表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
83/101

83.自覚

 木々のざわめきを耳に、ラフィーナはそのまま目を閉じた。少し離れたところにネストルの気配がする。背中に感じる草の柔らかさと温かさに眠気が襲って来た。風が木々を揺らす度に変わる瞼の明るさが少し面白い。室内ではできない体験だ。



「どうすれば魔法が使えるようになるの?」



 サク、と草を踏む足が止まる気配がした。



「魔法は持って生まれるもので、基本的に物心がつく時には使えるようになる。だがミルヴェンの魔法は特殊だ」



 静かな声が淡々と説明する。目を閉じたまま聞いていると子守唄のようにも聞こえてきた。



「精神の成熟と共に目覚めると聞いているが、明確な基準はない。他者と自己の境界を理解した時、他者に深く共感した時、他者を尊重することを知った時、強い感情の揺れがあった時、恋をした時。歴史を見るとそれは様々だ。だが例外なく15の年までには皆目覚めている」



 目を開けた。15歳?



「わたくしはもう17歳よ?」



 歴史が間違っているかそもそも自分にはそんな魔法はないのでは。そう思ったがネストルはこともなげに言った。



「例外なのだろう」



 目だけでネストルを見る。何を考えているのか、木の幹を見つめる横顔が見えた。冷たい表情に先ほどの涙は錯覚だったのではないかとまで思う。



「お前の魔法は目覚めかけている。感情は溜め込むな。特に負の感情はよくない」


「どういうこと?」



 寝転がったまま首を傾げる。葉の間をすり抜けた太陽が目を刺した。



「魔力はお前の一部だ。お前の感情に伴って動く。それはお前の望む結果になるとは限らん」



 その言葉でミルヴェンの当主を思い出した。あの時、恐らく自分は魔法を使ったのだろう。精神を操る魔法。自分はあの場で当主に死の命令を下した。魔法を扱いきれない自分はそれを止めることもできず、結果があれ。


 吐き気がした。起き上がる。ネストルはラフィーナから目を逸らし、呟いた。



「俺は母を殺した」



 立ち上がろうと立てた足が一瞬止まった。知っている。皆が噂をするから。でもそれをネストルの口から聞くとは思わなかった。少し驚きながらも立ち上がる。敷物から足を出すと柔らかな草が足をくすぐった。



「5つの時だった。怒りに魔力が抑えられず、それを止めようとした母が死んだ。俺の魔法が母親の体を押し潰した」



 だからなのかしら、と思う。ネストルはいつも冷たい顔をしている。まるで何も感じていないというように。感情などないというように。



「魔法とは恐ろしいものだ」



 隣で立ち止まると、ネストルは顔を逸らした。だがラフィーナから離れようとはしなかった。



「お前を俺と同じにはしたくない。制御を失うな」



 ネストルはラフィーナを見て手を差し出した。ラフィーナは目の前の手を見て、その意図を考える。少ししておずおずとそこに手を重ねた。



「魔法とは魔力が変化したものだ。お前の意思で動かし、お前の意思で止めろ」



 ネストルに触れたところから何かが押し込まれているような、引き出されているような感覚があった。体内で蠢く何か。先ほどネストルが魔力とだと言ったそれだった。思わず眉間に皺がよる。



「今動いているのがお前の魔力だ。覚えておけ。全てはそこから変化する」



 覚えておけと言われても忘れられる感覚ではない。離れた手を見る。もうすっかり落ち着いた見えない感覚に、ラフィーナは不思議に思いながらネストルを見た。



「わたくしが魔法を使えるようになれば、ネストル様のお役に立てるの?」



 ネストルは眉をひそめた。不快にさせただろうか。



「魔法などいらぬ。お前の価値はそこにはない」



 ふいを顔を背けたネストルは広がる敷物を見た。籠が浮き、魔術具が浮き、敷物が浮き……空中で畳まれるそれを見る。すぐに敷物も魔術具も籠の中へと納まった。草の上に静かに着地するそれを眺める。



「お前は何を望む」



 横を見るとネストルがこちらを見ていた。ラフィーナは首を傾げる。質問の意図がよく分からない。



「これから先お前はどうしたい。父の元へ帰りたいか。このままここにいたいか。それとも全く知らない地へ行きたいか……」



 その瞳が真っ直ぐで、まるで吸い込まれてしまいそうだと思う。



「ここにいたいならいればいい。知らない地へ行きたいなら連れて行ってやる。父の元へ帰りたいなら帰らせるし、そこに俺を望むなら一緒に行ってやる」



 何を言われているのだろう。ネストルは何を言っているのだろう。



「お前が望むなら俺は全てを捨てる。兄上も帝国も全てを裏切る。全て、お前の望むままに」



 分からないわ、と口から漏れた。分からない。ネストルが何を考えているのか。試されているのだろうか。それとも本心なのだろうか。分からない。


 胸が締め付けられる。自分が感じているこれが嬉しさなのか、恐怖なのか、痛みなのか、それすらも分からない。



「どうして、」



 小さな声しか出なかった。



「どうして、ネストル様はわたくしの為にそこまでしてくれるの?」



 こちらを見つめる瞳を見返す。ネストルは目を逸らさずに答えた。



「お前の美しさを守りたい」



 それだけだ、と。分からない。そんなことでエリオスや帝国を裏切るなど。


 もう一度、ラフィーナの口から分からないわ、と漏れた。



「わたくしはわたくしの望みが分からない。でも……お父様に会いたいわ。会って、お話しして、それから考えたい」



 ネストルと共にいたい。父への疑念はそれを決断させるには充分過ぎるほどで。だけどあの幸福な日々を、美しい箱庭を否定することは、今のラフィーナにはまだできない。


 ネストルは頷くと、地面の籠を浮かせて右手に持った。いつのまにか左手には剣が握られている。


 もう帰るのかしら、と思うと同時に、ネストルは「クレイトス」と呼んだ。首を傾げる。木々の間からクレイトスが音もなく現れた。



「クレイトス……! 驚いたわ。いつからいたの?」


「たった今です。驚かせてすみません」



 クレイトスはそう言って微笑んだ。ネストルは不満そうに顔をしかめる。



「無駄に気配を消すな」


「おや、常に消しているネストル様がそれをおっしゃいますか?」



 舌打ち。「帰るぞ」とネストルは木々の間へ足を進めた。



「ゆっくりお話はできたようですね」



 クレイトスは微笑む。どうして分かったのだろう。ラフィーナが目を丸くするとクレイトスはふふっと笑った。



「晴れやかなお顔をされておいでです」



 お二人とも、と加えられた言葉にラフィーナはネストルが消えた方向を見た。あのネストルの顔を見て何か読み取るとは……ラフィーナにはできない芸当だ。



「……どうしてネストル様はあんなにも優しいのかしら」



 ポツリと呟いた。



「多くの痛みを知ってられますから」



 クレイトスはそう言って、ただ、と苦笑する。



「短気なのが玉に瑕ですがね」



 ああ、と思わず声が出てしまった。それで何かを察したのか、クレイトスが笑みを凍りつかせる。



「あ、違うのよ、いえ……違うわけでもないのだけど……」



 怒っているのはネストルだけど怒らせているのは自分だ。自覚はある。だってネストルの言うことはいつも自分の為の言葉だから。


 クレイトスは「やっぱり」と天を仰いだ。



「すみません、一緒に残ればよかったかもしれません」


「いいの」



 クレイトスがいたらネストルはきっと何も話してくれない。自分たち以外の誰かがいる時はいつもツンツンしているから。



「あんなふうに怒ってくれるのはネストル様だけだから」



 ラフィーナの顔が綻ぶ。皆優しい。だけどその優しさ故に自分に気を遣ってくれているのが分かる。いつも本音で話してくれるのはネストルだけ。



「だからわたくしはネストル様が好きなのよ」



 自然と言葉が出た。クレイトスが目を丸くする。その顔を見てラフィーナは少し笑った。



「行きましょう。早く行かないとまた怒られちゃうわ」



 脱いだままにしていた靴を拾い上げる。口にして実感した。


 これが恋だわ。


 ラフィーナは裸足のまま、足取り軽くネストルの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ