第4話 迷宮行路
「はぁ? 何だって?」
「だから精霊だよ、精霊」
町はずれのさびれた病室内で、万里は目を覚ましたジンに事のあらましを説明していた。
「だから、オレがションベンしてたら精霊が現れて気づいたら契約していたんだって」
「なるほど……って、分かるかボケエエエ!!」
ジンの、怪我をもろともしない強烈なツッコミをヒョイッとかわして万里は説明をつづける。
万里が病院まで運んだ時、ジンの怪我は相当なものだった。オーガが放った戦技『土竜震』によって受けた傷に加え、命がけの極限状態での戦闘、魔力の枯渇で、ジンが目を覚ましたのはあの戦いから丸3日も経っていた。
ちなみに、その治療費は万里たちの1週間分の稼ぎを丸ごと奪っていくほどのものであった。オーガが完全消滅してしまったことで素材を手に入れられなかったことを思い出すと苦い気持ちになる万里であった。
「まあ、論よりコショウって言うし、まあ、出てきてもらうか」
おそらく「論より証拠」と言いたかったであろう万里は、「おい、出てこいよ」と、二人しかいないはずの部屋に声をかける。
すると、万里の肩辺りがピカッと光ると、そこに小さな、まるで人形のような少女が現れる。
ユミルである。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン!!
やっほー、はじめまして、ユミルでーす!!」
ジンは驚愕に目を開く。
それは当然の反応である。精霊――伝説に語られる存在が今、目の前にいるのだから。
ジンは指を少女に向け、口をパクパクさせながら、「せ、精霊!?」と驚愕の声を漏らす。
「な、言った通りだろ?」
放心しているのか、万里の言葉にもジンは反応を示さない。
精霊さんはジンの反応が理解できないのか、「う~ん」と唸りながら腕を組んで考えた後、ピコーンと頭の上に「!」という記号を浮かべて、
「はっは~ん、さてはわたしがあまりにも美しくって、惚れちゃったってわけ?
でもダメよ、いくらわたしが魅力的だからって惚れちゃ!」
と言って、ありもしない胸を隠す勘違い羽虫。
そのおかげ? かどうかは分からないが、少し冷静になったらしいジンは、万里に目線を戻し、「ひょっとして今までの話って……本当」と問う。
つまり、本当にこの精霊は万里のションベンから現れたということだ。ジンのユミルを見る目が、神聖なものを見る目からばっちい物を見る目に変わる。
「ちょ、ちょっと、どうしてわたしをそんな汚物を見るみたいな目でみるのさ!!」
「いや、だって……なあ?」
「まあ、気持ちはわかんねーでもねーけどよ」
ユミルは部屋の隅で体育座りをしながら、「わたしだって、あんな登場したかったわけじゃ……」とブツブツとつぶやきだす。心なしか、部屋がどよんと暗くなった気がする。
と、そのとき、部屋にある古ぼけたドアが開き、頭に鶏冠を立てた老人が勢いよく入ってきた。鳥人族でこの病院の医者兼理事長、コケ・コッコー先生である。
「お前たちうるさーいコケ。病院では静かにするコケ!」
明らかに万里たちよりデカイ声を出すコケ・コッコー理事長。ユミルはすぐに身体を霊体に変換し、不可視の状態になる。
ジンはすぐに「すみません」と謝ると、先生は「ふん、まあいいだろう」とすぐに許してくれた。
「と、そうだった、実は君に言いたいことがあったのだったコケ。
先ほどの検査によって君には……」
そう言って言葉を濁す医師。
もしかするとジンの身体になにか悪いものでも見つかったのかもしれない。ジンと万里は息を飲んで医師の言葉を待つ。
「実はな……」
部屋に緊張が走る。
「はて、何だったかコケ?」
ベットからズッコケるジンと万里。
「おい、ニワトリ。カルテ見ろや」
そう言って入ってきたのは、この病院唯一のナースにして殺伐系美女、妖精族のリリアさんである。コケ・コッコー先生は「おお、そうであったコケ!」と言い、慌ててカルテを確認する。
ニワトリは「ほうほう、ふむふむ、おお、そうであったコケ!」と言った後、パタンとカルテを閉じ、「ジン君は異常無し、もう退院OKコケよ」とあっさり答え、リリアさんとともに部屋から退場した。
残された二人は互いに目を合わせ、「なんだったんだろうな」「さあ? とりあえず出ようぜ」と答えあった。
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人のまばらな商店街を過ぎ、万里たちは街角にある、『Eランク探索者のいるギルド』と大きく書かれた看板の建物に入っていく。探索者ギルド『リンクス』、ここが万里たちの契約しているギルドである。
探索者たちはこうしたギルドと契約を結び、そこから依頼を受けることで生計を立てている。万里たちも例外ではなく、こうして依頼を受けに訪れたというわけだ。
「よう、万里とジンじゃねーか!
聞いたぜ、オーガとやりあったんだってな!」
そう言ってきたのはネコ科耳を生やした筋骨隆々の大男。この男こそ、このギルドのマスター、リンクス・レングリットである。
ジンが大怪我を負ったことを知っていてもニカッと笑っているのは、探索者という職業を良く知っているから故だろう。
「おうオヤジ、今なんか良い依頼はねーのか? こちとら金欠で早急に金がいんだよ。」
万里はカウンターに身体を預けながらマスターに問う。
マスターはあごのひげを擦りながら、難しい顔をする。
「うーん、良い依頼か……悪いが今んところそういうのは無いな……」
リンクスも全く心あたりが無い訳でも無いのだろうが、Fランクライセンスである万里たちに受け持つ事が出来る範囲となるとなかなか難しいのだろう。
「ま、今はこれで勘弁してくれや」
そう言って紙を渡すギルドマスター。
そこには「薬屋『ミーリア』からの依頼、薬草500g採取 報酬3千G」と書かれていた。
「病み上がりにゃちょうどいいか」と言うジン。万里は「ま、しゃーねーか」と言ってそれを懐に入れ、踵を返し入口へと向かう。
「もう行くのか?」と言うリンクスに万里は「ああ、邪魔したな」と答え、ギルドを後にする。
「たまにはリビアにも会ってやれよ」という声が聞こえたが、万里はそれを無視して一路ダンジョンへと向かった。




