31:山菜蕎麦
ニュイと初めて会ったのは、俺が新魔王として覇道を歩み始めてすぐの頃だった。ガランドが「箔をつケるためニも、魔剣を手ニ入れましょウ」と提案してきたことがキッカケだった。
まあ当時は異世界人初の魔王ということで、俺の能力や性質に懐疑的な層も多かったからな。誰も手懐けられないとされる魔剣を掌中に収めれば、確実に1つの勲章にはなるだろう。ということらしかった。
魔剣は、ダーケン村付近の険しい山岳の頂上にあった。誰が言い出したかは知らないけど、「飛行魔法のようなズルをすれば魔剣は心を閉ざしてしまう」という情報があったので、徒歩で山登りをしたのを覚えている。
後でニュイ本人に聞いたら、「別に……そんなの……関係ない」とのことだったので、全くの無駄骨だったが。
「勇者の聖剣ト同じようニ、資格ある者だケが抜けルそうデス」
ガランドの言葉通り、山頂の大きな岩に突き刺さっていた魔剣は、一筋縄ではいかなさそうだった。
剣の柄を持ち、グッと引っ張ってみる。硬い。
「物理的な硬さもあるけど……なんだろう」
剣自体が、ここから離れたがっていないというか。
2分ほど踏ん張ってみて、ビクともしないので小休止。
「ガランド……この剣は実際どういう由来の物なんだ?」
「200年ほド前から魔剣とされテいる物デス。持ち主ガ次々と非業の死を遂げルため、ここニ封印されテいるそうデス」
そして封印されるまでの間に、10人近くのオーナーを葬ってしまったという。
ただ……なんというか。本当にそんな禍々しい剣なら、この場所に留まろうとしないと思うんだよな。意思、のようなものを感じた俺としては、むしろ……これ以上の被害を出さないためなんじゃないかと。つまり封印されているではなく、隠居しているというか。
そもそも俺でも簡単に抜けないくらいの力を持っている魔剣だし、そんな代物を人間が簡単に封印できるのかと考えると、甚だ疑問だ。
そこら辺のことをガランドにも話すと、
「なるほド、確かニあるかモ知れまセん。サーシャが居れバ、噂ノ真相も探れタのでしょウが」
サーシャは、まだ俺の力に懐疑的というか、全面的な味方じゃないんだよな。
「まあ居ない者を嘆いていても仕方ない。俺だけで出来ることを、だな」
少し対話を試みてみようと思う。
引っこ抜くのではなく、そっと柄に手を置いた。優しく優しく握る。
(魔剣よ。聞こえるか?)
かすかに反応があった……気がする。
(ここを離れたくないのか?)
肯定の意が返ってきた……気がする。
(それは何故だ?)
問いかけてから辛抱強く待つが、何も返って来ない。
流石に言葉までは無理か。と、諦めかけた時。
(……もう誰かと……別れるのは……辛いから)
途切れ途切れな話し方だが、返答があった。
少し驚きつつも、言葉の意味を推し量る。魔剣として生きるうちに起きた別離。それは即ち、オーナーとの別れのことだろう。
(それじゃあ、キミは1人でここにずっと居るつもりなのか?)
訊ねると、しばらくの沈黙があった。たっぷり10秒ほど経ってから、
(…………仕方ない……)
そんなセリフが返ってきた。メッチャ寂しそうなんだが。
(……俺の元に来るか?)
(ダメ……また……呪いの力で……)
(……)
(!? アナタ……呪い無効の……特性?)
(ああ。俺より強い存在からの呪いだとダメだけどな)
一応、この魔剣よりは強いらしく。恐らく俺に、その呪いは効かない。
(アナタ……何者?)
(一応、新しい魔王に就任させてもらった、阿久間類って者だ)
(アクマ……ルイ……?)
(ルイが名前だよ。他の連中も、その名前で呼ぶヤツも多い)
魔王様と呼ぶヤツも居るし、気分でランダムに呼ぶヤツも居る。
(って、俺の呼び方なんてどうでも良いか)
と思ったら、
(ううん……大切……)
(え?)
(ルイは……ニュイの……オーナーになりたくて……来たんでしょ?)
(あ、ああ)
文脈からして「ニュイ」というのが、この魔剣の名前のようだ。
(呪いが効かないなら…………もう一度だけ……オーナー)
これは。
(……1人は……寂しいから)
ニュイ……そうだな。こんな所で1人ぼっちだったもんな。
(よし。じゃあ決まりだな。これからよろしく。名前、ニュイで良いんだよな?)
(うん……前のオーナーがつけてくれた……よろしく……ルイ)
その会話を最後に、目の前の魔剣がひとりでに石の台座から抜けていく。ガランドが驚きの声をあげる中……魔剣の柄はピタリと俺の掌中に収まったのだった。
こうして俺とニュイはバディとなり……数日後には俺の魔力で人型へ変身できるようになった。今までの辛い過去、そして慣れない人の姿。当初はずっと表情も硬かったけど、共に戦う日々を過ごすうち、少しずつ打ち解けていってくれて……今のような愛らしい少女(少年)となった。
………………
…………
……
長く閉じていた目を開く。私室の隣に作ってある瞑想室内の景色が目に飛び込んでくる。竹垣と石灯籠で和風に仕上げたインテリア。
「ふう」
部屋の中で立ち上がる。
このタイミングで俺と彼女(彼)との出会いの景色が、瞑想の中で視えたということの意味だよね。
この部屋での瞑想は、実はかなり魔術的な意味を帯びる。日本人に話せば、「そんなスピリチュアル」と笑われるかも知れないが、腐っても魔王が精神力を高めるための部屋。そこで視えた景色なのだ。
「縁、か」
改めて俺とニュイの縁を再認識するような。
それが意味するところは……なんだろうな。
瞑想部屋を出る。今日は既に日本へは渡航済みで……実は食材を買ってきていた。昨日の今日でニュイを連れ出すのは難しいけど、なんか美味いモン食って元気出して欲しい。という意図で、自炊することにしたんだよね。
といっても、俺は大した料理は作れないので、蕎麦を茹でるだけなんだけど。
私室に戻ると、早速調理に取り掛かった。
2つの鍋に水を張り、炎魔法で熱していく。そこで魔剣がカタカタと揺れた。「おいで」と声を掛けると、人化してくれた。流石に避けられたりはしないか。内心、ホッとする。
「……何を……作ってるの?」
「うん。山菜蕎麦だね」
お湯が沸騰してきたので、生麺の蕎麦を放り込む。鍋2つに1人前ずつ。その間に、添付のめんつゆも袋から出して、3つ目の鍋で煮ていく。
「……ラーメンと……似てる」
「うん。けど原材料は全然違うんだよね。きっと食べたら驚くよ」
蕎麦の実は独特の風味があるからね。
茹った蕎麦がポツポツと鍋の中で泳ぎ始めた。ダマが出来ないよう、適度に掻き混ぜつつ頃合いを見計らう。
「うん、良いかな」
アポートで麺だけ浮かしてしまう。上下に軽く振って湯切り。
温めていたそばつゆを器に移して、そこに麺も合流させた。
「これで……完成……?」
「ううん。あと少し」
これまたスーパーで買った山菜のパウチを開けて、中身を器に投入する。最後に生卵をポチョンと落として……完成だ。
「ほい。召し上がれ」
テーブルの上に配膳し、レンゲと箸も渡す。俺とニュイは対面同士に座り、
「いただきます」
「いただき……ます」
まずはレンゲでつゆを掬う。対面のニュイもマネをして、2人揃って啜った。鰹節とみりんの風味を濃く感じる。ちょっと甘めな仕上がりかも。でも美味いね。
続いて麺をリフトする。角の立ったキレイな麵線だ。啜る。
「ん~」
美味い。つゆの風味の中に、わずかに匂い立つ蕎麦粉の香気。そしてツルツルとした舌触りと角の強いコシ。
「凄い……ラーメンと……全然違う」
「でしょ?」
軽く笑い合う。ニュイの笑顔に、なんだかホッとした。
「この植物……あの山にも……生えてた」
「え? あ、ああ」
ニュイが封印されてた山だな。人間界側だし、日本と似たような植生も有り得るか。クルンと穂先が巻いた特徴的な見た目だから覚えてたんだな。
「ゼンマイってヤツだね」
「モロが……持ってるヤツ……?」
露骨に嫌そうな顔になる。モロを苦手にしてるニュイだが、意外とヤツが使ってる部品とか分かるんだな。
「名前が一緒なだけで、ちゃんと食べられる物だよ」
言いながら、先に摘まんで食べてみせる。少しコリッとしてるけど、全体的には煮汁をよく吸って柔らかい。
ニュイも口に入れる。咀嚼して飲み込むと、ジッと止まった。
「あの草……こんな味……だったんだね」
「まあ丁寧な下処理のおかげだけどね」
そのままじゃ苦みとエグみが強くて食べられない物だったと記憶してる。
それから俺たちはワラビやキクラゲも食べて、色々と味の感想を言い合って。余熱で少しだけ固まった卵も味わうと。
――ずるる
麺を啜りきって完食。久しぶりだけど、やっぱり美味かったな。
「蕎麦……美味しかった……山菜も……懐かしい気持ちになった」
「だなあ。あの山、また行くか」
「うん……それ良いかも……ニュイとルイが出会った場所」
「ああ。縁の始まりだ」
「……縁……」
ニュイは少し躊躇うような間を置いて。
それからゆっくりと口を開いた。
「あの女の人……」
徳山さんのことか。事情、話してくれるみたいだな。
ニュイはまた少しだけ沈黙を挟んでから、言葉を紡ぐ。
「多分……元オーナーの……生まれ変わり」
「!?」
マ、マジか。でも、そうか。それであの反応だったのか。
「瓜二つすぎて……驚いた……」
徳山さん、マスクしてたから顔の全体は分かんないんだけどな。魂の形とか、そういうスピリチュアルなヤツかも知れない。俺の瞑想と同じで、魔族のそういう概念は日本の眉唾やインチキの類じゃないからね。ガチのマジだ。
「思わず……隠れちゃったけど……会うべきだった」
「そうなのか?」
嫌な思い出があって避けたワケじゃないのか。
「彼女が死んだのは……ニュイのせい……だから」
「え?」
「会って……謝るべき……だった……向こうは前世のこと……覚えてないと思うけど」
「……ニュイのせいってことは無いんじゃないか?」
「ううん……最初は偶然だった……呪いによる死も……徐々にニュイが呼び寄せるようになって……しまった」
ニュイの歴代オーナーは、おおよそ冒険者稼業やそれに類する者。つまりはまあ、元々カタギの連中より遥かに死亡率が高いワケだ。だから最初は偶然で片付けられてたんだけど……持ち主が死んでも刃こぼれ一つ無く爛々と輝く剣(ニュイの性能は超上級魔族クラスなので頑強さも尋常ではない)を見た人間たちは、次第に恐れを抱くようになったのだという。即ち「魔剣」と。
そして。その名に恥じぬ呪いの特性を、いつしか本当に帯びるようになってしまったのだ。
繰り返すが魔族のスピリチュアルやら言霊やら呪いという概念はガチだ。
「ニュイに……名前をつけてくれたのに……殺してしまった」
「ニュイ……」
「ダンジョン内で落盤……滅多に無いこと……それこそ呪いでも……受けてない限り」
そうか。徳山さんの前世は、冒険者だったのか。
しかしダンジョンの落盤事故って、俺も聞いたことないな。先代の頃の出来事だろう。
「……ニュイは、徳山さんに会おうと思うのか?」
「……うん……自己満足だとは……分かってるけど」
どうなるかは分からないけど、ニュイが望むなら、俺としては協力は惜しむつもりはない。
ただそうなると……まずは徳山さんを探さないといけないよな。これだけ縁が深いなら、また運命の女神の配剤で会えるかも知れないけど。不確実だし、いつになるかも分からない。
「メダマコウモリかモロあたりに相談してみよう」
「……メダマコウモリで……」
モロ、嫌がられすぎでしょ。




