34:クレープ
人間界と魔界の境界辺りに位置する、ダーケン村。年中温暖な気候で、村近郊に自生するコーヒーの木は、俺の肝入りで一大産業にまで育った。
本日はそのダーケン村から使者が来ていた。村を治めるホブゴブリン族、その族長の弟2人だった。
クソデカ玉座に座って、彼らを通す。ビクビクとした動きで入ってきた。ほっかむりをした、いかにも田舎者という風体に、緑の肌。腰蓑だけ着けたスタイルも、なんかこう……超目上の相手に会う恰好じゃないんだよな。
ただ彼らに悪気があるワケではない。単純にそういうところに頓着する文化が無いのだ。まあ全裸じゃないだけマシだと思うことにしよう。
「所詮ハ、低級ゴブリンに毛ガ生えた程度デスから」
とは、ガランドの評。
まあ接していると、思ったよりは賢いけどね。
「あ、魔王陛下におかれましては……ご機嫌うるわしうだべ!」
「こんにちはだべ!」
兄の方は少し頑張ったが、弟は天真爛漫だ。まあ仕方ない。
「ああ、こんにちは。よく来たな」
「「来ましたべさ!」」
元気だなあ。
「魔王様に教えてもろたコーシーがバカ売れしとるのに、その魔王様に値上げしてしもうた。だーけん、説明しに行こう言うて、こうすて来たべさ!」
聞き取りにくいけど、まあ要するに値上げのご機嫌伺いということだろう。ちなみにセリフの途中にあった「だーけん」は「だから」の意味らしく、彼らのこの方言が、そのまま村の名前になったという経緯がある。
「ごめんなさいだべ!」
それは説明じゃなく、単なる謝罪だ。
俺は兄の方に視線を向け、
「何か事情があるのか?」
「村が潤うようになって、だーけん、住民が増えたべな。それで農業だけだば、追いつかんようなって」
ああ、なるほど。
このホブゴブリン族は、魔族にしては珍しく、普通の食物とフィアーの併用で栄養を摂っている。まあ人間界に近いから、作物とかも育ちやすいしな。
そして、その両輪を以てしても追いつかないほどの人口増加が起きているみたいだ。
「まあ村が発展するのは喜ばしいことだけど」
正直、ホブゴブリンは戦闘力が低い。増えても、ダンジョンの中ボスを任せられる人材が出てくるかすら疑わしいレベルだろう。つまり自前でフィアーを賄うダークアトラみたいな独立独歩は無理なんだよな。
というかそもそも、なんか地味に人間に対して友好的なんだよな。伝統的に農業をやってるのも、元は人間に教えてもらったらしいし。
つまりフィアーは貿易で得る以外に無いということ。あとは農業効率を飛躍的に上げるとか、新たな作物を育てるとか……
「魔王陛下には申し訳ない気持ちで一杯だべさ」
「だべ!」
「まあ100グラム2フィアーは良いんだが……このまま人口だけが増え続けて、財源は増えないようじゃな」
これから先も、どんどん値上がりすることが予想される。
根本的な解決にはならない。人口増加で掛かる費用を、俺たちへの値上げでずっと賄おうとされてもな。付き合いきれなくなって、いつか輸入しなくなる日が来る。
……そこまで考えてないだろうなあ、コイツらは。
「「?」」
キョトンとしてる兄弟を見て、溜息が出る。
まあ仕方ない。食糧自給率を上げる方向でいくか。その新しい作物が美味いようだったら、また輸入しても良いしな。あとは人口管理もして欲しいところだが、そこは追々か。
「作物……日本で調べてみるか」
と独り言を呟くと。
「にほん? 聞いたことあるべさ?」
「んにゃ。知らんべ」
2人の興味を引いた様子。
「俺の故郷だ。色々と度肝を抜かれる街だぞ」
「なんと! 面白そうだべ!」
「連れて行ってくださいだべ!」
本当に単純なヤツらだな。他の中級魔族は「自分なんかを連れて行って良いのか」みたいな遠慮や畏れがあったのに。
まあ、コイツらくらいシンプルな方が生きやすそうではあるが。
「オマエたち、擬人の魔法は使えたか?」
「無理ですだべ。けどオラたちと境の人間は仲良しだべさ」
「だーけん、このままでも変なことにはならないですだべ!」
それはナーロッパの辺境限定なんだよなあ。
「日本ではオマエたちみたいな、緑色の魔族は居ないんだ。大混乱が起きるから、俺が擬人魔法を掛ける」
全くピンときてないアホ面。ただまあ素直なので、
「よう分からんだども、別に構わないですべさ」
「んだんだ」
決まりだな。ここまでアホな魔族を連れて行くのに抵抗が無いワケでもないが。
私室に入って、魔法陣のゲートを起動する。その間も、兄弟は騒がしかったが、構わずに擬人魔法を掛けた。ちょっと血色の悪いアラフォー男性って感じだな。ちなみにコモンのゴブリンを人化したのよりも背が高い。
「まあ大丈夫そうだな」
兄弟と共にゲートに飛び込む。すぐにいつものビジネス街へ。
「こら、たまげたべ……」
「石をあんな高く積んで倒れねえべか?」
コンクリートのビルのことを言ってるらしい。キョロキョロと周囲を見回しながらも、大人しくついてくる。まあ人間に対しては友好的だし、警察の世話になるようなことはしないだろうとは踏んでいたけど。
俺たちは電車に乗る。兄弟は切符を改札に通すのに3分くらい掛かったけど、まあなんとか。
車内でもたまげっぱなしの2人を他所に、電車は目的の駅へと到着した。
「ほら、降りるぞ」
「またあの変なのの間を通るだべか」
「人間たちが睨んでくるから怖いべよ……」
何度も改札通過を失敗してるとな。しかも見た目はアラフォーのオッサンだし。ガランドとかは上手かったけど……アレも人間の動きをラーニングしてたんだろうな。
「ていうか、オマエら、一応中級だろう? なんでそんなに不器用なんだ?」
「オラたちは、中級の搾りカスだべ」
「モロ様の手で進化したご先祖様は、間違いねく中級でしたけんども」
「ああ、オマエらの先祖はモロが弄ったんだったか」
そんな話も聞いたような気がする。
眷属とはまた違って、モロが管理してるワケではないそうだが。こういう魔族の眷属関係は、俺には感覚が分からないんだよな。割と曖昧だし。
それから俺たちは改札を抜け、駅舎も出る。流石に少し慣れたのか、兄弟は3回目のトライで切符を通すことが出来たよね。
そのまま街を歩き、以前も来た図書館へと足を踏み入れる。ナーロッパの図書館すら見たことが無い2人は「ほえ~」と口を半開きにしていた。
「本が沢山あるべなあ」
「すごく高級そうだべ」
あっちの本と比べれば、そりゃ装丁のレベルがダンチだからな。
俺は動植物関連の本が置かれているエリアに進み、1冊見繕う。
「なんの本ですだべ?」
「オマエたちが新しく育てられそうな品種を探すんだ」
「おお! オラたちのために!」
「魔王様がまたダーケンのことを考えてくださってるべ!」
本当はオマエたち自身が考えないとダメなんだけどな。
テーブルに座り、対面に兄弟も座らせた。そして本を開く。タイトルは『温暖気候で育つ作物』ということで、生育難易度が低く、種や苗の入手が簡単で、味が良くて……そんな都合の良いのが見つかるかなあと思ってたけど。
「あー。そうか……バナナか」
目次の『初心者でも失敗しにくい作物』の欄に、その名前があった。
不思議そうにしている兄弟にも分かるように、目次の示すページを開く。そこには青々としたバナナが木になっている写真。完熟前のヤツだな。
「ぜ、前尾だべ!」
「間違いないべ!」
え……?
「ぜ、前尾って。モロについてる?」
あのクソ猥褻物のことか?
「それですだべ。オラたちの先祖に、モロ様がつけたべ」
「んだんだ。だーけん、遺伝しとりますべ」
何やってんの、あのアホ。何が目的なの。
俺の呆れた顔を見て、何か勘違いしたのか。兄弟が焦ったように立ち上がる。
「ウソじゃないですだべ!」
「魔王様が疑ってるべ。見せ所だべ!」
ズボンに手を掛ける弟。
「ちょ、ちょ! 待て、やめろ!」
慌てて止める。
「脱がんで良い! 見せ所じゃないから!」
叫んだところで、
「あの……他の利用者様もいらっしゃいますので、お静かにお願いします」
少し離れた場所から、職員の女性が声を掛けてきた。
「す、すいません」
100%こっちが悪いので、平謝りしかないよね。
彼女は小さくペコリとした後、去って行った。
気まずい。というか、また騒ぎになる前に。
「両手を前に出せ」
兄弟に命令すると、素直に両手を前へ。そこにバインドの魔法を掛けた。2人がビックリしてこちらを見るが、首を左右に振る。口答えするな、と。
「なんかやっちまっただか~?」
「従うしかないべ~」
まあちょっと可哀想だけどね。日本の常識とか全く分からないんだし、悪気があるワケでもないから。
「出るぞ」
とにかくサッサと出るに限る。最後に職員に目で謝ってから、自動ドアをくぐった。
まったく。ネカフェにオッサン3人で入るのは、あらぬ誤解を生みそうだから、図書館にしたってのに。また別種の苦労をさせられるとは。
まあともあれ。調べ物の成果は出た。2人の手錠を外してやる。
「前尾は出すなよ?」
「分かりましただべ」
「オラたちのなんて退化して小せえんだどもなあ……」
大きい小さいの話ではないんだよ。
その後、色々と話を聞いてみると。やっぱりモロの前尾と同じように、排泄や生殖の機能は無い謎器官の模様だ。ちなみにホブゴブリンたちは栄養が満ち足りると(雌雄問わず)卵を産み、それで増えるらしい。
ていうか、それなら食わせれば食わせるほど増えるワケで……キリが無いな。どっかで人口統制しないと。
「しかしバナナの苗木かあ。そうだなあ」
ネット通販は当然使えないから、電車圏内に種苗を取り扱ってる店があると良いんだけど。
あれこれ考えながら、テクテク歩いていると……以前も見たキッチンカーを発見した。おにぎりのヤツだな、と思いながら近づいてみると。
「あれ? クレープか」
多分だけど、日によって来る業者が違うんだろうな。
「止まっとる鉄の馬車みてえだべが」
「食べ物を作れる馬車……だべか?」
兄弟はやや警戒しながら見上げている。小柄な彼らからすると、車高の高いキッチンカーは少し威圧感を受けるのかも知れないな。
「いらっしゃいませ~」
っとと。買うつもりじゃないし、サッサと立ち去る……いや、そうか。チョコバナナクレープとかもあるよな。コイツらに先に味見させてやるのも手だな。美味かったら育てるモチベにもなるだろうし。
「あー、えっと。チョコバナナクレープを3つ下さい」
一瞬、「俺は違う味でも良いんだよな」とも思ったけど。久しぶりだから王道のチョコバナナを食うことにした。同行者がニュイやガランドなら、違う味を選んでシェアという手もあったけど。そこまで親しくないオッサンたちとするのは、俺としても抵抗が勝つわ。
「チョコバナナ3ですね。アイスもトッピング出来ますが?」
「あ、大丈夫です」
ベーシックなのが良い。5年ぶりだし。
店員の女性は注文を受け、早速生地を成形し始めた。兄弟は背丈の関係上、ちょっと見えないか。ただそれでも、
「甘いニオイがするべ」
「砂糖のニオイだべか?」
「もっと美味いモンだ。まあ待っていろ」
小声で言うと、大人しく待ちの体勢に入ってくれた。本当に素直で助かる。
5分と待たず、まずは1つ目が完成した。受け渡しの際に、もう先に3つ分の会計を済ませておく。そして、完成品を兄の方に渡した。
「なんじゃこりゃ! 美味いべ!」
「オラにも! オラにも!」
もう食ってんのか。普通は魔王に遠慮して、揃うまで待つとか……まあ良いか。
2個目が出来たので、弟にも渡してやる。
「甘いべ~」
「喉が蕩けそうだべ~」
目を細め、頬は緩みっぱなし。
その黄色い輪切りがバナナだぞと教えてやると、俄然育てる気力が湧いたみたいで、目を爛々とさせていた。
「お、お待たせしました。3つ目です」
店員さんは少し引き気味だ。オッサン2人が、クレープを生まれて初めて食ったような反応(実際そうなんだが)してるのを見せられれば、無理もないか。
最後のクレープを受け取り、ようやく俺も甘味にありつく。
まずは1口。クリーム部分だけ。
「ん」
ホイップクリームの濃厚な甘みに、牛乳のフレーバー。そしてビタースイートのチョコソースが口の中で主張を始める。もったりと、口中を圧倒的な甘さが満たした。
続いて、バナナとクリームと生地を一気にいただく。モッチモチのアツアツ生地を噛み千切ると、舌が層構造を感じ取る。薄い皮のテロテロが、だけど重なるとモチモチになるのは不思議だよなあ。
輪切りのバナナもねっとりと上アゴの裏に纏わりついてきた。甘い中にも瑞々しさが際立ち、噛めば果汁が滲む。クリームの人工的な甘さの中に混じると、得も言われない。
「ふごふご!」
「はぐはぐ!」
ホブゴブリンたちも食い散らかしてるな。キッチンカーの脇にはズレてるんだけど、店員から見える位置ではあるので……
「あ、あはは」
苦笑いではあるけど、まあ悪い気もしてない感じだね。これだけ大喜びで食ってくれたらな。
やがてフィニッシュ。俺は垂らさずに食べられたけど、兄弟は手がクリームまみれだ。当たり前のようにベロベロ舐め取るモンだから、また店員は顔を引きつらせていたけど。
「美味かっただあ!」
「この世のモンとは思えないべな!」
晴れやかな顔で、クレープの包み紙をゴミ箱に放る兄弟。
「よっし! くりーむなるのは無理だども」
「バナナは育ててみるべや!」
新たな農作への意欲を燃やしているようだった。




