19:スパイスカレー
ザコーイが王城に馳せ参じたのは、2日後の昼前だった。謁見の間に入って来た彼は、すぐさま馬体を低く沈め、人型の頭を垂れた。小さく震えている。処罰されると思っているんだろうか。
「ザコーイ」
「は、はい!」
上擦った声。
「楽にしろ。大丈夫だ。罰を与えるワケではない」
まずは安心させる。まあもちろん、悪意あって全体のプールであるフィアーを浪費していたのなら罰することも考えるが。多分、純粋に何かあって力が弱くなってるということだろうからな。
「あ、ありがとうございます!」
今度は安堵で声が大きくなってしまうザコーイ。
「まず状況を知りたい。先月末から今月にかけて810回くらい死んでいるそうだが」
「はい。恐れながら……冒険者に討たれたケースと、走っている最中に転倒して頭を打って逝くケースが半々ぐらいでして」
なるほど。しかしケンタウロスが走行中に転倒なんて……
「ケガか?」
「いえ。そうではなくて……」
いわく。ダンジョンの床面が凍ってしまっているとのこと。それでスリップが多発し、思うように動けないところを、冒険者たちの遠距離魔法の餌食になっているようだ。
「私は悔しいです。ファストルアの街ではザコーイ饅頭まで作られる始末で」
それは完全にナメられてるな。ていうか、饅頭はあるのか。
「しかし、ダンジョンに氷かあ」
魔界には四季が存在せず、一年通して同じような気候だが、人間界側にあるダンジョンは四季の影響を受けることもある。
「もしかして周辺は寒波が押し寄せてるとかか?」
「はい。それに加えて……実は下層のダンジョンボスさんが……」
「ダンジョンボス」
誰だったかな。
「アイスゴーレムのメンローチさんです」
ああ、アイツか。あまり良いヤツではなかったと記憶してる。一応はオールドファミリアだが、隙あらば裏切ろうとしていた印象。まあ大して強くないから気にしてなかったけど。
「そのメンローチが、関係あるのか?」
「えっと……」
言い淀む。告げ口をするみたいで気が引けるのか。あるいは、脅されている可能性もあるな。
「ふうむ」
謁見の間を見回す。近衛のデュラハンが2体。
「コイツらは口が堅い……というかここで見聞きしたことを漏らせば、俺の方で処分する」
2体が小さく身じろぎした。脅したかったワケじゃないけどね。
「大丈夫だ。悪いようにはしない」
「そ、それでは……」
そこからザコーイは洗いざらい話してくれた。
ダンジョンボスのメンローチは、人間界の寒波に便乗する形で力を増していること。そのあおりを受ける形で、上の階にまで氷が張られるようになったこと。陳情しても取り合ってもらえないこと。
「むしろ私が簡単に倒されることによって、冒険者たちがこのダンジョンは大したことないと油断するのだとか」
「それでダンジョンボスは力を増したアイスゴーレム。そのギャップが恐怖エネルギーを何倍にも膨れ上がらせてくれるという寸法か」
ザコーイは頷く。
だけど、あのダンジョンから上納されるフィアーの量は増えてなかったと記憶してる。数値に出てるなら、ブレイナーくんも教えてくれただろうし。それが無いということは……横領か。
「魔王陛下?」
黙ってしまった俺に、恐る恐るザコーイが声を掛けてくる。
「ああ、いや。なんでもない」
まだ憶測の域だ。キッチリ証拠を掴んでからじゃないと、疑わしきの段階で処分は出来ないし、吹聴するのもダメだな。
と。ザコーイが震えているのに気付いた。まだ緊張しているということもないだろうし、メンローチを売ったことに罪悪感を覚えてる……という風でもないよな。話し終わった時は、肩の荷が下りたという表情だったし。
「ザコーイ? 体が震えているようだが」
「あ、ああ。コレですね。お見苦しくて申し訳ありません」
と言いながらも、止められないようだ。こちらからは目立たないよう、後ろ脚の内股同士を擦り合わせている。
「いや、そんなことは良いんだが。大丈夫か?」
「ご心配いただき、ありがとうございます。ずっと氷が張った部屋に居るせいで、脚に来てしまってるんです」
まあ4本あるしなあ。感覚的に言えば、氷の上でずっとハイハイしてるみたいな状態か。キツいね。戦闘中にスリップしなかったとしても、そもそも普段の出力なんて出ないだろう。そりゃ810回も死ぬよ。
「少しの間、この城で休むと良い。ダンジョンのことは気にするな」
幸か不幸か、リヴァイア氏からの報酬30万フィアーもあるしな。少々閉鎖しても問題ない。
「ありがとうございます」
感じ入るように言うザコーイ。しかし重症だなあ。血の巡りも悪くなってるんだろう。
……そうだな。
「ザコーイ。この後、俺の私室に来い」
デュラハン2体が少し驚いた雰囲気だったが、もちろん何も言わない。
「え……あ……わ、私はオスですが、誠心誠意務めさせていただきます」
「ちがーう! 美味い飯を食わせてやるというだけの話だ!」
俺、どんだけ変態だと思われてんの。獣人好きでホモとか、特殊すぎる。前世でそこまで業を背負うようなことをした覚えはねえよ。
「俺の生まれ故郷だが、マジで飯が美味い。そこに連れて行ってやる」
「あ、そういうことでしたか……って、それはそれでよろしいのですか!? 私ごときを!」
「ああ、構わんよ。普通にブレイナーくんとかも連れて行ってるし」
それを聞いて、ザコーイも安心したようだ。
というワケで、彼を私室へと招く。俺の方で擬人魔法を掛けてあげて(なんか普通に馬面の青年になった)から、世界を渡った。
「うわあ~」
驚き圧倒されているザコーイは、キョロキョロと忙しない。
ただ俺は、ビジネス街の閑散とした様子に内心で焦っていた。昨日もまだ割と人が居たから油断したけど、今日は一段と少ない。順次、仕事納めしていって、いよいよ限られた会社しか動いてないっぽいな。店もほぼ閉まってるし。
これは南へ行くしかないな。繁華街なら、年内休まずって所も結構あるだろうから。
「ザコーイ、行くぞ」
「あ、はい。なんだか夢の中に居るようです。魔王陛下直々に私ごときを案内してくださって……しかも異世界。うわあ」
喜んでくれて何よりだよ。
ソッコーで車に撥ね飛ばされて快楽を得ようとしたり、興奮してとんでもない物を露出したりする連中より、よほど案内のし甲斐がある。
「そ、それで私は何を食べさせていただけるのでしょうか?」
「ああ。体の芯からあったまるような食べ物をね」
心当たりというか、狙ってる料理はいくつかある。鍋系か、唐辛子の効いたスパイシー系、あとはカレーなんかもアリだな。いずれも体があったまって血行が良くなる。
そして今日だけに終わらず、継続的に食べさせてあげると考えれば……カレーが一番良さそうだな。鍋も素を買えば作れるけど、具材の調達がしんどい。その点、カレーならレトルトを温めるだけなので、簡単だ。
「さてと。確かもう少し先に……」
ビジネス街の南に広がるダウンタウン。その大通りから1本東へ入った所に、目的の店はあった。やってなかったらチェーン店かなと思ってたが……看板が出ている。良かった。
雑居ビルの2階、やや急な階段を上っていく。ザコーイは二足歩行に慣れないようで、手すりに体ごと乗り上げるんじゃないかという歩き方だったけど、まあなんとか2人で店のドアをくぐった。
「いらっしゃいませー」
「うわ、変な格好の人間だ」
「しっ。静かにしろ」
「あ、も、申し訳ありません」
「???」
良かった。辛うじて聞こえなかった。可愛らしいエプロンを着けた女性店員は、小首を傾げながらもテーブル席へ案内してくれる。
以前にネットで有名店をサーチした時に引っ掛かった所だったんだけど、今日は先客3人だけで相当空いてる。みんな帰省や旅行かね。
「よいしょ、よいしょ」
ザコーイは椅子に座るのも少し苦労していた。慣れないのもあるけど、脚がやっぱり動きにくいんだろうな。
座れたところで、メニューを広げて2人で覗き込む。とはいえ、彼には何がなんだか分からないだろうから、
「俺と同じで良いか?」
「あ、はい! もちろんです!」
ということで、改めてメニューに目を通す。うーん、日替わりには鯖を使った物やら、変わり種があるけど。こういうのは通い詰めてる常連が頼む感じだろうか。ちょっと惹かれないでもないけど、無難なヤツにしとくか。
「この名物チキンカレーにしよう」
「あ、はい。お任せします」
ということで、オーダーを通す。カウンターキッチンの向こうで、長髪の青年が調理を始めた。
「……」
ザコーイは鼻をスンスンと鳴らしている。
「独特のニオイがするだろう?」
「はい。最初は正直、むせそうになりました。臭い、と理性は思ったのですが、全然嫌なニオイじゃない。不思議な感覚です」
スパイスは本当に、言語化しにくいんだよね。
カウンターの奥からゴリゴリと音が聞こえてくる。そのスパイスをイチから挽いてくれてるんだろう。注文が入ってからか。名物と謳うだけあって、本気も本気だな。
そこで、配達リュックを背負った若者が店に入って来た。先程の女性店員が対応する。番号を読み上げ、商品を渡して送り出す。見れば、他にもテイクアウト注文品が入っていると思しきビニール袋が脇のテーブルに置かれている。
なるほど。店内飲食は少なめだけど、休みで巣ごもりしてる人たちからのオーダーが結構入ってるのか。
「はい、チキン2」
青年が小声で料理の出来上がりを告げる。女性店員がキッチン内に入り、料理を持って出てきた。
「俺たちのだよ」
「は、はい」
ザコーイの目が店員の手元に釘付けだ。ちょっとガン見が過ぎるな。女性店員も「コイツどんだけ腹減ってるんだよ」みたいな目をしながら、そっとテーブルの上に置いた。
「ご、ごゆっくりどうぞ」
皿を見る。シャバシャバ系の、どちらかというとスープカレーに近いルーだ。ゴロッと大ぶりなチキンが何個か浮いていた。ライスの上には彩りの良い野菜が盛り沢山だ。揚げカボチャとレンコン、刻みタマネギ、ニンジンのラぺ。
「なんというか……茶色い液体がメインなのに、凄くキレイな一皿ですね」
まあ、あっちの世界なら茶色い液体は美味そうには見えないと思うけど。それでもニオイと、この彩りが彼から抵抗感を削いでくれてるようだ。
「まずは1口」
スプーンでルーを掬い、ご飯と合わせて頬張った。ああ、美味い。香味野菜などを溶けるまで煮込んだスープに、鶏の旨味を凝縮した鶏油なども加えているという(メニューの端に説明書きがあったので待ち時間に読んだ)複雑な味わいのスープ。それをツヤツヤの白米が吸って、得も言われない。
「な、コレは……」
絶句してしまうザコーイ。口に合わなかったかと不安になりかけた、その時。突然時間が動きだしたかのように、彼は一心不乱にスプーンでルーを掬って食べまくる。
「あ、おい。ザコーイ、ルーだけ無くなるぞ」
慌てて止めて、
「そっちの野菜類も混ぜてみろ。美味いぞ」
言いながら、率先して自分の皿を混ぜ混ぜ。見栄えは悪くなるけど、皿のあらゆる食材が混ざり合い、カオスであり芸術になるんだよな。
1口いただく。うん、揚げレンコンのシャクッとした食感と、そこに染み入るようなスパイスの旨味。ニンジンラぺの僅かな酸味と、カボチャの甘み。ゴロッと入った鶏肉は柔らかく、噛めばジューシーな肉汁を溢れさせる。それら全てを粒立ちの良い白米が吸って……混然一体だ。
「はぐっ! はぐっ!」
ザコーイはもはや掻き込むよう。馬なのに犬食いだ。その額にも頬にも汗がダラダラと流れ続けている。代謝、あがってるみたいだな。
「ああ、無くなってしまった……」
食いきってしまったようだ。俺も最後の1口。
……堪能した。ご馳走さんでした。
会計を済ませ、まだ夢心地に居るらしいザコーイを引きずるようにして退店。階段も下りて、街へと戻る。その頃にはザコーイもようやく正気に戻ったようで。
「元々、食べ物にはあまり興味はありませんでしたが……生涯最高の食事でした」
「それは何よりだよ。ところで……少し脚の痛みや冷えはマシになってないか?」
「え? 脚ですか?」
額の汗を拭いながら、ザコーイは自分の下半身に視線を落とし……
「お、おお! 確かに! 何か熱が漲っているようです!」
良かった。早速、改善の兆しか。
「ありがとうございます! 流石は陛下ですね! 美味くて不調まで治せる料理なんて!」
俺が作ったワケじゃないけどね。
その後。スーパーでレトルトカレーを買い漁ってから日本へと戻った。




