39:やきそば
翌日。俺とガランド、ニュイの3人で朝から日本へ渡り、祭のための食い物をガッツリ買い込んできた。ズバリ、祭の花形「やきそば」を作るのだ。材料も安い(麺はこの物価高でも1玉70円切ってた)し、調理も俺たちでも出来るという点でも、うってつけだったからね。
「さてと。マチルダを起こさないとな」
「はイ。ガムも大量買いシましタし、備えは完璧デス」
「しかしクワレルンダなんて切り札があるなら、前回も協力してもらったら良かったのに」
リヴァイア氏の依頼の件だ。あの時はガム作戦という一か八かの賭けには勝ったが、クワレルンダが居るなら確実だっただろう。
「いけマせん。クワレルンダは一度食べラれたら、復活ニ数ヶ月かかりまス。祭に間に合イません」
「ああ、そうか。そういう事情か」
仮にも食われるワケだからな。そう考えると、彼もしんどいな。強制冬眠みたいなモンか。
「……行こう……クワレルンダたち……待ってるハズ」
「だな」
ゲートを発動し、3人でくぐる。
例の岩場には、既にモチルダとクワレルンダが居た。あと何故か、サーシャも。
「あれ? 誰かサーシャ呼んだ?」
ガランドが首を横に振る。彼は少しサーシャを苦手にしてるし、呼ぶことはないか。ニュイもそこまで積極的に絡んでいくタイプでもないし、
「ルイ様! またワタクシを除け者にしようとしていましたわね! そうはいきませんから!」
あ、なんか勝手に嗅ぎつけて来たっぽい。
「厄介ナことデス」
「でもちょっと……悪いことした……呼ぶという……発想が無かった」
ニュイも大概酷いな。
「まったく! みんなして! 気持ち良い!」
怒ってんのか悦んでんのか。
まあ良いや。来てくれたワケだし、彼女にもマチルダを止めるのを手伝ってもらおう。
「……起こすぞ」
岩をアポートで持ち上げる。脇にどけると、封印は解除された。
マチルダがモゾモゾと動きだす。ワンチャン、前回の腹8分目が残っててくれないかなと期待したけど。
「お腹空いたああぁ!」
ダメみたいだね。
凄まじい勢いで飛び掛かってくる。体のサイズは……10メートル超といったところか。前回からそこまで経ってないのに、消化スピードが恐ろしい。
「ニュイ!」
こちらも前回と同じく、まずは糸を切り落としてしまえば……
「きゃん♪」
ニュイの刀身は、直前で間に割って入ってきたサーシャを斬りつけていた。
は? 何やってんの、アイツ。
「ちっ! ウィンドカッター!」
フォローに飛ばした風の刀。マチルダの尻から糸を切り離すことに成功した。
「ガランド!」
「承知しテおりまス!」
切れた糸を前回同様に被せようとしたところで。
――ブン! ドゴッ!
尻を振り回したマチルダが、斬撃の快感に悶えているサーシャを打った。
「ああっ♪」
吹き飛ばされ、マチルダに被せようとした糸に絡め取られるサーシャの体。盾にされたか。
「マチルダ……学習……してる……!」
前回と同じ捕獲法が通用しなかった。まあ今回はアホが1匹増えているというのもあるけどね。
だがまあ。体を振り回したことによって、マチルダの巨体は少し流れている。1秒にも満たない隙だが、
「クワレルンダ!」
「承知してますっしょ!」
マチルダの口中へ飛び込む、ツチノコ型の魔族。
――バリバリ!
喉の奥で咀嚼されたんだろう。昨日は同じテーブルで飯を食っていた少年が、今まさに生きたまま食われている。だいぶグロい話だけど、俺も感覚が麻痺してしまったんだろうな。あるいは、魔族仕様に生まれ変わったか。
「上手クいきましタか?」
「多分な」
マチルダの動きが止まっている。そのまま、
――げええっぷ
ゲップまでした。コレはバターライスが腹に溜まったか。よし、これなら。
「マチルダ! 会話できるか!?」
「魔王ぉおお。久しぶりいいぃ」
イケそうだね。
「クワレルンダがこんなに重いのおおぉ、初めてええぇ」
「キミのために、重めの食事を摂ってくれてたんだ」
「そうなのおおぉ。ありがとおぉ」
腹の中に居るクワレルンダに声を掛けるが、まあ当然既に絶命している。後は核がマチルダの尻から排泄? されてくるのを待つのみだ。
「マチルダ……お腹はどう? もう満たされた……?」
「全然だよおおぉ。4分目くらいいぃ」
マジか。また少し消化したら理性が飛ぶレベルだな。
「マチルダ。ガムを食べテいなさイ」
ガランドが10個ほどまとめて、空に投げる。マチルダはそれに食いついて、モグモグと咀嚼を始めた。これで更に時間が稼げたか。
「それじゃあ今のうちに、湿原地帯へ行こう」
マチルダの腹の下あたりにゲートを発現させる。彼女の巨体が吸い込まれ、その後に俺とガランド、ニュイも続いた。
……サーシャは糸に絡め取られたままウットリしてるので放置していくことにした。
………………
…………
……
湿原地帯には既に一族郎党が勢揃いという感じだった。芋虫みたいなのが多いのかと思ったら、カマキリみたいなのやバッタみたいなのも居て、改めてマチルダ組の多様性には驚かされる。
地球の生態系も凄かったけど……どの世界でも昆虫族は多岐に進化するようになってるんだろうか。
「マチルダ様、ばんざーい!」
「マチルダ様ー!」
「ありがとー!」
みんな一様にマチルダを称えている。彼女が進む道は開かれていて、その沿道に眷属が犇めいていた。凱旋パレードの様相だな。
俺たちは飛行魔法で上から追跡することにした。何体かはこっちにも気付いて、深々と頭を下げたりしていたが。大体はマチルダに夢中で気付かない。
「いやあ、凄い人気だな」
「でも……自分の一族から……四天王が出たくらいで……ここまで?」
間違いなく大出世だし、まあ例えるなら自分の故郷の街からメジャーリーガーが輩出された感じか。とはいえ、ニュイの言う通り少々過剰な気もする。
「マチルダの前ニ湿原の長だっタ者は、最悪でシた」
「あ、そうなの?」
「はイ。意味も無ク、弱イ魔族からフィアーを取リ上げたリ、沼に毒を撒イて遊んだリ」
うわ、クソだな。
「ワタクシや他ノ超上級魔族が用事で訪レた時だけ、媚びへつラっておりまシたが」
「一番……嫌な……タイプ」
ガランドとしては思うところもありまくったみたいだが、流石に別の一族ということで干渉できずにいたようだ。
「正直ナ話、こうイう輩は枚挙ニ暇がありまセんし」
まあそうなんだよな。聖人君子の集まりだったなら、ハナから魔族なんて呼ばれてないワケで。多分、今なお見落としてる(俺たちには分からないところで部下にパワハラしてる)連中は数多居るんだろう。ていうか日本だって、人のこと言えないしな。
「たダそこで、マチルダが彗星ノ如く現レ、先代の暴虐を次々ニ止めテいったのデス」
「なるほど……それで……あの熱狂的支持」
「最終的にマチルダは、先代トの一騎打ちデ見事丸呑み。新リーダーに就イたのデス」
マチルダ、優しいからな。上に立ちたかったというより、立つしかないと考えたんだろう。
「…………群衆ノ列が途切れましたナ」
話が一段落するのと同時、眷属の群れの最後尾まで到達したようだ。そのまま着陸。
パレードの方を振り返れば、眷属のみんなからフィアーや(彼らにとっての)ご馳走を受け取りながら、ゆっくりと進んでいるマチルダの巨体が見える。ここ最後尾に来るまでは、まだ時間が掛かりそうだね。
「今のうちに……やきそば屋台、開店だな」
早速準備を始める。簡易テーブルを広げ、紙皿もセット。フライパンに油をひいて、炎魔法で温める。
「なんだ?」
「魔王様だ!」
「ガランド様も居るぞ!」
「女の子も居る!」
最後尾付近の眷属たちには見つかったが、騒ぎが大きくなる前に、
「オマエたち、マチルダを迎えるんだろう? 不敬とか気にしなくて良いから、自分たちのリーダーを見ていてやれ」
俺がそう言ってやると、みんな躊躇いつつも、再び凱旋パレードの方を向いた。
その間に、着々と調理を進めていく。火の通りにくいニンジン、タマネギ、キャベツをフライパンに放り込む。少し経ったところで、それらの上に麺をドカッと乗せた。香ばしい小麦のニオイが辺りに漂う。
「「「「……」」」」
マチルダへの忠誠心でなんとか抑えているが、眷属たちはこっちが気になって仕方ない様子だ。後ろ姿からしてウズウズしてるし。
まあコイツらも基本は食いしん坊だからなあ。
更にモヤシと豚肉を加えて、蓋をする。蒸し焼きにして旨味を閉じ込めるんだ。
チラチラと振り返って確認してくる眷属たち。数分経ったところで、蓋を開ける。
「豚肉……白くなってる……もう良い?」
ニュイが確認してくる。ちなみに彼女(彼)もガランドも、自分のフライパンで同時調理している。3馬力じゃないと、とてもじゃないが追いつかなくなるだろうからな。いやまあ、それでも足りない可能性大だが。
「うん。ソースを入れて、混ぜて」
ジャンジャン作っていかないと。
「コレを開けテ、入れるのデスな」
付属の粉末ソースを、各々、フライパンに投入する。
ここでまた。ソースのニオイが充満して、食欲を刺激する。眷属の腹が鳴る音が響いた。
それでもマチルダ優先でジッと待ってるんだから健気なモンだよなあ。
「今のうちに量産しよう。マチルダがここまで来る前に」
「なにそれええぇ!」
見つかった!?
物凄い高さまで跳躍して、こっちへ迫ってくる。
いや。部下たちが誘惑に負けずに出迎えてるのに、張本人が一足飛びはダメでしょ。
ガランドが張った障壁に、辛うじて押し留められるマチルダ。だけど、障壁にヒビが入り始めてるのが、こっちからも見える。大魔導ガランドの魔法が、こうも容易く……恐るべき食欲だ。
「ガランド、仕方ない」
「良いのデスか?」
「ああ。元より彼女に食べさせるための物だからな」
もっとストックが貯まってから、と思ってたけどね。
ガランドが障壁を取り払うと、マチルダがズイズイと這い進んでくる。
「ほらよ」
フライパンの中身をポーンと放る。そのままマチルダの大口に吸い込まれた。彼女は軽く咀嚼すると、
「美味しいいいぃ!」
大喜びだった。ニュイとガランドのフライパンからも、やきそばを投げてやると、それもキャッチ。美味そうに食べてくれた。
「もっとおおぉ!」
「まあまあ。まだ眷属の連中が、渡してくれる分があるだろう。あっちを食い終わってからにしろ」
「ぐうううぅ。分かったああぁ」
ある程度は腹も満たされてるからか、マチルダは聞き分けてくれる。巨体を引きずり、戻って行った。
「さあ。俺たちはひたすら調理だな」
「正直、足りまセんな。眷属たチも興味津々デスから」
ああ、仕方ない。
「今日はマチルダ優先だ! 食えなかったヤツは今度持って来てやるから!」
それなら仕方ないと諦めてくれる眷属。やはり彼らのリーダーへの忠誠心は本物だな。
その後。スーパー5軒を回って買い占めた麺が枯渇するまで調理を続け……やがて完食。
「美味しかったああぁ。ありがとおおぉ」
マチルダが本当に幸せそうな声でお礼を言ってくる。
「最高の大食祭だったああぁ。みんな大好きいいぃ」
そうして祭は大成功に終わり、お腹いっぱいになったマチルダは再び眠りに就いたのだった。
めでたし、めでたし……の前に。
城に帰って来た俺たちは、3人前のやきそばを作った。俺たちの分だけ、取り置いておいたんだよね。それくらいはまあ、コック特権ということで。
「それじゃあ、いただきます!」
「いたダきまス」
「……いただきます」
麺を啜る。甘じょっぱいソースの味が絡んだ極太麺。モチモチとしていて、噛み締めると甘い。キャベツは芯がシナッとなっていて、青々とした香りと、独特の甘みを蓄えている。ニンジンもタマネギも、よく炒められていて柔らかな歯触りだ。
「……甘い……全部甘い」
「だがソれも、自然ナ甘味だ」
俺も今気付いたけど、やきそばの野菜って全部甘みがあるんだよな。それでいてフルーティーなソースとも絡んで調和している。よく計算されてるよな。
最後に豚肉と麺を絡めて咀嚼する。パサッとした豚肉は、だけど肉の旨味をたっぷり含んでいて、脂身は柔らかい。蒸し焼きの工程があるから、豚しゃぶ感もあるな。
「肉も……凄く……美味しい」
「ああ。コレをマチルダも食べたんだよな」
「今回ハ一緒に食べられマせんでしたガ、いつか……」
「そうだな」
「いつか……」
企画者、協力者、被捕食者、眷属。全員が一緒に卓を囲んで食べられる日が来ると良いんだけどな。
「何か……忘れてる……気もする」
んん? ニュイが物忘れか。珍しいな。
「思い出せナいといウことは、大したこトではなイのだろう」
「だな」
翌朝、岩場で冷たくなっているサーシャが発見され、救助は静かに見送られた。




