幕間 さる公爵令嬢のぼやき
箸休め的な。
垣間見える陛下の犯罪者臭がパねぇ。
その日、わたくしは単身、当世王の後宮に乗り込んだ。その理由は、「あの」陛下に見初められて、ご成婚から四年が経ったいまだにぞっこんで惚れ抜かれているという、不運で気の毒なお嬢さんに対するちょっとした興味。あと、陛下がまだ皇太子のご身分でおられた時分からの古い知り合い――もとい腐れ縁の間柄からくる、野次馬根性と冷やかしめいたお節介も少々。
陛下とわたくしの関係をして、周りは「幼馴染」なんて微笑ましい言葉でくくってしまっているようだけれど、わたくしとあの方の間にはお互いに、そんな甘ったるい感情なんてひと欠片もない。良く言って、せいぜい悪友ってところかしら。
親同士の仲が良かったせいで、子どもの頃からほかの異性よりも顔を合わせる機会がちょっとばかり多かったってだけで、巷の三文恋愛小説みたく「大きくなった二人はめでたく結婚しました。めでたしめでたし」なお約束の王道展開に落ち着くのが当然だ、とか考えるやつ、そいつはとんだ阿呆よ。短絡思考にもほどがあるわ。当人たちの意向を無視して勝手に物語を作って押しつけるのはやめてもらえないかしら。鬱陶しいったらありやしない。
――言っておくけれど、わたくしは陛下みたいな殿方に嫁ぐなんて絶っっっっ対にお断りよ!!為政者としてのおつむの出来と外面だけは腹が立つほどいいクセに、その中身は鳥肌が立つくらい執念深くて冷酷で腹黒でえげつないんだから!あんな男に眼をつけられたらおしまいよ。人生詰んだのと同じだわ。延々執着されて、精魂尽き果てて死ぬまで絞り尽くされるに決まっているもの。誰も彼もあの見た目に騙されているだけで、本性を知れば全員裸足で逃げ出すわよ!
わたくしの父を始めとするほんの一握りの貴族や、長年国を支えている重臣方のように、本当に見る眼のある人は陛下の身辺――特にプライベートな領域には決して立ち入らないし、そもそも自ら進んで関わろうなんて命知らずなことはしない。過去、何も判っていない連中が王位を継いで間もない若造と侮って、陛下に取り入ろうと媚を売り、甘い蜜を吸おうとした結果、これまでに一体幾人の貴族がその家名と特権を剥奪され、完膚なきまでに叩き潰されことか。勿論、どいつもこいつも性根の腐り切った老害ばかりだったから、いい気味よ、とは思っても同情なんてこれぽっちもしなかったわ。
でも、百歩譲ってそれはいいにしても、とにかくそのやり方が半端じゃなく容赦がなかったの。このわたくしでさえ、そうおいそれと口に出せないくらいにはね。恐ろしい、なんてものではなかったわ、あれは。すべてを終えられたときの陛下の表情ときたら!氷の微笑どころか、永久凍土ばりの嘲笑だったわ。侮蔑と嘲りに染まった、路端に打ち捨てられたゴミ(もしくはそれ以下)でも見るような眼の、無慈悲極まりないのことと言ったら……なまじご容姿が整っていらっしゃる分、凄惨さも倍増よ。今思い出しても怖気が奔るもの。くわばら、くわばら。
ねぇ、お判りあそばして?そんな「やられたらやり返す。倍返しだ!」がモットーの猛獣みたいな男、普通の女ならどう考えたって御免でしょう!?自分で言うのも何だけれど、男性不信にならなかったのが本当に奇跡よ!!たとえ根も葉もない話でも、あんな男と噂になるなんて冗談じゃないわよ!!
……いけない。ヒートアップしすぎて、つい本音が出てしまったわ。ホホホ、ごめんなさいね、今のは聞き流して頂戴。どんなに「アレ」な人物であっても、仮にも相手はこの国の王なのだもの、下手をすればわたくしだってただじゃ済まないわ。口は災いの元。注意一秒怪我一生。わたくしは細く長く生きたいの。
さあ、本題から随分と横路に逸れてしまったから、少しスピードをあげるわ。なるべく手短に簡潔に話すつもりだけれど、また長くなってしまったらごめんなさい。先に詫びておくわね。
それで、いよいよ話の核心の王妃様のことなのだけれど……。
初めて会った王妃様は――――陛下とはまた全然違った意味で、かなりぶっ飛んだ方だったのよ。というか何なの、あれは。この四年間、並み居る側室たちを押し退けて、陛下の寵愛をほしいままにしているという噂は嘘だったの?最近一部の宮仕えの者たちの間で新しく密かに広がりつつあるという「石女でも手放さないのは、実は陛下が王妃様ただおひとりを深く愛していらっしゃるから」というのもデマ?どれも全部、上辺しか見ていない薄っぺらな連中とは違って、しっかりした「その手の筋」経由で入手した情報だったのに。
――いいえ、やっぱり誤報だなんて判断は間違いね。だって四年前、お忍びでお父様のもとを訪ねて来られた陛下が陶然とした表情で「俺だけの小鳥を見つけた」とか訳の判らない最高にキモいことをほざいて……失礼、『仰って』おられたのを、この耳で一言一句たがわずしっかりと聞き取ったのよ。あのとき陛下の口から流れ落ちる滝のようにのべつ幕なしで語られた(陛下から見た)王妃様との(一方的な)運命の出会いとやらは、また別の機会に語るとして……ひょっとして王妃様は、石女うんぬん以前に、陛下から一度も手を出されていないんじゃないのかしら――?その可能性は充分ありうるわ。
陛下ったら、昔から嫌いなものや気に喰わないものに対してはとことん辛辣で無関心なくせに、本当に大事にしたいものや心底欲しいと思ったものに対しては、いつもの傲岸不遜な俺様男の姿はどこへやら、ウジウジモダモダとたたらを踏んで、いつまでも尻込みしたまま一向に前に進めない性質――早い話が、肝心なところで踏ん切りのつけらないヘタレでいらっしゃるのだもの。多分、ご自分の胸のうちにある想いのひとつも、まともに王妃様に伝えていないのでしょうね。王妃様にすれば、陛下との接点なんてまったく心当たりなどないでしょうから、右も左も判らない場所にひとりきりで囲い込まれて、陛下以外の味方もいない中、これまでさぞ心細い思いをなさってこられたはず。そうでもなければ、壁に耳あり障子に眼ありの後宮で、仮にも王妃の地位にある者が、自身の夫であり最高権力者たる陛下のことを「大嫌い」と大声で叫んでのけるだなんて、よほどのことがない限りあり得ないわよ。
ほんの少しお話ししただけだけれど、どうやら王妃様は自分に自信がなくて、頗る自己評価が低い方のようね。でも、謙虚と卑屈の紙一重のところをウロウロなさっておられるくせに、妙なところでご自分の推察に絶対の信頼を持っていらっしゃるらしいし。
はぁ……あんな方にお会いしたのは初めてよ。自分自身を低い存在として見ること、自らをけなし貶めることに、何の躊躇もなさそうだったわ。むしろそれが当然でしょうと言わんばかりの、あまりにあっけらかんとした態度に、呆気に取られるしかなかったわよ。自虐がデフォなのか、傷ついている様子もまったくないし。ネガティブ思考も、あそこまでいくと最早才能ね。まぁ元々が、ああいう性分なんでしょうけど。
「美人さん、陛下のお妃にならるっとですか!?」
そう仰られたときの王妃様のお顔、本っ当に嬉しそうだったわ。一瞬で最高潮に明るくなった掛け値なしの笑顔を見て、王妃様は真実、陛下のことなんて屁とも糞とも――ああ、また言い過ぎてしまったわ。お許しあそばして――気にかけていらっしゃらないのだと確信したのよ。そもそも、わたくしが陛下に輿入れするために後宮に来たのだなんて結論にたどり着く時点でおかしいわ。しかも二言目には「後はよろしく頼む」ですって!何で、他の女に自分の夫を薦めるのよ。結婚して四年も経っているのにあの有り様、脈なしもいいところじゃない。
お可哀想な陛下。あの調子だと、きっと一生気づいてもらえないわね。あそこまで無関心だとさすがにちょっぴり憐憫の情も湧きはするけれど、だからって陛下を擁護するつもりも応援するつもりもないわ。だって、王妃様との関係があんなになってしまったのは、どう考えたって陛下の自業自得なのだもの。いくら腐れ縁でも、惚れた腫れたのプライベートまで尻拭いしてさしあげるほど、わたくしは器の大きい親切な人間ではないの。
ということでわたくし、しばらく傍観者に徹させていただきますわね。ごめんあそばせ陛下。ご愁傷様ですわ。
……ああ、でも、天より高いプライドを枉げられてまで、あちらからわたくしに支援を要請してくるようなことがあれば、策を講じてさしあげなくもないけれど。陛下の最大の弱点である王妃様の件で陛下に貸しを作れば、内々のものとは言え、それはわたくしにとって確実に最強のカードとなるのですもの。そしてそのカードをうまく切れれば、わたくしはわたくしの真実愛する方と、晴れて正式に添い遂げることができる。毎回ああだこうだと逃げ回って煮え切らない「あの方」の退路を塞ぐためにも、陛下の王妃様への報われない片想いを利用しない手があって?
ふふふ。いつか「助けてくれ」と泣きついてこられる日を心待ちにしておりますわ、陛下。




