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第21話・彼女編「雨宿りの距離」

第21話・彼女編「雨宿りの距離」


本屋さんに行く日!


今日は朝から楽しみにしていた。


彼と一緒に本屋さんを見て回る。


それだけでも嬉しいのに、気になる本を見つけたら一緒に話せるし、彼がどんな本を選ぶのかも見られる。


……ふふ。


楽しみだなぁ。


待ち合わせ場所に着くと、彼がこちらを向いた。


「おや、お疲れさま。今日はなかなかいい笑顔だねぇ」


「ふふっ! 本屋さん、楽しみにしてたの!」


「ははっ! それは何より。では、さっそく参ろうか」


「うん!」


彼が楽しそうに笑った。


……ああ。


今日もかっこいいなぁ。


私は彼の左側に並んで、本屋さんに入った。


店内には、本がぎっしり並んでいる。


新刊の棚。


小説の棚。


歴史や心理学の棚。


……ああ、どこから見よう!


「これ、面白そう!」


「おや、どれどれ」


「このシリーズ、前から気になってたの!」


「ふふ。なかなか魅力的な表紙だねぇ」


「そうなの! でも、まだ読んだことないんだ」


「では、いつか感想を聞かせてもらえるのを楽しみにしておこうかな」


「ふふっ! うん!」


……ふふ。


ああ、楽しい。


私は気になった本を見つけるたびに、彼に見せた。


彼はそのたびに一緒に表紙を見たり、どんな本なのか聞いたりしてくれる。


彼が選ぶ本も、面白い。


自分ではあまり手に取らないような本を見つけて、楽しそうに紹介してくれた。


「へえ! そんな本も読むんだ!」


「ふふ。なかなか興味深そうだろう?」


「うん! ちょっと読んでみたくなっちゃった」


「ははっ! では、俺が先に読んで、面白かったらご報告しようかな」


「ふふっ! お願いします!」


……ああ。


いいなぁ。


彼の好きなものも、もっと知りたい。


こういう時間、大好き。


しばらくして、小説の棚で足が止まった。


「……あっ!」


「おや?」


「見て! この前の舞台!」


私は思わず本を手に取った。


表紙に、見覚えのある題名。


……ああ!


この前、二人で観た舞台だ!


「おや、これは。あの舞台の原作かな?」


「そうみたい! ねえ、ちょっと見て!」


彼が隣から覗き込んでくれる。


「いやぁ、これは嬉しい再会だねぇ。まさか書店であの方々にお目にかかれるとは」


「ふふっ! ほんとだね!」


……もう。


本の登場人物にまで、そんなふうに挨拶するんだから。


私は笑いながら、裏表紙を見た。


「ねえ、舞台と少し違うところもあるのかな?」


「どうだろうねぇ。あの最後の場面も、原作ではどう書かれているのか気になるな」


「そう! 私もそこ!」


「ははっ! いやぁ、気が合うねぇ」


「ふふっ!」


……ああ。


嬉しい。


あの最後の場面。


言いたいことをずっと胸にしまっていた人が、やっと自分の望みを伝えるところ。


そして、それを聞いた相手が笑うところ。


……好きだったなぁ。


私も、あんなふうになれたらいいのに。


ふと、あの日の帰り道を思い出した。


彼の袖を引いて。


何度も顔を見上げて。


それでも、どうしてほしいのか言えなくて。


最後には、彼の胸に顔を埋めてしまった。


……あああ。


思い出すと、やっぱり恥ずかしい!


しかも、ずいぶん長いこと抱きしめてもらっちゃった。


……ふふ。


でも、嬉しかったな。


彼、喜んでくれたよね。


私は本の表紙を見つめた。


「……あの人、最後にちゃんと言えてよかったよね」


「ああ。あれは見事だったねぇ」


「私も、好きだったな」


……うん。


私も、もう少し言えるようになりたい。


この間は、一緒に帰りたくて待っていたことを伝えられた。


彼、すごく喜んでくれたなぁ。


……ふふ。


次も、何か伝えられたらいいな。


「……これ、買おうかな!」


「おや。それは楽しみだねぇ」


「読んだら感想言うね!」


「ははっ! それはありがたい。では俺は、君の書評を楽しみに待つとしようかな」


「ふふっ!」


「もっとも、話を聞いたら俺まで読みたくなってしまいそうだけれどねぇ」


「じゃあ、貸すよ!」


「ふふ。では、お言葉に甘えようかな」


「うん!」


……ああ。


楽しみが増えた!


私は本を買って、彼と一緒に店を出た。


外は、さっきより少し暗くなっていた。


「……あれ?」


手の甲に、冷たいものが当たった。


「雨?」


「おや。本当だねぇ」


ぽつ。


ぽつぽつ。


小さな雨粒が落ちてくる。


「あ、私、傘持ってるよ!」


私は鞄を開けた。


ええと。


確か、この辺に……。


そのとき。


ぱさっ。


頭の上で音がした。


「……え?」


顔を上げる。


彼が、もう傘を開いていた。


……えっ!


早い!


いつの間に!?


私はまだ傘を探している途中なのに。


彼はもう、何でもないような顔で傘を差している。


……ああ。


スマートだなぁ。


かっこいい。


こういう、さっと動けるところも好き。


思わず見とれていると、彼がにっこり笑った。


「ふふ。よかったら、こちらへおいで」


……え?


「せっかくだから、君と一本の傘で歩いてみたいんだけどねぇ」


……ああ!


相合傘!


……そうだよね。


やってみたかった!


でも、私から言うのは恥ずかしいなって思ってた。


それを彼のほうから誘ってくれるなんて。


……嬉しい!


「……うん!」


私は鞄を閉じて、彼の左側に入った。


「ははっ! それは嬉しいねぇ。では、お嬢さん。雨の日のお散歩と参りましょうか」


「ふふっ! お願いします!」


……ああ。


彼、楽しそう。


私も嬉しい。


そう思って歩き始めた。


……あ。


近い。


……これは、近いかも。


普段、手をつないでいるときとは違う。


彼の肩がすぐそこにある。


腕も、すぐ隣。


歩くたびに、服が少し触れる。


……ああ。


どうしよう。


嬉しい。


けど、近い!


私はちょっとだけ外側に寄った。


すると、ぽつ、と腕に雨が当たった。


……あ。


濡れちゃう。


「おや。濡れてしまうねぇ」


彼が傘をこちらに寄せてくれた。


……ああ。


でも、これだと彼の右肩が濡れちゃう。


私は彼の左腕をちらっと見た。


……もう少し、近づけば。


二人とも濡れないかな。


それに。


……腕。


組んでみたい。


でも。


いきなり、いいのかな。


いや、だって相合傘だし。


近づいてもいいって言ってくれたんだし。


……でも、腕は別かな。


……どうしよう。


私はそっと彼の腕に手を添えた。


……あ。


触っちゃった。


彼がこちらを見る。


「……おや?」


……ああ!


見られた!


でも、ここで手を引っ込めたら、なんだかもっと恥ずかしい。


私は思いきって、自分の右腕を彼の左腕に絡めた。


……そそそっ。


……きゅっ。


……ああ!


近い!


近い近い!


……えっ。


腕。


……かっこいい。


男の人の腕だ。


いつも手をつないでいるけれど、腕を組むと、こんなふうに感じるんだ。


彼の身体がすぐ隣にある。


……ああ。


ドキドキする。


私、今、ものすごくドキドキしてる!


……これ、彼にわかるかな。


心臓の音、聞こえたりしないよね?


……いやいや。


さすがにそこまでは、わかんないよね。


そう思っていたら。


「……ははっ!」


すぐ上から、彼の笑い声が聞こえた。


……っ!


ああ。


声!


近い!


しかも、嬉しそう。


……よかった。


変じゃなかったかな。


これで合ってるかな。


腕組みって、こうでいいんだよね?


「いやぁ、これはまた、素敵な工夫をしてくれたねぇ!」


……ああ。


喜んでくれた!


「……二人とも、濡れないかなって」


彼は笑った。


「ふふ。なるほど。それは実にありがたい」


……ふふ。


よかったぁ。


彼がすっと背筋を伸ばした。


「では、お嬢さん。どうぞしっかりおつかまりください。雨の日のご案内は、この私にお任せを」


……っ!


ああ!


かっこいい!


ちょっと待って。


こんなに近くで、それをやるの!?


いつもなら、少し離れたところで見ている彼の格好つけ。


でも、今日はすぐ隣。


声が、頭の上から響いてくる。


……ああ。


好きだなぁ。


すっごく好き!


「……ふふっ!」


思わず笑ってしまった。


彼も笑う。


……ああ。


この声。


この間、抱きしめてもらったときも、すぐ上から聞こえたな。


あのときは、嬉しくて言葉が出なかったけれど。


今日は、彼がすごく楽しそうにお芝居してくれる。


それが、こんなに近いところで聞ける。


……ああ。


幸せ。


私は彼の腕を、もう一度ぎゅっと抱えた。


……ふふ。


嬉しいなぁ。


「……ねえ」


「うん?」


「腕、疲れない?」


……あ。


ちょっと体重を預けちゃってるかな。


ずっとこのままだったら、重くないかな。


「ふふ。ご心配なく」


彼が楽しそうに笑った。


「むしろ、こうして君に腕を取ってもらえるなんて、なかなか嬉しい役得だよ」


……っ。


ああ。


嬉しい!


私が腕を組んでいること、彼も喜んでくれてる。


「ふふっ!」


「もっとも、腕の一本くらい貸し出したところで、俺のご機嫌は少しも損なわれないらしいねぇ」


……もう!


そんな言い方するんだから!


でも、かっこいいなぁ。


私は嬉しくて、彼の腕をぎゅっと抱え直した。


「ははっ! これはまた、ずいぶんご好評のようで」


「ふふっ!」


……ああ。


楽しい。


彼がこんなに楽しそうにしてくれるなら、私ももっと近くにいたい。


私はそっと頭を傾けた。


こつん。


彼の左肩に、頭を寄せてみた。


……あ。


くっついちゃった。


……ふふ。


嬉しいなぁ。


彼が歩く速さを少し緩めてくれた。


「……ふふ。今日はずいぶん仲良く歩いてくれるんだねぇ」


「……うん!」


……ああ。


そうなの。


仲良くしたかったの。


彼の肩がすぐ隣にあって。


声が近くて。


……幸せ。


私はちょっとだけ顔を上げた。


彼が、嬉しそうに笑っている。


……ああ。


かっこいいなぁ。


近くで見ると、いつもよりずっとドキドキする。


「……おや。そんなに見つめられると、俺まで少々照れてしまいそうだねぇ」


「ふふっ!」


「ははっ! もっとも、今のところは照れるより嬉しいほうが勝っているようだけれど」


……ああ。


もう。


かっこいい。


声も、笑い方も。


こういう、ちょっと芝居がかった冗談も。


……全部好き。


私は彼の腕を、ぎゅっと抱えた。


……ふふ。


もう少し、このままでいたいな。


だって、帰り道なんだもの。


歩けば歩くほど、駅に近づいちゃう。


……ああ。


もう少し、ゆっくり歩こうよ。


声には出せなかったけれど、私はまた彼の肩に頭を寄せた。


それから、しばらく二人でおしゃべりした。


買った本の話。


この前の舞台の話。


彼が最近読んだ本の話。


……ああ、楽しい。


腕を組んでいるのに、ちゃんと話せる。


ちょっとドキドキするけれど、笑うこともできる。


……ふふ。


いいなぁ。


気づくと、雨音が小さくなっていた。


「……あれ?」


「ん?」


「雨、やんできたね」


「おや。本当だ」


彼が傘の外へ手を出した。


……ああ。


本当だ。


ほとんど降っていない。


「ふふ。どうやら雨雲も、そろそろお帰りのようだねぇ」


「ふふっ!」


……もう。


雨雲にまで挨拶するんだから。


でも。


……あ。


雨、やんじゃうんだ。


そっか。


もう、傘いらないね。


「……もう、傘いらないね」


「ああ、そうだねぇ」


彼が立ち止まった。


「ちょっと失礼するよ」


「……うん!」


私は彼の腕をそっとほどいた。


……あ。


離れちゃった。


……。


ちょっと、寂しい。


さっきまで、あんなに近かったのに。


彼は傘を閉じて、両手で手早く畳んでいる。


……ああ。


こういうところも、やっぱりスマートだなぁ。


でも。


もう腕は組まないのかな。


……もう少し、組んでいたかったな。


言ってみようかな。


……いや。


でも、今度は雨も降ってないし。


……ああ。


どうしよう。


彼が傘をしまって、こちらを向いた。


「さて、お待たせしました、お嬢さん」


……あ。


彼が左肘をすっと曲げた。


「よろしければ、引き続きご案内させていただこうかな?」


……!


ああ!


嬉しい!


また、いいの!?


「ふふっ! お願いします!」


私はすぐに彼の腕を取った。


……ああ。


よかったぁ。


嬉しい!


彼が声を立てて笑った。


「ははっ! いやぁ、晴天の下でもご利用いただけるとは、光栄だねぇ!」


「ふふっ!」


……ああ。


嬉しいなぁ。


雨がやんでも、彼はこうしていたいと思ってくれたんだ。


……私も。


私も、そうしたかった。


彼の腕を、ぎゅっと抱えた。


……ふふ。


今度は、雨のせいじゃない。


私が、こうしていたいから。


彼も嬉しそうに笑ってくれている。


……ああ。


幸せだなぁ。


しばらく歩いてから、私は買った本のことを思い出した。


「そういえば、さっきの本」


「ん?」


「この前の舞台の、最後の場面が気になるんだ」


「ああ。原作ではどうなっているのか、だね?」


「うん! でも、あの場面って、最後に相手も笑ってくれたのがよかったよね」


「ふふ。ああ、そうだったねぇ」


「言った本人も、すっごく嬉しそうだった!」


「そうだね。伝えるまでがあんなに大変だったのに、受け取ってもらえたら、ずいぶんいい顔になっていた」


「……うん」


……ああ。


そうだったなぁ。


私も、あんなふうに言えるようになりたい。


彼が喜んでくれるなら。


私も、もっと言いたいな。


私は彼の腕を、ぎゅっと抱えた。


「……ふふ。今日はずいぶんご好評のようだねぇ」


「ふふっ!」


……もう。


また、そんなこと言うんだから。


私は彼の肩に、こつんと頭を寄せた。


……ああ。


嬉しい。


彼の声を、もっと聞いていたい。


そう思っていたら。


「いやぁ、これは雨雲の皆様に感謝状を贈らなくてはいけないねぇ」


「ふふっ! どうして?」


彼は少し胸を張って、いかにも晴れやかな声で答えた。


「おかげで、こんなに可愛いお嬢さんと、素敵な帰り道をご一緒できているんだからねぇ」


……っ!


か、可愛い。


お嬢さん。


……私!?


ああ。


もう。


こんなに近いところで、そんなこと言う!


……嬉しい。


すっごく嬉しい。


でも。


……ああ、どうしよう!


私は彼の腕をぎゅっと抱えた。


顔が熱い。


心臓も、さっきより速い。


……これ、困った顔になってるかな。


彼が少し身をかがめた。


「おやおや。どうしたんだい? ずいぶん困った顔をしているねぇ」


……ああ。


やっぱり!


私は彼をちらっと見上げた。


彼は楽しそうに笑っている。


……もう。


そんなふうに見ないで。


……いや。


見てほしい。


嬉しいんだもの。


「ふふ。そんな顔をされると、もう少し近くに引き寄せたくなってしまうじゃないか」


……っ!


ああ!


もう!


これ以上、近くなったらどうなっちゃうの!?


……でも。


ちょっと、嬉しい。


私は思わず顔を伏せた。


彼の腕は離さない。


……ああ。


嬉しい。


恥ずかしい。


でも、嬉しい!


彼が声を立てて笑った。


「ははっ! いやぁ、これは参った。どうやら俺のほうも、ずいぶんご機嫌になってしまったらしいねぇ」


……ふふっ。


ああ。


そうなの?


彼も、そんなに嬉しいんだ。


私はちょっとだけ顔を上げた。


「もしかして、今のは嬉しかったかな?」


「……うん!」


彼がにっこり笑った。


「それは何より」


……ふふ。


よかった。


伝わった。


嬉しかったって、ちゃんと言えた。


でも。


……あれ?


彼、もう口説くの終わっちゃった?


……うん。


そうだよね。


さっき、私、ずいぶん照れてたもの。


彼はちゃんと気づいてくれて、少し控えてくれたんだろうな。


……優しいなぁ。


でも、もう一つくらい聞きたかったかも。


……ふふ。


欲張りかな。


私は彼の腕を、もう一度ぎゅっと抱えた。


今は、こうしていられるだけでも嬉しい。


……ああ。


幸せだなぁ。


少しして、私は彼を見上げた。


……かっこいい。


今日も、本当にかっこいいなぁ。


「……かっこいい」


「……おや?」


「今の俺が?」


「うん!」


彼がぱっと笑った。


「ははっ! いやぁ、それは嬉しいねぇ!」


そして、空いている手を胸元に当てた。


「では、お嬢さん。今後もこの名誉あるお役目を務められるよう、いっそう精進するといたしましょう」


「ふふっ!」


……もう!


そういうところ!


私は笑った。


「……そういうの、好き」


彼が少し驚いたような顔をした。


それから、柔らかく笑った。


「……ああ。それは嬉しいなぁ」


……ああ。


よかった。


また、喜んでもらえた。


彼が楽しそうに格好つけるのが好き。


それを、ちゃんと伝えられる。


……ふふ。


嬉しいなぁ。


駅が近づいてきた。


……あ。


もうすぐ着いちゃう。


名残惜しいな。


私は彼の腕を、もう一度ぎゅっと抱えた。


……ああ。


今日は、こんなに近くで歩けたんだ。


嬉しかったなぁ。


……言ってみよう。


今日は、ちゃんと言おう。


「……あのね」


「うん?」


「……今日、腕を組めて嬉しかった」


……言えた。


彼が、少し目を丸くした。


私は恥ずかしくなって、顔を伏せた。


……ああ。


でも。


聞いてほしかったの。


彼に、嬉しかったって。


すると。


「……ははっ!」


彼が嬉しそうに笑った。


「いやぁ、これは嬉しいことを聞かせてもらったねぇ!」


……ああ。


よかったぁ。


「実は俺も、ずいぶん嬉しかったんだよ」


「……ほんと?」


「もちろん。君のほうから腕を取ってくれたでしょう?」


「……うん」


「それがねぇ、思いがけず嬉しくて。雨には感謝しているけれど、晴れてからもこうして歩けるのは、もっと嬉しいねぇ」


……っ。


ああ。


そんなに喜んでくれたんだ。


嬉しい。


嬉しいなぁ。


私は彼の腕を、ぎゅっと抱えた。


「ふふ。おや、また嬉しくなっちゃったかな?」


「……うん!」


「ははっ! 俺もだよ」


……ああ。


幸せ。


彼も、嬉しいって。


私が腕を組んだことを、こんなに喜んでくれる。


……ふふ。


勇気を出してよかった。


私は彼の肩に、もう一度頭を寄せた。


……ああ。


好きだなぁ。


彼の声が近い。


歩く速さも、ちょうどいい。


……もう少しだけ。


こうしていたい。


「……ありがとう」


「うん?」


「一緒に歩いてくれて」


彼が少し笑った。


「本日は、思いがけず素晴らしいお客様に腕をお貸しできまして、誠に光栄でございました」


「ふふっ!」


「またのご利用を、心よりお待ちしております」


「ふふふっ!」


……もう!


最後まで、楽しそうに格好つけるんだから。


ああ、好き。


すごく好き。


私は彼を見上げた。


「……また、お願いしてもいい?」


彼が、ぱっと笑った。


「ははっ! もちろん。次回は晴天でも、大歓迎だよ」


……ああ!


嬉しい!


今度は雨が降らなくてもいいんだ。


私は彼の腕を、もう一度ぎゅっと抱えた。


彼が笑う。


……ふふ。


幸せだなぁ。


今日も、ちゃんと言えた。


「かっこいい」


「ありがとう」


「嬉しかった」


どれも、まだ少し照れちゃうけれど。


でも、彼が喜んでくれるから、もっと言ってみたくなる。


あの舞台の人みたいに、すぐには上手になれないかもしれない。


それでも。


……ふふ。


私も、少しずつ変わってきたのかな。


駅までの道を、二人でゆっくり歩いた。


雨はもう、すっかりやんでいる。


でも、私たちはまだ腕を組んでいる。


彼の左腕を、私は大事に抱えていた。


……ああ。


嬉しいなぁ。


これからは、晴れの日にも腕を組んでいいんだね。


次に会うのが、もう楽しみ。


私は彼の肩に、もう一度そっと頭を寄せた。


すぐ上から、彼の楽しそうな笑い声が聞こえた。


……ふふ。


今日も、大好き。

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