36:ブリ大根
バナナの苗木を買った翌日。俺はモロのラボを訪ねていた。多少なりホブゴブリンたちのルーツに関わってる彼に知見を求めるのが目的だった。
ただ、なんか他の作業中みたいで。ドクターは出てこなかった。
「仕方ないな。出直すか」
「申し訳ありません」
「いや」
モロが何かに集中していたら、魔王だろうが誰だろうが袖にするヤツだというのは先刻承知だからな。俺の方こそ、魔鳩でも飛ばしてアポを取ってから来るべきだった。
まあここまで来たことだし、折角だからノエインとも少し話してみるか。
「ところで、どうだい? アレから何か……」
「何かとは?」
「その。自分の欲求とか……」
どう話したものか。
と。
「まだ中々じゃな。ワシの命令が無いと、自発的に動くことはな」
奥からモロがやって来た。珍しい。自分の作業の手を止めてまで……ノエインのこととなると、こうなるんだな。
「……」
ノエインは肯定も否定もしない。答えろと命令されてないからか。
「じゃが、日本に連れて行った時は少しだけ兆候があったのも事実。更に言うと、お主と2人で行った時のことを話す際には……少しだけ笑っておった」
「なるほど」
牡蛎のアヒージョと、赤ワイン。酔ったワケではないだろうが、少し表情が豊かだったからな。帰って来てからも、上機嫌だったのか。
……やっぱり心が無い、育ってないというワケではないんだな。
「どう? ノエイン。また日本に行きたい?」
訊ねてみる。彼女はモロを見た。
「答えて良いぞ」
「では……」
と、一言置いて。
「行きたいです。また美味しい物を食べたいです」
「おお」
ハッキリと、自分の願いを言葉にした。命令が無くても自発的に言えたら一番だが、それでも凄く良い変化だと思う。
「あちらで油分を摂ってから、非常に調子も良いのです。こちらの世界のクソ油よりも優れていると感じました」
やっぱり食用油でも効いたのか。魔族のエネルギー吸収の摩訶不思議さは今に始まったことじゃないが……マジでどうなってんだろうな。
「ふむ。良いな。非常に良い」
モロはご満悦のようだ。
「またノエインを連れて行ってやってくれんか? 今度はワシも同行して、直接この目で変化を見たいしの」
「まあそれは構わないが……こっちの要求も聞いてもらえると助かる」
「要求?」
俺は首肯して、現在解決に当たっている問題についてシェアした。
ホブゴブリンの増殖問題と、コーヒー豆の高騰。バナナの栽培で食糧自給率を上げようとは考えているものの、人口統制こそが最も大事であること。
「なるほどのう。あやつらのコントロールか」
「なんか方法は無いか?」
「ワシが命じれば多少は言うことを聞くじゃろう」
「それは俺ではダメなのか?」
「……アホじゃからな。権力や立場どうとかではなく、もっと有無を言わせぬ拘束力じゃ」
「俺に忠誠が無いワケじゃないけど、食うな増えるなと言っても我慢しきれないということか」
そのキライは確かに感じ取っている。
理性や知性に働きかけるのとは別の命令系統か。
「前尾に仕込んであるんじゃ。代を経て退化していると言っても、ワシの命令なら聞くじゃろう」
アレにそんな役割があったのか。キモ……
「しかし、その前提で動くとなると……」
と、話を進めようとしたところで。視線を感じて、そちらを見る。すぐに目を逸らされたが……ノエインが俺を見ていたようだ。何か伝えたいことがあるんだろうか。
「……」
モロは彼女の様子に気付いていない様子。
うーん。訊ねてみるか。いや、どうもそれを望まれている雰囲気でも無いな。
「なあモロ」
「なんじゃ」
「今日も悪いけど、ノエインだけ連れて行ってみて良いか?」
「まさか……!」
「変なことはしないから!」
なんでそっち方面の信用が、いっつもゼロなんだ? 俺、魔族に手を出したこと無いんだけどな。
「ふうむ。何か考えがあるようじゃな」
「ああ」
「まあ心の発達に一役も二役も買っているのは事実じゃし、構わんぞ」
了承が出た。
「ただし、次こそワシも連れて行ってくれよ。日本の飯、また変わったインスピレーションが湧くやも知れん」
「ああ」
分かりにくいけど、子供を優先して譲ったということだもんな。モロも人の親……いや、魔族の親だな。
「それじゃあ頼んだ。ノエインも、前と同じように魔王の言うことをよく聞くんじゃぞ」
「はい」
というワケで出発。魔王城へと戻り、私室から日本に渡った。
いつものビジネス街に着いた。時刻は12時48分。ちょうど良い感じだ。
「……魔王様」
「うん。分かってる」
彼女が何かを伝えたかったこと。そして、それに俺が気付いて2人きりのシチュエーションを作ったこと。お互い分かってるけど、まあ街角で立ち話ってのもな。
「取り敢えず、どこかに入ろう」
「はい」
「またオイルが多めの食べ物が良い?」
「いえ、摂り過ぎても今度は良くないですから」
ああ、そうなのか。まあこっちの機械でも必要以上に油を差したら不具合を引き起こすだろうしな。
「それじゃあ……俺の好きな物にさせてもらうか」
実は以前ピックアップしていた店が、この近くにある。ただ全席個室という、なんか凄く敷居が高い造りなので誰かと来れる時にと考えてたんだよね。
それに今日は込み入った話をするだろうから、個室は渡りに船だ。
俺は改めて地図を確認し……瞬間記憶するまでもなく、大体の場所が思い浮かんだ。もうこの街も30回以上来てるからな。流石に土地勘も育ってる。
彼女を先導し、店の前へ。都会の街角に突如現れる、石畳の前庭。その左右には竹が植えられていて、奥には正面玄関が見える。漆喰の白壁に瓦屋根。
「ああ、高そう」
実際、夜は本格的な懐石料理を出すので桁が1つ違うらしいが。ランチはお手頃価格で出してくれるそうだ。
竹の小路の途中に、立て看板があった。お昼は天ぷら御膳、すき焼き、本日の日替わり(ブリ大根)のどれかみたいだ。
「うわあ……すき焼きのつもりで来たんだけどなあ」
すき焼きが有名な店ということで、ピックアップしていた。ただ同時に、魚料理も絶品だとも口コミがあったのを思い出す。しかもブリ大根はリスト料理だし。
「くう、悩むなあ」
ていうか多分、天ぷらも美味しいんだろうな。
「……」
ノエインは少し困惑したような様子で俺を見ている。そうだよな、意気揚々と連れて来ておいて、店前で悶絶してるんだもんな。
ただ実際、こういう「名物を食べに来たのに、日替わりに浮気したくなる」パターンはよくあるんだよ。でも、そんなの説いたところでな。言い訳がましいし。
と。俺が悩み散らかしているうちに、店の引き戸が開いた。ちょうどそこからオジサン2人が出てきて……
「どうも、ありがとうございました」
和服の女性店員がお見送り。そしてオジサンとすれ違う俺たちに気付いて、
「あら、いらっしゃいませ」
上品の微笑む。以前の和菓子屋の女将さんを彷彿とさせるな。
「ご予約はされてますか?」
「ああ、いえ。無いと入れないですか?」
「いえ。お席の空き、ございますよ」
良かった。
しかし、俺はこの出戻りグルメ生活を始めて、すっかり予約というシステムから縁遠くなってしまったよな。なんせ電話もネット環境も持ってないからな。
女将に案内されて、玄関で靴を脱ぐ。やはりソロオジでは敷居が高かったな。
そしてここでメニューが決まった。初志貫徹、すき焼きだ。日替わりは一番安いメニューだし、なんかそれで個室を使わせてもらうのも悪い気がしてきたからな。
「こちらでお願いいたします」
廊下を進んで5部屋目くらい。襖を開けて中へと入れてもらった。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
女将は畳の上に正座して、改めて来店の礼を言ってくれる。恐縮してしまうような礼儀正しさだよね。
「本日は日替わりがブリ大根となっております。脂の乗った非常に良いブリが入りまして、自信作となっております。よろしければ是非ご賞味ください」
にこやかに勧めてくれる。
「じゃ、じゃあそれ2つでお願いします」
簡単に覆ってしまった。だって、こんな老舗の女将さんが品質を押してくれるんだもんな。そりゃ、乗るよ。ていうか高いメニューを無理に勧めたりしないのが、流石の余裕を感じさせる。百貨店とかにも支店を出してるそうだし、儲かってんだろうな。俺みたいな貧乏魔王が気を回すこともなかったか。
注文を受けた女将さんは一度引っ込み、すぐにお茶を持って来てくれた。熱いほうじ茶だけど、香りが凄く良い。ノエインも何も言わないが、気に入ったようだ。
「ふう」
人心地ついた。さてと。
「ノエイン」
「はい」
純和風の内装が気になるのか、あちこちに視線をやっていたが。俺に名前を呼ばれて改めてこちらに向き直った。興味を引かれてるなら、もう少し好きにさせてやりたい気持ちもあったけど。本題だ。
「……何か、悩んでいるのか?」
「はい」
ハッキリと肯定した。話してみろと目で促す。
「実は……ダーケン村の件なのですが。人口統制の監督役を買って出ようかと思っているのです」
「ほう」
意外な言葉だった。そんなことを考えていたのか。
「何故、そんなことを考えたんだ?」
「ドクターはラボを離れられません。ですが人口統制となると、現地に赴いて指揮する者が必要です」
「なるほど。道理だ」
それを自分が担う、と。
「ドクターに提案してみても……良いのでしょうか?」
「そうだなあ」
心の発達を喜ぶ反面、見知らぬ土地へ送り出すことへの不安もあるかも知れない。ただまあ、
「相談してみると良い。考えをぶつけてみたら良い」
それ自体は、間違いなく嬉しいと思うよ。親ならね。
「……考えをぶつける……」
反芻するように呟くノエイン。
と、そこで。
「お待たせいたしました」
一拍置いて、女将が襖を開ける。漆塗りの配膳ワゴンから、お膳を持ってこちらへ。膳の上には味噌汁、ご飯、香の物、出汁巻き卵、フキの煮付け、そしてブリ大根。
「わあ……美味そう」
肉じゃがの時も丁寧な和食だったけど、こちらもバッチリだな。コレで1500円は素晴らしい。
お茶のおかわりも淹れてくれて、女将は去って行く。
「それじゃあ、いただこうか」
「はい」
箸を持つ。コレもツルツルで心地良い手触りだ。
まずはフキの煮物。芯は感じず、それでいて繊維の歯応えは残っている。甘い出汁が染み出し、フキの持つ天然の水分と合わさって、口中が旨味で潤う。
流石、付け合わせにも手は抜いていない。こりゃ、メインも期待できるな。
というワケで、箸を伸ばす。食べやすいよう一口角にカットされたブリ、茶色くなるまでよく煮込まれた大根、ハリ生姜。いやあ、超久しぶりだな。ブリだけに。
「では」
まずは大根から。口中に入れると、甘くコク深い煮汁から酒と醤油の香気。噛むと、吸い溜めていた分の煮汁もジュワッと溢れてくる。そこに大根の持つ水分も合わさり、口中が一気に潤う。繊維質もホロホロで、歯が要らないくらいだ。
「美味しいです」
ノエインも気に入ったみたいだな。自分から感想を伝えてくれる。
続いて本命のブリ。ハリ生姜も乗せてから頂いた。
「っ!」
身の芳醇さよ。こちらも歯を入れた端からほぐれるように口中で踊り、旨味の洪水を引き起こす。脂の部分は更に一段と柔らかく、僅かにしつこさを感じさせるが、ハリ生姜のシャープな辛味と、シャキシャキとした食感、鼻を抜ける清涼感が中和してくれる。
「……」
無意識のうちに、ご飯を口に運んでいた。柔らく甘い米粒が口内の旨味と混ざり合う。堪能し、嚥下して。味噌汁を一口。ん。シジミ汁だ。貝エキスをたっぷり含んだ汁の、香りと滋味。
最後に出汁巻きもいただいてみると……ツルツルの表面がもたらす滑らかな食感と、出汁の優しい味わい。甘くもなく辛くもなく、絶妙な加減だった。
「美味いな」
膳として完成されすぎてる。三角食べを前提にした配置と、1品1品のクオリティの高さ。
安いランチですら一切の妥協ナシ。この誠実な姿勢を見た客がディナーや接待に使ってカネを落としてくれる。何十年と続いてきた信頼と感謝の循環。これぞ老舗のあるべき姿だな。
もっと味わって食べたかったけど、10分程度で俺もノエインも平らげてしまった。ああ、美味かった。ノエインも微笑んでいる。
「どうだった?」
「美味しかったです。ブリという魚も、大根という野菜も。山菜も素晴らしかったです」
「そうか」
やっぱり食べ物に対しては特に饒舌な傾向がある気がするな。
「ノエイン。山菜は多分ダーケン村の近くの山で採れるぞ」
「本当ですか?」
ニュイが居た山のことだ。ダーケン村とあの山は、ちょうど人間界と魔界の境辺りなんだよな。
「ちょっとモチベになったか?」
「はい。良い調理法を、お暇な時に教えてくださいませ」
おお。そんな要望まで。
凄いな。ていうか、俺が思ってる以上に日本の飯が彼女の心の発達を促してるのかも知れない。
「ああ、レシピを調べておくよ」
そう約束すると、ノエインはまた小さく微笑んだ。
それから俺たちは食後の熱いお茶もいただいて、至れり尽くせりな老舗ランチを〆た。
……帰ったら、ダーケン村の監督の件、モロと話さないとな。




