97.強い光
つい先ほどまで人で入り乱れていた荒野にぽっかりとした空白があいていた。命を失った器は片付けられ、そこに残ったのは血の浸みた大地のみ。
その中心にラフィーナは立っていた。クレイトスとルイーズと共に。顔は強張り、手は強く握られ、そこに恐怖と緊張が表れている。
前には王国の騎士が、後ろには帝国の騎士が整列しているのが見える。距離が少しある為、ラフィーナからその表情までは見えない。彼らは今何を思っているのだろう。
『ラフィーナ様、何があろうと私がラフィーナ様をお守りします。お力を抜いてください』
その声に隣を見ると、クレイトスが穏やかな微笑みを浮かべていた。だが、その笑みはいつもに比べると少しぎこちない。クレイトスも緊張しているのだ。
『クレイトス、一人でいい格好をするな』
今度は反対側だった。首を回してそちらへ顔を向ける。
『騎士団の役目は帝国の未来を、皇族を守ること。私は団長だからね。副団長ばかりに譲っていられない』
ルイーズはそう笑った。城で会う時とは随分と印象が違う。皇后、エリオスの護衛、騎士団長。いくつもの顔を持つルイーズだけど、今のルイーズが一番“らしい”ような気がした。
固まっていた心が少しだけほぐれる。
『……ラフィーナ様、いつかあなたに言った言葉は取り消させてもらいたい』
ポツリと落とされた言葉。その笑みは皇后であるルイーズのものだった。すぐにピンときた。
『ええ、知っているわ。今帝都ではエリオス様とルイーズ様の本が人気なのよ。素敵な恋の物語なんですって』
ラフィーナの言葉にルイーズはひくりと顔を引き攣らせた。
『……だからあんなところで話をするのは嫌だったんだ』
呆れと諦めと嘆きの混ざった声だった。思わずふふ、と笑みが漏れた。自分もまだ一部しか読んでいないから帰ったら読まないといけない。
ーーそう、帰ったら。
大きく息を吸うと嫌な空気が肺に入る。それを深く吐いて、ラフィーナは前を見た。乾いた風が旗を揺らめかせる。砂を舞い上げる。どこからか馬の嘶きが聞こえた。
「答えは出ましたか?」
隣からかけられた静かな声。前を向いたまま、ええ、と答えた。
ずっと分からなかった。自分はどうするべきか、どうしたいのか。分からないからただネストルの隣にいた。そうしたら何か答えを示してくれるような気がして。「分からない」とそればかりの自分でいた。
「答えなんて、最初から一つだけだったのよ」
その声は自分で驚くほどに晴れやかだった。
「あの日、離宮を出てから……ネストル様にお会いしてから……今ここにわたくしがいるのが答えだわ」
父に会えば何かが分かるのかと思っていた。父に会えばまたあの穏やかな暮らしが戻って来るのかと思っていた。父に会いたかった。だけど自分がここまで来たのは父に会う為ではない。ただひたすらにネストルに会いたかったから。その一心で、他のことなどどうでもよかった。
それが答え。心はずっとここにあったのだ。胸に手を当てると、張り詰めた空気の中に鈴の音が落ちた。
「全てラフィーナ様の望むままに」
クレイトスの声に頷く。だけどまだ一つ分からないことがある。いや、違う、それではだめ。
「わたくしはもう分からないとは言わないわ」
ラフィーナは胸に当てた手を握り締め、決意するように呟いた。顔を上げて隣に立つルイーズを見上げる。
「教えて、ルイーズ様。お父様はどんな王なの? 王国の人たちが求める救いとは何?」
ルイーズは目を細めてラフィーナを見ると、王国の騎士へと視線を移し、それをさらに上げた。遠くを眺める目に強い太陽が映った。
「私たちの皇帝が春の柔らかな太陽だとすると、あなたのお父君はこの太陽だ」
ラフィーナも顔を上げて強い光を放つ太陽を見た。意識せず、眩しさに目を細めた。顔をジリジリと焼かれる感覚が一層強まる。
「容赦無く降り注ぎ、全てを焼き尽くすような、強い光」
ラフィーナは顔を下げ、目をきつく閉じた。瞼の裏に光が残っていてくらくらする。
「それが悪いわけではない。民を導くには強い光も必要だ。だが、守るべきものを焼き尽くしてしまっては道理ない」
目を開けてもまだそこにはぽっかりと深い闇が映っていて、見上げたルイーズの顔はよく見えなかった。
「焼き尽くしているの?」
「先の戦争ののち、帝国は国の復興に尽くしてきた。だが王国は資金のほとんどを軍備に費やしたと聞く。民は家族を失い、今の暮らしもままならないだろうね」
帝国の街の人は皆笑っていた。戦争があったことなどほとんど感じさせず。それがエリオスの方針? ならば王国の人たちは? ……想像がつかない。
「王国側は騎士も兵もいい装備をつけている。だが彼らは自分たちが何の為に戦っているのか知らない。言われるがままに戦場に駆り出された人たちだ」
ラフィーナの存在すらも知らなかった騎士を思い出した。父が自分を求めて戦をしているのなら、戦場に立つ人がその理由を知らないことにも頷ける。
「ラフィーナ様の魔法があれば、王国は帝国を下し、他の国をも呑み込み、いつか強大な国になるだろう。だが」
「ルイーズ様」
唐突にクレイトスが言葉を遮った。ラフィーナもルイーズもクレイトスへと視線を向ける。もう強い光は目に残っていなかった。クレイトスは微笑む。
「ご無礼をお詫びいたします。ですが、それより先の言葉はどうか心の内におしまいください」
ルイーズは「ははっ」と笑った。
「主従とは似るものだな。ネストル様の言いそうなことだ」
クレイトスがラフィーナを見る。
「この先を決めるのはラフィーナ様です。他者の言葉ばかり聞いていては、ラフィーナ様が呪縛から解き放たれることはありません」
穏やかな笑み。だがそこにネストルの姿が見えた。覚えず口元が緩む。笑みを浮かべたラフィーナを見て、クレイトスは意外そうに目を瞬かせた。
「本当、ネストル様が言いそうだわ」
チリン、と鈴が鳴った。それはまるで抗議のようで、脳裏に眉をひそめたネストルの顔が浮かぶ。ふふっと笑いがこぼれた。
ラフィーナは視線を遠くの王国の騎士へと向ける。
「……分かっているわ。ちゃんと、分かっている。ネストル様が教えてくれたもの」
全てを灰へと変えてしまいそうな太陽。ラフィーナはその眩しい光に目を細めた。汗が噴き出て髪が張り付く。喉が渇いたわ、と思った。




