40:すき焼き
大食祭から3日ほど過ぎた頃。マチルダのお尻から、糸にくるまれた黒い玉が排出された。クワレルンダの核だった。他の生物の排泄とはまた違った生理現象なので、洗浄の必要とかは無く(まあ気分的に一応洗ったけどね)、そのまま城へと持ち帰ってきた。
「コレはちなみに喋れる状態なのかな?」
「分からない……けど……今は仮死に近い状態だと……思うから」
ニュイが黒い玉を指先で摘まみながら言う。
「どうすれば仮死状態から抜けるんだ?」
「栄養……じゃないかな……」
まあそうなるか。血肉を作る栄養。フィアーをブチ込むという手っ取り早い方法もあるだろうけど。折角だから、日本の美味い物を食わせてやりたい。
色んな栄養が摂れる美味い飯……すき焼きだな。数日前に行った老舗で、最後まで迷った挙句に選ばなかった料理。
ただ1つ、懸念点があって。
「その状態で、飯食えるのかな」
「……」
なんとなく、だけど。核は肯定のオーラを纏ってる気がする。まあ、コイツらの食い意地の汚さを思えば、なんとかなりそうではあるな。
ダメだったら普通にニュイと飯食って帰って来れば良いだけだし、連れて行ってみよう。
「方針……決まった?」
「うん。食う物も決まってる。行こう」
以前ブレイナーくんを収納したトートバッグにクワレルンダの核を入れて。ニュイと一緒に日本へ渡った。
ビジネス街は……今日は土曜日か。いつもより少しだけ人が少ない。段々、雰囲気でそういうのが分かるようになってきたよな。
「どこに……行くの?」
「前回、食べ損ねた料理があってな」
答えながらも、例の老舗へと足を向ける。いつものようにニュイに手を繋がれたまま、10分弱歩いて到着。
相変わらず、都会の喧騒の中で時が止まったかのような佇まいだ。今日も立て看板が出てるけど……ランチが全体的に200円くらい高い。以前見た値は平日のご奉仕価格だったワケか。まあ仕方ない。
引き戸を開けて、中を覗く。見覚えのある女性が、こちらに気付いた。前回も対応してくれた女将さんだね。向こうも俺の顔を見て、「あ」という顔をしたので、恐らく覚えていてくれた感じ。
そして。
「え…………」
彼女はニュイを見て暫時固まった。あ、そうか。前回はノエインを連れていて、今度はニュイだもんな。しかも今度はバッチリ手を繋いでるし。
しまったなあ。考えが至らなかった。今更離しても無駄だしなあ。むしろ余計に「後ろめたいことしてます」って感じが出てしまう。いや、誤解なんだけどね。
「どうぞ、2名様ですね」
女将さんは数瞬で立て直し、余計なことは言わず、案内に徹してくれた。俺を知らない体でやってくれてるのは……確実に気を回されてるよなあ。
多分、そういう(日によって違う女の子を連れて来る)客もたまに居るんだろう。
前回とは違う個室に通され、オーダーを伝える。ニュイにも確認したけど、当然のように「ルイと同じで良い」とのことだったので、すき焼き御膳を2つということになった。
注文してから20分ほど待った。その間、ノエインのことをニュイに話していた。ここに連れて来たこと、今はホブゴブリンの管理をしていること、モロとのこと。
「ドクターも……少し……マシになったんだね」
ニュイが優しげに笑う。ちょっと好感度も改善したか。これは、「頭からアレが生えてきた」という例のキモすぎイベントのことは一生話さない方が良いな。
「大変お待たせいたしました」
障子の外から声が掛かり、一拍置いて開かれた。前回も見たワゴンカーから、女将さんが2人分を配膳してくれる。鍋のセットの下に、青い固形燃料。そこから上がる火が、ゆらりと鍋底を這っていた。
「おお……凄い……魔法みたい」
まあ俺たちは本物の魔法が使えるワケだが。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
配膳を終えて女将さんが部屋を辞す。そうすると、完全に俺たちだけの空間になった。やっぱ個室良いね。まあ結界魔法を掛けたら、どこでも個室みたいなモンだろうと言われれば、それまでなんだけど。でも強いて作ってるのと、店に許されてるのは全然気持ち的に違うからな。
「良い……ニオイが……してる」
「ああ。いただこう」
早速、卵を割って取り皿へ。ちょっと殻が硬かったし、黄身もオレンジに近い色合い。メッチャ良い卵だ、これ。
「……これ……」
ニュイが困惑してる。まあそうだよね。
「この鍋の具材を卵に浸けて食べる料理なんだ」
「前の……鍋料理とは……全然違う」
ちゃんこ鍋のことだな。
「日本は鍋だけでも、何種類もあるからね」
ご当地鍋まで数えだしたら、10や20じゃきかないかも知れないな。
「取り敢えず、このすき焼きは、こうして卵を混ぜてから……」
言いながら、黄身を潰して混ぜ合わせる。準備が整ったところで、改めて鍋の中を見た。うん、基本は揃ってるね。牛肉、長ネギ、白滝、豆腐、うどん、エノキ、シイタケ。飴色の割り下は今もグツグツと小さな泡を立てていた。
「まずは……豆腐を救出して、と」
コイツがクソ熱いからね。ニュイも倣って、豆腐を掬っていた。
4つに切って少しだけ余熱を取っておいて。その間に白滝を1口分サルベージ。卵液に浸してそのままパクリといく。
「ん~」
甘い割り下の味と、白滝のツルツルした舌触り。そこに卵の味が加わってくる。そのまま白ご飯も掻き込んだ。
割り下の甘みと、米の自然な甘み。卵のまろやかさ。ああ、美味い。
「スープが……甘いけど……コクがある」
実際は酒や醤油がよく効いてるから、甘いだけではないんだけど。第一印象は確かに「甘さ」だよね。まあ徐々に食べ慣れてくると、色んな調味料も感じ取れるようになるハズだ。
「よし、肉いっちゃおう」
前座もそこそこに、牛肉に手を付ける。卵液に軽くだけくぐらせ、一気に頬張った。
蕩けるような脂身と、ホロッと煮込まれた赤身。美味え。霜降りらしく、本当に甘くて柔らかい。
「ん! これ……」
ニュイも目を見開いている。気に入ったみたいだな。
そろそろ豆腐もイケる頃合い。4つに割ったうちの1つを食べる。大豆の香りが鼻を抜けた。かすかに熱を残している芯は、噛むとボソッとほぐれる。表面には割り下の甘みが染みているが、中は湯豆腐のような味わいだ。そして卵液の旨味が全てを包み込んでくれる。
「ああ、美味いなあ」
ネギもいただく。こちらも割り下がよく染みている。シャクッとした食感の後に僅かな苦味と甘み。
続いてはシイタケ。肉厚でジューシーな傘部に、割り下の甘みが存分に蓄えられており、噛めば溢れ出してくる。軸部の歯応えも良いアクセントだ。
「これも……美味しいね……」
ニュイはエノキを食べているようだ。俺もいただく。シャキシャキと茎の部分が小気味いい歯応えを返してきた。ツンと新緑のような香りが割り下の甘みの中で際立つ。
「最後にうどんだな」
これがまた美味いんだ。ザッと掬って、卵に浸けて一気に啜る。ひたすら濃厚。どの具材よりも割り下を吸ってるからな。暴力的に甘い。そこを卵液が少しまろやかにしてくれるのも良バランス。多少コシが残ってるのは、調理が上手いのか麺が上質なのか。
「甘い……美味しい……」
「うん。これで一通り食ったな」
と、そこで。
トートバッグがコテンと倒れる。そこから核が転がり出てきた。あ、ちょっとは動けるんだな、キミ。
「多分……我慢の限界……ということ」
「だな」
俺たちだけバクバク食ってしまったし。
「ニュイの……あげる……ニュイは……ルイと分けるから」
まあそれが丸いな。
ニュイは立ち上がって、俺の隣に座り直す。
俺はトートバッグの口を開いて、クワレルンダの核を取り出した。
「けどこれ、どうしたら良いのかね」
と、疑問を口にしたのと同時。掌の上、核が軽く跳ねた。そうしてそのまま、鍋の中にボトッと落ちる。ちょうど肉のエリアに着弾したため、具材が飛び散るということはなかったが。
――ずぞぞぞぞ!
凄まじい音を立てて、鍋の中身が核に吸い込まれていく。
お……おう。すげえな。普通は魔族が核のみになるのって、蘇生待ちの弱り切ってる状態なのに。コイツは超アグレッシブだ。自分から復活してやるんだという強い意思を感じるよね。
「ぷは」
お。
「喋れるように……なった……?」
「はいっしょ。魔王陛下に……」
「魔剣の精ニュイだ。俺の戦友だな」
「あ、お初にお目にかかるっしょ。被食クワレルンダですっしょ」
自分より格上と悟ったらしく、クワレルンダはニュイにも慇懃に接する。まあ実際、彼(彼女)は四天王クラスの強さを持ってるからな。
「それで……キミはもう復活しているという認識で良いのか?」
「5%程度ですっしょ。もっともっと栄養かフィアーが必要ですっしょ」
「まあそうだよな」
あのツチノコみたいな肉体が形成されてないもんな。ただそこまで太らせようと思ったら、俺の方が破産しそうだし、残りはフィアーでやってもらうか。
「……マチルダに……喜んでもらうためだけに……そこまで」
「だよな。蓄えて食われて、また復活するのに多大な労力を払って」
しかも食われて死ぬのは一瞬だ。その一瞬のために年単位をかけて準備する。忠誠心の強いマチルダ一族の中でも、輪をかけた献身性だ。
「あっしの父は、先代に殺されてしまったんですっしょ。残されたあっしらも住処を追われそうになって。そんな時にマチルダ様が助けてくださったっしょ」
「……そんな……ことが」
「はいっしょ。つまり彼女に救われなければ、失われてた命っしょ。だったら、彼女のために使うのは何もおかしなことじゃないっしょ」
忠誠を誓うには十分ということか。
「分かる……ニュイも……ルイと出会わなかったら……静かに朽ちてただけ」
「おお! 魔剣様も魔王様に忠誠を誓ってるっしょ!」
誓われている側としては、微妙にむず痒い。いや、凄く嬉しいし、ありがたいことなんだけどね。
「……残り食べてしまおうか」
食事を再開し、ニュイに心持ち多めに食べさせてあげてフィニッシュ。まあ、あんな健気なこと言われるとね。
すき焼きが終わった頃合いで、障子の向こうから声が掛かる。慌ててクワレルンダの核を回収したところで、サッと開いた。あぶねえ。
「お食事、お済みでしょうか?」
「あ、はい」
「それではデザートのご用意をさせていただきます」
ああ、そういやデザート付きだったか。
女将さんはワゴンカーから2つのガラス皿を手にして、テーブルへと置いた。アイスみたいだね。
「あっしの分は」
!?
慌てて核の入ったトートバッグをグルグル巻きにして、背中の後ろに追いやった。
「え」
「あ、いや、その。ゲームの音声でして。あはは」
聞かれてもないのに、言い訳が口をついて出る。ニュイも空気を読んだみたいで、バッグの周りにそっと結界魔法を掛けてくれた。
女将さんは「ああ、そうなんですね」と苦笑いして、
「お済みの鍋はお下げしてもよろしいで……」
言いかけたところで、片方の鍋だけ割り下すら無くなっているのに気付いて絶句した。ああ、またやらかした。
「……」
もうね、間がね。「この人たち、どういう食べ方したの?」って、ドン引きしてるのが伝わってくるんよ。
「お下げ……しますね」
声がちょっと震えてる。申し訳ない。
帰って行く女将さんをニュイと2人で見送った。なんとか気を取り直して、アイスの皿に向き合う。
「あ、あっしも……」
「オマエは残りはフィアーだ」
「そんなあぁ……」
八つ当たり気味なことは自覚してるが……アイスクリームは俺とニュイで頂いた。バニラの上品な香りと甘いくちどけが凄く良かったけど、なんかもう味よりも居心地の悪さが勝ってしまって、あんま覚えてないよね。お会計の時には、女将さんも俺も終始気まずかったし。
とても良い店なのに、もうリピートはしづらくなってしまったよね……




