51.嘘
部屋から出てはいけないと言われた一昨日から、部屋には常にイリスか他の侍女がいる。それは夜中も例外ではなく、見張りとも言える状態だった。
かと言ってラフィーナはそれを苦痛には感じない。常に話し相手がいると思えば楽しいし、花はまだ枯れていないので部屋から出る用事もない。ただ、交代とはいえ、夜も眠らずそこにいる侍女を心配するくらいで。
そんな中タリアが訪ねて来た。
『見て見て、姉さま。花が綺麗に咲いてたよ』
両手いっぱいに抱えた花を嬉しそうにラフィーナに見せるタリア。近寄ると甘い香りが鼻をくすぐった。色とりどりの花々に頬が緩む。
『まあ、こんなにもたくさん! とっても綺麗ね』
『でしょう?』
にっこりと笑ったタリアは、花をイリスへと渡す。ラフィーナはそれを見ながら少し不思議に思った。
タリアは頻繁にラフィーナの部屋に来る。しかしこれまで花を持って来たことなど一度もない。もしや部屋から出られない自分の為にわざわざ摘んで来てくれたのだろうか。なんて優しい方なの、とさらに嬉しくなった。
『今摘んできたばかりだから、元気なうちに早く活けてあげて』
『はい、ただいま』
イリスが笑顔で頷く。部屋から出て行こうとするイリスを、タリアは『ごめん』と呼び止めた。
『あたしの部屋にすっごい綺麗な花瓶があるの。姉さまに似合いそうな藤色の花瓶なんだけど、持ってくるの忘れちゃった』
えへ、と笑うタリア。
『悪いんだけどイリス取りに行ってくれない? あたし達ここでお話ししてるから』
『かしこまりました』
藤色の花瓶。タリアが言うのだからきっとすごく綺麗なのだろう。楽しみだわ、と心が躍る。イリスは笑顔で頷き、両手いっぱいに花を抱えてまま出て行った。部屋の中にはタリアと2人だけ。
『わたくしお茶を淹れるわ。タリア様も座ってちょうだい』
あんなにも花がたくさんだったらきっと時間がかかるだろう。今この部屋の侍女はイリスを含めて3人しかいない。夜の間起きていた1人は休んでいるだろうし、朝のこの時間は忙しいのでもう1人も手は空いていない。
そう思って立ち上がったのだが、タリアは立ったまま、『ううん』と首を振った。
『エリオス兄さまからの伝言を伝えに来たの。もう外に出ていいって』
嬉しそうに言うタリア。
『あら、そうなの? 早いのね』
イリスは最低でも5日は部屋で過ごすことになるだろうと言っていたのに。しかしタリアが言うのなら間違いないだろう。
『だから一緒に街に行かない? 天気がいいから気持ちいいよ』
『ええ、すぐに準備するわ』
ラフィーナはお茶を淹れようとしていた手を止めて靴の準備を始めた。街へはもう何度も行っているので、人の量にも賑やかなことにもすっかり慣れた。街の人たちとも少しだけだけど話ができるようにもなった。誘われて断る理由はない。
それにタリアも街へは頻繁に行っているようで、街の人たちと仲がいい。タリアと一緒に行くと、街の人たちとの交流が気軽にできて楽しいのだ。
準備を終えるとタリアは『じゃあ行こう』とラフィーナの手を握った。そのまま部屋を出て廊下を歩く。
『タリア様、待って。イリスに言って行かないと心配をかけるわ』
『大丈夫だよ、伝言頼んでおくから』
タリアはそう言って笑う。それならいいか、とラフィーナもタリアに引っ張られるままに歩いた。
繋いだタリアの手は汗をかいている。それは別に気にならない。だけどまるで何かから逃げるように前だけを見て早足で歩くことが気になった。
廊下を歩き城を出て、準備されていた馬車へと乗り込む。馬車の振動に少しのくすぐったさを感じていると、タリアは『実はね』と切り出した。その顔には珍しく笑みが浮かんでいない。
『姉さまが外に出る許可はまだ降りてないの』
『え……?』
思わぬ言葉にラフィーナは目を瞬かせた。向かいに腰掛けたタリアは『ごめんね』とどこかしょんぼりしているように見える。
『わたくしはまだ外へ出てはいけないということ?』
『うん、あたしが嘘ついた』
ガタガタと揺れる馬車は止まらない。窓の外へ目を向けるともう既に城の門を出ているようだった。
『あたしね、姉さまがしたことって悪いことだと思わないの』
タリアは控えめに唇を尖らせる。不満をあらわにした顔を見て、ラフィーナは発するべき言葉を探す。
毒を盛ったことがいけなかったのだということは分かっている。ではどうしていけないのか。イリスに聞いたら死ぬことはいけないことだからと言われた。でもまだ分からない。どうして死ぬことはいけないことなのか。
だからなんと言えばいいのかよく分からなかった。ラフィーナにはエリオス達の考えもタリアの考えもちゃんと理解することができない。ただ出てはいけないと言われたから従っていただけで。
『だって姉さまのお兄様は姉さまの嫌なことをずっとしてきたんでしょ? それなら姉さまがいなくなって欲しいって思うのは当たり前だと思うし、それで姉さまが悪いことしたみたいに扱われるのって嫌だなって思ったの』
タリアの不満そうな、だけど一生懸命な顔。胸の中がじんわりと温かくなる。あの時、皆から責められていると思ったけれど、少なくともタリアはそうではなかったらしい。
『兄さま達のことは尊敬してるけど、今回はあたし納得できない。だから……巻き込んでごめんね』
それで花を持って来て、花瓶のことを話してイリスを遠ざけたのか。そう納得した。しゅん、と肩を落として謝るタリアに、ラフィーナは笑みを向けた。
『いいえ。タリア様はわたくしのことを想ってくれたのよね。嬉しいわ。ありがとう』
そう言うと、タリアはパッと笑顔を浮かべた。その明るい表情にラフィーナもつられる。
『帰ったら一緒に怒られましょう』
エリオスの困った笑み、クレイトスの諭すような顔、そしてネストルの凍るような冷たい目が頭に浮かぶ。
ラフィーナの言葉にタリアは『うん』と笑顔で頷いた。




