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7.間違ったマナー

 コンコン、とノックの音にラフィーナの体がビクリと揺れた。扉の開く音に合わせて座ったままゆっくりと頭を下げる。体が強張っている。心臓が早く打つ。


 足音がいくつか聞こえ、ラフィーナは頭を下げたまま口を開いた。しかし声は出る前に遮られる。



「ええぇぇぇ!?」



 高く、大きな声だった。驚いて顔を上げると、扉の前に3人立っていた。驚きを顔に浮かべる少女。困ったような微笑みを浮かべているおっとりとした雰囲気を感じさせる男。それから、ラフィーナと同じ色を持つ、鋭い目のあの彼。


 皆銀色だわ、とラフィーナは思う。でも少し違う。男は白が多い銀だし、少女は黒が多い銀。銀色にも色々あるのね、と思った。



「……これはどういうことだい?」



 その落ち着いた声と同時に、少女が慌てた様子でラフィーナに駆け寄った。高い位置で結んだ2つの髪が動きに合わせて揺れる。



「な、なんで服着てないの……!?」



 少女は薄い布団を手繰り寄せ、ラフィーナを包んだ。素肌にサラリとした布を感じ、その心地よさに少し頬が緩んだ。ラフィーナは微笑みを浮かべたまま首を傾げる。思っていた反応と違う。兄は自分が服を着ていたら冷たい顔をしたのに。


 布団が落ちないように、ラフィーナの胸元でしっかりと持つ少女。ラフィーナはただされるがままになっていた。



「お前、どういうつもりだ」



 突然、責めるような声がラフィーナを刺した。視線をそちらに向けると冷たい顔が見えた。笑みが消え、手が震え、布団の中でサラリとした布をぎゅっと握る。あの顔は嫌。



「私達を愚弄しているのか? それとも体を使って取り入るように父親に言われたか?」



 冷ややかな声に体が竦んだ。この人を前にすると自分が小さくなったような感覚がする。これはなんだろう。



「ネストル」



 俯いたラフィーナの耳に穏やかな声が届いた。



「そんな言い方をしてはいけないよ」



 顔を上げるとおっとりとした男が冷たい顔の彼を見ていた。彼ははあ、と息を吐く。あれは知っている。ため息。父が困った時にしていた。この人は困っているのかしら。だから冷たいお顔なのかしら。



「ラフィーナ王女、僕はエリオス・エレンシア。この国の皇帝だよ」



 皇帝。この人が。



「こちらはネストル、その子はタリア。僕の弟と妹だ」



 冷たい顔の彼がネストル。ラフィーナを布団で包んだ少女がタリア。言われて、それが先ほどクレイトスに聞いた“名前”なのだと理解した。



「よろしくね」



 タリアがラフィーナを包む布団から手を離さずににっこりと笑う。瞬間、ぱっと部屋の中が明るくなったような気がした。



「ヨロシクネ……?」



 それはどんな意味の言葉だろう。ラフィーナは小さく呟いて首を傾げた。エリオスは「それで」と笑みを浮かべてラフィーナを見る。



「どうしてそのような格好を?」



 どうしてと問われる理由がラフィーナには分からず、また首を傾げた。



「お部屋にお父様以外のお客様を迎える時は、服を脱いでベッドで迎えるのがマナーでしょう?」



 ラフィーナがそう言った時、部屋の中の空気が変わった。ピリッとしたものを肌に感じる。同じベッドに座るタリアが息を呑んだのがラフィーナにも分かった。


 その時、開いたままだった扉からクレイトスが入って来た。ラフィーナは少しほっとしてクレイトスを見る。クレイトスは優しいから。


 クレイトスはすぐに部屋の中の様子がおかしいことに気が付いたようで、ラフィーナに視線を向けた。そして天を仰いだ。



「ラフィーナ王女、どなたがあなたにそのようなマナーを教えたのか聞いても?」



 エリオスの柔らかな声にラフィーナはまた首を傾げる。



「ドナタ……?」


「誰がお前にそれを教えたのだ、と聞いている」



 鋭い声が重ねるように言った。ビクッと体が揺れ、だけど理解することはできた。



「お、お兄様が……」



 出た声は震えていた。異様な空気の中、ラフィーナは助けを求めるようにクレイトスへと視線を向ける。



「クレイトス、わたくしはまた何か間違えてしまったの?」



 困ったような笑みを浮かべるラフィーナに、クレイトスは硬い笑顔を向けた。



「いいえ、ご安心を。王女殿下の責任ではございませんよ」



 でも冷たいお顔だわ、と思う。エリオスもネストルもタリアも、笑顔はなく冷たい顔で自分を見ているのだ。何がなんだか分からないラフィーナにもそれが心地よいものではないことはわかる。



「……申し訳ありません。侍女を一人でも残しておくべきでした」



 小さく付け足されたクレイトスの言葉に答えたのはネストルだった。



「こんな話聞いていなかったからな」


「言えるわけがないだろう。彼女の尊厳に関わることだ」



 柔らかかったエリオスの声も微かに硬い。ネストルが深いため息をついた。



「お前の兄はお前に何をした」



 クレイトスが慌てた様子でネストルを見る。



「ネストル様、それは」


「黙っていろ。事実を確認するだけだ」



 クレイトスの言葉を遮ってネストルが言った。鋭い目に貫かれ、ラフィーナは思わずタリアの手を握る。理由は分からない。だけど嫌な人だ、と思った。この人の目に見られると胸が締め付けられるようで、体が動かなくなって、声も上手に出せない。



「まさか兄という言葉すら知らないとは言わないだろうな?」



 何も言えないでいるとネストルが眉をひそめてそう言った。それはラフィーナにも分かる。父が兄の話をする時に「兄」と言っていたから。


 だけど何が駄目だったのか分からない。ラフィーナは教えられた通りにしただけ。なのにここの人たちは冷たい顔をしている。


 ラフィーナはコクリと唾を飲み込んで口を開いた。



「お、お兄様は」


「お待ちください……!」



 ラフィーナの発した声は部屋に飛び込んで来た誰かによって遮られた。



「申し訳ありません。私が話します。ですからどうかラフィーナ様にそれ以上のことは……!」


「ジジョ……?」



 部屋に飛び込み、ラフィーナを庇うようにネストルとの間に立った後ろ姿。それは喋ることのできないはずのジジョだった。

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