30:ピザ
さてと。これにて完全にメンローチの件は片付いた。ザコーイのヤツも戦績は向上しており、再赴任後は11勝3敗(仮死のみで死亡は0)と、かなり健闘している様子だし、メンローチ改も順調との報告が上がっている。
「今日は何の憂いも無く、飯を食いに行けるな」
食いたい物リストを広げて睨めっこする。うーん。出来たら1人で食いに行きやすいのが良いよな。
と。なんかリストの端っこの方に字が書いてあるのを見つけた。丸っこい字体で『にゅいもいっしょに』とあった。え、なにこれ可愛い。
字が書いてあるのは、既に済のバッテンを打ってある『パエリア』と『鍋』の間、『ピザ』の文字の横だった。
「なるほど」
良い読みだね。確かに複数人で食べる系の料理をまとめておいた箇所だし。
ワンチャン、自分も連れて行ってもらえると踏んだんだろう。
「ニュ、ニュイ?」
――カタン
反応があった。やっぱり起きてたのか。
壁から取り、刀身を抜き放つ。ボフンと煙に包まれ、それが晴れたところで、黒髪セミロングの美少年(美少女?)が現れた。
「……」
気まずいのか、少し赤面している。凝視していると、プイと顔を逸らされた。
「俺が寝てる間に、これ書いたの?」
小さく頷いた。
寂しかったのか、と訊ねるのは何か自意識過剰っぽくてキモいけど。でもそういうことなんだよな。ちゃんこ以来、ロクに構ってなかったし。
「ゴメンな。少し忙しくてな」
とはいえ、ソロで日本に行ってた日もあるから、完全に忙殺されてたとまでは言えないんだよな。
「ニュイ……避けられてる……?」
「そ、そんなことはないよ! 絶対ないよ!」
今も可愛すぎて、ややもすると抱き締めたくなってるくらいだ。なんなんだろうな、この全男性が女子に求める健気さや一途さを凝縮したような性格は。曇らせてしまったことに、物凄い罪悪感を覚える。
というワケで全面降伏だ。
「ピザ、一緒に行こう。な?」
「うん……良いの……?」
「もちろんだよ。イタリアンとかフレンチとかは、ちょっと1人で入りにくいから、ニュイが一緒だと助かるよ」
おだててるとかじゃなく、コレはガチの本音だ。
「ん……なら……一緒が良い」
抱き着いてくる。ああ、可愛い。父性? 兄性? そんな愛おしさと同時にニュイの柔らかな体に、理性も殴られている感覚。なんかもう、なるほど魔剣と言うべきか。魔性だよね、本当に。自覚ナシでやってくるのも含めて。
と、そこで。不意に視線を感じて、そちらを見やる。私室のドアの前にガランドが居た。
「……もシや、お世継ギを」
「作らないから」
ていうか魔王は完全世襲制じゃないんだから、子供を作ったとして……じゃなかった。そもそもニュイは男の子の可能性も……ってそれも今は違うな。
「覗き見とは趣味が悪いぞ」
ニュイの体をそっと離しながら、ガランドを睨む。
「いえ。そノようなつモりは無カったのデスが……」
「ガランド……多分……コーヒーの話」
「コーヒー?」
ガランドが大きく頷き、
「ニュイの言ウ通り、コーヒー豆の納入ニございまス」
「ああ、もう無くなったのか」
魔界で大流行だな。今や中級以上は全員飲んでるんじゃないか。
「ハンコだケくださイ」
「ああ、はいはい」
ガランドの持っている書類に魔王印をポンと押す。数とかは据え置き、値段も据え置きで……
「来月カら100グラムあタり2フィアー値上げのようデス」
「うぐ」
おかしいだろ。俺がコーヒー豆の存在を教えてやったのに。製法まで教えてやったのに。
「……向こうモ、断腸の思イと言っテおりまス」
「今度、呼び出して話をしないといけないな」
ダーケン村の連中にも何かあるのかも知れない。
「それデは、ワタクシは納入ノ指示を出しテきますのデ」
「ああ、よろしく」
そのまま立ち去って……ん? ひょこっと骸骨の顔だけ扉の影から出す。
「お土産ガあれば……嬉しいデス」
「あ、ああ。分かったよ、買って帰る」
ピザもテイクアウトできるしな。
「よし。じゃあ行こうか、ニュイ」
コクンと頷いた彼(彼女)は嬉しそうに顔を綻ばせている。花が咲いたよう、とはこのことか。うーん、可愛い。
ゲートへと飛び込み、いつものビジネス街へ。と、しまったな。13時近くまで待てば良かったのに。現在時刻は12時19分。見事に勤め人たちとバッティングしちゃうな。
早食いのサラリーマンが定食屋から出てきて、タバコに火を点けるのを尻目に。俺たちは目的地へと急ぐ。
「どこか……美味しいお店……知ってるの?」
「うん。穴場的な場所だけど、美味いらしい」
以前、何度かお世話になった自然公園の南側。ちょっとオシャレな店が建ち並ぶエリアなので、オッサンのソロは躊躇われたんだけど。今日はニュイが居るからね。
10分近く歩いて、目的の店へと到着。やはり空いてる。味は確かだそうだけど、まあオシャレイタリアンは優雅に食べるイメージが強い。ビジネスランチには向いてないんだろう。
中へ入る。店員が気付いてくれたので、指を2本立てた。彼は少し店内を見回した後、
「テーブル席、御予約で一杯でして……カウンターでもよろしいですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
チラリとテーブル席を見る。有閑マダムの群が占拠していた。なるほど。コレが平日昼でも店を開けてる理由か。
着席して、紙のメニューを見る。ズラリ、横文字が並んでいた。翻訳魔法は掛けているだろうが、それでもニュイはチンプンカンプンだろう。いや、俺もあんまり分からんけどな。
「メニューの下に小さい文字で説明があるだろう?」
マルゲリータの下には、トマトソース、モッツォレラチーズといった具合に。
「うん……ルイと……同じのが良い……」
ある意味、キミは楽で良いよね。
「そうだなあ……」
カウンターの向こう、店員(というか1人なので店長か)と目が合った。
「オススメとかありますか?」
「そうですねえ。よく出るのはマルゲリータとか、カプリチョーザですね」
「カプリチョーザ……」
オーソドックスなマルゲリータより、そちらが気になった。説明書きを読むと、『トマトソース、モッツォレラチーズ、ホウレン草、ソーセージ、オリーブの実』とある。マルゲリータに具材が色々乗った系みたいだな。
「気まぐれという意味のイタリア語ですね。具材は結構、店によって違ったりします」
「へえ」
勉強になった。
「じゃあ、そのカプリチョーザを2つ」
「ありがとうございます」
折角なので頂こう。
店長は早速、生地を伸ばし始める。丸いモチモチの下に両手を入れ、タプタプと。かなり薄くしていくみたいだ。
「凄いね……手捌きが……熟練」
「ああ、プロの技だ」
ただ恐ろしいことに。俺たち、アレを見ただけで完コピできるんだよな。魔族の性能はつくづくイカレてる。
生地の成形が終わったところで、具材も盛り付け。銀の長いテコみたいなのに乗せて、窯の中へと差し入れた。
薄い生地を高温でパッと焼き上げる。ナポリスタイルってヤツかな。
少し待っていると、店長が再びテコを窯の中に入れる。戻ってきた時には、その上にキレイな焼き色がついたピザが乗っていた。皿に移して、俺たちの眼前にサーブされる。
「お待たせしました」
「おお、美味そう」
ナイフとフォークがあるので、自分で切って食べるスタイルだ。早速、「いただきます」をしてから。
フォークで生地を押さえて、ナイフで8分の1サイズを切り出す。やはり生地は相当薄いな。ニュイも俺と同じ動きをして、
「チーズが……凄く……伸びる」
熱々のチーズに苦戦していた。確かにコレは伸び伸びだ。生地を軽く丸めるようにして、伸びたチーズごと畳んでしまって、
――ぱく
熱い。美味い。トマトソースの酸味、チーズのコクと乳臭さ。ホウレン草も旬のせいか、少し甘さを感じる。そこに塩気と肉の旨味をたたえたサラミソーセージが絡まって。更には、輪切りにされたオリーブの実。コレが伏兵だった。恐らくワインか何かに漬け込んであるんだろう。かすかな苦味と甘みが同居していて、ピザ全体のアクセントになっている。
気まぐれと言いつつ、完璧に計算された配置としか思えない。
「コレ……凄く……美味しい」
ニュイも気に入ったみたいだ。良かった。
俺たちは、そのまま黙々と全ピースを平らげてしまう。最後の方が少し冷えてしまったのは残念だったけど、それでも美味かった。
「ご馳走様です」
「ありがとうございます」
「凄く美味しかったです」
「あ、ありがとうございます!」
店長のオジサンは、嬉しそうだ。あまり言われないのかな。普通にオリーブの実とか、手間暇かかってて美味しいのに。
まあ良いや。お会計を言われる前に、
「身内にも買って帰りたいんですけど、テイクアウトって出来ますか?」
「え? ああ、出来ますよ。ありがとうございます」
チラリとテーブル席を見やった店長さん。永遠に喋り続けているマダム勢は、何か追加注文する気配も無い。金持ちほどケチだよなあ。
「同じ物でしょうか?」
「はい。カプリチョーザで」
他のも試したい気もするけど、まあ俺たち2人ともが美味かったヤツの方が安牌だもんな。
「お先、お会計だけ」
「あ、はい」
「テイクアウト分も入れまして4820円ですね」
1600円×3ということだね。20円は箱代だ。
その後、俺たちは店の外へ。中で待っていても良いよという話だったけど、13時を前にチラホラ客が入ってきたからね。
「ニュイ、少し寒いか?」
「ううん……平気……」
と言いながらも、俺の体の側面にピタリくっついてくる。
その時だった。
「あれ? アナタは」
声に振り向く。店の入口前に見知った女性が立っていた。徳山さんだ。
「ああ、こんにちは。奇遇ですね」
「はい、あはは」
苦笑のような愛想笑いのような。徳山さんは連れ合いの女性2人と優雅なランチに来たみたいだ。平日休みが取れたパターンかな。
俺も今日は連れが居るからな。紹介まではしないでも、会釈くらいはさせて……あれ?
振り返ると、ニュイが居ない。えっと……
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。テイクアウトまだかなあって……あ、お引き止めしてすいません。どうぞ、どうぞ」
俺の店でもないけど、入店を促してしまう。お連れさんも居ることだし、店の入り口付近で立ち話も無いモンだ。
徳山さんは会釈をして、中へと入っていく。俺の方は、居なくなったニュイを捜しに行かないと……って、
――ガサガサ
なんか近くの植え込みの辺りが揺れてる。そのまま出てきたのは、ニュイだった。
「猫か?」
「……魔剣」
知ってるよ、それは。
「いきなりどうしたんだ?」
「別に…………なんとなく……気まぐれ」
と言われてもなあ。そんなレベルではないような。
「サーシャやモロと同レベルの奇行だよ?」
「!?!?」
だいぶショックだったみたいで、目を見開いたまま固まっている。
あ、流石に暴言だったか。謝ろうとしたところで、
「お待たせしました。カプリチョーザのテイクアウトです」
テイクアウト受け取り用の小窓から、先程の店長が顔を出した。
「あ、はい」
厚紙で出来たピザ箱を入れた、幅広のビニール袋を受け取る。
「ありがとうございました」
礼を言うと、彼はすぐに顔を引っ込めた。客が増えてきたし、忙しいんだろう。
残された俺たちは、微妙な空気。
「……帰るか」
まあ取り敢えず、熱々をガランドに届けてやらないと。
「うん……ゴメンなさい……」
その謝罪は何に対してか。
日本で奇行をしてしまったことか。その理由を話さずに誤魔化してしまったことか。
「……」
俺も俺で、突っ込んで話を聞きにくい。健気で優しい子だからな。傷つけたくないんだよね。
結局、微妙な空気のまま魔界に戻った。ガランドのヤツにピザを渡して私室に戻ってくると、既にニュイは鞘に収まっていた。
……やっぱりらしくないよな。おやすみもナシなんて。気まぐれで片付けるには、あまりにも様子がおかしかった。




