74.剣
『ネストル兄さまとルイーズ義姉さまが剣のお稽古するんだって。一緒に見に行かない?』
タリアが部屋に訪れたのは翌朝、起きたばかりで身支度を整えただけの、朝食も食べていない時間だった。
『あの2人が一緒にお稽古するのって珍しいんだよ。2人ともすっごい強くてすっごいかっこいいんだぁ』
目を輝かせてそう言うタリア。ラフィーナはイリスへと視線を向けた。もうすぐ朝食の時間だ。今行ってもいいものなのか。イリスはラフィーナの言いたいことを察したのか、頷いて靴の準備を始めた。
『すぐに準備するわね』
椅子に腰掛けて靴下を手に取る。その間もタリアはずっと喋っていた。
『ルイーズ義姉さまの魔法は体を強くするの。ちょっとくらいだったら怪我をしなかったり、速くなったり、力が強くなったり。騎士団で敵う人なんてほとんどいないんだって。それでエリオス兄さまの護衛騎士にまでなったんだからすごいよね。結婚の話が出る前だったから完全に実力なんだよ』
ラフィーナが口を挟む隙を与えずタリアは続ける。
『ネストル兄さまは魔法がなくても剣が上手で、魔法を使ったらもう誰も勝てないの! でも兄さまの魔法はちょっと反則な気がするから、兄さまも実戦以外ではあんまり使わないらしいんだけどね。でも魔法がなくても騎士団の副団長になれるくらいは実力があるんだってエリオス兄さまが言ってた。すごいよね』
澱みなく出る言葉。明るい声。靴下と靴を履き、『ええ』と同意しながら立ち上がると、タリアはきょとんとしてラフィーナを見た。
『姉さま、なんか楽しそうだね』
その言葉で頬が緩んでいることに気が付いた。気が付いた途端、自然と上がっていた口角がさらに上がる。
『タリア様が楽しそうなのだもの。本当に皆様がお好きなのね』
ラフィーナにつられるようにタリアの顔にも笑みが広がっていく。
『うん! 姉さまもでしょ?』
『ええ、大好きよ』
タリアの言葉に頷くと、タリアは『行こ』とラフィーナの手を引っ張った。
イリスと扉の外に立っていたゼノンと、4人で歩いていると、どこからか甲高い金属音が聞こえてきた。背筋を何かがなぞる感覚があり、体がふるりと震えた。角を曲がる。ふわりと風が頬を撫で、目の前には広い空間があった。
たくさんの騎士の姿。誰もが一点を見ており、ラフィーナの目もそこに引き付けられた。交差する剣。空へ突き抜けるように響く音。前だけを見る引き締まった冷たい横顔。
ぞくりとした。鳥肌がたった腕をさする。
『ちょうどよかったね』
タリアの囁きに、ラフィーナはそこから目を離さずにただ頷いた。ネストルとルイーズ。2人がいかに剣を得意とするかはここへ来る間にタリアやゼノンから聞いた。だけど言葉では表せないものがそこにある。
これまでも何度か見たことのある青く冷たく光る刃。命を奪う怖いもの。そう思っていた。しかし今、目の前のそれは違う。
『……綺麗』
思わず口から溢れた。太陽の下で輝く刃は目では追えないほど速く、きらりと反射する光が目を刺すたびに、剣が合わさり高く音が響くたびに、その動きをラフィーナへ伝える。
瞬きすらも忘れ、見入っていた。
「おはようございます、ラフィーナ様」
突然聞こえた声に意識が引き戻された。声の方を見る前に、目の前に長い影が落ちる。隣で止まった影は、長い物を手に持っていた。
「クレイトス、おはよう。何を持っているの?」
そう言いながら視線を上げて、目に入ったのは剣。クレイトスはラフィーナの視線に気が付き、少しだけ剣を上げて見せる。穏やかな笑顔と剣。それがあまりに釣り合っていなくて、ラフィーナは目を丸くした。
しかし少し考えて思い出した。クレイトスは強いのだとタリアが言っていたこと。それからネストルを守るのもクレイトスの仕事だと言っていたこと。
「クレイトスも騎士なの?」
「違うよ」
答えは反対からあった。
「魔法が使えないと騎士にはなれないんだよ。その辺の騎士よりもクレイトスの方が強いのに、馬鹿な決まりだよね」
不満そうに口を尖らせるタリアがいた。その後ろでゼノンが苦笑している。ラフィーナはもう一度クレイトスを見上げた。目を細めて眩しそうにネストルを見るその横顔は穏やかで、正直に言うとあまり強そうには見えない。
もう一度前方へ顔を向ける。先ほどよりは冷静な頭でそれを見た。騎士と同じ白い服に身を包んだネストル。白と銀が太陽に煌めいて眩しい。
途端、ネストルが地面を蹴って後ろへ跳んだ。あら、と思う。ルイーズから距離を取ったネストルが剣を下げたのだ。しかもそれまで前に向いていた視線は下に。しかしルイーズは気が付かないのかその距離を詰めーー目が大きく見開かれた。
『ちょっとあれやばいんじゃない?』
タリアの焦った声。ルイーズの剣は止まらない。目の前の光景に声が出なかった。周りで見ていた騎士達もざわつく。あのまま剣が止まらなければネストルはーー。
瞬間、影が動いた。鋭く重い音が一際大きく響き、静寂が訪れた。
何が起きたのか、ラフィーナには理解できない。目の前には視線を落としたままのネストルと、驚いた表情のルイーズ、それからネストルの前で、剣を払った体勢のままのクレイトスがいた。
まるで時が止まったのでは、と思った。最初に動いたのはクレイトスだった。右手の剣を左手に持った鞘へ納める。そしてゆっくりと頭を下げた。
『ご無礼申し訳ありません』
『あ、いや、助かったよ。止められなくて』
ハッとした様子で答えるルイーズ。場内に音が戻った。控えめなざわめきと、タリアがほっとしたように息を吐く気配。
ラフィーナは誰もいない隣の空間を見た。クレイトスはついさっきまでここに立っていた。遠くはないとは言っても近くもない距離。それをルイーズの剣がネストルへ届く前に詰めた。
ここから、あそこまで……。
信じられない気持ちでクレイトスを見つめる。視線に気が付いたクレイトスはにこりと微笑んだ。




