37:ホットドッグ
鉄は熱いうちに打て、ということで。ノエインをゲート魔法で送って行くついでに、モロと話をすることにした。
ノエインの考え、望み。少し拙いながらも、彼女は自分の口で伝えていた。
「私はドクターの娘だった頃の記憶はありません。ですが、アナタに造られたことを感謝しています……きっとこの感情が感謝という気持ちなのだと思います」
自分で自分の気持ちを確かめながら話すような。
「ドクターの解剖を手伝うのも、意識したことは無かったですが、楽しかったのだと思います」
「ノエイン……」
「日本で一緒に食べた肉まんも美味しかったです」
「そんなに感情が……あったのじゃな。もっと聞くべきじゃった。今オマエは何を思っているのか、と」
まあ正直、仕方ない部分もある。勇者の軍勢との戦いが長らく続いて、その日々に忙殺されていたからな。俺も最近になって、ニュイの過去のオーナー(現徳山さん)のことや、サーシャの生い立ちやら知ったワケだしな。
「それだけで心が育っておったのかも知れぬなあ」
「……いえ。私自身も、最近まではドクターの命令以外のことを考える機会もありませんでしたし……正直そちらの方が楽だったのでしょう」
勇者の手勢、人間はほとんど居なかったけど。魔力人形や、それこそノエインと同じような機械仕掛けの兵を相手にしていた。同族を殺すような戦いにおいては、命令を忠実にこなす機械であった方が良い。心を育てなかったのは彼女自身と、取り巻く環境……とも言えるかもね。
「平和になったってことだな」
俺がしみじみと呟くと、2人も小さく頷いた。
「正直、ワシも一緒に行きたい気持ちも拭えぬのじゃが……」
まあその平和になった世で、こうして娘の成長が見られるのだから。傍で、という気持ちは当然のことだろう。だけど、きっと。
「可愛い子には旅させよ」
「え?」
「日本の諺だ」
「良いことを言うのう、昔の日本人は」
だな。時代が変わろうと、普遍的に芯食ってたりするんだよな。
「ドクター。毎日ここからゲートでダーケン村に通います。夕方には帰って来ようかと」
実はコレは俺の案だ。就職した娘みたいな感じだね。いきなり全離れより良いだろう。何か変化があった時に、すぐにモロが気付いてやれる。
「おお……おお。そうか、そうか」
嬉しそうなモロ。こうしてると人の親だなあ。前尾が興奮で立ち上がってること以外。本当、この猥褻物だけは……って、そうだった。
「そもそも前尾の関係で、ホブゴブリンたちはモロの命令を聞くって話だったけど……ノエインでも大丈夫なのかな」
「ふむ。ワシの前尾を大きくして、少しだけカットするのじゃ。それを持たせれば、言うことを聞くじゃろうて」
思わず、自分の股間に寒気が走る。前屈みになってしまうよね。
「そ、そんなことが出来るのか?」
「ああ。本来なら、誇り高き前尾を分けるなどあってはならぬことじゃが……他ならぬノエインのためじゃからな」
「……ありがとうございます、ドクター」
一件落着か。しかし前尾を持っていたら、命令系統のトップと認められるってのも、よく分からん話だけど。まあ魔族の不思議な生態は今に始まったことでもないし、深くは考えないでおこう。
「それでな、魔王よ。ワシの前尾を大きくするのじゃが」
「……」
「モチルダが大きくなったのと同じ理屈でな。コレと似たような質の物を食いたいのじゃ」
うわあ、嫌な予感しかしないなあ。
「バ、バナナはどうだろう? 形は似てるし、バナナぐらいだったらギャグで済むし」
「ギャグというのがよく分からんが、バナナは果物じゃろう? ダメじゃ。皮がパツッとしておって、肉が詰まっているのが良い」
「……生々しいから、やめろ。マジでその器官、18禁すぎるわ」
「ん~?」
分かってもらえないよなあ。
「候補が浮かばんのか?」
「……いや、まあ。あるにはあるけど」
悲しいことに食いたい物リストにも載ってるよね。ウィンナー。
「それでは、私は人口統制のための計画表を作成しておきます」
「ああ、ブレイナーくんを訪ねると良いよ。良いアドバイスをくれると思う」
なにせ魔王軍全体のフィアー収支をやってくれてる魔族だからね。
そして俺としては、なんか助かった気分だ。人造だとか父娘だとか関係なく、女の子を連れて行ったら酷いことになりそうな予感がするから。
モロは少しだけ何か言いたげだったけど、堪えていた。これからノエインは自分だけで考えて行動するようになる。お互い慣れていかないとだからな。
………………
…………
……
城に戻って、ガランドを捕まえる。幸い暇していたらしく、同行を願うと快諾してくれた。数日ぶりの日本に心躍っているみたいだが……こちらとしても道連れゲットで、ウィンウィンだよね。
ゲートを通り、日本へ。すかさず2人がかりでモロの前尾をバインドした。
「それで、どこへ行くんじゃ? というか、何を食うんじゃ?」
「ウインナー……以前、ナポリタンを食わせたと思うけど。アレに入ってた輪切りの肉だな」
ちなみに、個人的にはアレでリストの『ウインナー』をクリアにはしてない。やっぱメインで1本丸ごといかないと、食ったとは言えないからな。
「加えて、ガランドが好きなパン料理。ということで、今日はホットドッグで決定だ」
食う物は決まったので、後はどこで食べるかだけど。
それこそ前にナポリタン食ったカフェで良いか。確かホットドッグみたいなのあった気がする。
記憶の片隅に、近くの席でホットドッグ食ってたオッサンの姿がある。
最悪無くても、あの近辺なら店も寄り集まってるし、他のカフェで代替できるだろう。というワケで目的地も決定。早速、向かった。
「おお、あそこか。懐かしいのう。前回も魔王とガランドと来た店じゃな」
「懐かシむほど経ってハいないがナ」
店舗前まで行って、立て看板を見る。うん、あるね。ウィンナーエッグを乗せたトーストも、ホットドッグもあるわ。
早速、入店。店内3割くらいか。前回も対応してくれた中年女性店員が、俺たちを見て小さく微笑んだ。前より愛想が良いのは、あっちも覚えててくれたか。
「3名様? お好きな席、どうぞ」
ということで、トイレの近くの少し奥まったテーブル席へ。万一のことがあった時に、目撃者を増やさない措置だね。
店員がお冷を持って来てくれたタイミングで、オーダーを通す。全員もう決まってるからな。
そこから数分で、セットのホットコーヒーと一緒にホットドッグがやって来た。
「おお。コレは立派じゃのう」
全部そういう意味にしか聞こえないから……
俺は店員が去ったタイミングで、すかさず結界魔法を掛けておく。どうせ何か酷いことが起きるのは確定的に明らかだからな。俺も学習したよ。
準備を整えたところで、改めて目の前の料理を見やる。木製の平べったいプレートに、サニーレタス、フライドポテトの付け合わせ。中央に鎮座するのはドッグパンに挟まった大きなソーセージ。白っぽい見た目で、軽く湾曲している。
「美味そうデス」
早速、いただきますをして、みんなで実食。
「っ」
思いっきり口を開けて頬張った。ソフトパンに前歯が沈み、すぐさまウィンナーを捉えた。パリッと小気味よい音を立てて1口分割れる。途端に、肉汁が溢れ出し、ケチャップの甘み酸味と混ざり合った。それらを受け止めるパン生地ごと咀嚼して飲み込むと……
「うめえ」
「コレは良いのう!」
「素晴らシいパンに、素晴らシい肉デス」
2人も大喜びの様子だ。
今度はレタスを手で掴んでパンに挟んでしまってから、パリッといく。うん、レタスの瑞々しさと葉の甘さが加わった。これまた美味い。
「なるホど、そノような手ガ」
「ワシもやってみよう」
2人も俺をマネして、レタスイン。
俺の方は、卓上のマスタードソースを追加して、もう1口。うん、これこれ。粒感のあるマスタードはピリリと辛く、舌に僅かな痺れをもたらしてくれる。それをウィンナーの肉汁で押し流せば……もう最高だな。
「コレもまた!」
「辛イが、美味イ!」
「粒々の食感も良いだろう?」
コクコクと頷く2人。どちらも結構な老人だが、こうして見ると子供のようだな。
それから俺たちは無言で貪り、コーヒーも飲み干す。
「ふう」
「美味かったデス」
「流石は日本の飯じゃのう」
ご満悦なのは良いけど……モロのヤツに目立った変化が無い。質の似た物を食べれば、大きくなるという話だったのに。
「おい。前尾はどうなってる?」
「ん~。ああ、そうじゃったな。ええっと」
自分の股間に視線を落とすが、なんの言葉も返ってこない。
「え、なに? 足りないとか?」
「ううむ。そういうワケでは……ん?」
と。モロが話している途中で顔を上げた。そして目玉だけ動かして上方を見る。
「んん?」
「どウしたノだ?」
「ガランド、少しワシの頭の辺りを見てくれんか? 虫か何かおらぬか?」
虫? いきなりなんだ?
「痒くてムズムズしおる」
「分かっタ、待っていロ」
ガランドは椅子から立ち上がり、隣に座るモロの頭を覗き込んだ。
その時だった。
「ん!?」
ニョキッとキノコのカサのような物が、ボサボサの白髪の切れ間から覗いた。人の内臓のようなピンク色のソレは……
「前尾デスな」
「いや、おかしいだろ。頭おかしいだろ」
なんでそこから生えてくるんだよ。ていうか、それだと前尾じゃなくて頭尾じゃねえのか。
「お、おお。伸びテきまス」
いつの間にか、外国産のマツタケくらいのデカさになっていて、更に伸びてくる。
「こんなところ、ニュイが見ていたら本格的に絶交まであっただろうな」
「ワタクシも見てイて、気持ちの良イものでハありまセん」
だろうな。
「ええい! 人の尾を呪物のように言いおって!」
そう言われてもな。グロキモいの極みだからな。今晩、夢に出てきてもおかしくない。
「ルイ様、ワタクシが髪を掻キ上げていマすので、そノ間にカットをお願いシます」
掻き上げる方も嫌だけど、切り落とす方も地獄だぞ、コレ。
「ウィ、ウィンドカッター……」
鎌鼬の刃を放ち、ガランドの指に当てないよう通過させる。スパッと。キレイに茎の根本辺りから切り落とせた。
思わず自分の股間を手で押さえてしまうよね。ヒュンってなるわ。
「……痛くはないのか?」
「少しだけじゃな。ヒュンってなるんじゃ」
やっぱなるんだ。
「……まあ何にせよ、早いところズラかるか」
結界を張っているとはいえ、喫茶店の中だからな。それにカットした猥褻物をカバンの中に仕舞ったまま、優雅にコーヒーのおかわりを頼む度胸も無い。
というワケで、俺たちは会計を済ませて退店。そのまま魔界へと戻った。
魔王城ではノエインが待っていた。ブレイナーくんとの話は終わったらしいな。
「ノエイン。取れたぞい。新しい尾じゃ」
アンパ○マンの顔みたいな言い草やめろ。
「ありがとうございます」
受け取ったノエインは、俺たちにも頭を下げた。喫茶店で猥褻物カッティングしただけだから、あんまり畏まられても逆に居心地が悪いんだが。
「そのクソ尾を持っテいれば、ホブゴブリンたちを統制でキる。頑張るンだ」
「はい。励みます」
こうしてノエインの新生活の準備は整った。
モロから離れた場所で、どれくらいやれるのか。心配ではあるけど、まあ仮に少々の失敗があったとしても、それもまた成長の糧。頑張れよ、ノエイン。




