29:鶏の唐揚げ
翌日、ワンアイと族長を呼び出した。以前俺がメンローチを粛正する場面を録画してもらったが、その映像を魔石板に写したいのだ。
公示もなされたワケだし、どこかの魔族が「横領や反逆の証拠はあるのか」と言ってきた時用に、手元に置いておこうかと思ったんだよね。
メンローチは特に人望も無かったし、彼のために疑義を唱える魔族が実際に居るのかは微妙なところではあるけど。まあ一応ね。
「というワケで、よろしく頼む」
「御意に」
ワンアイの親父さんの目が妖しく光ると、次の瞬間、魔石板の上に映像が投影される。俺とメンローチのやり取り、ヤツの叛意、横領の自白……そして最後には首を落とされる様子まで。
「完了でございます」
「ああ、ありがとう」
まあ簡単な作業だったな。ちなみに親父さんクラスの使い手でも、映像を1ヶ月も留めておくことは出来ないという話なので、遅かれ早かれアーカイブは取らないといけなかったんだよね。
「しかしまあ、相変わらず便利なアイテムだこと」
映像を半永久的に保存しておけて、再生したい時は魔力を込めるだけ。
魔石板の性質を利用したら、「DVDみたいなことが出来るんじゃね?」というのが発想の源だったけど、マジで本家と全く同じ性能を見せてくれたよね。
「……さてと。族長、ワンアイ、報酬の件だが……」
「また日本で美味しい物が食べたいです」
食い気味に答えるワンアイ。だがその隣の親父さんは、静かに首を横に振った。
「フィアーでお願い申し上げたく」
うーん、これは。
「半々にするか?」
訊ねると、コウモリ2羽は恭しく頭を垂れた。まあ止まり木に逆さで掴まってるから、俺から見たら上方向に礼するという奇妙な光景なワケだが。
しかしまあ。親父さんは相変わらずクールというかビジネスライクというか。余計なモンは要らないって感じだなあ。
とにかくまあ、報酬の支払い方法は決まった。ワンアイは女の子の姿に変わり、親父さんは帰って行った。
俺たちはそのまま日本へ。時刻は11時33分。また良い頃合いだ。
「さてと。親父さんと折半だから、少し安いご飯になるかな」
「うう」
可哀想ではあるけど、まあ仕方ないね。前回のブルーベリータルトとコーヒーが1000円程度だったから、500円くらいか。
……いや、500円キツいなあ。
「牛丼はどうだ?」
「もしかしてサーシャ様が抜け出せなくなっているヤツですか? 私も条件に当て嵌まるので……恐ろしいです」
「いや、まあ、うん」
本当はそんな怖いものではないんだが。
ていうかやっぱ500円は俺がキツいな。昨日も海苔弁だったし、もうちょっと良い物が食いたい。どうせワンアイに日本円は分からないワケだし、安い飯という体で普通に食うか。
「ワンアイはいつも、フィアーだけか? 何か他に食ってる物はあるか?」
「そうですね。基本はフィアーですが、ブルーベリータルトを食べて以来、経口摂取の食べ物にも興味を持つようになりました」
それは良いことなのか、悪いことなのか。
「でも、あんなに美味しい物は無いんですよね……魔界には」
「まあな。だからこそ、俺も帰りたくて仕方なかったワケだし」
超時空ゲート魔法完成の一番のモチベは飯だったからな。もちろん、日本の街並みとか文化とかも恋しかったけど。
「父様も、一度でも食べてみてから判断すれば良いのに」
「……」
族長は、以前のちゃんこ鍋の時も、いつの間にか帰ってたよな。
ビジネス以外の交流を断っているというか、俺にもサーシャにも大きな壁を感じさせる人(コウモリ)だ。
「保守的すぎるんですよねえ。ウチの父に限らず、種族全体として。知らない物はまず拒否から入りますから」
「それでよく、魔石板の新しい使い方を試してくれたよね」
「いえ、アレも誰一人やりたがっていませんでしたよ。私がやってみて、とても有用だと分かった途端に受け入れられましたが」
ああ、裏ではそんなことになってたのか。
「キミは一族の中では、恐ろしく柔軟ということか」
特段、褒める意図ではなかったのだけど、ワンアイは誇らしげに胸を張った。
「嬉しいです。私、魔王様の革新的なアイデアの数々が凄く好きですから。アナタ様に褒めて頂けるなんて」
ああ、うん。
「まあ基本的には日本で培った知識とかメソッドを採り入れてるだけだから、俺のアイデアと言い張るのは難しいけど」
「いえ。それでも曲者揃いの魔族たち相手に、貫き通したのですからやはり尊敬しかありません」
まあ魔石板はともかく、フィアーの再分配は色んな反発はあったよね、正直。
……褒め殺しの流れが続いても居心地が悪いので、話題を変えることにする。
「取り敢えず、少し歩くか。何か美味そうなモンがあるかも」
「はい」
というワケでテクテクと歩き出す。
ワンアイは、以前と同じように周囲をキョロキョロとしながらなので、歩みは遅い。あと少し俺にも慣れたというか打ち解けたのもあってか、「アレは何ですか?」をちょくちょく繰り出すようにもなっていて。
今もまた、
「アレはなんでしょう?」
彼女の視線の先、レンタルビデオ屋があった。珍しいというか、懐かしいというか。
「例の新たな魔石板の使い方、その模倣元が沢山置かれている店だよ」
「なんと!」
「けどもう、新しい業態に押されている状態なんだ」
「なんと!?」
意外と面白いな、この子。
まあでも、魔界で最新鋭の技術と思っているものが、こっちでは廃れかけているというんだから無理もないよな。
「日本は移り変わりが激しいのですね」
「まあ魔界に比べればね」
それでも古い文化もかなり残っている国だとは自負してるけど。
「人の生は短い、ゆえに変化も速いのかも知れませんね」
「かもな。魔族くらい寿命が長かったら、いつでも良いやってなりそうだし」
俺もこの魔人の体は数千年生きるという話だからな。そのうち、変革とか考えなくなるかもなあ。
10分くらい歩いたところで、いつものビジネス街の1駅東に到着。ここは俺も初めて来た駅だな。ちなみに、ここら辺もオフィス街だ。
「お。唐揚げ定食が安い」
650円で出してる。凄いね。
ていうか、コレなら当初考えてたワンコインに毛が生えた程度だし、アリだな。俺の食いたい物リストにも『鶏の唐揚げ』は載ってるし。
そろそろ12時に差し掛かる頃合いでもある。ここら辺で手を打っておこう。
「あそこにするか。唐揚げ、美味いぞ」
「唐揚げとはなんですか? どのような料理なのですか?」
「鶏の肉に、芋みたいな植物から作られた粉をまぶして、油で揚げたものだな」
そこに醤油やニンニクなんかの下味もつけてあるけど、まあ大まかな工程は今言った通りだ。
「鶏の肉……ですか」
「あ」
そうだった。見た目はコウモリ羽をつけたコスプレ美少女にしか見えないワンアイだけど。そのコウモリ羽は正真正銘の自前。
「共食い……いや、確かキミらは哺乳類じゃなかったか?」
「いえ。繁殖ではそもそも増えません」
そうだ、魔族だった。こっちの世界の分類なんて当て嵌まらないよな。
となると……やっぱ見た目的に共食い感だけが残るのか。もちろん厳密に言えば、魔界の魔族と日本のニワトリが同じ種族なワケもないので、共食いには当たらないが。
「すまん。別の料理にするか」
「いえ。食べてみます。鶏の肉なんて生まれて初めてですが……折角ですから」
未知の物に飛び込む精神がここでも発揮されたみたいだな。
「分かった……それじゃあ入ろうか」
ジャスト12時になったところ。これ以上グズグズしてるとサラリーマンのうねりに飲み込まれてしまうだろう。
少し建付けの悪い引き戸を開けて、中を覗き込む。高齢の女性店員が気付いてくれた。
「いらっしゃいませ。2名様?」
「はい」
「テーブル席どうぞ~」
堅苦しくない、適度に緩い接客。
テーブルに着くと、水の入ったコップとおしぼりをすぐに出してくれる。温かいおしぼりで手を拭きながら、
「唐揚げ定食2つ」
「はい、唐揚げ2つね」
オーダーを通すと、そのまま彼女はカウンターの向こうへ。同年代くらい(夫婦かも)の大将に伝え、調理が始まる。
その直後。予想通り、客が続々入ってきた。2人連れ、ソロ、ソロ、4人組。清々しいほどに全てオッサンだな。
「閑散としていたので、経営がマズいのではと思いましたが」
「ああ。ここは土地柄、12時台に客が集中するんだ」
言ってる間にも、更に入って来て9割埋まったよね。さっきまで俺たち以外ノーゲスだったのに。
座った端から、オッサンたちは注文を伝えている。やっぱり唐揚げが多いけど、チキン南蛮やハンバーグも時々出てる様子だ。
「お待たせしました。唐揚げ2つね」
と。他の客に気を取られてる間に、おばあちゃん店員が料理を持って来てくれていた。目の前に配膳される。
「うわあ……茶色い。土の塊ではないんですよね?」
生まれて初めて見たら、そういう感想になるのか。
まあ土くれではないけど、茶色い衣が結構ゴツゴツ感出してるからな。
「あらら。お客さん、海外の人?」
「レオンザール洞窟の方から来た、と言えば分かるか?」
分かるワケないんだよなあ。
「うーん。ちょっと分からないですねえ」
「まあこっちの世界の人間が知るワケもないか。行って良いぞ」
会話を止めようか迷うラインだったけど、まあ大丈夫そうか。
俺はおばあちゃん店員に軽く頭を下げておく。向こうも気にした風でもない。外国の少女の不慣れな日本語ということで解釈してくれたようだ。
「魔王様」
「なんだ?」
「思ったのですが。日本の人間にも戦闘コウモリをけしかけてやれば、フィアーが採れるのではないですか?」
「やめなさい」
やっぱり魔族は魔族だなあ。まあコレでも実際に騒ぎを起こさないだけ、マシな部類ではあるけど。
「……とにかく食うぞ」
ダラダラと話をするような店じゃない。650円で定食が出せるのは、高回転率ありきだ。
まずは付け合わせの味噌汁を1口。ん。独特の風味と味。濃厚なコクが美味い。あご出汁っぽいな。珍しい。ていうか、650円の定食にこんな手間を掛けてるなんて。
「……」
対面のワンアイは不思議そうに飲んでいるが、不味いワケではないようだ。
キャベツの千切りで口をリセットしてから、いよいよ本丸へ。
「大きめのが5つか」
十分なボリュームだな。まずは1つ掴んで、半分ほど豪快に嚙み千切った。カリカリを通り越してザクザクの歯応えの衣を噛み割ると、肉汁が口一杯に広がる。すげえジューシーだ。下味の醤油とニンニクをベースにした甘辛い味わいが後から追いかけてくる。
基本に忠実で、外さない美味さ。
「ほ、ほれは!」
ワンアイも頬張りながら、目を丸くしてる。俺がご飯を掻き込むと、彼女もマネをした。
柔らかめに炊かれた白米は、噛めば瑞々しい甘さ。そこに唐揚げの濃い味が調和して、口中を幸せにしてくれる。
「ん~」
ワンアイも嬉しそうに目を細めていた。唐揚げと白米のコンボが決まったようだ。
「こんなに美味しいのですね。唐揚げという料理は!」
子供のように屈託がない。
と。視線を感じて店内を見やると、おばあちゃん店員も大将も、オジサンたちも彼女を見ていた。みんな微笑ましそうだ。
平日のランチタイムに、海外美少女が現れて嬉しそうに唐揚げを食べている。まあ確かに、ちょっとホッコリするよね。
「レモンも掛けてみるか?」
言いながら、手で絞って彼女の食べさしの唐揚げに掛けてやる。ワンアイはすぐさま口に含んで咀嚼すると……ウットリ目を閉じた。
「酸味が……むぐむぐ……こんなに合うなんて……!」
そのまま米をかっ喰らう。茶碗半分くらい一気にいったな。ていうか、何気に大飯食らいだな。
……そういや、ブルーベリータルトも俺の分までペロッと食ってたもんな。
「おかわりもするか?」
プラス100円になるみたいだけど、まあ良いだろう。この食いっぷりを見ると、1杯じゃ逆に可哀想だ。
「はい! おかわり!」
ていうか、もう食い終わってるし。
「はいはい、おかわりね」
おばあちゃん店員も嬉しそうだ。まあな。鶏の唐揚げという日本料理の代表格みたいなのを、外国の子がこんなに気に入ってくれてる様子を見るとね。
結局、ワンアイはご飯を3杯。追加の唐揚げ2つ(300円)を平らげていた。おばあちゃん店員にニコニコで送り出され、俺たちは腹ごなしに通りを歩く。
「やはり新しい風が必要です。魔界にも料理革命を起こしましょう」
なんか言い出したな。
「無理だな。日本みたいに良い食材が採れないから」
「むう。そんなあ」
残念だけど、こればっかりはね。
「あ!」
「どうした?」
「ウチの群れに少し太ったヤツが1羽居るんですけど……」
「やめておけ」
それは正真正銘の共食いだから。




