32:あんぱん
翌日から2日使って大捜索網が敷かれた。といっても、2日(2時間)なので、まあ実際は大してかかったワケではないんだけどね。こういう時、1日1時間の縛りは辛いよな。
ちなみにメダマコウモリの大群は、全員を擬人化するのは大変すぎるので、スズメの姿に変化させた。電線に逆さに止まらないよう、口酸っぱく言い聞かせたけど、一抹の不安は残ってる。
まあ色々と苦労はしたものの、なんとか徳山さんを見つけ出すことに成功した。ただなんの因果か、会社を突き止めたかったのに、自宅の方が先に分かってしまったというね。
「いきなり自宅に押し掛けたら、ヤバすぎるよなあ」
会社でも大概だけど、自宅はね。ストーカーというか……いやまあ普通に現時点でストーカーだけど。
ニュイに意見を聞いたところ。
「分かったのなら……行こう……」
とのこと。
まあ自宅を張っておけば、会社に出勤するのを尾行して……やっぱ完膚なきまでのストーカー行為だな。それでも自宅に突撃するよりはマシか。
「何を躊躇う必要があるんですか?」
サーシャが不思議そうに首を傾げる。コウモリたちの指揮の関係もあって、事情は話してあるからな。彼女からすると、対象を見つけて接触するための作戦なのに、二の足踏んでる意味が分からないんだろう。
「日本だとな。2回くらい話したことあるだけの男性が自宅に押し掛けてくるのは、若い女性からすると恐怖以外の何物でもないんだ」
全く知らない男でも怖いけど、2回くらい気さくに話せた後にストーカー化って「いかにも感」凄いんだよな。
「よく分かりませんが、取り敢えずメダマコウモリたちは帰しますね」
「ああ、報酬のフィアーは追って払うと伝えておいてくれ」
「ワンアイはブルーベリータルトを所望しておりますが」
「分かった。今度、買って帰るよ」
そっちは良いとして。
改めてニュイとサーシャを説得し、なんとか会社の方を突き止める方針で固めた。
というワケで移動を開始する。時刻は朝の7時半。まだ徳山さんは家に居るだろう。住んでるのは、いつものビジネス街から1駅くらいの場所だし、早出を命じられてるとかじゃなければ。
「魔王様」
移動の途中でサーシャに呼び止められる。なんだろう、と振り向くと。コンビニを指さしていた。
「あんぱんと牛乳を買いましょう」
「何故?」
「ルーマーコンダクターで調べたところ、尾行や張り込みの際には牛乳とあんぱんと相場が決まっているそうです」
毎回この女、素晴らしい能力をクソみたいな使い方してるよな。
と、止める間もなく。コンビニに入店してしまう。しまった。ある程度の自由裁量を与えるために、従属魔法を緩めたんだった。
「仕方ない。入ろう」
ニュイの手を引っ張り、アホの後を追って店内へ。追いつくと、改めて従属魔法の拘束を強めておいた。
それでも「食べたい」と駄々をこねるので仕方ナシにあんぱん&紙パック牛乳のセットを買って、店外へ出た。
「まったく」
まあ気負い過ぎるより、これくらい緩い方が良いのかもな。俺はどうしてもバレたら変質者という日本の常識に囚われてしまうけど。
コンビニから更に数分歩いて、現着。時刻は7時45分。始業が9時だとしたら、8時過ぎに出るとは思うけど。よう考えたら、「今日はリモートです」パターンとか喰らったら終わりなんだよな。
まあその時は出直し……ん?
対象のマンションの近く、金髪の若い男が直立不動で居た。
「……」
誰かと待ち合わせしてるのかな。スマホも弄らずに、ずっと立ち尽くしている様子が奇妙に映るが……まあ俺たちには関係ないか。
「結界魔法……掛ける……」
「うん」
ニュイが俺たちの周りにガチガチのを掛けてくれる。これでバレることは無いハズだが……また運命のイタズラがあるかも知れないし、完全に気を緩めることはしちゃいけないな。
「ルイ様。あんぱんを食べましょう」
「……そうするか」
まだ予想時刻まで15分くらいあるからな。
俺はコンビニの袋から、あんぱんと牛乳を取り出す。ストローを挿してやって、2人に牛乳を渡した。
俺も1口いただく。
「おお」
驚いた。そうか、牛乳も質が全然違うモンなんだな。あっちの世界のクソ牛がひり出すクソミルクとは明らかに違う。
「美味しいです。日本は牛乳まで違うのですね」
「うん……こんなの……飲んだことない」
2人にも好評だ。
続いてパン袋の口を開けて、あんぱんを半分だけ出した状態を作る。それをまた2人に渡した。その間も、もちろんマンションの出入り口から視線は切っていない。
俺の袋も開けて、3人で1口齧る。
「ん」
フワフワのパン生地の中に、甘ったるい粒あん。最近、大福も食べたけど、少し食感が違うんだよな。そのまま飲み込むことはせず、牛乳を口中に流し込む。
すると、パン生地が牛乳を吸って瑞々しくなり、そしてあんこにもまろやかさが加わった。この組み合わせ考えたヤツ、天才だよな。ていうか、そうか。コレ、学校給食の味だわ。DNAに染み付いてるパターンだな。
「パンだけでも……美味しいけど……」
「牛乳を飲みながら食べると更に美味しいですね」
2人には逆に新鮮な味なんだろうな。
不思議な流れで摂ることになった朝食だけど、案外悪くないよね。
……なんて呆けている時だった。
さっきの男が怪しい動きを始める。マンションの隣家が出しているゴミ袋の後ろに回り込むと、その場でしゃがみ込んだ。ん? 何かから隠れるような動きだが……
「あ」
「あの人間ですよね?」
ニュイとサーシャの言葉に、不審者から僅かに視線を外す。マンションのエントランスから女性が出てきたところだった。徳山さんだ。疑ってたワケじゃないけど、本当に探し出してきたんだなあ。俺がウロ覚えで伝えた人相とかの情報だけなのに。
メダマコウモリたちへの報酬は多めに積んでやろう。
「移動……するみたい……」
俺たちも追いかける。慌てて残りのあんぱんを牛乳で流し込む。無意識にやったけど、なんかマジで刑事ドラマっぽい食い方だったな。
「あの男も動いてますね」
「うん……なんだろう……暗殺者?」
こっちの世界に暗殺者は居ないけど……なんか嫌な予感がするな。
「サーシャ。従属は解除しておくが……くれぐれも頼むぞ」
変なことをする許可を与えたワケじゃないと言い含める。
「分かっていますわ。流石に状況を弁えています」
まあ俺とニュイが居れば、大体の事態には対応できるとは思うけど、念のためな。
金髪男が早歩きで徳山さんに迫る。なんというか、動き方が危ない。激情に駆られているような、迷いの無さだ。コレはマズいか。
「っ!?」
足音に気付いたのか、徳山さんが振り返る。男の姿を認めた彼女は、恐怖に顔を引き攣らせた。知り合いか?
「来ないで!」
悲痛な叫びと同時に、走り出す。
男もダッシュ。
「結界魔法を張りながらでは遅れます!」
「ニュイ! 解いて!」
即座に結界魔法が解けた。加速して追いかける。少し先で、徳山さんは男に腕を掴まれていた。
「逃げてんじゃねえよ!」
「いや、やめて!」
「別れるって、なに勝手に決めてんだ! 俺の許可もナシに!」
漏れ聞こえる限り、痴情のもつれだろうか。
って、冷静に分析してる場合じゃない。
「あの人間を助ければ良いのですね?」
「ああ、だが魔法は使うな」
朝8時10分。駅に向かうこの道は、通勤途中の人もそれなりの数居る。彼ら全員に、催眠や忘却の魔法を掛けるのは現実的ではない。
「けど……!」
物理で倒すにしても、まだ射程距離外だ。人にぶつからないように加減して走っているので、どうも速度が出ないのだ。
「というか、この者たちはか弱い女子が困っているのに、助けようともしませんの!?」
それについては、うん。最近は仕方ない側面もあるんだ。
ようやく追いつくかというところで、逆に徳山さんが男の手を振り払った。そして駆け出す。駅舎へ入って行った。
「俺たちも!」
徳山さんは階段を上っていく。男も続く。俺たちはその後方だ。
「待てっつてんだろ!」
ドスの利いた声。ヤツの言い分では、元交際者に復縁を迫っている感じだけど……こんなんじゃ逆効果なんじゃないかと。
「前世も……男の趣味は……悪かった」
あ、そうなんだ。
ていうか追いつきそうだ。あと3段。というところで、
「きゃっ!?」
短い悲鳴。男が徳山さんの髪を掴んだのだ。それでバランスが崩れ……彼女だけ回転して、そのまま左肩を下にして落ちてくる。
「っ!」
ニュイが跳ねた。空中で彼女の体を受け止め、見事に段の上に着地する。
「うわわ!?」
近くのサラリーマンが転落しそうになるので、俺は魔法でその背を支えた。他に二次災害が起きる気配は……無さそうだな。
と。男が階段を駆け上がり逃げていく。流石にマズイと思ったんだろうが。
「サーシャ」
「はい」
パチンとサーシャが指を鳴らす。するとすぐに、男が転倒した。ブラインドの魔法だろう。突然、目の前が真っ暗になったことで錯乱した声をあげる金髪男。
「ワタクシの魔界ノミのおやつにしても良いでしょうか?」
「ああ。だが警察に一度逮捕させてから、その後だな」
「それでは何年も拘置されるのでは?」
「いやあ、恐らく数日で出てくるよ」
どうせ殺人未遂とかにもならないだろう。ストーカー規制法とかいうガバガバ法規が発動して、接近禁止命令(それも大した強制力は無い)とかそんなモンじゃないかと。
「ワタクシは人間の法には疎いですが……加害した者に甘すぎるのでは?」
「甘いね。さっき食ったあんぱんより甘い」
なので、魔界流で裁かせてもらうワケだ。
俺は床をのたうち回る男に近づいて行って、膝を落とした。そうして体を押さえつけている間に、軽く男の掌に傷をつける。そこから微量の魔力を流し込んだ。
――ぴた
男の動きが止まる。掌握完了、と。こんなカスの自我を乗っ取るだけなら、爪の垢レベルの量で事足りるからな。
「……大人しくしてろよ?」
それだけ言いつけたところで、騒ぎを聞きつけた駅員がやって来る。いやあ、朝から大変だね。
俺は男を彼らに引き渡し、階段の方を見やる。ニュイに支えられながら、徳山さんが上がってきた。どこか呆然としてる。ショックで憔悴しきっているという感じか。あるいはニュイが受け止めたものの、脳が少し揺れたのかも知れない。カバンのヒモが片方だけ肩に掛かっているが、中からリップが零れ落ちそうなのにも気付いた様子もない。
「あ……アナタは」
俺には気付いた様子だけど、それ以上の言葉は紡がれず、目も虚ろだ。やはり意識混濁もあるだろうか。
男を連行して行ったのとは別の、女性の駅員が駆け寄ってきた。
「お任せします」
「え、でも」
警察対応とかあるのかも知れないけど、こっちも色々と脛に傷があるからな。
俺はサーシャに目配せ。ニュイの方も……静かに頷いた。
「すまんな」
ゆっくり話せる時間を作ってあげられたら良かったんだけど。
「ううん……大丈夫……今度こそ助けられたから……きっとこのために……縁が」
そう、かもな。
運命の女神の気まぐれから始まった、世界を越えて魔剣が元オーナーを救済するための奇縁。それでニュイの望んでいた自己満足が果たせたなら……とても意義があった。
最後に彼(彼女)は、徳山さんを振り返って。
「ゴメンね……こっちでは……幸せにね」
優しく、子に語る母のような口調。
その横顔には、寂しさと晴れやかさの両方が浮かんでいた。
余談だが。
あの男は1週間ほど後に、釈放されているのを確認してから、魔界ノミのおやつにさせてもらった。ギリギリ死んではいないが、数年はマトモに動けないだろうな。




