23:中華まん
ドクター・モロを再度訪ねる必要があった。メンローチの死体を送り付けた意図は、まあ十分に理解しているだろうけど。改めて、諸々の相談をしないといけない。多分まだ作業には取り掛かっていない段階だと思うので、今のうちしかない。集中しだすと、何も聞こえなくなるからな。
デスバレーのラボに行くと、魔力を察知したのか、ノエインが出てきた。幸い、モロもまだ会話が通じる状態だと言うので、来訪の意図と取次ぎをお願いした。
……俺、一応魔王なんだけど、完全に下の立場だよなあ。
「うーん、また魔王か」
面倒くさそうな声も聞こえてるんだよなあ。突入してやりたい衝動をグッと抑えて、2分ほど待つ。
ようやくキリが良いところまで終えたのか、モロが出てきた。やっぱり今日もモロ出しだった。
「なんじゃ、また」
挨拶もナシ。この社会不適合者が。こっちも挨拶は抜きにして、用件を伝える。
「メンローチを解剖してるんだろう?」
「ああ。感謝しとるぞ。中級の低知能とはいえ、ネームドの魔族を解剖できる機会は、そうそう無いからのう」
本当に上機嫌のようで、ニカッと快活に笑う。
「どんなキメラが出来そうだ?」
「そうじゃなあ。ザコーイとの兼ね合いを考慮して氷の属性は限定的にしようと思っておる」
「良いね。具体的には?」
「腕を麺のように変えるのじゃ」
「うん?」
「ナポリタンじゃよ」
ますます分からんわ。
「普通のゴーレムに麺のような腕をつけて、それを敵に突き刺す。そうしてそこから冷気を送り込んで相手を氷漬けにするという寸法じゃ」
割とエグイこと考えてた。
「あのナポリタンのような形状を何かに使えんかと、あの日以来ずっと知恵を絞っておったのじゃよ」
うーん。アレがまさか、そんな剣呑な応用になるとは。元々、魔改造料理だったのに。もはや原型留めてないどころか、魔族の腕になるんだから、やっぱイカれてるよな、このジジイ。
「ていうか触手とは違うのか?」
魔族には触手が生えてるヤツも居る。それと何が違うのか。
「アレよりもっと細いからのう。沢山生やせる。なので沢山刺せる」
こっわ。発想が怖い。
まあでも触手のように絡め取る動きは出来なくても、低級ダンジョンに来るようなショボい冒険者なら、確かに物量で押した方が早い気もするな。
「あと殺傷能力が低いんじゃ。刺された所もギリギリ壊死せん程度の凍傷に抑えられるじゃろう」
「それは良いね」
冒険者は生かさず殺さずが基本だからな。刺されたら酷いことにはなるけど、また治ったら挑戦してもらえるくらいに調整してるワケだ。
「じゃが、少し素材が足りんのう」
「そうなのか?」
「あと、恒久的にボスを任せるなら、省エネも考えんとのう」
それも問題なんだよなあ。キメラはフィアーの燃費が悪いからな。
「まあいずれにせよ……インスピレーションが欲しいのう」
なんか嫌な話の流れになってきた気がする。
「ほれ。折角来たのじゃ。ワシを日本に連れて行ってくれ」
やっぱりそう来たか。前回ですら惨憺たる状況だったのに、またこの猥褻物を連れて行くとか、国辱に当たるんじゃないか。
ただ、断って機嫌を損ねさせるのも良くない。うーん、そうだなあ。
「ノエインに前尾を縛ってもらうか」
「またか。お主、なんぞワシの尾に恨みでもあるのか?」
「あるに決まってんだろ」
前回のアレ、ちょっとしたニュースになってるんじゃないかって、確認するのが怖いくらいだからな。
「アレは日本ではダメだ。大騒ぎになっただろう?」
「ふむ。アレは大騒ぎじゃったのか」
「後に入った店の様子を見ただろう。日本は基本静かだし、日本人は大人しい。そんな民族がキャーキャー言う時点で、ヤバいんだよ」
「なるほど……ワシの前尾が……」
ちょっとショック受けてる感じだ。まあ自分が生まれ持った体の一部だからな。それを否定されるのは同情もするけど、
「料理人まで騒いで飯作ってくれなくなったら困るだろう?」
「ああ、それは困るのう。仕舞っておこう」
腐っても科学者。こういうところはデジタルに考えてくれるみたいで助かった。
「しかし、お主のバインドだけでなんとかならんか?」
なんとかなるか否かと言われれば、なるけどさ。俺だけでアレを全握りは……こう、なんか心理的抵抗が強いんだわ。
俺の沈黙をどう受け取ったかは分からないけど、モロは1つ嘆息。
「まあ連れて行ってみるか……こやつも他の世界を見せたら何か反応があるやも知れんしのう」
ノエイン。ドクターは彼女に対して、ただの世話係や戦闘員以上の情を持っているような節がある。詳しく事情を聞いたことはないが……まあ今は踏み込まないでおこう。
「ノエイン、ドクターのアレを縛ってくれ。大きくなっても抑えつけていられるような圧力で」
最悪は千切れても良いだろう。なんのための器官かも分からん物だし。
「魔王の言う通りにしてくれ。くれぐれも千切れん範囲でな」
ちっ。
「承知いたしました」
ということで、ノエインに前尾を縛ってもらう。暴食マチルダが出した糸を使用しているため、滅多なことでは切れない。俺でも引き千切ろうと思ったら結構ガチらないとダメなくらいの硬度だからな。それを3本使ってグルグル巻きに縛ってるので、まあ大丈夫だろう。
「歩きにくいのう」
文句を黙殺し、私室へ転移。ノエインに擬人化の魔法を掛け、日本へと飛んだ。
いつものビジネス街へ降り立つ。
「相変わらず理解の範疇を超えた街じゃが……ノエイン、ここが日本じゃよ」
モロが語りかけると、彼女は静かに首を巡らせた。少し興味深そうな様子に見えるが、どうなんだろう。
「感想を言って良いぞ」
「……分かりません。ただ我々の世界の人間文明とは掛け離れた域にあるようです」
感想、というより考察に近いけど。それでも「感想はありません」とか言われるよりはマシかな。
……しかし、今のやり取りを見るに。やはりモロは「命令通りに動くだけの機械人形」のノエインを変えたいのだろうか。
「……さて。何が食べたい?」
「そうじゃのう。またナポリタンでも良いんじゃが、折角だから新しい物に挑戦したいわい」
「具体的にイメージはあるか?」
「いやあ、イメージというよりのう」
モロがジッと見つめる先、コンビニがあった。
「前に来た時も、かなり気になっておったのじゃが……」
ああ、なるほど。初めて見たら、好奇心をそそられるか。
今もОL2人組が入って行った。
「ガラス戸が自動で開くのも凄いカラクリじゃ」
まあアレは、コンビニ以外でもあるけどな。
とにかく、アレが望みとあらば是非もない。俺たちは全員でコンビニに突入した。思えば俺も5年ぶりじゃないか。あんまり生前から思い入れは無かった(全て割高というイメージしかない)から、なんというか感慨も湧いてこないんだけどな。
――♪♪
「おお! 音が鳴ったぞい。ベルもついてないのに」
前回入った喫茶店のカウベルと違って、電子の入店音は新鮮みたいだ。ただ恥ずかしいからデカい声で喜ぶのはやめてくれ。
「ノエイン、どうじゃ?」
「はい。様々な物品が棚に置かれています。ほぼ全て、あちらの世界では見たことも無い物のようです」
やっぱり感想というより実況に近いけど、割とよく目も首も動いている。
「……」
俺はしばらく彼ら2人の好きにさせることにした。もちろん、迷惑行為やマナー違反になりそうな動きがあったら止めるつもりだけど。
モロは週刊誌の棚、洗剤、髭剃り、カップ麺コーナーと順繰りに見て回る。3歳児よろしく、俺に「コレは何じゃ」を繰り返し訊ねてくるので、中々に恥ずかしい。小規模結界で俺とヤツの間だけ覆うことも考えたけど、絶えず動き回ってるので難しい。
「ほうほう。なるほどのう。熱を加えると麺が……なんと、ナポリタンもあるではないか!」
冷凍食品コーナーで一際興奮するジジイ。他のお客さんが何も買わずに、そっと退店した。控えめに言って営業妨害だ。店員もなんとも言えない表情でこっちを見ている。
「しかし、なるほどのう。凍らせておいて……後から……」
モロはブツブツと呟きながら、ようやく全ての棚を見終えた。ノエインは押し黙ったまま、彼の後ろをついて回っていたが……時折、店内の商品を観察している風でもあった。彼女にしては珍しい、自発的行動というヤツだな。
「ふむ。色々と勉強になったぞい」
言いながら出口に向かうので、そっと肩を掴んで止める。これだけワイワイ騒がせて営業妨害したのだから、なんか買わないとダメだろう。
何かすぐ食べれる物。弁当類か、おにぎりか……あ、そうか。
「肉まんなんてどうだ?」
「なんじゃ、それは?」
俺はレジ横の業務用スチーマーを指さす。中には4段くらい網棚があって、そこに丸っこいのがポンポンと乗っていた。
「アレは……」
「ん。ノエイン、興味ある?」
「いえ……」
なんとも言えない反応だったけど、モロは大きく頷いて、
「よし。買ってみよう。カネを出してくれ」
言い方よ。まあ俺しかカネ持ってないから、必然そうなるんだけどさ。
取り敢えず俺はレジに行き、肉まん、カスタードまん、ピザまんを購入した。全員で5つ(それしか無かった)をシェアして食べることに。
平均で1個170円くらいなので、あまり高い買い物にはならず、結局店に迷惑かけた方が大きいような。まあさっさと出るのが一番の貢献か。
「ありがとうございました」
レジの男性店員は、あからさまにホッとした表情をしていた。
外に出ると、早速レジ袋を開ける。
「ホカホカしとるのう」
「ああ。この寒空の下で熱々を食うのが乙なんだ」
というワケで、まずは肉まんを半分に千切る。ノエインに渡すと、礼を言って受け取った。俺がかぶりつく様子をジッと見てから、同じようにした。
「っ!」
珍しくノエインの瞳が見開かれる。美味しいみたいだな。
俺もよく咀嚼する。うん、美味い。ゴロッとした肉の食感と、脂の甘さ。中華スープをベースにしたコク深いタレがよく染み込んでる。タケノコのコリコリ食感、シイタケのグニュ食感も素晴らしい。生地もモチモチで、皮の所が上アゴの裏に貼り付いてくるのも懐かしい感覚だ。
「ほう。これまた、柔らかいパン……とも違うのか。モチモチの生地じゃ。それに中から肉汁がジュワッと溢れてくるわい」
モロも、もう1つの肉まんにかぶりついて、大喜びの様子だ。
ノエインの方は、ハフハフと忙しなく口を動かして、中の熱を逃がしていた。
みんな肉まんを食べ終えたところで、ピザまんへ移行。これは1つしか無かったので、3等分だ。
取り分けたのを1口でいった。あつつ。
俺と同じ動きをしたようで、ノエインはまたハフハフしてる。
ただまあ、美味しいな。チーズがトロトロで濃厚だ。トマトソースの酸味と、挽肉の旨味。ピザまんじゃなくて、本格的なピザを食べたくなってきたけど。
最後にカスタードまん。コレは2つなので、1つは丸々ノエインにあげる。そして残りの1つをモロとシェアした。
かぶりつく。ねっとりとした黄色いクリームが舌に絡みつく。卵のコクとバニラエッセンスの香り。甘ったるいけど、生地との相性は抜群だな。
「はあ、美味かった」
「ああ。日本、凄まじい国じゃ」
中華まんの包み紙を丸めて、カバンの中へ仕舞う。昔は店前にゴミ箱もあったんだけど、最近は無くなっちゃったよね。
「ノエインも美味そうに食っておったな」
「そうだな」
モロが期待していた「反応」と捉えて良いんだろうか。
当の彼女は、今はもう待機モードみたいな感じだけどな。電池が切れたというか、能面のようだ。
「また連れて来られると良いんじゃがのう」
チラチラ見てくるな。
「まあ機会があったらな」
というワケで日本へと帰還する。
ちなみにインスピレーション云々の話はどうなったんだと問いかけると、
「今はまだじゃが、アレだけの画期的なアイテムをコンビニで見たのじゃ。何かしらは浮かぶじゃろうて」
などと楽観的な答えが返ってきた。
まあどうあれ、彼に任せるしかないワケだが……当分は燃費の悪いキメラで回すことになりそうだな。




