41:ハンバーガー
食いたい物リストも残すところ、あと2つ。今日は、ずっと食おうと思って後回しになっていたハンバーガーを消化する予定だ。折角だから、ガランドのヤツを連れて行こうと思ったのだが。
「今日ハ母の訪問介護ガありますノで、午前しカ空いてイまセん」
そんなことを言われた。正直、ここ最近で一番の衝撃だったかも知れない。
「え……ガランド。アナタの母君は…………亡くなられたんじゃないのか」
「はイ。亡くなっテおりマす。もう千年以上前ニ死亡し、アンデッドとなっテおりまス」
いや、まあ、うん。亡くなってる。確かにそれは亡くなってるね。けど、いや、なんだろう。シュトーレンの時に語ってくれた思い出。本当の意味で、もう会えない場所に居る感じ出してなかった?
いや、決してそうなってて欲しいとか思ってたワケじゃないよ? 人としての寿命が尽きてなお、未だに母子が会えるのは凄く尊いことだと思う。けど、なんだろう。ちょっと俺の気持ちの持って行き場が無いというか、勝手に誤解したんだから自分で処理すべきというか。
ああもう。とにかく、認識を改めよう。
「わ、分かった。まだ母君は生きてるんだな」
「いえ、デスから死んデおりまス」
「いや、そうなんだけど。そうなんだけども」
ややこしい……
しかし、そうか。ガランドの母君と話が出来るのか。なら、俺からも折を見て挨拶したいな。なんだかんだ、ガランドは一番世話になった側近だもんな。
「よし。今度、元気な時にでも会わせてくれよ」
「なんト。母も喜びマす。ありガとうございまス」
「ところで、その訪問介護って……」
気になるよね。誰がどのようにやるのか。
聞けば、どうやら介護骸骨とかいう謎の魔族が居るらしく、そいつらにやらせているとのこと。骨接ぎみたいなこともするようで、その道のプロらしい。
「本日ハ午後1時からデス。それマでに帰りたいのデスが……もウ1つ。出来れば母ニ美味しイ物を」
「ああ、そうだな。実は今日はハンバーガーという物を食おうと思っててな」
ちょうど良い。テイクアウトでも美味しく食べれる料理だし、お土産には最適だ。ガランドの大好きなパン料理でもあるしな。
「ハンバーガーとハ、どのよウな食べ物デしょうカ」
「パンに薄く成形した肉を挟んだ物だ」
という説明をしたら、案の定ガッツリ食いついてくれた。
「母ニも、日本が誇ル至高のパンを食べさせテあげられマす!」
だいぶテンション上がってるようだ。
「ていうか、言ってくれたら良かったのに。今までもパンくらい、いくらでも」
「いえソれが……最近ハ、いつも眠ってイるのデス。ただ寝たキりも良クないので、定期的ニ起こしテおりまシて」
それが今日というワケか。それに合わせて介護骸骨も呼んである、と。
「実際、もう少シ高頻度で起こシてやりタいのデスが。介護ノ人手も足りテおりまセんので」
世知辛いなあ。日本と同じ構図だなあ。
「新シくアンデッドになル者は減ってイるのに、我々ノ骨の体ハ老朽化しなガらも……長ク在りすぎルのデス」
嫌だなあ。聞きたくない現実だなあ。
「……暗い話をシてしまいましタ。日本ニ行きましょウ」
微妙にテンションが上がらないけど、俺とガランドは部屋に戻ってゲートを起動。いつものビジネス街へと飛んだ。
目星をつけているハンバーガー店は、西へ行った高級住宅街の中にある。歩いても行ける距離なので、テクテクと進む。
「今度まタ、図書館で知識モ蓄えたイところデス」
「あ、ああ。そうだな。機会を作るよ」
本当に知識欲が旺盛だよな。
「お母さんも、そんなにインテリなのか?」
訊ねるとガランドは静かに首を横に振った。
「母ハ正直なとこロ、教養も無ク、そうイった方面への向上心モ高くハありまセんでしタ」
「そうなのか」
「貧しかっタので、日々の暮らシに精一杯でシた」
そうだよな。暮らしにゆとりがあってこそ、教育にも目が向けられる。それは世界が違えど同じだろう。
「ワタクシが一等変ワり者だっタのデス」
そう言って、軽く笑うガランド。
ただ実際、俺は彼のインテリジェンスにとても救われた。
転生したばかりの頃。中級以上の連中は軒並み「なんだコイツ」みたいな扱いだった中で、彼だけは日本人みたいに丁寧に接してくれた。そして魔法の使い方からレクチャーしてくれた。今思えば、俺の魔力量を見抜いたうえで、ちゃんと「魔王の器」たりえると確信していたからこそだろうけど。
「……しかし思えば不思議なモンだ」
「何ガでしょうカ?」
「いや。こうして街を歩いてると、日本人の感覚に戻ってしまうけど。元、なんだよな。時々、現実感が薄くなるというかさ」
言語化しにくいけど、やっぱり32年間で染み付いたものって、5年程度じゃ書き換えようもないんだよな。
「分かリます。ワタクシもまタ、1000年経っテも人間だっタ頃の知識欲がベースにありまス。人間だっタ頃の情モ」
互いにアンデッドになっても、母親との関係は続いてるんだもんな。いやもしかすると、人間だった頃よりも強くなっているのかも知れない。
「正直、勇者の手勢ガ人間ではナく、魔力人形や機械兵だっタこと……心の底デはホッとしてイたのデス」
「ああ、それは俺も」
互いに苦笑し合う。
とはいえ。ゲームでもアニメでも(ダークファンタジー系じゃなければ)魔王軍との戦いに国民が出ることってほぼ無いから、まあ大丈夫じゃないかとは思ってたけど。
「しカし、激しイ戦いデした」
「ああ。最後は勇者たちを強制送還したんだよな」
彼らも、どこかの世界から勇者として召喚されていたワケで。それを追い返しての決着だった。無血勝利ってヤツだな。この鮮やかな手並みが評価され、こちらの被害も最小限に抑えたこともあり、俺は「歴代最高の魔王」と称されるようになった。
「その時ノ、転送ゲートの応用ガ今こうシて日本に来るタめのゲートに」
「だね」
アレの理論が大いに役立ってくれた。
「っとと。見えてきたな」
昼前だけど、店内を少し暗くして、ガラスドアの辺りにネオンで文字を描いている。草書体だけど『クラフトバーガー』というのが読めるね。
「オシャレだなあ」
ジャズとか流れてそう。
これはチョイスミスだったか。若者ばかりかも。
「さあ、早ク入りましょウ」
ノータイムでドアを開けるガランド御大。そうだった。この人は、そういう機微とか分からないんだった。
「いらっしゃいませー!」
溌溂とした青年が出迎えてくれる。なんというか、勝手にもっとダウナーな店員を予想してたけど。小麦色の肌に、弾けるような笑顔……テニスとかやってそうな爽やかさだった。
ちなみにジャズは流れてた。
「2人ダ」
「はい。テーブル席どうぞ」
2人掛けのテーブル席だけど。フカフカソファーが置かれていて、壁には80年代くらいのアメリカンカルチャーシーンを収めたと思しき写真がいくつも貼られている。車高の低いスポーツカーとか、ルート沿いのモーテルとか。
客層も、ほとんどが20代くらいの男女。グループやカップルが多いみたいだな。カウンター席はガラガラだ。
「ご注文、タブレットの方からお願いします」
ヒヤッとした。そうだ、こういう店はデジタル化進んでるよな。あぶねえ。QRコードだったら、また恥ずかしい感じになるところだった。
タブレットを取り、ページを捲る。
「ハンバーガーとイう料理は、コんなに種類ガあるもノなのデスか」
「専門店だからね」
カフェがメニューの一部として出しているのとは、やっぱり桁が違う。
「……しかし高いなあ」
素材に拘ってるのも分かるけど、まあクラフトバーガーは高い。
「ルイ様、こちラは少シ安いようデス」
ガランドがメニューを指さす。あ、気を遣わせてしまったな。
「気にせず、食いたいモン食ってくれれば」
言いかけて、止まる。彼が指し示す文字『フィッシュバーガー』の文字が。ああ、フィッシュも美味いんだよなあ。確かにコレだけ1300円とかで安いし。
「フィッシュとハ魚のこトでしタな」
「ああ。リヴァイア氏が喜びそうな……待てよ」
老朽化している骨の体。魔族のズバ抜けた栄養吸収能力。恐らく今までロクに摂ってこなかったであろうカルシウム。何も起きないハズもなく。
コレはもしかすると、もしかするかも知れない。
「ルイ様?」
「あ、ああ。1つ、アナタのご母堂に買って帰るのはコレにしよう」
「……」
「あ、いや、ケチる意図じゃなくてな」
思いついたことを話す。すると、ガランドは大きく頷いた。目が期待の色で輝いている。
「是非に、試シてみましょウ」
「だな。取り敢えず、俺たちは普通に肉を頼もうぜ」
というワケで、俺はチーズバーガーにした。ガランドも同じ物をオーダー。セットはポテトとホットコーヒーだ。
10分くらい待っていると、同時に着膳。
「おお、パティもチーズもデカい」
「はイ。パンがオマケのようデス」
ちょっと残念そう。まあでも、食ってみれば悪くないハズ。
というワケで、「いただきます」をして2人でかぶりつく。
「ん」
顔を傾けて、なんとか1口。
表面がパリッとしたバンズは、しかし中まで歯が通るとフカフカで、小麦の香気も凄い。パンを貫通し、パティへ到達。肉肉しい。粗挽きのゴリゴリ感に、噛む端から滴ってくる肉汁。そこへハンバーガーソースの甘辛い味わいが重なる。スライストマトが僅かな酸味と瑞々しさを加え、とろけるチーズは濃厚な口当たりと、乳臭さをガツンと脳にぶつけてくる。最後にシャキッとレタスが口直しとばかりに飛び込んできて……旨味の大洪水だ。
「むぐむぐ」
ガランドも無言で食べている。目を細めて、多様な具材とパンのハーモニーを味わっているようだ。
「ポテトも美味いぞ」
言いながら、俺自身も摘まむ。カリッとした表面と、ホクホクした中身。塩気は絶妙な加減で仕上げてある。このポテトも、やっすい油で揚げてるチェーン店とは雲泥の差なんだよな。
「なんトも、パン料理1ツとってモ、色んナ形があるのデスね」
感嘆しながら、ガランドは口元を紙ナプキンで拭う。早くもハンバーガーが残り半分くらいになっていた。気に入りすぎだろ。
「フライドポテトといウ料理も良いデスな」
「ジャガイモは、あっちの世界にも無かったか?」
「ワタクシの故郷でハ見かケませンでした」
そうなのか。地域的な差か、そもそも異世界には無いのか。あるいは単純に未発見という線もあるが……まあ今考えることでもないか。
世間話が一段落したところで、ガランドが残りのハンバーガーへかぶりつこうと大口を開けた。と、その時。
――コキッ!
凄い音がした。なんだ?
自分のハンバーガーに落としかけていた視線を上げる。そこには……
「ガ、ガランド!?」
アゴが外れた戦友の姿が。しかもちょっと白骨化しかかってる。慌てて結界魔法を掛けて、隔絶した。
「ふが、ふが……」
「ガランド、待て。無暗に口を動かさない方が良い」
「ふがふが。ふが……ふがく」
三十六景?
とか言うてる場合じゃないな。
「骨接ぎ……えっと」
出来るかな、俺に。
と思っていたら、ガランドがどうにかこうにか、自分でアゴを嵌め直している。両手で頬を挟むようにして……こっちを見つめてくる。
「なんだ、どうしたら良い?」
「ふがく」
三十六景は、もう良いから。
「ふがく、ふがく」
ガランドは首を小さく縦に振っている。
「もしかして、下から叩くのか」
「ふがく!」
正解みたいだ。
席から立ち上がり、ガランドの横に立つ。平手をアゴの下に当てて、
――ごっ!
加減しつつ打った。
「どうだ?」
「は、はイ。なんとカ」
「おお、良かった」
ホッとする。
しかし。骨接ぎが必要なのは、ガランドもじゃないか。まあよく考えなくても、人間時代の母親との年齢差なんて、アンデッドからしたら誤差だもんな。同じくらい体にガタが来ていても全然おかしくない。
「これホど大口を開ケたのハ久しぶりデ。体が驚いタようデス」
誤魔化すように笑うと、残りのハンバーガーを分解して食べ始めるガランド。
うーん。まあ老いを認めるのに抵抗あるのも分かるが。
「……」
残りのハンバーガーを平らげ、テイクアウトで頼んでおいたフィッシュバーガーも受け取って、俺たちは店を後にした。




