第18話 私からも、少しだけ 欲張りな午後
第18話 私からも、少しだけ
『言えなくても、少しだけ』 彼女編
待ち合わせ場所に着くと、彼はもう来ていた。
ベンチに腰かけて、何やら紙袋の中を確かめている。
「おはよう!」
声をかけると、彼が顔を上げた。
「おや、おはよう。ちょうどよかった」
「何してたの?」
「いやぁ、忘れ物がないか最終確認をね。今日は大事な荷物を預かっているものだから」
彼が紙袋を軽く持ち上げる。
「お弁当?」
「ご名答。もっとも、預かっているというより、俺が責任者なんだけどねぇ」
「ふふっ! 自分で作ったんだもんね」
「そうとも。今朝はレシピ本の先生と、なかなか有意義な時間を過ごしたよ」
「ふふっ! 先生って!」
「実に丁寧な指導だった。おかげで無事、完成までたどり着けたわけだ」
「楽しみだなぁ!」
「ふふ。そう言ってもらえると、作った甲斐があるねぇ」
彼が立ち上がる。
「さて、お嬢さん。本日の目的地までご案内いたしましょう」
「ふふっ! お願いします!」
「承りました。もっとも、道案内を間違えた場合は、どうか寛大なご処置を」
「えー! ちゃんと連れてってよ!」
「ははっ! もちろん。そのために昨日、道順も確認しておいたからねぇ」
「じゃあ大丈夫だね!」
「いやぁ、ずいぶん信頼していただいているようで」
彼が楽しそうに笑った。
……ふふ。
今日も、いつもの彼だ。
なんだかそれだけで、嬉しくなる。
* * *
公園には、芝生が広がっていた。
少し離れたところでは家族連れが遊んでいて、木陰には本を読んでいる人もいる。
風が吹くと、木の葉がさわさわ鳴った。
「わぁ、気持ちいいね!」
「うん。いい場所だねぇ」
「どこに座ろうか?」
「そうだなぁ。日当たりもいいけれど、ずっと座るなら少し木陰があるほうがよさそうだ」
「うん! あ、あの木の近くは?」
「おや、いいところを見つけたねぇ」
二人で歩いていく。
木の下には、ちょうどよく平らな場所があった。
彼がレジャーシートを広げ、私も反対側を持つ。
「せーの!」
「はい、どうぞ」
ぱさっとシートが広がった。
「ふふっ! できた!」
「ははっ。見事な共同作業だねぇ」
「シート敷いただけだよ!」
「いやいや、共同作業に大小はないとも」
「ふふっ! そうかなぁ」
「少なくとも、俺一人で敷くよりずいぶん楽しかったよ」
……ふふ。
そういうこと、さらっと言うんだから。
でも、嬉しいな。
私も楽しかった。
二人で靴を揃えて、シートの上に座った。
「いやぁ、これはいいねぇ」
彼が空を見上げる。
「もう少ししたら、お弁当にしようか」
「うん!」
私は持ってきた飲み物を取り出した。
「はい、どうぞ」
「おや、ありがとう」
「今日はお茶!」
「ふふ。外で飲むお茶というのも、また格別だねぇ」
「まだ飲んでないでしょ!」
「ははっ! おっと、少々気が早かった」
彼がお茶を一口飲んだ。
「……うん。やっぱりおいしい」
「ふふっ!」
そんなやり取りをしながら、二人でのんびり過ごした。
仕事の話を少しして、通りかかった子どもの大きなシャボン玉を眺めて。
風に飛ばされた葉っぱが彼の靴の上に落ちたときは、彼がそれを見て、
「おや。どうやらお客様がいらっしゃったようだ」
なんて言うから、思わず笑ってしまった。
……ふふ。
楽しいなぁ。
こんなふうに、何でもないことで笑えるのが好き。
* * *
「さて」
しばらくして、彼が時計を見た。
「そろそろお昼にしようか」
「うん! 食べよう!」
二人でお弁当を取り出した。
彼のお弁当箱を見て、わくわくする。
……どんなものを作ってくれたのかな。
楽しみ。
……でも。
自分のお弁当を取り出すと、少しだけ落ち着かなくなった。
私が作ってきたのは、小さなおにぎりと、甘い卵焼き、それから鶏の唐揚げ。
いつも作るような、好きなものばかり。
彼にも食べてもらいたくて作った。
……うん。
食べてもらいたいのは、本当。
でも。
目の前で食べてもらうのって、考えていたより恥ずかしいな。
作っているときから、少し心配だった。
彼なら、きっと感想を言ってくれるだろうし。
おいしいって言ってもらえたら、すごく嬉しい。
でも、もしそれ以上いろいろ褒められたら?
……ああ。
どうしよう。
嬉しくても、恥ずかしくて何も話せなくなっちゃうかもしれない。
せっかく二人でお弁当を食べるんだから、楽しくおしゃべりしたいのに。
途中でうずくまって、顔を隠して、そのまま動けなくなったりしたら。
……それは困る。
だから、今日は少なめに作ってきた。
彼のお弁当も食べたいし、それに、自分の分は早めに食べ終わったほうが落ち着けそうだから。
「おや、卵焼きだねぇ」
「……うん。甘いんだけど」
「ふふ。じゃあ、一ついただこうかな」
「……うん」
彼が卵焼きを取った。
……あ。
食べる。
どうかな。
甘すぎないかな。
いつも自分で食べている味だけど、彼の好みに合うかはわからない。
彼が一口食べた。
「……うん。おいしいねぇ」
……ああ。
よかった!
ちゃんと、おいしいって言ってくれた。
「……ふふ。ありがとう」
これで安心。
私はおにぎりを手に取った。
……よかったなぁ。
あとは、普通におしゃべりしながら食べよう。
「いやぁ、それにしても――」
私は、さっと片手を上げた。
「……おっと」
彼がぴたりと言葉を止める。
私の手を見て、それから顔を見て。
ふっと笑った。
「ふふ。もう褒められたら困っちゃう?」
……うん。
そうなの。
おいしいって言ってもらえたから、もう十分。
これ以上は、本当にご飯どころじゃなくなっちゃう。
私はすぐに頷いた。
「……うん」
「ははっ。なるほどねぇ。承知いたしました」
彼はあっさりと話題を変えた。
「それじゃあ、今度はこちらのお弁当をご紹介しようかな」
……ああ。
よかった。
ちゃんと止まってくれた。
そう。今度はあなたのお弁当についてお話ししましょう。
私の心臓が持たないから。
……ふふ。
でも、もう大丈夫。
「うん! 楽しみにしてたの!」
「おや、それは責任重大だねぇ」
彼が自分のお弁当箱を開けた。
中には、形の整ったおにぎりと、野菜の入ったおかず、それから照り焼き風に仕上げた鶏肉が入っている。
「わぁ! おいしそう!」
「ふふ。ありがとう。今回はレシピ本の先生に、たいへんお世話になりましてねぇ」
「ふふっ! また先生って!」
「いやぁ、実に細やかなご指導だったよ。ただ、一つ難点があってねぇ」
「なに?」
「こちらから質問しても、一度も返事をしてくださらなかった」
「ふふっ! 本だもの!」
「ははっ! まったく、なかなか厳格な先生だったよ」
二人で笑った。
……ああ。
楽しい。
私がしたかったのは、こういう時間なんだ。
私は彼のおかずを一口食べた。
「……あ、おいしい!」
「おや、それはよかった」
「これ、どうやって作ったの?」
「ふふ。そこは先生の教えに従いましてね。まず、調味料を混ぜてから――」
彼が作ったときの話をしてくれる。
途中で分量を何度も確かめたことや、焼き加減が心配で、ついフライパンを覗き込んでしまったこと。
「でも、ちゃんとできたんだね!」
「うん。君においしいと言ってもらえて、ようやく完成した気分だよ」
「ふふっ!」
彼が嬉しそうに笑った。
……いいなぁ。
こういう顔。
私はもう一口、彼のおかずをいただいた。
彼も私の卵焼きや唐揚げに、また自然に箸を伸ばしてくれる。
もう、感想は重ねない。
でも、普通に食べてくれている。
……ふふ。
嬉しいな。
それからは、料理の話から好きな食べ物の話になって、次はどんなものを作ってみたいか、なんて話にもなった。
時々、彼が楽しそうに冗談を言って。
私も笑って。
いつの間にか、二人のお弁当箱は空になっていた。
* * *
お弁当箱を片づけると、レジャーシートの上が少し広くなった。
彼は足を伸ばして、気持ちよさそうに空を見上げている。
「いやぁ、満腹だねぇ」
「うん! おいしかった!」
「ふふ。俺もだよ」
私は彼の隣に座り直した。
少しだけ、近くに。
肩が、そっと触れた。
……あ。
彼はちらりとこちらを見たけれど、離れなかった。
そのまま、いつもどおり話しかけてくれる。
「それにしても、こうして座っていると、なかなか動きたくなくなるねぇ」
「ふふっ! そうだね」
「食後の散歩も悪くないけれど、もう少しここで風に当たっていたいな」
「うん! 私も」
彼が嬉しそうに笑った。
……ふふ。
よかった。
もう少し、こうしていられるんだ。
しばらく二人で空を眺めていると、彼がふと思い出したように口を開いた。
「……そういえば、さっきの手、ずいぶん早かったねぇ」
「……ふふっ!」
「俺、まだ何も言い終わっていなかったんだけど」
「……うん。だって……」
「ん?」
「……これ以上言われたら、恥ずかしくてご飯食べられなくなっちゃうと思って」
「……ああ、なるほど!」
彼が楽しそうに笑った。
「ははっ! それであの見事な早業だったわけだ」
「……ふふっ!」
「いやぁ、止めてもらえてよかった。せっかくのお弁当だもの、二人で楽しく食べたいからねぇ」
……ああ。
そうなの。
私、彼と楽しく食べたかったんだ。
「……うん!」
「ふふ。おかげで俺も、ずいぶん楽しい昼食になったよ」
彼が、満足そうに微笑んだ。
……嬉しいな。
彼も、楽しかったんだ。
彼は、自分が嬉しいことをちゃんと言ってくれる。
今日のお弁当のことも。
一緒に過ごす時間のことも。
この間、抱きしめてくれたときも。
『さっきはね、もう少し抱きしめていたかったんだよ』
……ああ。
あのとき、私も同じことを思っていた。
でも、言えなかった。
彼が言ってくれたから、同じ気持ちだったんだってわかった。
……私も、あんなふうに言えたらいいな。
自分の気持ちを伝えて、彼にも喜んでもらえたら。
……そうだ。
この間、私がちょっと彼をからかったとき。
彼、すごく楽しそうに笑ってくれたんだ。
……ふふ。
あんな顔、また見たいな。
私は隣の彼を見た。
彼は、風に揺れる木の葉を眺めている。
……あのね。
今、ちょっと話したいことがあるの。
ちゃんと言えるかな。
「……あのね」
「うん?」
彼がこちらを向いた。
「私、もうちょっと、自分から言えるようになりたいな」
「……ほう?」
「あなたって、私が嬉しいとき、よく当ててくれるでしょう?」
「ふふ。最近はなかなか正答率も上がってきたところだねぇ」
「……ふふっ。そうなの」
彼も楽しそうに笑った。
「それ、すごく嬉しいの。自分では何て言ったらいいかわからないときも、あなたが聞いてくれると『うん』って言えるから」
「……うん」
「でもね、私ももっと自分から伝えられるようになりたいの」
彼が、静かに私を見る。
「だって、あなたにも喜んでほしいから」
彼が一瞬、目を丸くした。
それから、ふっと笑った。
「……ああ。それは嬉しいなぁ」
……あれ?
いつもと、ちょっと違う。
彼はいつも楽しそうに笑うけれど、今のは、何だろう。
なんだか、心から嬉しそうで。
……こんな顔、初めて見たかもしれない。
私の言葉で、こんなふうに笑ってくれるんだ。
……ああ。
嬉しいな。
彼が嬉しそうにしているのを見ていたら、私まで嬉しくなってきちゃった。
彼はもう一度笑ってから、いつもの調子で肩をすくめた。
「いやぁ、困ったねぇ。俺が君を喜ばせるつもりでいたのに、今日はすっかり逆転されてしまった」
「……ふふっ!」
「しかも、なかなか見事な一撃だったよ。これは一本取られたなぁ」
「ふふっ! そんなつもりじゃなかったのに!」
「ははっ! それがまた嬉しいところだねぇ」
彼が本当に楽しそうに笑う。
……ふふ。
いつもの彼に戻った。
でも、さっきの顔。
……また見られたらいいな。
「それにねぇ、俺はもう何度も君に喜ばせてもらっているんだよ」
「……そうなの?」
「もちろん。この間だって、俺をからかってくれたでしょう?」
「……ふふっ!」
「いやぁ、あれは愉快だったねぇ」
彼が得意げに笑った。
「だから、君がこれから何を話してくれるのか、俺は楽しみなんだ」
……ああ。
楽しみにしてくれるんだ。
「それに、そうだなぁ……」
「……ん?」
「俺、君のその『あのね』って好きだな」
……え。
「何か聞かせてくれるんだなって、わかるでしょう? 今度はどんな話だろうって、楽しみになるんだよ」
……ああ。
私の「あのね」が、好きなんだ。
いつも、その先の言葉を探してしまうのに。
彼は、そこからもう楽しみにしてくれてる。
……ふふ。
嬉しいな。
「おや、嬉しかった?」
「……うん!」
「ははっ! やっぱりねぇ」
彼が少し得意げに笑った。
「ほら、今だって俺は嬉しいよ。君が自分から話してくれたおかげでね」
……そうなんだ。
私が自分から話したから。
彼が、こんなに嬉しそうに笑ってる。
「……ふふ。ありがとう」
「こちらこそ。嬉しい話を聞かせてもらったからねぇ」
私は、そっと彼の肩に寄りかかった。
彼も、少しだけ肩を寄せてくれる。
しばらく、二人で風の音を聞いた。
……ああ。
今日も、楽しかったな。
それに。
もう一つ、伝えたいことがある。
「……あのね」
「うん?」
彼が嬉しそうにこちらを向いた。
「……今日も、一緒に来られて嬉しかった」
彼がぱっと笑った。
「……ああ。俺もだよ」
それから、ちょっと得意げに付け加えた。
「いやぁ、これは次も楽しみにしてしまうねぇ」
「……えっ」
次も?
もちろん、また自分から伝えたいとは思っているけれど。
そんなふうに期待されると、急に何を言えばいいのかわからなくなっちゃう。
「……そんな……」
思わず彼を見上げると、彼はふっと笑った。
「ふふ。おや、少々期待をかけすぎたかな?」
……もう。
そうなの。
嬉しいんだけど、困っちゃう。
どう答えようか迷っていると、彼は楽しそうに笑った。
「ははっ。これは失礼。どうも嬉しくなると、欲張りになってしまうらしい」
「……ふふっ」
「まあ、次のお楽しみはそのときまで取っておこうかな」
「……うん」
「ふふ。では、今日は今日の続きを楽しもう」
彼が隣で、気持ちよさそうに伸びをした。
「いやぁ、それにしても、いい風だねぇ」
「……うん! 気持ちいいね」
私は笑いながら、彼の肩にそっと寄りかかった。
遠くから、子どもたちの笑い声が聞こえる。
風が吹いて、芝生が揺れる。
彼が何かを話し始めて、私はその話を聞きながら笑った。
……ああ。
楽しいな。
私から気持ちを伝えたら、彼があんなに嬉しそうに笑ってくれた。
いつもと少し違う、あの顔。
……また、見られたらいいな。
彼の話に笑いながら、私は思った。
今度、何か伝えたいことができたら。
少し勇気を出して、また自分から話してみよう。
彼が喜んでくれるところを、もっと見たいから。
第18話・彼編
欲張りな午後
今日の彼女は、朝からずいぶん楽しそうだった。
「おはよう!」
待ち合わせ場所で俺を見つけるなり、ぱっと笑った。
ああ、いい笑顔だ。
「おや、おはよう。ちょうどよかった」
「何してたの?」
「いやぁ、忘れ物がないか最終確認をね。今日は大事な荷物を預かっているものだから」
紙袋を持ち上げると、彼女の目が輝いた。
「お弁当?」
「ご名答」
その嬉しそうな顔を見て、早くも作った甲斐があったと思ってしまう。我ながら、ずいぶん気が早い。
もっとも、今朝は本当に少々苦労した。
レシピ本を開き、材料を並べ、手順を何度も確認する。ひとつ終わるたびにページを確かめて、ようやく弁当箱に詰めた。
料理が得意だと胸を張れるほどではない。けれど、彼女が食べてくれるなら、できるだけおいしく作りたかった。
……おやおや。
こういうところも、ずいぶん欲張りになったものだねぇ。
「さて、お嬢さん。本日の目的地までご案内いたしましょう」
「ふふっ! お願いします!」
彼女は楽しそうに俺の芝居に乗ってくれる。
ああ、好きだなぁ。
冗談を言えば、笑ってくれる。時にはすぐに乗ってくるし、時には思いもよらない返しをくれる。彼女と話していると、次はどんな顔を見せてくれるだろうと、つい楽しみになる。
今日は、特にいい日になりそうだ。
そう思いながら、俺は彼女と並んで歩き始めた。
* * *
公園でレジャーシートを広げるとき、彼女は向こう側の端を持ってくれた。
「せーの!」
ぱさりとシートが広がる。
「ふふっ! できた!」
「ははっ。見事な共同作業だねぇ」
「シート敷いただけだよ!」
「いやいや、共同作業に大小はないとも」
そう言うと、彼女はまた笑った。
……ああ、楽しい。
こんな何でもないやり取りが、こんなに楽しいとはねぇ。
今日は朝から、彼女の調子がいい。いつも以上に声が弾んで、冗談にもすぐ笑ってくれる。今日は遠慮なくおしゃべりを楽しめそうだな、と俺も嬉しくなる。
付き合う前も、彼女と話すのは好きだった。けれど今は、隣に座って笑い合うことが、前よりずっと嬉しい。
彼女が俺のことを好きだと知っている。そして俺も、彼女が好きだと伝えられる。
たったそれだけのことが、日常をずいぶん変えてしまった。
……まったく。
恋人というのは、なかなか素晴らしいものだ。
もっとも、目の前の彼女にそう言ったら、さっそくあの手が上がるかもしれないが。
ふふ。それはそれで、少々愉快ではある。
* * *
昼になって、お互いのお弁当箱を開けた。
彼女が作ってきたのは、小さなおにぎりに、甘い卵焼き、それから鶏の唐揚げ。どれもおいしそうだ。
「……うん。おいしいねぇ」
卵焼きを一口食べてそう言うと、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「……ふふ。ありがとう」
ああ、よかった。ずいぶん心配していたらしい。
もっとも、俺としては味の感想だけでは足りなかった。彼女が自分の好きなものを選んで、今日のために作ってきてくれた。そのこと自体が、嬉しい。
「いやぁ、それにしても――」
ぱっ。
目の前に、片手が上がった。
「……おっと」
危ない危ない。もう一言も出る前に止められてしまった。
彼女の手を見て、それから顔を見る。
なるほど。どうやらここから先は、少々恥ずかしいらしい。
「ふふ。もう褒められたら困っちゃう?」
彼女はすぐに頷いた。
「……うん」
「ははっ。なるほどねぇ。承知いたしました」
それなら、ここでおしまい。
褒めたい気持ちは俺のものだが、聞くのは彼女だからねぇ。せっかく一緒に食べるのだから、彼女にも楽しんでもらいたい。
「それじゃあ、今度はこちらのお弁当をご紹介しようかな」
すると彼女は、ほっとしたように笑った。
「うん! 楽しみにしてたの!」
……ふふ。ああ、よかった。また、いつもの調子だ。
彼女は俺の料理を食べて、「おいしい!」と笑ってくれた。料理を作ったときの話をすると、楽しそうに聞いてくれる。レシピ本を先生と呼んだら、声を立てて笑ってくれた。
いやぁ、作ってよかった。
おまけに彼女が、二口目も食べてくれる。
……これは、実に嬉しい。
俺だって、おいしいと言ってもらえるのは嬉しいんだよ。
彼女の唐揚げにも、もう一度箸を伸ばした。おいしいものは、また食べたくなる。それに、彼女が作ってくれたものだ。
……ああ。大事に味わいたいな。
もっとも、その感想はもう胸の内にしまっておくことにしよう。
* * *
昼食が終わると、彼女は俺の隣に座り直した。
さっきより少し近い。
肩が、そっと触れた。
……おや。
俺はちらりと彼女を見た。彼女は何も言わず、隣に座っている。肩は、離れない。
……ふふ。いいねぇ。
俺も、そのままでいることにした。
「それにしても、こうして座っていると、なかなか動きたくなくなるねぇ」
「ふふっ! そうだね」
「食後の散歩も悪くないけれど、もう少しここで風に当たっていたいな」
「うん! 私も」
……ああ。同じことを考えていたんだ。嬉しいものだねぇ。
ほんの少し、肩が触れているだけ。別に、抱きしめているわけでもなければ、手をつないでいるわけでもない。
それでも、彼女が自分からこちらに寄ってきてくれたことが、こんなに嬉しい。
……困ったなぁ。
近くにいてくれると、もう少し近づきたくなる。
肩が触れれば、手もつなぎたくなる。
手をつないだら、きっとまた抱きしめたくなる。
そして抱きしめたら――。
……いやいや。
今日は、こうしてのんびりするのもいい。
彼女が楽しそうに話している。その声が、こんなに近くで聞こえる。
それで、十分幸せだ。
……十分、ねぇ。
ふふ。
どうにも、この言葉は信用ならない。
十分だと思っても、嬉しいことが増えると、また次が欲しくなるんだから。
俺は小さく笑って、空を見上げた。




