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8.仲良く

「ジジョ、おま……あなた喋れたの?」



 つい「お前」と言おうとして言い直した。ジジョは喋れないってお父様もお兄様も言っていたのに、と思う。ジジョは振り向いてラフィーナに笑みを向けた。



「いいえ、つい先ほど声をいただきました」


「そうなの……」



 声とは誰かに貰うものだったのか。自分も誰かに貰ったから喋ることができ、ジジョは今まで貰わなかったから喋れなかったのか。そう納得していると、ジジョはエリオス達に向き直り、頭を下げた。



「大変申し訳ありません。後ほどお話に伺います。どうかここはご容赦ください」



 ジジョが喋るなんて不思議な感じね、と思いながらそれを眺める。エリオスは静かな声で答えた。



「謝罪の必要はないよ。彼女に怒っているわけではない。話は急がないから彼女の服を整えてやってくれ。今日はもう失礼するよ」



 エリオスの隣でネストルが舌打ちをし、踵を返す。ラフィーナはそれをぼんやりと見ていた。ふとエリオスと目が合う。穏やかな微笑みが浮かび、ラフィーナの胸がじんわりと温かくなった。



「ラフィーナ王女、ここでは遠慮しなくていい。どうかくつろいでおくれ」



 エンリョ。クツロイデ。意味が分からず首を傾げると、エリオスは眉を下げて笑み、部屋を出て行った。扉の向こうから聞こえる二人の声が遠ざかって行く。ラフィーナには分からない言葉だった。クレイトスも出て行き、部屋の中に残ったのはラフィーナとジジョとタリアのみ。


 タリアが布団から手を離す。サラリと肌を滑る布の感触。それはラフィーナの肩にかかったままはだけた。



「もう、びっくりしたでしょ。女の子は男に肌を見せちゃ駄目なのよ」



 タリアがそう言って笑う。ジジョは何も言わず衣装ダンスを開けた。ラフィーナはなんと言っていいのか分からず、視線を落とす。そして自分がまだタリアの手を握っていたことに気が付いた。



「申し訳ありません」



 慌てて手を離すとタリアは「いいよ」と言いながら、再びラフィーナの手を握った。



「ごめんね、ネストル兄さまは誰に対してもあんな感じなの。悪い人じゃないから怖がらないで」



「怖がらないで」は「安心して」と同じ意味。そう考えながら頷いた。ぱっと手が離れ、タリアがベッドを降りた。



「とりあえず服着なよ。言っておくけど、そんな変なマナーなんてないからね。嘘教えられたんだよ」


「うそ……」



 聞いたことのある言葉。でもはっきりとした意味は分からない。呟きながらラフィーナはベッドを降りた。布団が落ち、ラフィーナの肌は全て露わになる。髪がパサリと肩から落ちた。


 ジジョに差し出された下着と服を身に付けていると、椅子に座っているタリアからの視線を感じた。視線を向けて首を傾げる。タリアは視線をラフィーナの体に向けたまま言った。



「びっくりだわ。ほんとにうちの色なんだもん」



 タリアは自分の結った髪の先を指でつまむ。どうやらタリアの視線は垂れた髪に向けられていたらしい。見比べるようにラフィーナと自分の髪を交互に見て、にっこりと笑った。



「それに肌も白くて可愛くて、お人形さんみたい」



 ラフィーナもつられるように口角が上がる。ジジョの手に服を整えてもらいながらタリアを見る。口を開いて、何と呼べばいいのか、何を言えばいいのか分からず閉じた。ジジョが小声で「タリア様です」と教えてくれる。



「タリア様」



 そう声に出して自然と頬が緩んだ。人の名前を呼ぶのって温かいのね、と思う。服が整い、ジジョに言われるままタリアの向かいの椅子へと座った。



「ねえ、王女さまってもうすぐ16歳なんでしょ?」


「ええ」



 静かな笑みを浮かべて頷くラフィーナに、タリアは無邪気な笑顔を向けた。さっきも思ったが、タリアが笑うと部屋が明るくなる。



「私この冬に15になったの。このお城には同じくらいの子っていないのよね。仲良くしてくれる?」


「ナカヨク……?」



 首を傾げるとすぐにタリアは言った。



「一緒にお茶を飲んだり、お喋りしたり、遊んだりすることよ」


「お茶、お喋り……」



 それはジジョやばあやと二人で過ごすのと同じような時間だろうか。穏やかで静かで落ち着く時間。タリアとそんな時間を過ごす。そう思うとラフィーナは心が躍った。その思いはすぐに消える。



「……だけどわたくしは分からないことばかりだわ」



 何も知らない。分からない。物の名前も言葉の意味も。ちゃんと話をすることもできない。クレイトスだって困っていた。分かっている。


 タリアの冷たい顔は見たくない。この晴れやかな笑顔が消えるところは見たくない。



「そんなこと気にしないで」



 タリアはからりと笑った。



「分からないなら聞けばいいの。あたしが教えてあげるから。何でも、何回でも、教えてあげる」



 新しい言葉を知ることは嬉しいこと。だけどそれはいけないこと。ラフィーナはタリアの言葉に喜びつつも、息苦しさを感じた。うまく笑顔が浮かべられない。その時、「ラフィーナ様」と呼ぶ声があった。



「大丈夫ですよ。お父様やお兄様はラフィーナ様が新しい言葉を覚えると喜ばれます」


「だけどお父様は冷たいお顔をされたわ。お前は何も知らなくていい、と」



 そう言って微笑んだ父。何も教えてくれない父。そんな父が自分が新しい言葉を覚えることを喜ぶとは思えない。ジジョは笑顔で自らの胸に片掌を当てた。



「その時はご機嫌が悪かったのでしょう。大丈夫です、このジジョが保証します」



 キゲンもホショウもよく分からない。でもジジョの笑顔を見るとラフィーナは自然な笑顔を作ることができた。



「これからよろしくね、姉さま」



 タリアはにっこりと笑って、ラフィーナに右手を差し出した。

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