテーブルのうち2つは『ご予約席』のプレートが立ててあった。平日昼のビジネス街だし、接待や打ち合わせ用かもな。
「2人とも、俺と同じ注文で良いか?」
「はイ。お任セします」
「はいはい……お願いしますねえ」
ママンドは注文という仕組みを理解できてなさそうだが、まあとにかく。
店員に『上鰻重』を3つでオーダーした。温かいお茶を飲みながら、のんびりと待つ。
「ママンドは、生前はどんな食べ物が好きだったんだ?」
「そうだねえ……野菜ばっかり食べてた記憶しか無いねえ」
「パンも食べテいたダろう?」
「そうだったかねえ……」
おばあちゃん……
「お待たせいたしました。上3つです」
お、速い。ランチタイム前に焼き始めてたのかも知れないな。残念ながら、焼き場はここからじゃ見えないから進捗具合とか分からなかったけど。
「こちらは肝吸いになります。ごゆっくりどうぞ~」
配膳を終えて、店員が去って行く。
お重を見る。ツヤツヤの鰻が輝いていた。美味そうすぎるな。3900円だからな。
「いただきます」
箸も和紙の箸袋に入っている高級なヤツで、割らないで大丈夫だった。2人もすんなり抜き取ったが……
「こうダ。こっちノ指の背ニ乗せて、こっちノ指の腹で挟ンで」
ママンドは箸が上手く使えないようだ。中級以上の魔族なら人間の動きくらいトレースできるけど、やはり彼女には厳しいか。
と、そこで。
「あの、もしよろしかったら、スプーンお持ちしましょうか?」
先程の女性店員が申し出てくれた。ママンドは見た目は完全に西洋人のおばあちゃんだし、箸が使えないのも、それほど不自然なことではないか。
まあ日本に来る西洋人は大体使えるイメージだけどね。
「ありがとうございます。お願いします」
そう答えると、彼女はすぐに裏に引っ込んで木のスプーンを持って戻って来てくれた。いやあ、本当に日本の接客は素晴らしいよな。
お礼を言って受け取ると、ようやく実食。
「……」
箸を身に入れる。なんの抵抗も無く切れた。かなり柔らかく蒸されているみたいだ。関東蒸し焼きと、関西地焼きの融合と謳っているそうだが……
そのまま口に入れた。
「ん」
パリッとした皮目の食感。その下の身は白身魚のように淡白なのに、ふっくらと蕩けるようだ。関東開きの特色、大骨を取り除いてくれているので、骨骨しさが一切感じられない。
そしてその極上の身にタレの甘さと旨味が絡み合い……泣きそうなくらい美味い。堪らず、ご飯をかっ喰らう。こちらもタレを程良く吸っていて甘辛く、鰻の脂も落ちているのか、得も言われぬ美味さだった。
「なんと……凄く美味しいねえ」
「ああ、ヤはり日本ノ料理はパン以外デも、素晴らシい」
2人も気に入ってくれたみたいだ。
俺の方は、今度は山椒を軽く身にまぶす。落ち着いたダークグリーンの粉末が皮目に吸着した。箸で1口分切って、口内へ運ぶ。ツンと鼻をつく清涼な香り。舌に少しだけピリリと残る辛味を、鰻のフワフワの白身が包んで中和してくれる。ああ、美味え。やっぱり鰻と山椒は無二の友だな。
「なんト、この不思議ナ粉末、凄い味なノに、何故か鰻と合ウ」
「ピリピリするねえ……でも美味しいねえ」
山椒もイケたか。ばあちゃん、何気に食の守備範囲広いな。
ならば。
「次は肝吸いだな」
椀を持ち上げ、汁を啜った。三つ葉の香りが立ち、出汁の旨味が後からやってくる。箸を入れて、肝をいただいた。プリプリの身は、噛めば程よい弾力を返してくれる。強い味は無いが、この食感と優しい出汁の味が、鰻重の濃い味をリセットしてくれて……
――ぽん!
なんか変な音したな。ビンビールの蓋でも開けたのか。
周囲を窺おうと椀を下げたところで。
「母さん! 骨ガ!」
「ああ……あまりの美味しさに、背骨がちょっと外れたかねえ」
マ、マジか! ヤベえ。どこかに転がっていく前に……!
――カランカラン
あ……他のテーブルの近くに……
「ん? 店員さん、なんかデカい骨せんべい落ちてますよ」
「え? 骨せんべい?」
ふぁーー!?
「アポート! 忘却魔法!」
素早くアポートで骨を取り寄せると、そのまま店全体に忘却魔法を掛けた。店内の全員が一瞬虚を突かれたような顔をした後、何事も無かったかのように動き出す。客は食事を続け、店員は仕事に戻っていく。
「はっはっは!」
呼吸が浅くなり、心臓がバクバクしてる。あぶねえ。大事になる前に素早く収められた。
「ウチで飼ってた……犬みたいだねえ」
誰のせいだ!
「ったく。ガランド、嵌めてやれ」
「御意ニ。ご迷惑をオ掛けしマす」
ササッと嵌めてやるガランド。ていうか背骨の一部が外れても、なんか普通に座って居られたのは、どういうカラクリなんだよ。
……取り敢えず結界魔法を張っておこう。また飛んで行ったら敵わないからな。
結局、ママンドは15分くらいかけてのんびり食べ終わった。ガランドが優しく補助をして立ち上がる。
お店も12時過ぎて混んできたし、サッサと退散しよう。
と。レジ前まで行くと、『骨せんべえ販売中』のポップが。そうだな。カルシウムってことなら、これ以上ないアイテムだし。これも何かの縁だ。
「この骨せんべえも……3つ下さい」
「はい、ありがとうございます」
660円×3パックで1980円追加。鰻重と合わせると結構痛い出費になったけど……
「大丈夫カ、母さん。歩ケるか」
「ああ、ああ……ありがとうね、ガランド」
まあ。あの1000年以上も寄り添い合っている親子に、美味い飯食わせてやったと思えば安いモンだな。
……親の顔も知らない俺からすると、少し羨ましくもあるよ。
「あ、骨ガまた。外レそうデス」
「待て待て。持ちこたえてくれ!」
慌てて会計を済ませて、俺もヘルプに回るのだった。




