28:海苔弁
公示を行った。『ファストルア低級ダンジョン』のダンジョンボスであるメンローチを粛正、その肉体を使ったメンローチ改を新ダンジョンボスに就任させたという旨。フィアーの横領、ならびにその無断使用、更には国家反逆の咎によるものだとも併記した。
魔王城の広間に掲示し、兵の宿舎にも。あとは各地のダンジョンに勤めてる連中にも通達だな。魔鳩に書を持たせて放つ感じだが……数が足りないな。追加で借りに行かないと。ちなみに鳩といっても、コウモリに近いようで、管轄はサーシャになるんだよな。
「また飯をねだられる展開か」
まあアイツも何度か訪日して、ある程度の理解は得たとは思うけどな。それでも一抹の不安が拭えないのは……変態だからなあ。
「言ってても仕方ないか」
廊下を進み、例の場所で秘密の符号を唱えると、たちまち隠し階段が現れた。降りていくと……
――ゴスッ! ゴスッ!
なんかヤツの拷問部屋の方から聞こえるわ。この時点で嫌な予感しかしない。また酷い光景が広がってるんじゃないの。
恐る恐る部屋へと踏み入る。そこには……
――ゴスッ! ゴスッ!
大きなトランポリンと、その上を跳ね続けるサーシャの姿があった。トランポリンは反発力が尋常じゃない様子で、何度も彼女の体を跳ね上げては、天井へと打ち付けていた。サーシャの細い体は、暴風に晒された枯れ木のようにも見える。
「あら! ルイ……様っ! いらして……いたっ! のです……ねっ!」
話してる最中も、打ち上げ→天井に激突というムーブを繰り返しているので、セリフが途切れ途切れだ。
「ちょっと降りてこい」
「仕方……ありまっ! せん……わねっ! ジャンプ止め!」
最後は凛とした声で。するとトランポリンの反発力が普通程度になり、何度か緩やかにバウンドした後、サーシャの体は止まった。
……どうやらトランポリンの下に、大量の魔界ノミが居るようだな。彼らの凄まじいジャンプ力を利用して、自身が落下するタイミングに合わせて打ち上げさせていたのか。最低だな。
「まず……何これ?」
「快感トランポリンですわ」
コレに乗って快感が得られるのはオマエだけだろうけどな。
「作ったのか?」
「ガランドが作ってくれたのです。ワタクシの血と引き換えですね」
「へえ。ガランドが」
「日本の書物で得た知識を参考にしたとかで」
あの図書館に行った日のことだな。なるほど、賢いやり方だ。アホの相手はせずに、更に自身の魔法を汚すことなく、痛みだけ与えられると。多分、どうしても乙女の純血が必要になった時に備えて、密かに製作してたんだろうな。
「まさか魔界ノミにこんな画期的な活用法があるとは」
「そうだね。昆虫虐待に近いけどな」
しかも酷使して得られるのが変態の満足という。低級魔族たるノミたちに自我は無いけど、もしあったら虚しくなってただろうな。
「それで、本日はなんの御用でしょうか? 血ですか?」
「あ、いや」
俺は魔鳩を借りたい旨を伝える。
「あれ? 1羽、常駐で居ませんでしたか?」
「いや。全ダンジョンに出したいからな」
ザコーイを招聘した時のように、相手が1人だけなら常駐で事足りるけどな。
「ああ、メンローチの件の公示ですか」
首肯する。
「承知しました。ただ大切に使ってくださいね。魔鳩は貴重なんですよ?」
「分かってる。気を付けるよ」
下級魔族なのに、かなり賢い種族だ。誤配することもないし、帰巣に失敗することもない。
そんな感じで優秀なのは間違いないんだけど、数が少ないのが難点なんだよな。荒くれ者が居るダンジョンに向かう個体には、ガチガチに防御魔法を掛けてやらないと。
「ご機嫌取りに、何か美味しい木の実を買って来てあげてください」
「そうだな」
魔王が下級魔族のご機嫌取りって、ちょっとアレだけど。まあ仕方ない。魔鳩の力を借りないなら、俺が全ダンジョンをゲートで訪問しないといけなくなる。正直ダルいどころの話じゃない。それにそもそも魔王が小間使いのように赴くのは、面子的に非常によろしくないしな。
「日本の木の実なら、魔鳩たちも大喜びでしょう」
というワケで、手土産も買わないといけなくなったな。
「サーシャも一緒に来るか?」
「いえ。今回はやめておきます。まだこの快感トランポリンを改良しませんと」
言うほど改良か?
まあ良いや。そういうことなら、ソロで行くか。
踵を返したところで、
「あ、そうです。また牛丼を買って来てください。あの屈辱を味わいながら、天井にぶつけられるのも悪くないかも知れません」
更におつかいを頼まれてしまった。
俺、魔王なんだけどな。気軽にパシられすぎだろう。
「また何か血が必要になった時の代金ということで」
「まあそれなら良いか。分かったよ」
蹴らないでも血が貰えるのは助かるしな。
俺は今度こそ拷問部屋を後にして、日本へと渡った。時刻は11時10分。木の実と牛丼弁当を購入しないといけなくなったから、店内飲食してる時間は無さそう。まあ俺も何か簡単な持ち帰り弁当でも買うか。
まずは駅前のスーパーに向かう。ちょっと高級なスーパーらしく、珍しい調味料なんかも置いていた。
しかし木の実と言われても、何が良いんだろうな。鳩ってなんでも食う気がするけど……まあ折角だからフルーツを食わせてやるか。ガランドのシュトーレンの件でも分かるように、向こうでは美味しいフルーツは贅沢品らしいからな。
「うーん」
ドライマンゴーと、ドライイチジク。ミカンは生のヤツを持って行ってやるか。あとはナッツ類も1つくらい欲しいな。俺自身はカシューナッツが好きだから……お、あった。ラスイチだな、ツイてる。
「あ」
手を伸ばしたところで、反対側から伸びてきた手と重なりそうになった。慌てて引っ込めると、向こうも同じ動作。
相手の顔を見ると……どっかで見た覚えのある若い女性だった。うーん? 知り合い? じゃないと思うけど。
「あ……ハンバーグの時の……」
女性が咄嗟にこぼした言葉。それで俺も繋がった。あの親切サラリーマン2人組と一緒にいた女性だ。
「あの代表並びを注意した時の?」
「はい、そうです。あの時はありがとうございました」
まあこの街でチョロチョロ過ごしてたら、こういうこともあるか。あるいは何か縁があるのかも知れないけどな。
「……」
「……」
ちょっとの沈黙を挟んで、俺は彼女にラスイチのカシューナッツを譲る。
「え? でも」
「いえいえ。鳩のエサなんで、実際はなんでも良いんです」
と言うと。彼女はまさしく鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
しまった。平日の朝から鳩にエサをやるオジサンとか、完全にアナーキーだ。
これは……失言を重ねないうちに退散した方が良さそうだな。
「それじゃあ、自分はこれで」
カシューナッツの隣、マカダミアナッツのパックを素早く掴んで、レジへと逃げた。「あ」と小さな声が聞こえたけど、振り返らず。まあ本当、気にしないで欲しいんだよな。恐らく日本のクオリティなら、何食っても魔鳩は喜ぶだろうし。
というワケでサクッと会計を済ませて外へ出た。コレで鳩への賄賂はオッケーだから、次は牛丼屋だな。サーシャと行った所より、もう少し近くに店舗があるのを数日前に発見していたので、そちらへ向かう。
まだ混み合う時間帯でもないので、すぐに牛丼並弁当はゲットできた。この時点で11時43分。意外と時間取られてるな。
「まあ大丈夫だけどね」
何せ、ここから2軒先が俺の目的地。これまた全国チェーンの弁当屋だ。生前、ここの海苔弁にはお世話になったモンだ。ちなみに食いたい物リストにも名前が載ってたりする。
5年前まで散々食ってたし、大したご馳走ってワケでもないのにな。
店内に入ると、迷わず「海苔弁」を1つオーダーする。女性店員が対応してくれて、会計を先に済ませた。番号札を渡されたので、大人しく店内で待つことに。
と。来店を告げる電子音。誰か入ってきたみたいだな。って。
「あ」
さっきの女性だ。向こうも俺に気付いたみたいで、驚きに目を見開く。
互いに少し固まった後、あまりの偶然に苦笑しながら会釈を交わし合う。
彼女は先に予約を入れていたみたいで、
「予約していた徳山です」
店員に名前を告げる。
「ああ、はい。もう少々お待ちください」
ということらしいので、彼女は俺の隣の店内待ち用椅子に腰掛けた。
さっきの別れ際が微妙な感じだったので、本当はあまり話したくないけど。それはそれで沈黙が苦しい。結局、無難な話題を振ることにした。
「……会議用とかですか?」
「はい。いつも使ってる仕出しのお店が今日臨時休業みたいで」
なるほど。
「スーパーで日用品と、ここのお弁当の買い出しの名目で出てきたんですよ」
「そうなんですね」
「まあ2年目の下っ端なんで……パシリですね」
セリフほど悲壮感は無い。茶目っ気ある自虐って感じだ。
ていうか、俺なんか5年目の魔王なのに絶賛おつかい中というね。
「就業中に社屋から出られるの、結構息抜きになるから嫌じゃないんですけどね」
「分かります。ちょっと1人になれますしね」
俺も好きだったな。仕事のことも少しだけ忘れられるし。
と、お喋りしてるうちに。
「お待たせしました。幕の内9個です」
彼女の注文が出来上がったみたいだ。3袋になってるので、大変そう。手伝いを申し出ると、
「ありがとうございます」
と受け入れてくれたので、彼女の車まで運び、そこで別れた。コレで流石に、今日の謎縁も終わりだろう。
それから数分後、俺の海苔弁も完成したので、会計をして店を後にした。
城に戻ると、早速袋から弁当を取り出す。蓋を開けると……懐かしい面々に出迎えられた。白身魚フライに、チクワの磯部揚げ、卵焼き、金平ゴボウ。そしてオカズの合間に見える真っ黒なシート。
「おお、コレだコレ」
箸を割り、ペットボトルのお茶も用意して……
「いただきます」
まずはチクワから。うん、この安っぽい味よ。僅かに海苔の香りがするようなしないような……まあほぼ練り物オンリーの味だ。ボソボソとしていて口の中の水分を取られるので、お茶で流し込む。残りには添付のウスターソースを垂らして頂く。ああ、良いね。フルーティーなソースをブヨブヨの揚げ衣が吸って、良い感じにジャンキーだ。
コイツが口の中に残ってるうちに、ご飯へと箸を伸ばす。海苔シートが切りにくいけど、なんとか箸を突き立てて、1口分だけ取って食べる。
「うん」
海苔のベチャ感、米の粒立ち。そしてその間に挟まってるおかかの甘辛さ。いやあ、「ザ・海苔弁」だわ。
続いて白身魚フライ。タルタルがケチくさい量しかないので、箸で満遍なく伸ばして、パクリ。おお、コレは揚げたてだからか、お値段以上。衣がサクサクだし、魚の身も中々に肉厚で美味い。すかさず海苔飯も一緒に掻き込む。
金平ゴボウで箸休めをした後、卵焼きを1切れ。少し甘めだけど、他が塩辛いオカズばっかりだから、コレが地味に効くんだよね。またまた海苔飯と一緒に掻き込んだ。何せ、ご飯とオカズの配分が肝だからな、海苔弁は。
それから数分間、黙々と食い散らかし、ご馳走様。これで450円は、まあお得だね。5年前はもっと安かったけど。
少し食休みした後、サーシャに牛丼、魔鳩にナッツとフルーツを贈賄した。鳩たちは「クルッポー♪」と嬉しそうに啄んでいて、可愛かった。サーシャはガスガスと天井にぶつかりながら食べていて、器用だけど気持ち悪かった。




