27:肉じゃが
翌日からザコーイも戦線に復帰するということで。俺は壮行会も兼ねて、彼を日本へと誘った。まさか2度も連れて来てもらえるとは思っていなかったらしく、いたく感激していたよね。
「さてと。何を食べようか」
とはいえ、日曜日なので繁華街だな。ゆるゆると南へ歩きながら、
「もう体の冷えは良いのか?」
「はい。おかげさまで治りました。本当にスパイスカレーは私の友人です」
カレーが友達……まあ大袈裟でもないか。ザコーイの場合は人生(馬生?)を救われたに等しいんだし。
「ただ、まあ。今日はスパイス料理以外にするか」
友人とはいえ、ここ最近ずっと食ってただろうし。流石にちょっと飽きてんじゃないかと。俺自身、あんまりカレーの気分じゃないしな。
繁華街のメインストリートに入ると、人の数に圧倒される。流石は日曜日だな。1本通りを変えると少しだけマシになった。ここには雑多な飲食店が並ぶ。エスニックにガチ中華、フレンチにイタリアンまで。まるでプチ世界旅行だな。
「なんでもありそうだねえ」
「はい。よく分かりませんが……色んなニオイが混ざってて、街自体がスパイスカレーみたい」
「ははは」
よく言ったモンだ。確かにあらゆる国のあらゆる料理の香りが混じり合って複雑怪奇なニオイを形成している様子は、さながらスパイスカレーか。
そのまま練り歩く。なんかピンとくるのは無いかな。あるいはザコーイ本人が食べたい物を見つけてくれたら楽なんだけどな。
と、その本人を振り返ると。どこか浮かない顔をしていた。思い詰めているというか……何か悩みがあるのか。とはいえ、メンローチも生まれ変わったし、もう上階に氷を張るような意地悪はしてこない。冷えも治ったそうだし、全方位丸く収まった気がするんだけど。
「ザコーイ?」
「あ、は、はい。いやあ、何を食べさせていただけるのか楽しみだなあ!」
声を掛けると、ハッと再起動したけど。
うーん、なんだろうな。気になりつつも前を向く。と。少し先の方に、祝い花がいくつも飾られた店があった。思わず「おお」と声が出る。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや。新店だ。ニューオープンの店」
「あの花の輪みたいなのが……」
「そうそう。お祝いで店主の知人とか取引先が贈るんだよ」
「へえ。そのような文化が」
まあ向こうには、そんなの無いもんな。
「リニューアルかも知れないけどな」
「りにゅーある?」
「場所とかは変えずに、ちょっとだけ内装や外装を変えたりして、再出発することだ」
「……なるほど。ウチのダンジョンと同じですね」
言われてみれば確かに。一旦止めて、繋ぎのアイスバードを入れて仮運転して、だけど今度はメンローチの粛清で再停止中。次こそは本当のリニューアルオープンとしたいよね。
もちろん、そのためには。
「ザコーイ。新しいダンジョンでは大いに力を発揮してくれよ。あそこの中ボスはオマエなんだからな」
「は、はい……」
発破を掛けたつもりなんだが、ザコーイの反応は芳しくなかった。
……もしかして、コイツ。ちょいちょいアンニュイになってるのは……
「いらっしゃいませ、どうぞ〜」
問い詰めようか迷っていると、新店の扉が開き、中から中年女性が出てきた。オープン時刻みたいだ。
並びは……5人。店は小さいが、あと2人くらいなら入れそうだな。
「行ってみるか」
屋号を見るに、和食屋のようだし、スパイス料理が出てくることはないだろう。リニューアル仲間のよしみで、応援してやりたい気持ちもある。
2人で中を覗くと、L字カウンターの手前、ピタリ2席空いてる。
「いらっしゃいませ、どうぞ〜」
先程の女性店員が愛想の良い笑顔で空席を指し示してくれた。そこへ座り、メニューに目を通す。やっぱり和食屋らしく、焼き魚定食に煮魚定食、天ぷらとお造り定食などの定番が並ぶ。順に目でなぞっていくと、最後に『肉じゃが定食』の文字を見つけた。
へえ、ちょっと珍しいな。まあ出汁やら何やら使うし、和食屋が作れない道理はもちろん無いけど。
「……どうする?」
全部写真がついているので、ザコーイもどんな料理かは見当がついているだろう。なので聞いてみたのだが……その視線は一点に集中していた。
「ニンジン、美味しそうです」
ジャガイモとニンジンがゴロゴロ入った写真の肉じゃがに首ったけの様子だった。やっぱり半分くらい馬だから……
「俺も気になってたから、その肉じゃが定食を2つ頼もうか」
「はい」
ということで、オーダーを通す。先程の女性店員が厨房内の大将に注文を伝えてくれるが……普通にタメ口なので、恐らくご夫婦だな。
「……俺たちが1番最後に入ったから、少しかかるだろうな」
前の5人のオーダーが終わってからだ。
「……はい」
俺たちが座ってるL字カウンターの短辺は、少し奥まっているうえに、上段に酒瓶なども置かれていて、どこか視覚的に隔離されたような雰囲気がある。
好都合だな。今のうちにヒアリングをしておくか。気付いてしまった以上、放っておくワケにもいかないからな。
ただどう切り出そうか。そんな風に迷っていると、
「あの、魔王陛下」
ザコーイの方から声を掛けてきた。
真剣な声音。恐らくだけど、俺が聞きたかったことを向こうから話してくれるんじゃないかと推察する。
「私……」
小さく喉が鳴る音が聞こえた。
「また中ボス、出来るでしょうか?」
「……」
やっぱりそういう話になるか。
「自信を無くしたのか?」
810回の死亡。ザコーイ饅頭。定額死に放題。色んな単語が脳内を回っている。
「そう……なるんですかね」
ザコーイは曖昧に笑って、
「元々、気の弱い性格ですし、向いていなかったのかも。魔王城で静養させていただいている間、なんというか……自分でも驚くほど心安らいでしまったのもあって」
軽く吐き出した内容は……まあ多少は予想できたところ。
体の不調と静養、戦わなくて良い環境の中で自分を見つめ直した期間でもあったのかもな。
「……中ボス辞めるにしても、その後はどうするんだ?」
「分かりません」
「……うーん。正直さ、ウチの軍としては人手が足りてないし抜けられるのは痛い」
コレは本音だ。
数日前、改めてザコーイのデータを見たんだけど。メンローチの増長前は、彼の成績は普通だった。甘いところがあるのか、わざと負けて冒険者を通してやるケースが他の中ボスよりは多いようだったけど……まあ許容範囲内だ。
「私程度の成績では」
「いや。大きな問題を起こさず、期待通りの成績を残してくれるのは、組織としては普通にありがたいぞ」
リヴァイア氏とも軽く話した、理想の配下像。野心家が過ぎればメンローチのようになり、謙虚が過ぎればザコーイか。
難しいところではあるけど、俺の結論としては、やっぱり後者の方が良いかな。計算が立ちやすい。
「それは……私の成長には期待していないということでも……ありますか?」
「いや、そういうことでもないんだが……ダンジョンボスになりたいなら、戦闘研修に参加するか?」
「……あ、いえ」
煮え切らんなあ。多分、彼自身も大いに迷っているんだろう。今のポジションに戻りたいのか、もっと上を目指したいのか。はたまた適性が無いなら転職するべきなのか。
「ザコーイ。こんなことは言いたくないが……自分のやりたいこと、目標が定まってないまま動き出しても、基本ロクなことにならんぞ」
俺も人間時代、なんとなく退職していった人を見たことあるけど。その後に聞いた風の噂では、プラプラと転職を繰り返しているらしかった。しかも繰り返す度に、条件は下がっていって……結局ウチの会社でやってた方が良かったんじゃない? みたいな末路だったと記憶してる。
「それでもまあ、本当に怖気づいて心折れたんなら、仕方ないけどな……」
まだそこまではいってないハズだ。街でザコーイ饅頭を作られているのが悔しいと言っていたくらいだし、きっと心のどこかに「氷床さえ無かったら。脚が健康なら」という思いもあったんじゃないか。
「……私は……」
言葉が途切れる。その僅かな沈黙の間を縫うように、別の会話が聞こえてきた。大将と客もポツポツ話していたみたいだ。料理の合間合間に、落ち着いた声で。
「いやあ、実際死ぬかと思いましたけどね」
「助かった後も、リハビリ長かったんですよお」
大将と女将さん。どうも文脈的に、何かの病気の話だろうか。
「いやあ。正直もう、失礼だけどこの店も復活できないかと思ってたよ」
「私らも半分諦めてましたからね」
「けどまあ……なんとかなるモンですね」
わはは、と豪快に笑う店主。どうやら彼が大病を患っていたということらしい。そしてそこから復活。リニューアルオープンと銘打ったのは、彼ら夫婦の心機一転の表れなんだろう。
「…………」
ザコーイはジッと聞いている。
「やっぱねえ、やりたかったんですよね。しんどいし、もう良いやと諦めようとしても……気付いたら店のこと考えてて」
「ああ、やっぱ大将、天職なんだ」
「そうですねえ。ていうか、僕これしか出来ませんから」
話しながらも、焼き魚定食があがったのか、女将さんに配膳を指示している。今ので5人目くらいか。次が俺たちの番だな。
「けど、まだ手が上手く動かない時もあって、中々ねえ」
「ああ、寒いもんねえ」
どういうご病気だったのかは分からないけど、まあ人体にとって基本的に「冷え」は天敵だからな。
ザコーイは他人事と思えないらしく、なんか泣きそうな顔になってる。
「だから夜の部はまだまだで。訓練中ですわ」
「そうそう。練習した食材で肉じゃがにしてるんですよ。だからお安いでしょ?」
肉じゃが定食は、そんな経緯だったのか。
と。その肉じゃがが頃合いらしく、女将さんがテキパキと皿に盛っていく。俺たちの分だな。
ご飯も茶碗によそわれて、味噌汁と小鉢もついて。
「お待たせしました。肉じゃが2つですね」
到着した。
写真の通り、ジャガイモもニンジンも大きい。肉もたっぷりだ。
「いただきます」
「……いただきます」
まずは味噌汁を1口。出汁がよく効いてる。付け合わせの金平も摘まむが、こちらも甘辛さが丁度良い。ゴボウは柔らかく煮込まれていて、確かな腕を感じる。リハビリ中と言うが、どうしてどうして。
「……」
続けてメインに箸をつける。ジャガイモに箸先を入れると、ホロッと割れた。でもバラバラには崩れない。素晴らしいバランスだな。口に運ぶと、ホクホクの食感とほのかな甘み。それでいて、外側はつゆがよく染み込んでる。良い味だ。
ニンジンを摘まむ。ジャガイモより甘く、つゆも中まで染みていて味が濃い。ご飯を掻き込んだ。少し柔らかめに炊かれているのが、肉じゃがに合うな。
最後に肉だ。噛んだ途端、ジュワッと旨味が溢れだす。つゆの甘辛さ、赤身の肉肉しい歯応え、脂の甘さ。肉質が良いな。黒毛和牛だろうか。
再びご飯を掻きこむ。ああ、美味い。そしてどこかホッとする定食だ。
「う……うう……」
「ザ、ザコーイ?」
泣いてる。ニンジンを噛みしめながら、ザコーイはポロポロと涙をこぼしていた。
「……」
肉じゃがは心にスッと入ってくる味だもんな。それに、大将のストーリーを聞いてしまうとな。文化も種族も違っても、響くものはあるんだろう。
それから。ザコーイは涙を拭い、「美味しい美味しい」と繰り返しながら、肉じゃがを平らげた。俺もご馳走様をする。
会計のために立ち上がり、店の奥のレジへ。その途中で、厨房に小さく飾られている額を見つけた。俺たちが居る席からは見えなかったそれには、達筆な文字で『百折不撓』と書かれていた。
「1600円ですね」
「あ、はい」
2000円を出してお釣りをもらう。
「どうも、ありがとうございました!」
大将の大きな挨拶。基礎をもう一度やり直しているような。あるいはまたその言葉を口に出来る喜びを噛み締めているような。
……店を出て、少し歩いたところで。
「私も……あのダンジョンを忘れることは無かったんですよね」
「ザコーイ?」
「スパイスカレーを食べてる時も、時々お庭を借りてジョギングしていた時も」
「……」
「あの店主ほど強烈に戻りたいと思ってたワケじゃないですけど」
「うん」
「ふと、あそこの中ボスフロアの景色が瞼の裏に蘇ったりして……」
そこでザコーイは言葉を切って、
「810回も死んで、それでも戻ってたんですから、今更でしたね」
小さく笑った。
「はは、それもそうだ」
まあ本当に嫌だったら、俺に相談なんかせずに逃げ出してるからな。迷ってる時点で、背中を押して欲しいだけ、なんてよく言われるが。
今回は俺よりも、名も知らない職人が押してくれたみたいだ。
「明日から、また頼むぞ」
「はい!」
これにて一件落着か。
俺たちは、もう少しだけ散歩してから魔界へと戻るのだった。




