22:ハンバーグ
俺が日本に行けるようになって認めた『食べたい物リスト』も半分を消化した。改めて見ていくと。
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・うどん
・おにぎり
・トンカツ
・味噌汁
・玉子サンド
・ラーメン
・海鮮丼(寿司)
・ビーフステーキ
・焼き鳥
・麻婆豆腐
・野菜炒め
・エビフライ
・そうめん
・ローストビーフ
・牛丼
・パエリア
・レバニラ炒め
・ナポリタン
・カレー
・鍋
・雑炊
・選外(シュトーレン・ブルーベリータルト)
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ということで、21個消化だ。中々良いペースじゃないかと思う。
「それに比べてなあ……」
オールドファミリアの名簿から消した『メンローチ』の名前。こっちは消した分、穴埋め人事について考えなくちゃいけないんだけど……
「まあ追々だな。今日はのんびり好きな物を食べに行こう」
先送り。あるいは現実逃避とも言うけど。
久しぶりにソロで遊びに行くつもりだし、同行者の好みに合わせる必要も無い。
少し軽い足取りで、日本へと飛んだ。いつものビジネス街は、活気を取り戻している。1月5日。仕事始めの会社が大半か。
「……」
改めて世間と真逆をいってるよなあ。彼らが休んでる間、俺はメンローチ問題に当たっていて、それが終わった頃に、日本の会社が始まる。
まあ実働時間でいえば、所詮俺のはアルバイトレベルだったけどね。
「さてと」
今日は実は食べたい物が決まってる。ハンバーグだ。ハンバーガーにしようかとも思ったんだけど、パン料理だし、今度ガランドを連れて来た時に彼にも食べさせてあげようかなと。
今から向かうのは有名なハンバーグ専門店だけど……年始休みを長めに取っていたら一巻の終わりだ。個人店は自由裁量だし、可能性は全然ある。儲かってて余裕もあるだろうしな。
休日情報とかも、SNSでチェックできれば一番良いんだけど、俺はスマホ持ってないからね。
というワケで突撃あるのみ。11時45分、到着だ。30分に開店してるハズだけど……よし、開いてるな。遠目だが、立て看板が出ているのが見える。まだ行列は無いな。
近くまで行って、立て看板を軽く確認。店名も合ってるし、メニューもハンバーグ一色だ。
――カランカラン
カウベルを鳴らしながら入店。店内入りは8割以上か。もう少し遅かったら待ちだったかも。
「いらっしゃいませ」
若い女性店員が、カウンター席に案内してくれた。ラス1だった。オジサンと兄ちゃんの間の席に会釈しながら腰掛ける。
おお、個人店なのにタブレットが置いてある。早速ページを捲ってメニューを拝見。もうハンバーグでも1500円とか当たり前になってきてるよなあ。
「うーん」
チーズインも捨てがたいけど、肉本来の味がボヤけそうだしなあ。目玉焼きオンかなあ。他にもアボカド乗せとか、サルサソースとか色々あるけど。うん、目玉焼きオンのシンプルなヤツにしよう。
「……」
タブレットを操作して、ソースはデミグラスを選択。ご飯とサラダのセットも付けて。ご飯は大盛無料だったので、甘えさせてもらおう。送信、っと。
同じくらいのタイミングで、カランカランとカウベルが鳴って、
「すいません、ただいま満席です。外でお待ちいただいてもよろしいですか」
うわ、マジでギリギリだったな。
それから10分ほどして、俺のオーダーがやってくる。前客の分を提供し終えてからだから、もう少し掛かるかなと思ってたけど……流石はビジネス街で繁盛している店ってところだな。
鉄板の上に乗った黒っぽい茶色の塊。上面は大きな目玉焼きに覆われている。黄身が濃いのは、ブランド卵を使ってるのかも知れない。
ジュージューという音と、ガツンとした肉の香り。皿の外縁のデミグラスソースが熱で泡を立てていた。これは美味そうだ。
サラダとご飯も同時に配膳され、いざ実食。
ベジファーストなんてシャラくさい。ハンバーグと目玉焼きの白身を少し切って、パクリといった。
「ん~」
美味い。ギッチリ詰まった牛肉は、わずかに獣臭さえ感じたような気がする。だが、それが良い。ツナギを使用しないガッツリ和牛を謳い文句にしてるだけはあるな。噛めば肉汁が溢れ、わずかに筋張った箇所も残る粗挽きミンチが歯に心地良い。ああ、肉食ってるわ。
ソースも非の打ち所がない。甘さの中に、かすかに赤ワイン香る濃厚な仕上がり。コクも強く、様々な食材が溶け込んでいるのが分かる。
卵の白身は端の方が良い感じにカリッとしていて、中央側のツルンとした食感と対比になっている。ソースや肉から独立しながらも、口の中で混ぜ合わせると絶妙なハーモニーを見せてくれた。目玉焼きトッピング、大正解だわ。
サラダで一旦箸休めをしてから、今度はハンバーグとライスを一緒にいただく。ライスは少し柔らかめに炊いてあるのが、ギッチリ系ハンバーグと好相性。まさに米泥棒状態だな。
「……」
次はライスの上に、1口分切ったハンバーグと、卵の黄身部分を乗せる。そっと割ってみると、トローッと流れ出てきたオレンジ。見た目からして濃厚だ。
丸ごと箸で掴んで、大口を開いて放り込む。
美味え……マジで美味え。
ソースを吸ったライス、黄身と肉汁が絡んだ肉の塊。噛めば、全ての旨味が飛び出してきて、口中で激しく主張してくる。黄身は当然1つしかないので、1回きりの贅沢な1口。目を閉じて堪能する。魔界でも、こういう牛とか卵とか生産できるようになれば良いんだけどなあ。
まあ言ってても詮無いし、待ちも発生してることだし。
ガツガツと食って、10分ほどで食事を終える。会計を済ませて外へ出た。全部で1850円もしたけど、まあ後悔は無いレベルのハンバーグだったな。
「ふう」
軽く腹をさすりながら、店の敷地を出ると。壁沿いに10人ほどの列が出来ていた。おお、盛況だ。時計を見ると12時12分。昼休みになって会社を出て、すぐに来た組だろうな。
と。その中に見知った顔を見つけた。2人の男性サラリーマン。以前、『佐竹飯店』を教えてくれた彼らだった。流石はグルメさん、この店も知ってるんだな。
「あ」
向こうも気付いたみたいで、少し目を丸くしてみせる。ちょっと微妙な距離感なんだよね。話し掛けて良いかどうか。そもそも俺はあの時、出張で来てるとウソをついた覚えがある。となると、こちらに転勤になったとか、またウソを重ねることになりそうだし……やめておくか。
会釈だけして通り過ぎる。向こうもそんな感じだな。もう1人、女性の連れ合いが居るみたいで、その人に俺のことを説明してる様子だ。たまたまランチ難民化から助けたオジサンという非常に微妙な間柄を。
「……」
しまったな。こうなるくらいなら、気付かなかったフリないし、もう彼らの顔を忘れてるフリをしたら良かったか。とはいえ。向こうが忘れるならまだしも、親切にしてもらった側の俺から無視ぶっこくのは最低というか……
――ドン
考え事しながら歩いていたら、誰かとぶつかってしまった。いや、相手のカバンをぶつけられたのか。物理攻撃に対して自動的に反応して作動するカウンター魔法があるんだけど、こっちの世界ではオフにしてるからな。待機魔力もあるし、最近は魔界でも切ってることも多いが。
つまりまあ、久しぶりに、
「あいた」
という言葉を発した。いや、俺の防御力からしたら全然痛くはないんだけどね。なんとなく言ってしまうよね。
当てて行ったサラリーマンを睨もうとするが、ガン無視で去って行く。まあ俺も不注意だったし……いや、ていうか行列に沿って歩いて来たのに、ぶつかるのおかしくないか? と思ったら。
「悪い、遅れたわ」
件のサラリーマンは、列の途中に割り込んでいく。既に列に並んでいた同僚らしきオッサン2人と合流する形だ。あれ? コレってダメじゃないのか?
「……」
今来たオッサンは、ちょうど親切サラリーマン2人組の前に入った格好だ。2人も連れ合いの女性も、一様に嫌な顔をしている。あ、やっぱルール違反だよね。
立て看板近くにも『代表並びはご遠慮ください。必ず全員が揃ってからお並びください』と書いてあった。うん、大義があるなら、
「ちょっと。割り込みじゃないですか?」
注意しに行く。生前の俺だったら関わるかどうかフィフティフィフティくらいの案件だけど……今となっては魔王の能力というチートがあるからね。チートを貰ったらイキり倒す義務があるし。あとついでに言うと、カバンぶつけられてイラッとしてるのもある。
俺の突然の物言いに、彼らは胡乱げな目を向けてきた。
「え?」
「なんすか?」
反抗的な目。あっちは3人、こっちは1人。群れた途端イキるオジサンたちと、チートでイキるオジサンは、どっちが醜いのか。なんて場違いなことを考えたけど、まあ今は良いや。
「代表並び、ダメって書いてありません?」
「いや、関係ないでしょ」
「店の人でもないんでしょ?」
なんだ、この言い分は。店の人なら従うってことか? 店もだけど、提供が遅れる分、行列の後客も迷惑するんだが。特に時間の無いランチタイム、みんな前客分の計算をしながら並んでたりする。
「俺には直接関係ないけど、後ろの人たちが気の毒でしょう。みんなルール守って待ってるのに」
「……いや、何それ」
「正義マンじゃない?」
「だる……」
クソ腹立つな、コイツら。なんだろう。メンローチよろしく、自分たちの方が強いと勘違いしてるゆえの傲慢か。
こんな比較的インテリ層が集まる場所でも、結局は「力」が背景になるんだなあ。
「……あと、アンタら。そこに置いてるコーヒーの空き缶も持って帰れよ」
「は?」
さっきから気になってたけど、道路の端にコーヒー缶が置いてある。先に待っていた2人のうち1人が同じメーカーのを飲んでいるので、恐らく先に飲み終わった相方が放置したんだと思われる。
「マジでなんなの?」
「意味わからんわ」
「なんかアンタに関係あんの?」
不満げな様子だが、俺はそのスチール缶を拾い上げる。親指と残りの指で摘まむと、軽く力を入れた。
――グシュ!
缶は厚さ2ミリくらいに圧縮された。
「「「……」」」
一瞬で黙ってしまう3人組。
「ウソ……」
「握力ヤバくない?」
列に並びながら成り行きを見守っていた人たちにも、驚きの波紋が広がっていく。
青くなっていく3人組は、その場で後ずさりした。
「街が汚れると俺も気分が悪い。関係あるよね。代表並びが横行すると、今度は俺が並ぶ時に困るかも知れない。関係あるよね」
ルールってそういうモンだ。今日はたまたま先に食べて出てきたから、今この時は俺に利害関係は無いけど。
「「「……」」」
缶を放り投げる。俺にカバンをぶつけて行ったオッサンが咄嗟にキャッチした。見事にペシャンコになっているのを見て、3人とも顔を見合わせる。怯えの色が濃くなっていて、もう反抗はしてこなさそうだった。
「並び直して」
「いえ……」
「すいませんでした……」
すごすごと列から離れ、逃げるように去って行く。
うーん。やっぱ人間だった頃より、他者を力で屈服させることに抵抗が薄くなってる気がするなあ。まあでも一応、最初は説得は試みたから。
と。
――パチパチパチパチ!
周囲から拍手が起こる。え?
「凄かったです! 本当に助かりました!」
「ありがとうございます!」
親切サラリーマン2人が興奮気味に讃えてくれる。更に後ろの方から、
「今年一番、正しいことが起きたな」
「まだ始まったばっかじゃないですか」
という誰かのギャグが。
行列のみんながクスクスと笑う。各々のグループ以外、全然面識が無いハズなのに、謎の一体感が生まれていた。
みんな、この1時間が貴重なのは一緒。俺だってそうだ。そこを害する相手は共通の敵ということか。
「それじゃあ、失礼します」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
親切サラリーマン2人と、連れ合いの女性がペコリとしてくれる。
背を向けて、今度こそ立ち去った。
しかしまあ……難しいモンだよな。日本みたいに「暴力を背景にした問題解決を是としない社会」では、逆に無法者が利を見てしまう。我が魔界も、どういう社会に向かうべきなんだろうな。
「……」
ハンバーグ食いに来ただけなのに、なんか変な感じになってしまった1日だった。




