48.報告
クレイトスに運ばれた先はラフィーナの部屋だった。中へ入るとイリスとタリアがいて、抱き上げられているラフィーナを見て驚いた表情を浮かべた。
「姉さま! どうしたの!? 足怪我したの!?」
「ほんの少しよ」
駆け寄って来るタリアと、焦った様子で部屋を出ていくイリス。クレイトスがゆっくりとラフィーナを椅子へ下ろし、自らは床へ膝をついた。
「失礼いたします」
「大丈夫よ。そんなに痛くないわ」
伸ばされたクレイトスの手を避けるように足を上げる。少しヒリヒリするくらいで大した痛みじゃない。少し経てば治る。
「いけません!」
クレイトスらしからぬ鋭い声にピタリと動きが止まった。
「……申し訳ありません。ですが手当をさせてください。でなければ私はネストル様に酷く怒られてしまいます」
クレイトスは顔を上げずに言い、丁寧な手付きでラフィーナの足に触れる。真っ白なタオルがお茶と血で濡れた足を包んだ。
「……ねえ、何かあったの?」
タリアが不安そうにクレイトスを見た。触れるタオルに足がヒリヒリする。白い布に赤いものがついているのが見えた。
「……もうすぐエリオス様が来られます。お話はその時に」
「エリオス兄さままで来るって……そんなの嫌な話確定じゃない」
タリアが嫌そうな顔をした。扉が開き、イリスが戻って来た。その手には手当ての為の道具が入った籠があった。
「イリス殿、何度も申し訳ありません。火傷の薬をもらって来てください。熱いお茶がかかってしまったので」
「……! はい」
もう一度イリスが出て行く。ティーポットの破片で切れた足。血の筋をなぞるクレイトスの手はどこかぎこちない。
「……嫌な話にならないよう、ネストル様を信じましょう」
硬い声。それはどういう意味かしら、と考える。話の流れからすると、お兄様が死ななかったら嫌な話にならない? 逆じゃないの?
「あ、姉さま、首も怪我してるよ。大丈夫?」
タリアの声にクレイトスが顔を上げる。その目が揺れる。先ほどのネストルと同じだと思った。
「あら、本当? 痛くないから気が付かなかったわ」
本当は少し痛かったけど、そう嘘をついた。そうしたらクレイトスは安心して笑ってくれるかと思って。
クレイトスは口元に笑みを浮かべた。しかしそれもいつもとなんだか違う気がして、ラフィーナはまた何か間違えてしまったのだ、と分かった。
お茶で濡れた服を着替え終えた時、こちらへ近付く足音が聞こえた。ゆったりとした足音。ひとつ、ふたつ。
「エリオス様だわ」
小さく呟くと、イリスが扉を開けた。
「失礼するよ」
エリオスはそう微笑んで入って来る。後ろにはいつもの騎士の姿。凛々しい女の人。その後ろから、一度外へ出ていたクレイトスも一緒に入ってきた。
「話は聞いたよ。ネストルはまだだね。お茶でも飲んで待っていよう」
エリオスはラフィーナへ微笑みを向け、向かいの椅子へと腰を下ろした。丸いテーブルに4つの椅子。エリオスとラフィーナの間にタリアが座る。
「ルイーズ」
エリオスの呼びかけに騎士の女性が応えた。
「君もかけなさい」
「……失礼します」
騎士ーールイーズが座って椅子は埋まる。ここの椅子全てが埋まるのは初めてのような気がする。なんとなく嬉しくなって頬が緩んだ。
コトリ、とクレイトスとイリスがお茶を置く。エリオスはそれを一口飲んでラフィーナを見た。
「ラフィーナ、怪我は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。元々少し痛いだけだったもの。クレイトスが大袈裟なのよ」
そう言うとエリオスはふふっと笑った。
「聞けばそれはネストルのせいだそうじゃないか。痕が残ればネストルは酷く落ち込む。大袈裟だとしても手当はさせておくれ」
柔らかな声。気が付くと頷いていた。エリオスは不思議だ。穏やかでゆったりとしている。ネストルのように怖くもないし、兄のように威圧感もない。だけどエリオスの言葉に逆らうことはできない。
カップに口をつける。淹れたのはクレイトスだろうか。イリスだろうか。自分の淹れたものと比べると、同じ茶葉から淹れているのが疑わしいほど味に差がある。
ああ、だけどさっきのお茶は上手くできた気がするわ。兄の為に淹れた兄だけのお茶。味を見ることはできなかったから、実際にどんな味だったのかは分からないけれど。
「ねえ兄さま、パーティーいつだったっけ? 前と同じドレスでいいかな? 新しく作ってみたんだけどちょっと微妙でさ」
タリアの明るい声を聞きながら、ぼんやりとお茶のことを考えた。
少ししてネストルと騎士が来た。パチリと騎士と視線が合う。この部屋を出た時はにこやかな笑みを浮かべていた彼は、硬い表情のまま不自然に下を向いた。
2人が机から離れたところで足を止める。
「お疲れ様、ネストル。早速だけど報告を頼むよ」
エリオスの穏やかな声にネストルは「はい」と答えた。
「昨夜城へ忍び込み、捕らえていたドラウゼン王国の王子、クレメンテ・シュレーゲルが、先ほど毒に倒れました」
タリアとイリスが息を呑む気配がした。クレメンテ・シュレーゲル。初めて聞く言葉。心の中で反復する。2度目でそれが兄の名前だと理解できた。
「危ういところでしたが、幸い解毒が間に合い、命は繋ぎ止めました。現在は医師と薬師がついて治療の途中です」
淡々と語られた言葉に、思わずため息が出た。エリオスは「そうか」と微笑む。
「よくやった」
包帯の巻かれた足を動かす。そうキツくない締め付けだけど、動かせば痛みが走った。
ネストルをじっと見ても目が合わない。元々よく目が合う人ではないが、ここまで合わないとなれば意識的に避けられているとしか思えない。
「待って、毒って何? まさか自分で飲んだんじゃないよね? 誰が?」
タリアの疑問。イリスの真っ青な顔が見えた。その視線はラフィーナに向いている。その顔を見て、やっぱり自分はいけないことをしたのだ、と理解した。




