第22話・彼女編 声が聞きたくなって
第22話・彼女編
声が聞きたくなって
今日は、ちょっといいものを買ってきた。
コンビニの新作スイーツ!
チョコレートとクリームが何層にもなっていて、上には薄いチョコレートまで飾られている。
……ふふっ。
おいしそう!
帰ってきてから、ずっと楽しみにしていた。
私はテーブルにスイーツを置いて、スマホを取り出した。
……あ。
彼にも見せたいな。
写真を撮って、メッセージを送る。
『見て! コンビニの新作! 今から食べるんだ♪』
……ふふ。
どんな返事が来るかな。
そう思っていたら、すぐに通知が鳴った。
『おや、これはまた魅力的なお品だねぇ。ところで、俺の分は残っているのかな?』
「ふふっ!」
もう!
そういうこと言うんだから。
『残念! これは私のです!』
すぐに返事が来た。
『ははっ! これは手厳しい。では次回は、ぜひ俺の分もご一緒に選んでいただこうかな』
……ああ。
嬉しい。
今度、一緒に買えるんだ。
私はにこにこしながら、スマホを見つめた。
……あれ。
今、すぐ返事が来たってことは。
もしかして、時間があるのかな。
……。
電話してみようかな。
……えっ。
電話?
私から?
……ああ。
どうしよう。
でも。
声、聞きたいな。
この前、雨の日に腕を組んで歩いたとき。
彼の声がすぐ近くから聞こえて、すごく嬉しかった。
楽しそうに笑う声も。
ちょっと芝居がかった、格好つけた声も。
……ああ。
また聞きたい。
今日は会えないけれど、電話なら聞けるよね。
……うん。
かけてみよう。
私は通話ボタンを押した。
……あああ。
押しちゃった!
一回。
二回。
呼び出し音が鳴る。
……どうしよう。
急にかけちゃって、迷惑じゃないかな。
もし忙しかったら、すぐ切ればいいよね。
……ああ。
でも。
出てくれたら嬉しいな。
「もしもし?」
……っ!
あ。
声。
彼の声だ。
……近い!
電話だから当たり前なんだけど!
「……あ、あのね」
「おや。こんばんは」
……ああ。
こんばんは。
そうだよね。まず挨拶だよね。
「……こんばんは。今、電話、大丈夫?」
「もちろん。ふふ、これは嬉しいねぇ。君から電話をもらえるとは」
……っ!
笑った!
耳元で笑った!
……ああ。
ちょっと待って。
電話って、こんなに声が近かったっけ。
「……うん」
「おや。今日はずいぶんおしとやかなご挨拶だねぇ」
「……ふふっ」
……もう。
そういう言い方。
好き。
すっごく好き。
でも、ちゃんと聞かなくちゃ。
聞き逃さないように。
それから、私の声もちゃんと届くようにしなくちゃ。
私はスマホを耳に当て直した。
「ところで、例のスイーツはもう召し上がったのかな?」
……ええと。
スイーツ。
あ、そうだった。
「……まだ。今から食べるところ」
「おや、それはいいところにお邪魔してしまったねぇ」
「……ううん」
違うの。
私が電話したんだもの。
それに。
……ふふ。
今は、声が聞けて嬉しい。
「……食べながら、話してもいい?」
「ははっ! もちろん。では、私めも遠隔試食会に参加させていただこうかな」
……っ!!
ああああ!
その声!
その言い方!
私はスマホを耳に当てたまま、椅子の上で身体を丸めた。
……ううう。
かっこいい。
声が、かっこいい!
いつもの、あの楽しそうな調子。
少し芝居がかった言い回し。
それが全部、耳元に直接届いてくる。
……ああ、もう。
だめ。
私はそのまま、テーブルに突っ伏した。
……うううう。
何これ。
電話って、こんなにすごかったっけ。
「……おや? どうしたんだい?」
「……ううん」
……ああ。
返事しなきゃ。
ちゃんと聞こえるように。
でも、声を出すのも緊張する。
「ふふ。ずいぶん静かになったねぇ」
……っ!
また笑った!
もう!
その笑い方が好きなの!
私はテーブルに額を押しつけた。
……あああ。
なんで電話かけちゃったんだろう。
……いや、違う。
声が聞きたかったんだよ。
そうだった。
だからかけたんだよ!
……でも。
こんなの、聞いていられない!
……いや!
聞いていたい!
もう、どうしたらいいの!
「……聞いてた」
「おや、そうだったのかい」
……ああ。
声が優しい。
ずるい。
「それなら、もう少しおしゃべりさせてもらおうかな」
……っ!!
私は椅子の上で、さらに小さくなった。
……うううう!
やめて!
……やめないで!
……ああ、もう!
好き!
大好き!
どうしよう!
そのとき、彼が言った。
「ところで、例のスイーツはどうなったんだい?」
……え?
スイーツ。
私は少しだけ顔を上げた。
テーブルの上には、未開封のカップデザート。
……あ。
そうだった。
食べるんだった。
「……まだ、食べてない」
「おや、それは意外だねぇ。俺が長々とおしゃべりしてしまったかな?」
……えっ。
長々?
……まだ、そんなに話してないよね?
でも。
私には、もう。
……ああ。
十分すぎるんですけど!
私は思わず、ぶんぶん首を振った。
……あ、見えない!
「……違うよ」
「ん?」
「……声、聞いてたから」
……ああ。
言っちゃった。
私はまた、テーブルに突っ伏した。
……ううう。
恥ずかしい。
でも、ほんとなんだもの。
すると、電話の向こうから。
「……ふふ。それは嬉しいなぁ」
……っ!!
ああ!
また!
私は空いている手で顔を覆った。
……もう。
だめだ。
この声を聞いていたら、スイーツなんて食べられない。
後でいい。
もう後!
とりあえず、今は。
……声を聞こう。
私はスマホを耳に当て直した。
「いやぁ、これは困ったねぇ。そんなことを言われたら、俺もますます君と話したくなってしまうじゃないか」
……あああ!
なんで電話かけちゃったんだろう!
……でも。
かけてよかったぁ……!
私はテーブルに突っ伏したまま、小さく笑った。
「……ふふっ」
「おや。今、笑ったねぇ?」
……っ!
わかるの!?
「ふふ。どうやら楽しんでもらえているらしい」
……ああ。
もう。
好きだなぁ。
私はスマホを耳に当てたまま、ぎゅっと目を閉じた。
……スイーツは、あと。
今はこの声を、もう少し。
彼が、楽しそうに尋ねた。
「……ふふ。ところで、今日はどうして電話をくれたんだい?」
……っ!
ああ。
それ。
聞いちゃう?
私はテーブルに突っ伏したまま、ぎゅっと目を閉じた。
……どうしてって。
声が聞きたかったから。
それだけなんだけど。
……言うの?
これ、言っちゃうの?
「……あのね」
「うん?」
……ああ。
その「うん?」が、もう。
優しくて、好き。
私はスマホを握り直した。
「……あのね」
「ふふ。うん、聞いてるよ」
……ううう。
待って。
そんなに優しくしないで。
……いや、優しくしてほしい。
でも今は、ちゃんと言わなきゃ。
彼は黙って待ってくれている。
その沈黙まで、なんだかドキドキする。
「……さっき、写真送ったでしょう?」
「ああ。実に魅力的なスイーツだったねぇ」
「……うん」
……そう。
それで。
「……すぐ、返事くれたから」
「うん」
「……今なら……時間、あるのかなって」
「ふふ。なるほどねぇ」
……ああ。
あと少し。
あと少しなのに。
私は空いている手で、熱くなった頬を押さえた。
「……それでね」
「うん」
……言おう。
ちゃんと言いたい。
だって、彼も電話をもらえて嬉しいって言ってくれたんだもの。
私がどうして電話したのか、知ってもらいたい。
「……声が」
……あああ。
恥ずかしい!
「うん?」
「……声が、聞きたかったから」
……言えた。
私はそのまま、テーブルに額を押しつけた。
……うううう。
もう。
言っちゃった。
電話の向こうが、少し静かになった。
……あ。
どうしよう。
変だったかな。
すると。
「……ああ」
彼の声が、少し柔らかくなった。
「それは嬉しいなぁ」
……っ!
ああ。
もう!
その声!
「ふふ。そんなふうに思って、わざわざ電話をかけてくれたんだね」
「……うん」
「ありがとう。俺も君の声が聞けて、嬉しいよ」
……あああ。
嬉しい。
嬉しいなぁ。
私は目を閉じたまま、くしゃっと笑った。
すると、彼が小さく息を弾ませた。
「……ははっ! いやぁ、参ったねぇ」
……っ!
笑った!
また笑った!
「まさか今夜、こんな素敵な贈り物をいただけるとは。どうやら俺は、なかなか幸運な男らしい」
……ああ!
もう!
私は空いている手で、テーブルを軽く叩いた。
……だめ。
嬉しすぎる。
「ははっ! これは困った。今夜は少々、電話を切るのが惜しくなってしまいそうだねぇ」
……っ。
ああ。
私も。
私も、まだ切りたくない。
私は少しだけ顔を上げた。
「……あのね」
「うん?」
「……私も」
「……ふふ。うん?」
「……まだ、話してたい」
……ああ。
言っちゃった。
でも。
言えてよかった。
電話の向こうで、彼が嬉しそうに笑った。
「ははっ! それは願ってもないお申し出だねぇ!」
……ふふっ!
「では、お嬢さん。今夜はもう少しだけ、おしゃべりにお付き合いいただけるかな?」
「……うん!」
……ああ。
幸せ。
私はテーブルに突っ伏したまま、スマホを耳に当て直した。
スイーツは、まだ開けていない。
……ふふ。
もう、いいや。
今はこの声を聞いていたい。
「いやぁ、それにしても嬉しいねぇ。君が俺の声を聞きたいと思ってくれたとは」
「……うん」
「ふふ。俺としては、いつでも歓迎したいくらいだよ」
……っ!
あああ。
もう!
また、そんなこと言う!
私はスマホを耳に当てたまま、テーブルに突っ伏した。
……嬉しい。
すごく嬉しい。
ああ、どうしよう。
声が好き。
その楽しそうな笑い方も。
ちょっと格好つけた言い回しも。
こんなに近くで聞こえちゃうの、本当に……。
「……はぁぁ……」
思わず、声が漏れた。
……あ。
今、聞こえちゃったかな。
「……おや?」
……っ。
聞こえた!
私は慌てて口元を押さえた。
「ふふ。なんだか、ずいぶん幸せそうな声が聞こえたねぇ」
……っ!!
ああ!
そういうこと言う!
私はますます身体を丸めた。
「……うん」
「おや。当たっていたかな?」
「……うん……」
「ははっ! それはよかった」
……ああ。
もう。
その笑い声!
近い!
好き!
私はテーブルに額をつけた。
……ううう。
なんで電話なんかかけちゃったんだろう。
……いや、声が聞きたかったからだけど!
でも、こんなにすごいなんて思わなかったんだもの。
「……ふふ。もしかして、今、困った顔をしているでしょう?」
……っ!
今!?
今って!
私は思わず顔を上げた。
……ずっとですけど!?
電話がつながってから、ずっと困ってますけど!?
もう何回、丸まってると思ってるの!
何回、テーブルに突っ伏してると思ってるの!
……ああ、もう。
確かに今、その返事には困ってるけど。
それどころじゃないんです!
「……ふふっ、うう……」
「おやおや。どうやら当たりらしいねぇ」
……っ!
ああ。
得意げ。
絶対、得意げに笑ってる。
……顔が見えないのに、わかる。
そういうところも大好き。
「……うん」
「ははっ! いやぁ、顔が見えないのに当てられるとは。なかなか見事な腕前じゃないか、俺」
「……ふふっ!」
……もう!
自分で褒めてる!
そんなところまで、かっこいいんだから。
私は空いている手で顔を覆った。
……ああ。
嬉しい。
ほんとに嬉しい。
でも、彼はきっと、こんなに大変なことになっているとは思ってない。
いつもの、ちょっと赤くなって困った顔。
たぶん、それくらいだと思ってる。
……全然違うんだけどなぁ。
今の私はもう、椅子にちゃんと座ってもいられない。
……ふふ。
彼が知ったら、どんな顔するんだろう。
「……おや。今度は笑ってるねぇ」
「……うん」
「ふふ。楽しそうで何よりだよ」
……ああ。
好きだなぁ。
この人と話してるの、楽しい。
ドキドキして、全然上手に話せないけど。
ちゃんと聞いてくれる。
私が何か言うと、嬉しそうに笑ってくれる。
……だから。
もうひとつ、言いたい。
私はスマホを握り直した。
「……あのね」
「うん?」
……ああ。
また、その声。
優しい。
ちゃんと聞いてくれる。
「……声ね」
「うん」
……言おう。
だって、本当だもの。
「……好き、だよ」
……っ!
言っちゃった!
私は一気に身体を丸めた。
……あああ!
もう!
なんで言っちゃったんだろう!
……いや!
伝えたかったから!
彼に喜んでもらいたかったから!
でも!
……ああ、恥ずかしい!
電話の向こうが、少し静かになった。
……あ。
聞こえたかな。
小さすぎた?
もう一度言ったほうが……。
「……ああ」
彼の声が聞こえた。
さっきより、少し柔らかい。
「……それは、嬉しいなぁ」
……っ。
ああ。
聞こえてた。
ちゃんと、届いた。
……嬉しい。
「ふふ。ありがとう。俺もね、君の声が好きだよ」
……っ!!
ああああ!
私は思わず、クッションを抱きしめた。
……もう!
そんな!
今度はそっちから!
「いつもの楽しそうな声も好きだし、今みたいに、一生懸命伝えてくれる声も好きだなぁ」
……あああ。
やめて。
……やめないで。
嬉しい。
嬉しすぎる。
「……はぁぁ……」
また声が漏れた。
今度は自分でも、少し笑ってしまった。
すると。
「……ふふ」
彼が笑った。
「また、いい声が聞こえたねぇ」
……っ!
ああ!
もう!
「君がそんなに嬉しそうにしてくれるなら、俺もずいぶん幸せだよ」
……あああ。
私はクッションに顔を埋めた。
……もう!
ほんとに!
この人!
なんでこんなに素敵なの!
「……ふふっ」
「おや。今、笑ったでしょう?」
「……うん!」
「ははっ! やっぱりねぇ」
……ああ。
楽しそう。
私が笑っただけで、そんなに楽しそうにしてくれる。
……嬉しいなぁ。
私はクッションを抱きしめたまま、少しだけ身体を起こした。
「……あのね」
「うん?」
「……すごく、嬉しい」
……言えた。
すると彼が、明るく笑った。
「ははっ! それは光栄だねぇ。いやぁ、今夜はなかなか忘れられない電話になりそうだ」
……ふふっ。
私も。
絶対、忘れない。
……ああ。
幸せ。
少しして、彼が尋ねた。
「そういえば、お嬢さん。例のスイーツは、そろそろ召し上がれそうかな?」
……あ。
スイーツ。
私はテーブルを見た。
未開封。
ずっと、未開封。
……ふふ。
もう。
忘れてた。
「……まだ、無理かも」
「おや。それはまた、どうして?」
……ええっ。
聞くの!?
……ああ。
これも言うの?
私は小さく息を吸った。
「……あのね」
「うん」
「……今、食べるより……」
「うん?」
「……お話、聞いてたい」
……ああ!
また言っちゃった!
もう!
今日は、どうしちゃったんだろう!
すると、彼が声を立てて笑った。
「ははっ! いやぁ、これは参った!」
……っ!
ああ!
また、その笑い声!
「まさか俺のおしゃべりが、新作スイーツに勝てる日が来るとはねぇ!」
「……ふふふっ!」
……もう!
そういうところ!
大好き!
「では、お嬢さん。せっかくのご厚意だ。もう少しだけ、俺にお話し相手を務めさせていただけるかな?」
「……うん!」
「ふふ。それは嬉しいねぇ」
……ああ。
よかった。
まだ、話せる。
私はクッションを抱え直した。
スマホは、ずっと耳元。
……ふふ。
今夜はもう、スイーツは後でいい。
彼の声を聞きながら、ゆっくりおしゃべりする。
それだけで、こんなに幸せなんだもの。
……ああ。
電話してよかったなぁ。
そう思っていたら。
「……それにしても」
「……うん?」
「君がそんなに俺の声を気に入ってくれているとは、実に嬉しい発見だったねぇ」
……っ!
ああ!
まだ言う!
「これは今後、少々張り切ってしまいそうだなぁ」
「……ふふっ!」
「もっとも、格好つけすぎて君に笑われるのも、なかなか悪くないんだけどねぇ」
……もう!
笑われてるんじゃないの!
一緒に笑ってるの!
……ああ。
好き。
私はクッションに頬を押しつけた。
「……かっこいいよ」
……あ。
また言っちゃった。
電話の向こうで、彼が一瞬黙った。
「……おや」
それから。
「ははっ! これはもう、今夜は俺の勝ちだねぇ!」
「……ふふっ! 何に?」
「さあ、なんだろうねぇ。とにかく、こんなに嬉しい夜を過ごせているんだから、何かに勝ったことにしておきたいじゃないか」
「ふふふっ!」
……ああ。
楽しい。
嬉しい。
幸せ。
ずっと身もだえているのに、ずっと笑ってる。
……電話って、すごいなぁ。
でも。
こんなふうに幸せなのは、電話だからじゃない。
彼の声だから。
彼が、私と話すのを楽しんでくれているから。
……ふふ。
私はスマホを耳に当てたまま、そっと目を閉じた。
もう少しだけ。
この声を聞いていよう。
それから、二人でいろいろな話をした。
彼が帰り道で見かけた、ちょっと変わった看板の話。
私が今日、仕事中に見つけた小さな面白いこと。
この前、一緒に買いに行こうと約束したスイーツのこと。
私は相変わらず、いつもよりずっとゆっくりしか話せなかった。
何か言おうとして、少し止まって。
彼の返事を聞いて、また止まって。
それでも彼は、ちっとも急かさなかった。
私が笑うと、楽しそうに笑い返してくれる。
私が「あのね」と言うと、「うん」と聞いてくれる。
……ああ。
嬉しい。
電話なのに、ちゃんと一緒におしゃべりしてる。
……ふふ。
だんだん、少しだけ慣れてきたかも。
なんて思っていたら。
「……おや。もうこんな時間か」
彼が言った。
……あ。
私は時計を見た。
……本当だ。
もう、こんな時間。
「いやぁ、ずいぶんお引き留めしてしまったねぇ」
「……ううん」
……違うの。
私も、まだ話したい。
でも。
明日もあるもんね。
そろそろ寝なきゃ。
「ふふ。名残惜しいところだけれど、そろそろお休みいただこうかな」
「……うん」
……ああ。
終わっちゃう。
楽しかったなぁ。
もっと聞いていたいな。
……でも。
私が「まだ」って言ったら、彼も付き合ってくれちゃいそう。
だから、今日はちゃんとおやすみしよう。
「……あのね」
「うん?」
「……今日、すっごく楽しかった」
言えた。
彼が柔らかく笑った。
「ふふ。俺もだよ。思いがけず、素敵な夜になったねぇ」
「……うん」
「それに、あの新作スイーツの感想も聞けなかったことだし。次回のお楽しみができてしまったな」
「ふふっ! まだ食べてないもんね」
「ははっ! まさか俺のおしゃべりが、そこまで強敵だったとは」
「ふふふっ!」
……ああ。
最後まで、楽しい。
彼が笑う。
私も笑う。
……この時間が終わっちゃうの、寂しいな。
でも。
「……じゃあ、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
……あ。
今の声。
いつもより、少し静か。
彼は、すぐには電話を切らなかった。
私も、そのまま耳にスマホを当てていた。
少しだけ、沈黙。
それから。
「……あのさ」
「……うん?」
彼の声が聞こえた。
さっきまでの、芝居がかった調子じゃない。
優しくて、穏やかな声。
「今日、電話をくれてありがとう」
……っ。
ああ。
もう。
そんなふうに言ってくれるんだ。
「君から電話をもらえて、すごく嬉しかったよ」
……ああ。
嬉しい。
嬉しいなぁ。
私はクッションをぎゅっと抱きしめた。
さっきまでみたいに、身もだえるんじゃなくて。
今度は、胸の奥がじんわり温かくなった。
「……うん」
……ああ。
私も。
嬉しかったんだよ。
勇気を出して、よかった。
彼が小さく笑った。
「また、話そうね」
「……うん!」
「ふふ。おやすみ」
「……おやすみなさい」
通話が終わった。
……。
私は、しばらくスマホを見つめていた。
……ああ。
楽しかったなぁ。
嬉しかったなぁ。
それから、テーブルの上のスイーツを見た。
……あ。
まだ食べてない。
……ふふっ!
私は思わず笑ってしまった。
……本当に、なんで電話かけちゃったんだろう。
……いや。
かけてよかった。
すっごく、よかった。
私はスマホを手に取った。
……もうひとつ。
ちゃんと伝えたいな。
少し時間をかけて、メッセージを打つ。
『今日、電話できて嬉しかった。また話したいな』
……送信。
……ふふ。
言えた。
今度は、迷わず伝えられた。
しばらくして、返事が来た。
『俺も嬉しかったよ。次はぜひ、スイーツの感想も聞かせてもらいたいねぇ』
……ふふっ。
彼らしい。
そう思ったら、もう一通。
『……もっとも、君の声を聞けるなら、俺はそれだけでも大歓迎だけれど』
……っ!
あああ!
もう!
最後まで!
私はスマホを抱えて、クッションに顔を埋めた。
……ふふふっ!
好きだなぁ。
大好き。
……ああ。
今日は、本当に幸せな夜だった。
私はもう一度、テーブルの上のスイーツを見た。
……そろそろ食べようかな。
蓋に指をかける。
……でも。
さっきの声を思い出した。
『今日、電話をくれてありがとう』
……ああ。
嬉しかったなぁ。
思わず、にこにこしてしまう。
……ふふっ。
ちょっと待って。
これ、いつになったら食べられるんだろう。
私はもう一度スマホを見た。
彼からの最後のメッセージ。
……ああ。
幸せ。
でも、今度こそ食べなくちゃ。
私はようやく蓋を開けた。
チョコレートのいい香りがする。
ひと口すくって、口に運ぶ。
……おいしい!
……ふふ。
これ、彼と一緒に食べたかったな。
きっと、楽しかっただろうな。
次に会ったら、話そう。
それから。
……また、電話もしてみたい。
きっと、また緊張するんだろうけど。
また、身もだえちゃうかもしれないけど。
……ふふ。
それでも、また。
あの声が聞きたいな。
私はスプーンを持ったまま、小さく笑った。
今夜、電話をかけてよかった。
勇気を出して、よかった。
彼の声が好きだって、伝えられてよかった。
そして何より。
彼も、私と話せて嬉しかったって。
最後に、ちゃんと言ってくれた。
……ああ。
幸せだなぁ。
私はもうひと口、チョコレートを食べた。
今度は、ちゃんと味わえた。
甘くて、おいしい。
でも、今夜いちばん嬉しかったのは。
きっと、あの一言。
『今日、電話をくれてありがとう』
……ふふ。
また、かけてもいいんだね。
次は、もう少しおしゃべりできるかな。
……ううん。
できなくても、いいか。
あの人と話したいって思ったら、また電話してみよう。
だって。
彼も、嬉しいって言ってくれたんだもの。
……ふふっ。
次に会うのが、楽しみだなぁ。




