第3話 胎動、動き始める物語
ジンはオーガの振りかぶる剛腕を紙一重でかわしつつ、この状況に舌打ちする。
狼人族を含む獣型亜人は身体強化に高い魔力適性――魔力を使用した場合の効率性を誇るが、反対に魔装・戦技など体外への魔力使用は不得手とする傾向があり、それは当然ジンとて例外ではない。彼は今日すでに二回の戦技を使用している。身体強化と戦技の同時使用を計算に入れると彼が戦技を使用できるのは後たったの一度のみ。だがしかし、オーガの方は不意打ちの一打でさえ致命傷には至らなかったようだ。
ジンは握った己の武器である斧と槍が一つになった武器、ハルバードを構えなおす。
ハルバードは斧槍の名の通り、斧と槍、二つの戦技を使用する事が出来る特殊な武器である。先ほど使用した戦技「突撃槍」は槍の戦技であり、まだ「突撃槍」より威力の高い斧の戦技が残ってはいるが、あれを使うには技の隙が大きすぎる。オーガの猛攻をしのぎつつそれを使うのは悪手と言わざるを得ないだろう。
考えれば考えるほど、この状況の絶望感だけが判明していく。
「だかっらって諦められるかよ!」
オーガが腕を振り下ろしたのに合わせて、ジンは上に飛び、斧の部分を三日月の軌道で脳天目がけて振り下ろす。
鈍い音が森に広がる。
ジンは身をひるがえし着地を決め、相手の様子を窺う。
「う……が、オー、グアアアア!!」
「っち、これでもダメかよ、信じらんねーな、クソッ!」
斧が当たったときの感触はまるで鉄の塊に打ち付けているかのようで、その衝撃にジンは思わず武器を落としそうになるほどだった。
オーガは一瞬ふらつくが、すぐに体勢を立て直し、こちらに向かって突進してきた。
彼は最後まで足掻いてやると腹を括り、今だ痺れる腕で武器を握る。
その瞬間――オーガの眼球に剣が突き刺さる。
「よう、待たせたな」
オーガの絶叫が森に木霊する中、オーガの血にまみれた剣を携え、彼のパートナー、霧雨万里が姿を現したのだった。
===
万里は現状を把握する。
オーガにカウンター気味に決まった目つぶし。その動きから自身の身体強化がこれまでより一段階向上しているのが理解できた。パスを通じて精霊の魔力が自分に流れ込んでいるのが分かる。
ちなみに、その某精霊さんはただ今ものかげでひっそり巻き添えにならないよう退避しております。
「こいつぁ、いいな」
調子の良さに思わず笑みを浮かべる万里。
だが、それでもまだ目の前の化け物を倒すには足りない。
当然だ、知能こそ低くモンスターランクこそEランクにとどまっているが、オーガのパワーはDランク相当に匹敵するのだ。
「万里、無事だったのか!?」
ジンは万里に近づき無事を確かめる。
「へっ、何ともねーよ」
万里は目線をオーガから離さずにやせ我慢の言葉を口にする。
万里の怪我は応急処置代わりに飲んだポーションにより流血こそ塞がったが、受けたダメージすべてが回復したわけではない。
ジンは理解し、敵に視線を戻す。
オーガは手で右目を被い、残った左目をちらばらせこちらを睨み付ける。そして腕を上げ、それを地面に振り下ろした。
「なぁ!?」
「嘘だろおい!?」
戦技『土竜震』
隆起した地面がまるで地を這う竜のように万里たちに襲い掛かる。
「万里!!」
ジンは万里を押し飛ばし、『土竜震』の軌道から逃がすことに成功する。だがその結果、彼は戦技をまともに受けることになってしまう。
地面が槍のようにあるいは槌のように襲い、ジンの身体は強打し、えぐられ、地面に叩きつけられた。
「ジイィィィン!!」
万里の悲痛な叫びにも今のジンは反応を示さず、彼はゼンマイの切れたブリキのように動かない。
そのとき、万里のなかの何かが切れた。
「おぅ……ぐ、が、あああ」
オーガは『それ』を見たとき、その顔に明らかな動揺があった。いや、あれは動揺などではない。
『恐怖』
そう、それはまごうことなき恐怖におびえる者の表情である。
「てめぇ……覚悟は出来てるんだろうなぁ……」
オーガがみたもの、それは全身を光輝かせる万里の姿であった。
戦技などを放つとき、身体の一部分あるいは武器などの一部が高密度の魔力によって光って見えることがある。
しかし今回のように全身というのは今だかつて前例のないことだ。
無論、モンスターに過ぎないオーガにそのようなことは分からない。しかしその本能が、この現象の異常性を彼に教えていた。
つまり――
「死ね、魔術『メガフレア』!!」
万里は剣を持つ方とは反対の手をオーガに向ける。
そこから放たれたのは直径2メートルほどの大きな炎の塊。矢のごとく叩き込まれたそれはオーガの巨体にぶつかり炸裂する。
そして、オーガは四散した。
===
薄暗い部屋のなかで、ローブを纏った少女は割れた水晶を眺め、軽くため息をついた。
「……突然、『彼女』の反応が出現したのでそのエリア内で生成出来る最高レベルの魔物を襲わせたのですが、やはり駄目だったようですね。
さて、あのお方はどうなさるおつもりでしょうか……」
そういって、彼女は部屋を出た。




