27.銀の少年
ラフィーナはベッドの中で何度目か分からない寝返りを打った。静まり返った空気の中、窓から差し込む冷たい光を眺める。
ネストルはあの光に似ている。冷たく透き通っていて、暗闇を微かに照らしてくれるような。いや、違う。ネストルは照らしてなどくれない。
どうしたらいいのかと問うた自分に、ネストルは「お前の思うようにしろ」と言った。ネストルの言葉もエリオスの言葉も聞かなくていい、と。だけど分からない。何も分からない。
言われるままに離宮で育ち、言われるままにレガルディア帝国へ来て、言われるままに勉強し、婚約し、外へ出た。もしもこの先を誰にも示してもらえないとしたら。
ぞっとした。
パッと起き上がる。ゾクゾクする腕をさすると総毛立っていた。
「……怖いわ」
呟いた声が闇に溶けていく。
何故自分が狭い世界で生きてきたのか。これからどうしたらいいのか。父は本当に迎えにきてくれるのか。
考えても分からない。何も示してもらえない道は灯りのない暗闇を歩くよう。
イリスを呼ぼうかとベルに手を伸ばしたが、やはりやめてベッドを降りた。ネストルなら全ての答えを持っているだろうか。
そっと扉を押して廊下へ出ると、昨夜と同じぼんやりとした四角が床にいくつも落ちていた。この月の光のようにネストルが自分の行先を示してくれたらいいのに、と思った。
果たしてネストルの部屋へ辿り着くことはできなかった。昨夜の自分の足取りを思い出す。階段は一度しか降りていない。でもどこをどう曲がったか分からない。足を止めて周りを見ても同じ扉ばかりで。
何度か角を曲がり、明かりのついている部屋を探してみたがどこも暗い。ふと思った。その暗い部屋のどこかがネストルの部屋だったのかもしれない。
「もしかしてネストル様ももうお休みになられたのかしら」
あり得ない話ではない。どの部屋も明かりがついていないのだ。ネストルが昨日起きていたからといって今日もそうだとは限らない。
はあ、と小さくため息をついた時、
「ネストルはまだ寝ていない。あいつの執務室に行きたいのか?」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向いた。そこに自分よりも小さい影が立っていた。高くも低くもない声。誰かに似ているような気がする。
「ネストル様のお部屋を知っているの?」
ラフィーナは聞き返した。その影はラフィーナへ背を向け、歩き出した。
「こっちだ」
ゆっくりと歩きだした背中を追いかける。コツコツ、ヒタヒタ。足音が重なる。
「あなたはだあれ?」
ラフィーナのよりも小さな背丈。なんだか新鮮で、ラフィーナは物珍しい気持ちでその背を見た。
月の明かりがさし、ラフィーナは息を呑んだ。煌めいた髪。自分やネストルと同じ色。
ーー銀色はレガルディアにおいて皇族の証。
「私はシメオン。ネストル達の身内だ」
振り向いた彼はそう名乗った。歳の頃は10を過ぎたくらい。顔立ちは冷たく見える。
「ごめんなさい、敬語を使わないと……」
自分よりも目上の人には敬語を使うべき、と習った。確かレガルディア皇家の人は自分よりも偉かったはず。しかしシメオンは「必要ない」とまたラフィーナに背中を向けて歩き出した。その背を再び追いかける。
「この国はどうだ」
シメオンは足を止めることなく、振り返ることなく、静かな声で言った。似ている、と思うと同時にネストルの顔が脳裏に浮かんだ。そうだ、ネストルに似ている。声も、顔も。
「……よく分からないわ。華やかで賑やかで、わたくしには分からないことばかり」
前を歩くシメオンの髪が月明かりに煌めく。視線を落とすと自分の胸元でも同じ煌めきが見えた。
「……だけどここには同じ髪の人がたくさんいてなんだか嬉しいわ」
意識せず口角が上がり、明るい声が出た。シメオンは「そうか」とやはり静かな声で頷く。薄闇の中、少しの間足音が響き、前方に明かりの漏れる扉が見えた。
「もしかしてあそこかしら?」
「そうだ」
シメオンは足を止めて振り返る。「ありがとう」と笑うと、彼も微かに頬を緩めた。ネストル様が笑ったらこんな感じなのかしら、と思う。
「ラフィーナ、お前は母親によく似ている」
「え……?」
母親?
予想していなかった言葉にラフィーナは目を丸くしてシメオンを見た。しかしシメオンは「じゃあな」と言うとそのまま歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待っ」
呼び止めようとした時、背後で扉が開く音がした。振り返ると、廊下に長く落ちた明かりの中に誰かが立っていた。
「……お前か」
「ネストル様」
逆光で顔がよく見えない中でもそれがネストルだと分かったのは、あの全てを凍りつかせるような声のおかげだった。ラフィーナは眩しさに目を細める。
「こんなところで何をしている」
聞かれてハッとした。シメオンの去った方向を見る。しかしそこにはもう誰の姿も見えない。廊下の先は暗いばかりだ。
追いかけるか迷ったが、足を踏み出す前にため息が聞こえた。視線をネストルへ向ける。部屋へ戻ろうとする姿があった。
「入れ」
「……はい」
短い言葉に応え、ラフィーナ光の中へと踏み入った。




