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傾国の女神  作者: 野津
11/11

MONSTER 1

「美人さあぁぁん、頼むけん考え直してちょおおぉぉ」



規模でこそやや劣るものの、壮麗さでは王宮にも負けていない後宮の、一番格の高い広々とした部屋――いわゆる「王妃の間」の中央にある、これまた贅沢な革張りの大きなソファーの上……ではなくその部屋の隅っこの角になったところで膝を抱えて、どんよりとした暗雲を背負い、現在進行形で壁に向かって悲嘆のうなり声を上げている、地味で平凡な小娘。それがわたしである。

アハハ、自分でも笑っちまうぜ。こんな女が「まだ」この国の王妃の座に居座っているだなんて、そんなバカなことが信じられるかいな。だが、これが現実であることは紛れもない事実。その証拠に、たった今さっきつねった右頬が猛烈に痛む。ううっ、実はずーっと眠ったまま、四年越しの悪夢に苛まれているとかいう廚二病的な設定はないのかーっ!?認めぬ……、わたしは断じて認めぬぞおおおおおおお!!


……とまあ、こんな感じで、つい先日陛下の幼馴染であられる超絶美人さんから「ハアァァァ!?このわたくしが陛下の後宮に入るうぅぅ!?ンな予定、この先何年何十年経とうとずぇえったいにありえないっつーの!ふざけんなチビ!寝言も大概にしとけよ!もぐぞコラァ!」(←約八割はわたしのオーバーな脚色。実際の美人さんは当然、こんな下町のチンピラみたく口汚くなんかないよ!「美麗」と「上品」の二文字を具現化したみたいな、わたしなんか足許どころか爪先にすら及ばないくらいのパーフェクツに素敵で無敵なスバラシイ公爵令嬢サマでいらっしゃるよ!でもニュアンス的には間違ってないハズ!)という手酷い拒絶を喰らってからというもの、日課の書庫通いもうっちゃって、諦めの悪い泣き言をこぼしつつ、無駄に広い部屋の端っこで三角座りをしてシクシクと泣き暮らす日々。あぁ、この世には神も仏もいないのか……くうぅ、世知辛いぜ……!


ただ、あの翌日、散々なありさまのわたしのこ汚いこの姿を目撃された陛下は、何故だかものすごく蒼褪めたお顔をされて、秀麗な美貌に滅多にお見せにならない焦りの色を浮かべていらっしゃった。そんでもって、わたしのすぐそばに膝を突かれて(わたし相手になにやってんですか陛下アアアァァァ!やめて!「畏れ多くも陛下に膝を突かせるとは、この不届き者が!」って衛兵のお兄さんに斬り殺されてしまいますから!と、よっぽど主張したかったけど、泣きすぎて何も言えなかった)、何か言いかけては口をつぐみ、を繰り返し、最後にひどく恐る恐るといったていでそっとわたしの頭をひと撫でされてから、幾度もこちらを振り返りつつ部屋を出ていかれたのだ。あれ以降、あまりわたしの前に陛下は現れあそばされなくなった。毎日、何かにつけて刺さっていた鋭い視線も、近頃はすっかり消えている。そのことだけが精神衛生上、この上なく救いにはなってくれているわけだけれども、やっぱり王妃降板計画の大黒柱(という表現はこの場合、果たして合っているのか?あーもうどうでもいいや)にして大本命だった存在が消えてしまったのは、こっちとしては甚だ想定外の、途轍もなく大きな痛手だった。

うっうっ……!お願いですプリーズカムバック美人さーーーんッ!!





ずびずびと情けなく水っ洟の垂れる鼻を鳴らして小さくうずくまっていたわたしは、この時はまだ、おっそろしく綺麗で可愛らしくてでもヒジョーに腹立たしくて小憎らしい「あの」ちっちゃな豆台風が自分のすぐ近くまでやって来ていることには、まったく気づいていなかった。








午後になって、「このままだですとそのうち全身コケまみれになって、終いには頭からキノコが生えてきますわよ!」と、延々ジクジクと湿っぽく意気消沈するわたしを見かねた(正確には『もうウンザリ!』だけど。はっきり顔にそう書いてあったよ……普段はわたしなんかには勿体ないくらい良くしてくれる、いい人なんだけど、サ)侍女のお姉さんから、取り取りの花が咲き乱れる絢爛な中庭にぽいっと放り出されたのが、かれこれ四半刻ほど前。

――ええ、そこで何の前触れもなくいきなりおいでくださりましたよ、例の豆台風サマが。なにもやる気が起こらなくてボーッと突っ立っていたら、全力で背中にタックルかましてくるとか、とんだお約束な登場の仕方だなこンチクショウ!ひとの背骨真っ二つに折る気かおのれ。「グゲボォッ」なんて、女にあるまじき声を出させるんじゃありません!ま、自分とっくに女捨ててるんで、それは別にいいとして。要するに、めちゃんこ痛いんだっつーの!あれからだいぶん大きくなったんだから、そろそろ加減覚えろよ!会うたびにこんなことされとったら身が保たんわ!もちっとタッパと自重が増えてコレやられたら確実に死ぬから!



「久しぶりだな、鶏ガラ娘!会えないあいだ、さぞ淋しかっただろう?このおれが遠路はるばるお前に会いに来てやったぞっ」

「……………」



おいコラ、てめえのせいでもんどり打ってぶっ倒れて今まさに悶絶している相手にのしかかって最初に言う言葉がそれかい。常識的に考えてまず謝罪だろう、謝罪。「ゴメンナサイ」が言えんヤツはロクな大人にならんのだぞ。んでもって次に、重いからさっさと退きなさい。きみはわたしをのしイカにでもしたいのかね。絶対うまくないぞ、わたし自ら保証してあげよう。



「………ゲホッ!ゴホゲホォッ!(……ちょおぉぉい!早よ退かんかね!)」

「ん?なんだ?わざわざお前に会いに来たおれの心優しさに感動して、声も出ないのか。ふっ、あいかわらず容姿は冴えないが、なかなか可愛いやつではないか、しがない侍女よ」



ちげぇーよ!!

あんたさんの言っとるコト、まるっと丸ごと果てしなく間違ってるっての!!

おぉーい、誰でもいいから早いところ、このはた迷惑な勘違いっ子をどうにかしてくれーー!



それにしても、『鶏ガラ娘』はともかく、まだわたしのことを『しがない侍女』と認識していらっしゃるんですか、このおガキ様は。あのですねー、これでも自分、この国の王妃なんですケド。まあ、知らないんだろうから仕方ないか。……いや、よしんば知ったとしても、きっとこの態度のままだろうなぁ。というか、王妃だってこと自体、明かしたところで「馬鹿を言え」とか言って鼻で笑って、全然信じてくんないだろうな、きっと(言われなくても、わたしだって信じたくない)。なんてったってアイドル、じゃなくて、なんてったって生粋の俺様王子様だからなー、この子。この国とおんなじくらい大きくて力のある、古くから官民問わず交流のある友好国の皇太子様だもの。今日ここに来たのも、恐らく外交関係で何か用事があったのだろう。


そもそも、わたしに対する認識については、初対面時に向こうが勝手に勘違いしたところから、全部始まってるわけで。今更、一から説明するのもしち面倒くさいから、もう完全放置だ、放置。ミョーな感じではあるけれど、懐いてくれているのは純粋に嬉しいと思っているし。母親が蒸発したせいでひとりっ子で(お爺いわく、父さんってお人好しだけが取り柄で、正妻以外に愛人をこさえられるほど甲斐性なかったみたいだからねぇ。そういう人のほうが、よそにガッポリ愛妾愛人を囲って酒池肉林しているような人なんかよりもよっぽど、わたし個人としては好ましいけど)、そう多くもない親類縁者のなかで歳の近い子はお兄しかいなかったから、自分よりも歳下の子にこうしてやれ構え、やれ遊べと纏わりつかれるのは新鮮でくすぐったくて。――正直、デレデレと笑み崩れてしまうくらい、歓喜している。


だってだって、かぁーいーんだもん!しかも見た目だけならこの子、マジ天使だし!わたしがぎゅっとしたら、唇とんがらせて「何をする」とか悪態吐きつつも、向こうも精いっぱい腕を回して、赤くなった頬っぺたをすり寄せてくれるし!ちょっとでも意識をそらすと、すぐに裾を引っ張って拗ね顔で「こっちを向け」とか言ってくるし!はーもー可愛いカワイイKAWA‐IIは正義!(「オイ、さっきと言っていることが違うじゃねぇか」なんて不粋な反論は一切認めません!)

ハァ……弟がいたら多分、こんな感じだったんだろうなぁ。毎日ギュッギュすりすりし放題!ザ・フィーバーパラダイス!ひょおおおぉぉなにそれ素敵!めっちゃ欲しいんですけどソレ!一体どこに行けば買えますか!?





見ようによっては「押し倒されている」とも取れる体勢でいることを忘れて、気づけばわたしは上に乗った俺様王子様をぎゅうぅっと抱き締めて、眼の前のふくふくとした肌理きめの細かい白くてまぁるい頬っぺたに欲求のまま、自分のそれをすり合わせてフニャフニャに蕩けきった間抜けづらをさらしていた。

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