20:ブルーベリータルト
日本の方では年が明けた。正月休みを取っている店が多いので、当面はランチ遠征時の選択肢も狭まるだろう。
ザコーイは現在、城内部で療養中だ。温かくして眠り、カレーを毎日食べている。その厚遇に涙ながらに感謝されることが何度もあったが……正直こっち側の人選ミスもあるからなあ。
ダンジョンの構成としては、オールドファミリア同士で中ボスとダンジョンボスを組ませるパターン。あるいはオールドをダンジョンボス(実力も位も上)、ニューファミリアを中ボスに配置して管理させるというパターン。このどちらかで運営しており、今回は前者のパターンだったワケだが。
「メンローチのヤツを中ボスにして、もっと上位の魔族にダンジョンボスを任せて監視させておくべきだった」
配属ミスだなあ。とはいえ、上位魔族もクセ強揃いだし、キチンと監視役として機能するかは甚だ疑問なんだよな。極端な話、ニュイやガランドを置けば、もちろん役目を果たしてくれるだろうが……下級ダンジョンごときに彼らを配置なんて出来るハズも無い。ていうか、彼らを置いた時点で最上級難易度のダンジョンになってしまうし。
「はあ」
まあ今更、あれこれと悔いても仕方ない。
俺は城の地下室へと向かう。隠し階段を下り、変態の私室へ。中へ入ると、今日はアイアンメイデンの中ではなく、床に転がっていた。有刺鉄線で縛られているみたいで、凄く痛々しい。
「ああ、ルイ様。どうなさったのです?」
「どうかなさってるのは、オマエの方だけどな」
話しにくいので、魔法で鉄線を外す。複雑に絡まってるから、割と手こずった。サーシャは少し残念そうな声を出すが、無視して話を始める。
「今日は頼みがあって来たんだ」
「また血ですか?」
「いや。メダマコウモリを貸して欲しい」
「メダマコウモリですか? ニュイの水浴びでも覗くのですか?」
「やめろ」
ちょっと想像してしまっただろうが。
メダマコウモリというのは、まあ限定的に千里眼のようなことが出来る種族、と言えば理解が早いか。非常に有用だが、本人たちには出世欲のようなものが乏しく、基本は食べるためだけに能力を使うのが特徴だ。
「絶対に口外無用で頼むぞ」
と、前置きしてから。
俺はメンローチとザコーイの話をする。
聞き終わったサーシャは、面倒くさそうに鼻を鳴らした。疑わしきの段階で殺してしまえば良いじゃないか、と。言外に滲んでいる。
「まあルールというものがあるからな。明確なルール違反が確定しない段階で処罰してしまえば、それが形骸化する」
特に本人の性格はどうあれ、仮にも譜代大名みたいなモンだからな。コイツは怪しい、という理由だけで長年仕えてきた臣下を斬るなら、他の大名たちも「明日は我が身」と猜疑心に囚われる。それでは健全な国家経営に支障を来たしてしまうだろう。
そういう感じの話をすると、サーシャはある程度は納得してくれた。
「取り敢えず分かりましたわ。それでは召喚します」
サーシャがパチンと指を鳴らすと、空中にモヤが発生する。簡易のゲート魔法だ。これが向こう側で発生すれば、部下は召喚に応じなければいけない。無視すれば従属魔法で無理矢理従わされるしな。
モヤが晴れると、そこには一つ目のコウモリが居た。体長は1メートルくらいか。やや紫がかった黒い体毛に、鋭く長い耳。そのコウモリは、サーシャが伸ばした腕の下に潜り込み、頭を下に向けて止まった。やや病的な美貌の女の白い腕に、グロテスクなコウモリがとまっている光景は……なんか妙に絵になる。
「馳せ参じました」
「ご苦労」
コウモリが俺の姿を認める。驚きに身じろぎした。「部長に呼ばれたので来てみたら、その場に会長も居た」みたいな感じだな。
「こちらは族長の娘ワンアイです。ビジョンアイの一番の使い手でもあります」
「ただいまご紹介に与りましたワンアイでございます。魔王陛下におかれましては……」
「ああ、良いよ、堅苦しいのは」
族長には会ったことがあるけど、今日はその娘さんか。天才という噂は聞いてたけど、既に父親を凌いだか。
「お気遣い、ありがとうございます」
というワケで、ワンアイにも先程と同じ説明をする。
「なるほど。では明日には準備を整えておきます」
ファストルアのダンジョンは、魔王城から結構な距離があるから大変だと思うけど、1日で済ませてくれるか。
「助かる。それで報酬なんだが……フィアーで」
「あ、あの!」
遮られる。
「サーシャ様から聞き及んでおります。魔王陛下は現在、ご自身の世界で美味しい物を食べておられるとか」
「あ、ああ。そっちが良いのか?」
「はい! 出来ましたら!」
「わ、分かった」
ていうか口止めしてない俺もアレだけど、サーシャもガランドも眷属にバンバン言い触らしてるな。
「それでは、配下の者たちに準備の指示だけ出してまいりますので、少々お待ちください」
サーシャが再び開いたゲートに、ルンルンで飛び込んでいくワンアイ。
「なんか珍しいな。あの子の親父さんは、まさにビジネスライクって感じだったけど」
「そうですね。彼なら確実にフィアーだけ受け取って、ルイ様と交流などとは考えずに、淡々と準備に勤しんだでしょう」
どちらが良いとかいう話でもないけど……ゆくゆくは彼女が一族を背負っていくのだろうし、メダマコウモリたちも少し変わるのかも知れないね。
「お待たせしました」
戻ってきた。
「サーシャも来るか?」
「いえ。ワタクシは先程の縄での修行が残っておりますので」
修行とか体の良い単語を思いついたモンだな。
まあ俺の方も誘ってはみたけど、実際トラブルメーカーのコイツを連れて行かないで済むなら、それに越したことはないんだよな。
というワケで、ワンアイだけ連れて私室へ戻る。妙にソワソワしている風だった(まあ魔王の私室だからな)が、気にせずにゲートを開いた。
「キミは擬人魔法は使えるのか?」
「あ、はい。完全ではありませんが」
ちょっと不安だな。
「試しにやってみて」
「分かりました」
魔法が発動し、彼女の姿が人のソレに変わる。キチンと目は2つあるし、中々の美少女だ。鼻筋も良く、紫と黒のメッシュカラーの髪がオシャレだった。シャツの背中に小さな羽根が生えているけど……まあ日本ならコスプレということでイケるか。
「変じゃないでしょうか?」
「大丈夫、可愛いと思うよ」
「そう……なのですね。私には人間の美醜はピンときませんが」
「まあ、取り敢えず行こうか」
2人、ゲートへと飛び込む。
いつものビジネス街だけど、予想通りシャッター街の様相だ。個人店はどこもやってないんじゃないか。
「……凄いですね。サーシャ様が絶賛していましたが、これ程とは」
俺からすると寂しい光景だけど、見る物全てが新鮮に映るワンアイは、瞬きすら忘れているようだった。
「しかし参ったな。街全体が休日なんだ」
「コレでですか!?」
まあナーロッパと比較したら、正月期間中のビジネス街でもね。
街並みのレベルはさておき、店が開いてないのは事実。どうしたものか。取り敢えず、南の繁華街の方へ向かってみるか。
「あ……」
その途中に、やっている店を見つけた。駅近にあるチェーンの喫茶店。店内飲食も可能な所だ。
「助かった」
こういう時の強い味方、全国チェーン店。まあ最近は、そういうところでも休んだりしてるらしいけど、ここは営業中みたいだね。
ワンアイにも、どういう飲食店かを教えると、
「コーヒーですか? ダーケン村の物は私も好きですよ」
好感触。決まりだな。
まあ美味そうなメニューが無かったら別候補を探すけどな。
「行ってみよう」
店に近づくと、立て看板が出ていた。ローストビーフサンドに、エビアボカドサンドのオカズ系。デザート類はモンブランやミルクレープに……
「コ、コレ! 食べてみたいです!」
いきなり食い付いたな。
彼女が指しているのは、ブルーベリータルトか。俺は思わず彼女の顔、というか目を見てしまう。
「ダ、ダメでしょうか?」
「ああ、いや。そういうワケじゃないんだ。ただ」
「ただ?」
「目に良いと言われてるフルーツだからさ」
「あ、そうなんですね。なんかピンと来たからお願いしたんですけど……なるほど」
「本能みたいなモンかもな」
「はい」
まあ何にせよ、食べたいと思える料理が見つかったのは良かった。正直、俺の食べたい物リストの選外なんだけどね。
2人で店内へ入ると、すぐにレーンに着く。まずはパンやサンドウィッチの陳列。そこで食べたい物が無ければ、レーンを進み、コーヒーと一緒にレジで注文する形だね。デザート系だけど、ブルーベリータルトは陳列ケースの中にあったので、それを2つピックアップ。あとはアメリカンコーヒーを2杯追加で会計を終えた。
レーンの最奥で、コーヒードリップの出来上がりを待って受け取る。タルトと一緒にトレーに載せてから。
「……ええっと、席は」
と探すまでもなく、ガラガラだった。正月まで職場の近くに来て、わざわざ喫茶店で軽食を摂る人は……まあ稀だろうからね。住宅街ならまた違うんだろうけど。
「そっちのテーブルに座ろう」
対面の2人掛け。ワンアイは少し躊躇した様子を見せたけど、おずおずと腰掛けた。サーシャはそこまで主従にうるさい感じは無いけど、まあ俺がフラットすぎるのかも知れない。どうしても32年間、日本人やってたからな。もちろん先輩後輩とか、会社内の序列とかもあったけど……飯すら同テーブルを許さないとかはありえないわな。逆にパワハラで問題になるだろうし。
「それじゃあ、いただこうか」
「はい」
キラキラした瞳でブルーベリータルトを見つめるワンアイ。
「宝石のようですね……」
ゼラチンも乗ってるから、確かにキラキラしてるな。
俺はフォークを手に取って、1口分カットする。外縁のタルト生地が少し切りにくかったけど、なんとかキレイに取れた。
口の中へと運ぶ。
タルトのシットリしつつも、程よい歯応え。けれど噛めばホロホロと崩れる。そして中央の白いクリームチーズは微かな酸味と、濃厚なくちどけ。バニラエッセンスの香りもした。そこにゼラチンのプルプル感が後追い。ブルーベリーはプチッと弾けて、酸味と甘みが同時に広がる。クリームチーズの舌に絡みつくような食感とは対照的に、瑞々しい。
「美味しい……こんなの初めて食べた」
対面のワンアイはウットリした表情で、うわ言のように呟く。
ん。翼がピクピクしてるな。幸い、彼女は壁側だから誰にも見られないけど……一応、結界魔法を張っておくか。
それにも気付かないみたいで、ワンアイはまたフォークを繰って1口頬張った。蕩けるように目を閉じ、ゆっくりと噛み締めている。
俺も、ちょこちょこと食べていく。思ったよりポーションがデカいな。コレの半分くらいが美味しく食べられる適量な気がするわ。
少し食傷気味のタルトをコーヒーで流し込んでいると、対面から視線を感じる。ワンアイは、いつの間にか完食しているようだ。
「……」
「……食うか?」
「よ、良いのですか?」
と言いながら、既に手が伸びて来てるんだけどな。俺は苦笑しながら頷く。するとたちまち皿を自分側に引き寄せ、俺の食いかけにフォークを刺し入れた。
そしてパクリと。また幸せそうな顔。まあ美味しく食べられる人が食べるべきだよね。
結局、彼女は1・5人分をペロリと平らげ、コーヒーも飲んでご馳走様をした。トレーを返して店を出る。
「はあ……凄い料理でした。あんなに甘くて、酸味もあって、良い香りで」
まだ夢見心地みたいだ。
と。彼女が目をシパシパさせる。
「どうした?」
「なんだか、目の調子が良いです。今ならどこまででも見渡せそうな」
本当かよ、とツッコみかけたけど。ブレイナーくんもザコーイも、ガランドですら食品からの栄養なり属性なり効果覿面だったことを思えば……魔族は吸収能力も人間とはレべチってことかもな。
「ありがとうございます。美味しいだけじゃなくて、こんな効能まで」
ペコリと頭を下げるワンアイ。
「コレで、明日はご期待に沿う働きが出来るでしょう」
「ああ。頼むよ」
2人で魔界へと戻る。ワンアイは今から少し仮眠を取るそうだ。まあ本来はニュイやサーシャと同じ、夜行性だもんな。
それでも、
「またお慈悲をいただけるなら……日本へ連れて行ってください」
去り際にそう言っていた。




