25:サバのみぞれ煮
メンローチ・ナポリタンアーム&エネルギー貯蔵庫搭載バージョンの製造には2日ほど掛かりそうだということで。なんか思ったより長丁場になってしまったなあ。
まあ今日は取り敢えず、ソロで日本に……
「魔王陛下。リヴァイア殿がお見えです」
またキミか、壊れるなあ。
「今行く」
仕方ない。無下にも出来ないからな。
俺はマントを羽織って謁見の間へと急いだ。そこには既に彼が居た……のは良いんだけど、なんか髪が黒い気がする。ていうか、何故に人間の姿? いや、そういやパエリア食わせた時もそうだったか。
「久しぶりだな、ルイ殿」
「ああ。久しぶりって程ではない気もするが。まあ、こんにちは」
「どうだ? この髪」
「え……?」
用件より真っ先に髪の話って、よほど自慢したかったんだろうけど。
うーん。青と黒のツートンのような感じだな。最近は日本人も奇抜な髪色をしてるケースも多いから、変だとは思わないけど。
「日本人みたいになりたくて、染料を使って染めてみたのだ。まだ不完全だがな」
今、とんでもないことを言われたな。
偉大なる大海の王が、日本人みたいになりたい? どういうことだ?
と、俺の怪訝な表情を見て察したのか、
「日本は素晴らしい国だ。余はダークアトラに絶大な自信を持っていたのだが……それは完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。洗練された街並み、驚くべきテクノロジー、理性的な文民。そして何より、脳が溶けるような美食の数々」
「……」
「日本は史上最高の楽園だよ」
「……」
いやあ……完全にカブれたなあ。
日本旅行から帰ってきて日本ロスに陥った外国人の反応集みたいになってる。
「今度は30日くらい滞在したいものだ」
「いや、無理だから」
それが出来るなら、俺もやってるし。
「ちなみに余の魔力も合力すれば、滞在可能時間が延びたりとかは無いのか?」
「ああ……その発想は無かったな」
彼や、それ以上の魔力を持つウチの四天王あたりと組めば、確かに延ばせる可能性はあるけど。
「ただ、アナタと俺では無理だろうな。縁が弱い」
ガランドがシュトレーンでほぼ逝きかけた時に、魔力を送って助けたことがあったけど。ああいうのはレアケースなんだよな。俺の魔力を例えばザコーイくらいの魔族に流し込んだら、それはほぼ支配に等しい。体を乗っ取ることも出来るだろう。それくらいエゲつないからな。受け入れる側も相応の実力があり、かつ相手との信頼関係が無いと、とてもじゃないけど。
「まあ、そうだな。試せるとしても、ルイ殿とサーシャ殿やガランド殿か」
あとはニュイとかかな。
いずれにせよ、まあ延びたところで2時間程度だろうしなあ。そこまで旨味は無いと思う。
「それにまあ。そもそも日本人はみんな1時間で効率良く昼を終わらせるからな」
「なるほど、賢い人たちだ。なら余もそうしよう」
なんか随分簡単になったな、この人。
この調子だと、仮に1日くらい滞在時間を延ばす方法が見つかっても……知らせない方が良いかも知れない。メッチャうるさそうだし。
「それじゃあ、髪も見せてもらったし、今日のところは……」
「ああ。って違う違う。意地悪をしてくれるな」
ちっ。ノリで帰ってくれるかと思ったけど、ダメだったか。
「日本に行きたいのか?」
「頼む。そのために無理に休みを取ってきたのだからな」
まあこれほどカブれるくらいだもんな。
「分かったよ。んじゃ行くか」
「かたじけない」
今日は正直ぼっち飯の気分だったんだけど、まあ仕方ないね。
というワケで、私室から日本へと飛んだ。少し話してたせいで、ランチタイムど真ん中に来てしまったよね。日本時間で12時30分。どうするかなあ。
「ルイ殿、今日は魚を食べたいのだが」
「あ、そうなの? エビはもう良いのか?」
「ああ、エビばかりでも芸が無いからな。それに日本の卓越した調理技術なら、魚も絶対に美味いに決まっている」
凄い信頼を得てるなあ。
「ていうか、そもそも魚はあまり食わないのか?」
「食べるが……エビや貝よりは好きではないな。ダークアトラの魚は骨が強すぎて、ちょくちょく喉に刺さるのだ」
確かに。寒い海だと、ホッケとか鮭とか骨太な魚が育つ印象だ。
「まあ……配下なら、骨のあるヤツの方が好きなのだがな」
どうしよう。笑う所なのかな。ちょっと判断がつかないので、
「配下と言えば……最近、不正をしていたヤツを粛正したんだよな……」
メンローチのことを世間話のようにシェアした。彼も国のリーダーだから、割と真剣に聞いてくれたよね。
「骨がありすぎるのも考え物だな」
「ああ。反骨心が上手い方に作用するってことは、中々無いモンだ」
大抵が捻じれた嫉妬やコンプレックスとなり、ああいう非合法な手段に走りがち。特に魔族だとなあ。
「さりとて、そのザコーイのような軟弱者ばかりになっても、それはそれでフィアー採取量が芳しくないだろうしな」
「だよなあ」
雑談をしながらも、リヴァイア氏は街の色んな場所へ目を向けている。憧れだけでは終わらず、何か日本から学べるものをと考えているのかも知れない。腐っても為政者だもんな。
と。彼の視線が止まる。俺も追ってみると、『やおい軒』の看板が見えた。ガラス戸の所にデカデカと『骨取りサバのみぞれ煮定食』という文言が。おお、タイムリーだな。
「サバというのは……どのような魚だろう」
「ダークアトラの海域にも似たようなのが居ると思うけどな」
ノルウェーとか、寒い国でも採れるみたいだし。
「ちょっと青っぽい虎模様の……」
「ああ、アレか。青臭くて好かないな。小骨も多いし。他のにしよう」
「そうか? 美味いけどな。それに骨は取ってあるよ」
ポスターに書かれているんだから、骨取り処理済みに間違いない。
「骨を取ったら、身がバラバラではないのか?」
「いや。大丈夫だよ」
「ふうむ。青臭さは……」
「それも煮込む過程で飛んでると思う。無臭ではないけど、気になるほどでもないんじゃないかな」
よっぽどヘタクソな店なら残ってると思うけど、腐っても全国チェーン店。セントラルキッチンで作ってるだろうし、失敗は無いと思う。
「日本人も沢山入ってるな。なら美味いのか」
まあ、チェーン店を使う人の意図は様々だけどね。少なくとも不味いワケはないわな。
ということで、リヴァイア氏と一緒に自動ドアをくぐる。
「これまた凄い技術だな。いや、魔法か? 術者は?」
「いや。機械だよ。人間たちが使ってる機織り機とか、ああいうのが何千倍も進化したようなモンだ」
機織り機と感知センサーでは全然違うけど、分かりやすく「人間の技術力の果て」という雑な括りにさせてもらう。
入ってすぐに左に折れ、食券機へ。スマホでクーポンを……あ、そっか。無かったわ。数十円のことだけど、なんかメッチャ損した気になるよなあ。
「……しゃーない」
普通にパネルを操作して、サバのみぞれ煮定食を2つオーダー。現金で支払うと、おつりと食券が取り出し口へ落ちてきた。
「おお……中にコインが入っているのか」
個人店のカネのやり取りとはかなり違うからな。初めて見るとビックリするだろう。今度ニュイあたりにも見せてみるか。
「あの、すいません」
あ、リヴァイア氏が通行の邪魔になってる。腕を引っ張って、通路を開けた。
「狭いからな」
「ああ。本来の余の姿だったら、店に入れぬかもな」
苦笑しながら、おつりと食券を回収。2人掛けのテーブル席に座った。すぐに店員が温かいお茶を持って来てくれる。代わりに食券を渡す。
「はい。サバみぞれ2つですね」
店員はササッとキッチンに引っ込んでいく。忙しそうだもんな。俺たちの後に入って来た人たちで満員。そのすぐ後に入って来たオッサンは店内の様子を見て帰って行った。もっと空いてるところを探すんだろう。
「相変わらず、食事処は活気があるな。ウチの国にも作ってみたいが……料理人が居ない」
そもそも魔族は基本的に栄養はフィアーから摂るからな。リヴァイア氏は物好きなので、今までも小さなエビや貝を食っていたんだろうが、配下の魔族たちはどうだろうな。
もちろん日本の料理を食ったら美食に目覚める可能性もあるが。
「お待たせしました。サバみぞれです」
2つ同時に配膳される。
湯気の立つ味噌汁。サラダに漬物。そして大ぶりのサバ半身が乗った皿。ご飯。
「おお……これまた」
「美味そうだね」
いただきますをして、まずはサラダと味噌汁で舌を温めてから。
本丸のサバにいった。箸を入れるとスッと簡単にほぐれる身。タレをたっぷり絡めて、1口食べる。
ああ、これだ、これ。みりんや酒の効いた甘いタレと、肉厚なサバのジューシーな旨味が混ざり合う。わずかに皮目にはニオイがあるけど、それもタレの中でアクセントとして生きている。
「うん」
小刻みに頷きながら、ご飯を頬張る。米泥棒だなあ、これは。
対面のリヴァイア氏も、黙々と食べている。相当気に入ったみたいだな。
俺の方は、次はみぞれを身に乗せていただく。コレも素晴らしいなあ。おろし生姜が香ばしく、大根のブツブツ感が舌を楽しませてくれる。かなり丁寧に調理されているらしく、とてもまろやかで、サバ身によく絡みつく。
「ルイ殿」
「ん?」
対面のリヴァイア氏が空の茶碗を見せてくる。
「ああ、ここはおかわり自由だぞ」
俺も残りを急いでかっ喰らい、茶碗を持って立ち上がる。彼も倣う。
先導して歩き、おかわりコーナーへ。ジャーの前に立つと、独特の形をしているのが分かる。注ぎ口に茶碗を置き、ボタンを押す。まあ並(150グラム)かなあ。
――ボト、ボトボト
ご飯が吐き出されてくる。
「お、おお!? なんと!」
俺の肩越しに覗き込んできたリヴァイア氏。いや、今は中年男性の姿なんだから、ちょっとやめて欲しい。『やおい軒』で男2人が密着してるのは……凄くよろしくない。
「ほら。好きな量を選んで、押すと良い」
場所を譲って、リヴァイア氏にも体験させる。ずっと「おお!」のオンパレードだった。まあ外国人にしか見えない風貌だし、他のお客さんも気にした風もない。ていうか、オッサンたちは黙々と自分の皿に向き合っていて、全く顔すら上げない。こういうところが良いよな、ビジネス街の定食屋は。
席に戻り、残りのサバとおかわりご飯を平らげた。ご馳走様です。
外に出ると、もうランチ民たちは会社に戻る最中。俺たちも退散だな。
「はあ……もう日本滞在が終わってしまうのか」
「まあまた都合が合えば連れて来てあげるよ」
「ありがたいが……次はいつになるやら」
国のリーダーだからなあ。
「それにしても美味かった。サバ、だけど我が国に帰って食べたら臭いのだろうな。小骨も刺さるだろうし」
まあ、なんの処理もしなければね。
「良いなあ、日本。帰りたくない」
本当、凄い気に入ってくれてるな。
……そうだな。まだ少し時間もあるし。
「缶詰を買って帰ろう。イカの旨煮や、鯖缶もある」
途端に、ピクッと反応するリヴァイア氏。
それからスーパーに寄って、魚介系の缶詰を10個ほど買ってあげた。
最後に開け方のレクチャーまでしてあげると、彼は感激した様子で、
「メンローチ改ナポリタンアームとやらが完成した暁には、余からもフィアーを贈らせてもらおう」
という約束をしてくれた。やったね。
ちょっと『やおい軒』奢っただけで、新プロジェクトのエネルギー援助が得られました。




