↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/31

第17話 もう一度、もう少し

第17話 もう一度、もう少し


彼女編


 今日は、楽しみにしていたデートの日。


 このあいだの花の公園では、身体が重くて、あまり歩けなかった。


 でも今日は元気。


 水辺のカフェでおしゃべりして、それから遊歩道を散歩する約束だった。


 ……ふふ。


 いっぱい話せるといいなぁ。


 彼も楽しみにしてくれているかな。


 そんなことを考えながら待ち合わせ場所へ向かうと、彼がこちらを見つけて手を振った。


 「おはよう」


 「おはよう!」


 「ふふ。今日は元気そうだねぇ」


 「うん! 今日はいっぱい歩けそう!」


 「それはよかった。では、俺も張り切ってご案内いたしましょう」


 彼が恭しく一礼する。


 「本日の目的地は、眺めのいいカフェと水辺の遊歩道。ご満足いただけるとよいのですが」


 「ふふっ! 期待してます!」


 「おや。これは責任重大だ」


 彼が楽しそうに笑った。


 ……ああ。


 今日も、いい一日になりそう。


*


 カフェは、大きな窓から水辺が見えるお店だった。


 窓際の席に座ると、遠くを通る船まで見える。


 「わあ、綺麗!」


 「なかなかいい眺めでしょう?」


 「うん! あの船、どこに行くんだろうね」


 「さてねぇ。もしや、世界中の美味しいものを集める旅かもしれない」


 「ふふっ! いいなぁ、私も乗りたい!」


 「おや。それは困った」


 「え?」


 「君が旅に出てしまったら、俺は次のデートのお相手を失ってしまうじゃないか」


 …………。


 あ。


 そういうこと言う!


 「……じゃあ、一緒に乗る?」


 言ってから、ちょっと驚いた。


 ……あ。


 今、私から誘った。


 彼は一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。


 「ははっ! それは素敵なお誘いだねぇ。喜んでご一緒しよう」


 ……ふふっ。


 乗ってくれた。


 嬉しいな。


 それから、もし船で旅をするなら何を持っていくか、どんな街に寄りたいか、そんな話で盛り上がった。


 彼は大げさに船長の真似をして、私は笑いながら乗組員になった。


 「船長! 次の寄港地では何を買いましょう?」


 「ふむ。まずは現地の名物を調査しなければ。食いしん坊の乗組員殿に、重大任務をお願いしよう」


 「ふふっ! 任せて!」


 「ははっ。頼もしいねぇ」


 ああ、楽しい。


 こういうおしゃべり、大好きだなぁ。


*


 しばらくして、彼がカップを置いた。


 「……ところで、今日はずいぶん楽しそうだねぇ」


 「ふふ。だって、楽しみにしてたんだもん!」


 「ははっ! それは光栄だ」


 彼は満足そうに頷いた。


 「待ち合わせで俺を見つけたときも、なかなかいい顔をしてくれていたねぇ」


 …………!


 あ。


 見られてた。


 「……もう!」


 「おや。今のも嬉しかった?」


 「……うん!」


 「ははっ! やっぱりねぇ」


 彼がちょっと得意げに笑う。


 「いやぁ、そんなに喜んでもらえると、俺まで嬉しくなっちゃうねぇ」


 …………!


 ああ。


 また、そういうこと言う!


 私は思わず両手で顔を隠した。


 「……ふふ。隠しちゃったなぁ?」


 彼の楽しそうな声。


 ……あ。


 見つかっちゃった。


 私はすぐに手を下ろして、彼を見た。


 「……もう!」


 「ははっ! おかえり」


 ……ふふっ。


 彼、楽しそう。


 私も笑ってしまう。


 すると彼は、少しだけ首を傾げた。


 「さて。落ち着くまで待っていようか?」


 …………。


 「それとも、俺はもう少しおしゃべりしていてもいい?」


 ……あ。


 もっと話してくれるの?


 ……嬉しい。


 まだ、聞いていたい。


 「……いいよ」


 「ふふ。それは嬉しいねぇ」


 彼は少しだけ身を乗り出した。


 「じゃあ、途中でいっぱいになったら、またあの手で止めてくれる?」


 ……あ。


 このあいだの合図。


 花の公園で、初めて伝えられた「待って」。


 会社でも、もう一度使えた。


 ……うん。


 できるよ。


 私は彼と目を合わせて、頷いた。


 「……うん。できるよ」


 彼が、ぱっと嬉しそうに笑った。


 「ははっ! それは頼もしい」


 それから、ちょっと得意げに胸に手を当てる。


 「では、お言葉に甘えようかな」


 ……ふふっ。


 ああ、楽しそう。


 何を話してくれるんだろう。


*


 「……さて」


 彼が、ゆったりと笑った。


 「改めて見ると、今日はずいぶん困った席に座ってしまったものだねぇ」


 「……え?」


 「目の前に、こんなに好きな人がいる」


 …………!


 あ。


 私は思わず頬に手を当てた。


 「おまけに、笑った顔が実に魅力的ときた」


 「……もう!」


 「ははっ! いやぁ、困ったことに、本当のことだからねぇ」


 ちっとも困っていない顔で、彼が笑う。


 ……ああ。


 格好いいなぁ。


 自分でそんなこと言って、楽しそうに笑っちゃうんだから。


 「しかも、その人が俺とのデートを楽しみにしてくれていたらしい」


 …………!


 そ、それは。


 「……うん」


 「ふふ。嬉しいねぇ。俺も今日は、君に会うのを楽しみにしていたんだよ」


 …………。


 あ。


 彼も。


 私に会うのを?


 ……嬉しい。


 すごく。


 私は頬から手を下ろして、今度は胸元にそっと手を当てた。


 ……ああ。


 なんだか、胸がいっぱい。


 でも、彼の顔を見ていたい。


 彼は私を見て、楽しそうに微笑んだ。


 「君が笑っていると、つい次の約束を考えてしまうんだ」


 …………。


 あ。


 「次はどこへ行こうか。何を見せたら喜んでくれるかな。どんな話をしたら、また笑ってくれるだろうってね」


 ……ああ。


 そんなこと、考えてくれてるんだ。


 私のいないところでも?


 「だから、ひとつ困っていることがある」


 「……な、なに?」


 「次のデートが待ち遠しくて、今日のデートが終わる前から楽しみが増えてしまうんだよ」


 …………!


 ああ、もう!


 私は胸元を押さえたまま、思わず笑ってしまった。


 「……ふふっ!」


 「ははっ! おや、今のはなかなか好評だったかな」


 「……もう、そんなこと……!」


 「ふふ。まだあるんだけどねぇ」


 …………!


 まだ!?


 彼は楽しそうに続けた。


 「この間、花を見に行った日もね。君と一緒に座って話せたのが、俺は嬉しかったんだ」


 ……あ。


 あの日。


 身体が重くて、あまり歩けなかった日。


 「元気な君と笑うのも好きだし、静かな君と並んで過ごすのも好きだよ」


 …………。


 ああ。


 ……そんな。


 私は思わず両手で胸元を押さえた。


 嬉しい。


 嬉しすぎる。


 あの日、私はあまり元気がなかった。


 でも彼は、楽しそうにおしゃべりしてくれた。


 ……ああ。


 本当に、楽しかったんだ。


 彼も。


 「……だからねぇ」


 彼の声が、少し柔らかくなった。


 「これからも、君のいろんな顔を、俺の隣で見せてもらえたら嬉しいな」


 …………!!


 あああ。


 もう。


 だめ。


 私は思わず、両手で頭を抱えた。


 ……ああ。


 格好いい。


 好き。


 嬉しい。


 ……もう、どうしたらいいの!


 「……ふふ」


 彼が楽しそうに笑っている。


 「いやぁ、これはずいぶん嬉しい反応をいただいてしまったねぇ」


 ……もう!


 そんなことまで言う!


 でも、聞いてる。


 ちゃんと彼の言葉を聞いてるよ。


 「……さて」


 彼が、ちょっと芝居がかった声を出した。


 「俺としては、まだ君を口説き足りないところなんだけど」


 …………!


 まだ!?


 「もう一つだけ、聞いてもらえるかな?」


 ……ああ!


 もうダメ!


 これ以上聞いたら、嬉しくてどうにかなっちゃう!


 私は頭を抱えていた片手を、ぱっと彼へ向けた。


 彼が、ぴたりと言葉を止めた。


 「……おっと」


 それから、ふっと笑う。


 「ここまでだね」


 私は小さく頷いた。


 「……うん」


 「ふふ。承知いたしました」


 彼は椅子にもたれ、満足そうに息をついた。


 「いやぁ、ずいぶん楽しかったねぇ」


 ……ああ。


 もう。


 まだ胸がいっぱい。


 私はそっと手を下ろした。


 彼は、なんともご機嫌な顔で私を見ていた。


 「……おかえり」


 「……もう!」


 「ははっ!」


 ……ふふ。


 私も。


 すごく楽しかった。


 顔を隠しても、ちゃんと戻ってこられた。


 頬に手を当てて、彼の顔を見ながら聞けた。


 最後には、自分から止められた。


 ……ああ。


 それにしても。


 あんなに口説いてくれるなんて、思わなかったなぁ。


 彼は、まだ楽しそうに笑っている。


 ……ふふ。


 次は、何を話そうかな。


*


 カフェを出るころには、日が傾き始めていた。


 水辺の遊歩道を、二人でゆっくり歩く。


 遠くに船が見える。


 夕暮れの光が水面に反射して、きらきらしていた。


 「綺麗だねぇ」


 「うん! カフェから見るのと、また違うね」


 「ふふ。船長としては、なかなかいい航海になったと思うんだけど」


 「ふふっ! まだ船長なの?」


 「おや。もう解任されてしまったかな?」


 「ううん! 続投でお願いします!」


 「ははっ! それは光栄の極みです」


 彼が恭しく頭を下げる。


 ……ああ。


 楽しいなぁ。


 少し歩いて、人通りの少ないところまで来た。


 彼が足を止める。


 「……そういえば」


 「ん?」


 「この間、会社で言いかけたこと、覚えてる?」


 …………!


 あ。


 ……あのときの。


 会議室で、彼が立っているときの話を始めて。


 今ここで抱きしめられるのかと思って、慌てて手を上げちゃったんだ。


 「……うん」


 「ふふ。今度こそ、最後まで聞いてもらえるかな」


 …………。


 ああ。


 もしかして。


 彼は少しだけ笑顔を柔らかくした。


 「今度は立ったまま、君を抱きしめてもいい?」


 …………!


 あ。


 ……やっぱり。


 あのとき、言おうとしていたのは、これだったんだ。


 ……私を、抱きしめたいって。


 今度は会社じゃない。


 ここには、ほかの人もいない。


 ……ああ。


 嬉しい。


 「……うん」


 彼がぱっと笑った。


 「ふふ。ありがとう」


 それから、私のほうへ一歩近づく。


 ……あ。


 近い。


 彼の腕が、そっと背中へ回った。


 もう片方の腕も、私を包む。


 ……ああ。


 今度は立ったまま。


 この間より、ずっと近い。


 私は彼の服に、そっと指をかけた。


 ……嬉しい。


 ほんの数秒。


 彼の腕が、ゆっくり緩み始めた。


 …………あ。


 もう?


 私は思わず、彼の服をきゅっと引いた。


 ……まだ。


 もう少しだけ。


 でも、彼はそのまま身体を離した。


 私の指から、服がするりと抜ける。


 ……あ。


 終わっちゃった。


 ほんの一瞬だけ、残念だった。


 けれど。


 …………!


 ああ。


 抱きしめてもらっちゃった。


 今度は、立ったまま。


 あんなに近くで。


 ……どうしよう。


 顔が熱い。


 私は彼を見上げることもできなくなった。


 「……ふふ。いやぁ、嬉しいねぇ」


 彼は、ちょっと得意げに笑っていた。


 「念願がまた一つ叶ってしまった」


 ……ああ。


 彼、嬉しそう。


 「しかし、ハンカチ一枚から、ずいぶん遠くまで来たものだねぇ」


 ……え?


 「最初はただの落とし物だったのに、まさか二度も式典を開催することになるとは」


 ……ふふ。


 また、式典って。


 「いやぁ、あのハンカチには感謝状を贈らなければ」


 「……ふふっ」


 「おや。笑ってくれた」


 彼はますます楽しそうに笑う。


 「さて、感謝状の宛名はどうしようねぇ。『ハンカチ殿』でいいかな?」


 「……ふふっ! 変なの!」


 「ははっ! 本人に希望を聞くわけにもいかないからねぇ」


 ……ああ。


 楽しそう。


 彼、本当に嬉しそうだなぁ。


 さっきから、ずっと笑ってる。


 私が固まっていた間も、おしゃべりを続けてくれて。


 ……ふふ。


 そんな彼を見ていると、なんだか私まで嬉しくなる。


 「……ずいぶん、ご機嫌……」


 言いかけて、彼を見上げた。


 ……あ。


 ちょっとだけ、からかってみようかな。


 私は小さく笑って、最後の一言を添えた。


 「……ね?」


 彼がこちらを見た。


 「……おや?」


 そして、ぱっと楽しそうに笑った。


 「ははっ! わかってくれたかい?」


 …………!


 あっ。


 乗ってくれた!


 嬉しい!


 「いやぁ、今日はどうにも顔に出てしまうらしいねぇ」


 彼が、わざと困ったように肩をすくめる。


 「もっとも、隠すつもりもないんだけど」


 ……ああ。


 そういうところが好き。


 「……ふふ。嬉しかった?」


 「もちろん!」


 彼は迷いなく答えた。


 「君を抱きしめられたんだもの。嬉しくないわけがないでしょう?」


 …………!


 あ。


 また。


 そんなこと言う!


 私は思わず口元を押さえた。


 彼が声を上げて笑う。


 「ははっ! おやおや。せっかく名探偵殿が俺をからかいに来てくれたのに」


 彼は楽しそうに目を細めた。


 「今度は俺の番になってしまったねぇ」


 「……もう!」


 「ふふ。しかし、お見事でしたよ、名探偵殿」


 彼が恭しく一礼する。


 ……ふふっ!


 ああ。


 嬉しい。


 私がちょっとからかっただけなのに。


 ちゃんと乗ってくれた。


 それどころか、こんなに楽しそうに笑ってくれる。


 ……また、やってみたいな。


*


 それからしばらく、二人で水辺を歩いた。


 船を眺めたり、遠くの街並みを見たり。


 彼はさっきの冗談を引きずることもなく、いつもどおり楽しそうに話してくれた。


 やがて会話がひと段落すると、二人で静かに水面を眺めた。


 夕暮れの光が、ゆっくり薄くなっている。


 ……ああ。


 いい時間だなぁ。


 隣に彼がいる。


 それだけで、嬉しい。


 「……ねえ」


 彼が、ふとこちらを向いた。


 「……ん?」


 「ひとつ、追加のお願いをしてもいいかな?」


 ……追加?


 「……なあに?」


 彼は少し困ったふりをして、それでも楽しそうに笑った。


 「どうも、さっきの一回では名残惜しくなってしまってねぇ」


 …………。


 あ。


 さっきの一回。


 ……まさか。


 「……もう一度、抱きしめてもいい?」


 …………!


 あ。


 ……もう一度?


 彼が?


 また、抱きしめたいって?


 胸が、きゅっとなった。


 だって。


 私も。


 さっき、もう少しって思ったんだよ。


 まだ離れたくないって。


 ……ああ。


 嬉しい。


 「……うん」


 彼がぱっと笑った。


 「ふふ。ありがとう」


 それから、少しだけ首を傾げる。


 「……今度は、さっきよりもう少し近くてもいい?」


 …………!


 ……近く。


 ああ。


 私も、そうしたい。


 私は小さく頷いた。


 「……うん」


 彼がそっと近づいて、背中へ腕を回した。


 もう片方の腕も添えて、ゆっくり引き寄せる。


 ……あ。


 近い。


 今度は、さっきよりずっと。


 彼の胸元に、私の額がそっと触れた。


 …………。


 ああ。


 抱きしめられてる。


 私は彼の服をつかんだ。


 ……ぎゅっ。


 今度は、もう少し長く。


 そう思っていたら、彼の腕にも少し力がこもった。


 ……あ。


 ぎゅって。


 ……嬉しい。


 こんなに近いのに、まだ顔は上げられない。


 彼の服をつかんだまま、じっとしている。


 すると。


 「……ふふ。これは、いいねぇ」


 すぐ頭の上から、彼の声がした。


 …………!


 あ。


 ……近い。


 声まで、こんなに近い。


 いつも聞いている、あの格好いい声。


 楽しそうに笑うときの、少し弾む声。


 今は、それがすぐそばで聞こえる。


 ……ああ。


 どうしよう。


 顔が熱い。


 彼の姿は見えないのに、きっと今も楽しそうに笑っているんだろうなって、わかってしまう。


 「さっきはね、もう少し抱きしめていたかったんだよ」


 …………!!


 あ。


 ……そんな。


 その声で。


 そんなこと、言うの?


 胸の奥が、ぎゅっとなる。


 彼も。


 彼も、そう思ってたの?


 私は思わず、服をつかんでいる指に力を込めた。


 ……私も。


 私も、そうだったよ。


 でも、声が出ない。


 だって。


 こんなに近くで、あんな声で言われたら。


 ……ああ。


 好き。


 大好き。


 私は彼の服をつかんだまま、そっと目を閉じた。


 彼の腕は、まだ私を抱きしめてくれている。


 ……もう少し。


 もう少し、このままでいたい。


 少しして、腕の力がゆっくり緩んだ。


 「……そろそろ、いいかな」


 彼の声は穏やかだった。


 私は小さく頷いた。


 「……うん」


 彼がそっと離れた。


 ……ああ。


 終わっちゃった。


 でも、今度はさっきと違う。


 もう少し長く抱きしめてもらえた。


 それに。


 彼も、同じ気持ちだったって聞けた。


 ……ふふ。


 嬉しいなぁ。


 顔を上げると、彼はなんとも満足そうに笑っていた。


 「……ふふ。いやぁ、これは大成功だねぇ」


 ……大成功?


 「一度目より、ずいぶん上手に抱きしめられた気がするよ」


 ……ふふっ!


 上手って!


 「まあ、採点は君にお願いしたいところだけどねぇ」


 …………。


 え。


 採点?


 そんなの、急に言われても。


 でも。


 ……良かったよ。


 すごく。


 私は少し俯いたまま、小さく答えた。


 「……良かったよ」


 彼がこちらを見る。


 「……おや」


 そして、ぱっと嬉しそうに笑った。


 「ははっ! それは嬉しいねぇ!」


 ちょっと得意げに胸を張る。


 「いやぁ、本人からのお褒めの言葉とは。これは自信を持って次回に臨めそうだ」


 …………!


 次回!?


 ……ああ、もう!


 「……ふふっ!」


 彼も楽しそうに笑った。


 ……嬉しい。


 私の「良かったよ」で、こんなに喜んでくれるんだ。


 それに。


 ……次回。


 また抱きしめてくれるんだ。


 ……ふふ。


 楽しみだなぁ。


*


 帰り道。


 彼は、さっきまでと同じように楽しそうにおしゃべりしていた。


 私も笑って、ときどき冗談を返した。


 でも、ふとしたときに、今日のことを思い出してしまう。


 カフェで、彼の顔を見ながら口説いてもらったこと。


 頬に手を当てて、胸を押さえて。


 最後にはとうとう頭を抱えちゃったこと。


 ……ふふ。


 恥ずかしかったなぁ。


 でも。


 すごく楽しかった。


 それから。


 初めて、私のほうから彼をからかえた。


 ……ずいぶん、ご機嫌……ね?


 ……ああ。


 彼、あんなに嬉しそうに笑ってくれた。


 私が少し勇気を出したら、あんなに楽しそうに乗ってくれた。


 ……また、やってみたいな。


 そして、二度目に抱きしめてもらったこと。


 ……さっきはね、もう少し抱きしめていたかったんだよ。


 ああ。


 あの言葉。


 嬉しかった。


 私も、そうだった。


 まだ自分からは言えなかったけれど。


 彼が、同じことを思っていた。


 それがわかっただけで、胸がいっぱいになる。


 「……おや。何を思い出しているのかな?」


 彼が楽しそうに聞いた。


 私は少しだけ笑った。


 「……内緒」


 「ははっ! また秘密かい?」


 「……ふふっ」


 「いやぁ、名探偵殿にはかなわないねぇ」


 ……もう!


 私たちは顔を見合わせて笑った。


 ……ああ。


 また、会いたいな。


 次のデートも。


 その次も。


 彼といっぱいおしゃべりしたい。


 それから、いつか。


 私のほうからも。


 ……もう少しだけ、って。


 言えるようになれたらいいな。



言えなくても、少しだけ | 第17話


彼の帰り道


 ……いやぁ。


 今日は、本当にいい日だったねぇ。


 彼女が元気そうで、たくさんおしゃべりできた。


 それだけでも嬉しかったんだけど。


 今日は、俺のお願いを一つ聞いてもらった。


 カフェで彼女が顔を隠してしまったとき、ふと思ったんだ。


 ……もう少し、話していたいねぇ。


 いつもなら、彼女が落ち着くまで待つところだ。


 でも今日は、こうして話しかけていてもいいだろうか。


 それで尋ねてみた。


 すると彼女は、顔を出して「いいよ」と答えてくれた。


 しかも、途中でいっぱいになったら止められるかと聞いたら。


 「……うん。できるよ」


 ……ふふ。


 いやぁ、頼もしかったねぇ。


 ならば、少々お言葉に甘えてみようか。


 ……そう思って始めたんだけど。


 思った以上に、楽しい時間になってしまった。


 俺の言葉を聞いて、頬に手を当てる。


 それでも、ちゃんと俺の顔を見て笑ってくれる。


 ……ああ。


 嬉しいなぁ。


 もっと話したくなってしまう。


 次の約束の話をしたら、今度は胸を押さえてしまった。


 ……おや。


 どうやら、ずいぶん喜んでもらえているらしい。


 そうなると、また一つ、言いたくなるんだよねぇ。


 俺は、花の公園で過ごした日のことを話した。


 あの日も嬉しかったこと。


 元気な彼女と笑うのも、静かな彼女と並んで過ごすのも好きなこと。


 ……これは、ちゃんと伝えておきたかった。


 だって、本当のことだからねぇ。


 彼女はとうとう頭を抱えてしまった。


 ……ははっ。


 いやぁ。


 あんなふうに喜んでもらえるとは、実にありがたい。


 まだもう少し話したい気持ちはあったけれど。


 彼女の手が、ぱっと上がった。


 ……おっと。


 ここまでだね。


 俺はすぐに言葉を止めた。


 ……ふふ。


 ああ、いいねぇ。


 今日も、ちゃんと教えてくれた。


 顔を隠したって、口説かれたって、嬉しくていっぱいになったら止められる。


 彼女がそうしてくれるなら、俺も安心して楽しめる。


 ……もっとも。


 ついつい口説きすぎてしまうことには、気をつけないとねぇ。


*


 それから、水辺でのハグ。


 ……ふふ。


 とうとう、立ったまま抱きしめることができた。


 最初はほんの数秒。


 彼女が服を少しつかんでいたけれど、きっと緊張していたんだろうねぇ。


 離れたあとには、すっかり固まってしまったし。


 ……いやぁ。


 あれは、あれで嬉しかった。


 念願が叶ったんだもの。


 思わず、しばらく上機嫌でおしゃべりしてしまった。


 ハンカチに感謝状を贈る話まで始めてねぇ。


 ……ははっ。


 我ながら、ずいぶん浮かれていたらしい。


 そのあとだ。


 彼女が俺を見上げて、ゆっくり言った。


 「……ずいぶん、ご機嫌……ね?」


 ……ああ!


 あれは嬉しかったなぁ。


 今まで、俺が彼女の気持ちを見つけて、からかうことは何度もあった。


 でも今日は、彼女のほうから。


 しかも、最後の「ね?」で、ちょっといたずらっぽく笑ってみせる。


 ……ふふ。


 いいじゃないか。


 あんなふうに遊びに来てもらえるなら、喜んで乗ってしまうねぇ。


 彼女が俺の気持ちを見つけてくれた。


 そして、俺を楽しませようとしてくれた。


 ……ああ。


 素敵なことだねぇ。


*


 夕暮れの水辺で、彼女と静かに景色を眺めていたとき。


 また、抱きしめたくなってしまった。


 一度、叶ったばかりだというのに。


 もう少し長く。


 もう少し近くに。


 今度は、ちゃんとぎゅっと。


 ……いやぁ。


 自分でも、なかなか欲張りだと思う。


 けれど、もう一度お願いしてみたくなった。


 彼女はさっき、かなり緊張していたようだった。


 だから、もちろん断られるかもしれない。


 それでも。


 もう一度抱きしめたい。


 そう思ったのは、俺なんだ。


 ならば、自分から伝えてみよう。


 「……もう一度、抱きしめてもいい?」


 彼女は、少し驚いたように俺を見上げた。


 それから。


 「……うん」


 ……ふふ。


 嬉しかったねぇ。


 今度は、さっきより少し近くに寄せられた。


 彼女の額が、俺の胸元に触れる。


 服を、ぎゅっとつかんでくれる。


 まだ緊張しているのかもしれない。


 けれど、嫌がってはいないようだ。


 ……ああ。


 これは、いいねぇ。


 俺は少しだけ腕に力を込めた。


 もう少し、このままでいたい。


 さっきよりも、ずっと。


 ……ふふ。


 抱きしめれば抱きしめるほど、もっと抱きしめたくなる。


 まったく、困ったものだねぇ。


 俺は、さっきの気持ちを言葉にしてみた。


 「さっきはね、もう少し抱きしめていたかったんだよ」


 彼女は何も言わなかった。


 でも、服をぎゅっとつかんでくれた。


 ……ふふ。


 聞いてくれて、ありがとう。


 俺はもう少しだけ、彼女を抱きしめていた。


 それから、そっと離れた。


 ……ああ。


 名残惜しい。


 けれど。


 今日は、なかなかいい仕事ができたんじゃないかな。


 ……ふふ。


 そう思っていたら、彼女が小さく言った。


 「……良かったよ」


 …………。


 ああ。


 あれは、嬉しかった。


 俺が抱きしめたかったからお願いした。


 彼女が頷いてくれたから、抱きしめられた。


 それだけでも十分嬉しかったんだけど。


 彼女も、良かったと思ってくれた。


 ……ふふ。


 これはもう、大成功でしょう。


 おかげで、つい次回の話までしてしまった。


 ……ははっ。


 我ながら気が早いねぇ。


 でも。


 また抱きしめたい。


 それは、もう間違いない。


 次は、彼女がもう少し慣れてくれたらいいな。


 もっと気楽に近くへ来てくれたら。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 また願いが増えてしまった。


 俺は思わず笑った。


 ……ふふ。


 どうも困ったことに。


 君と一緒にいると、叶った願いの数だけ、また新しい願いが増えてしまうらしい。


 ……いやぁ。


 次のデートも、楽しみだねぇ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。