24.きょうだい
ネストルに続いてタリア、エリオス、クレイトスが入って行く。ラフィーナは扉をくぐる前に立ち止まり、端から扉の数を数えた。
「いち、に、さん、……なな、はち」
「8個目ですね。覚えておきましょう」
イリスがそう言って微笑んだ。ラフィーナも「ええ」と頷く。しかしラフィーナはそもそもここへ来るまでの道を覚えていない。エリオスの執務室から2回曲がったところ。端から8個目の扉。それしか分からない。
「……お部屋からの道を紙に書いておけば迷わないかしら?」
小さく呟く。またここへ来ることができないと困る。せっかくレガルディアのお茶の淹れ方を教えてもらったのだから。
なんて考えていると部屋に入ったはずのクレイトスが出て来た。
「イリス殿もお入りください」
クレイトスはまずイリスにそう言った。イリスが部屋に入る。ラフィーナも続いて入ろうとした時、クレイトスが屈んでラフィーナの耳元に顔を寄せた。
「昨夜のことはどうか内密にお願いします」
小さな声で言われた内容にラフィーナは首を傾げた。
「どうして?」
「ネストル様は素直ではありません。皆様に冷やかされるようなことがあれば、あの方がラフィーナ様をお部屋に入れることはもうありません」
「ですので」とクレイトスは言って、口の前で人差し指を立てた。確かにもう入れてもらえないのは悲しい。ラフィーナもクレイトスと同じように人差し指を立てた。
「ないしょ、ね」
ふふっと笑うと、クレイトスもふふ、と笑う。なんだか少し楽しい。ばあやといた時を思い出す。おやつをたくさん食べた時、夜更かしをした時、今のようにばあやと「ないしょ」をした。
「おや、君たちは随分と仲がいいようだね」
掛けられた声に振り返るとエリオスが部屋の前に立っていた。中に入らないから様子を見に来たのだろうか。ラフィーナは笑みを浮かべて頷いた。
「クレイトスってばあやみたいなの」
「ほう?」
エリオスが興味深そうに先を促す。
「優しいし温かいし、なんでも知っているの。一緒にいたらすごく落ち着くわ。ばあやと同じよ」
「ははは、ばあやかい。よかったな、クレイトス」
可笑しそうに笑うエリオスはクレイトスの肩にポンと手を乗せた。クレイトスは苦々しい表情で肩に乗ったエリオスの手を払うようにどける。
「勘弁してください、エリオス様。私はまだ29です。それにラフィーナ様はそのようなおつもりでおっしゃったわけではありません」
「分かっているよ、ふふふ」
そう言いながらもまだ笑っているエリオスを見て、ラフィーナは何か変なことを言ったのかしら、と考えた。しかし分からないのですぐに思考を放棄した。
「クレイトスとネストル様もだけれど、お二人もとても仲が良いのね」
「僕たちは兄弟みたいなものだからね」
エリオスはそう言った。クレイトスも同意するように笑みを浮かべる。
「兄弟? ならばエリオス様達は三兄妹ではなく四兄妹だったの?」
知らなかったわ、と呟いたラフィーナを見て、エリオスはふふ、と笑った。
「兄弟みたいな関係なんだ。小さい頃から一緒にいたからね」
「血の繋がりはありませんし、厳密には兄弟ではありません」
エリオスの言葉をクレイトスが補完するように言った。小さい頃から一緒、と口の中で呟く。それなら、
「わたくしとばあやも兄弟なの? いえ、姉妹かしら? 小さい頃から一緒にいたわ」
それを聞いたエリオスは目を丸くしてラフィーナを見た。驚いた顔だ。どうして驚いているのかしら、とラフィーナは首を傾げた。
「それは少々違いますね。ラフィーナ様は小さくともばあやは大きかったでしょう? どちらかと言うと祖母と孫、のような関係でしょう」
祖母というと親の親のことだと前にクレイトスに教えてもらった。ラフィーナの親は父。
「ばあやはお父様の親なの?」
そう聞くとクレイトスは「それも少し違いますね」と困ったように笑った。よく分からない。
「……知ってはいたがなかなか難しいな」
エリオスがそう呟いた。クレイトスも同意を示すように頷く。
「そのお話は後ほどいたしましょう。どうぞ、ラフィーナ様もお入りください」
「早くしないとネストルの怒りが爆発しそうだ。まったく、我が弟ながら短気で困るよ」
エリオスは肩を竦め、部屋の中へと向かう。ラフィーナもその後に続いて入った。昨夜来た部屋だった。無駄なものは何もない部屋。エリオスの部屋のように広くなく、他に人もいない。床は硬くて冷たい。正反対。
でも、やっぱり“らしい”。
「兄上、聞こえていますよ」
ため息と共に冷めた声が聞こえた。椅子に座ったネストルが呆れたような顔をしていた。
「聞こえるように言っているんだよ」
エリオスは微笑みを浮かべて答える。
「事実だもんねー」
タリアはエリオスに笑いかける。漂う髪がふわりと揺れた。3人がこうしてちゃんと話すところを見たのは、初めてレガルディアに来た日以来だ。いや、初めてかもしれない。
「ネストル兄さまはエリオス兄さまを少しは見習ったほうがいいよ。皆怖がってるから」
「ならばお前は俺を見習え。地に足がついていないぞ」
「おや、今のはうまいね、ネストル。物理的に浮いている様子と落ち着きのない様子をかけているのだね」
「……兄上、人の発言をそのように解説しないでください。そのような意図はありません」
「もう!」と怒るタリア、笑うエリオス、呆れたようにため息をつくネストル。3人とも違う表情。だけど自然な表情。
「仲がいいのね」
ポツリと呟いたラフィーナに反応したのはタリアだった。花のような笑顔がこちらへ向く。
「兄妹だからね」
そう言えばさっきも「仲が良い」と言ったらエリオスは「兄弟のようなものだから」と行った。兄妹とは仲が良いものなのだろうか。
「姉さまだってお兄様とこんな感じでしょ?」
無邪気な笑顔のタリア。しかし他の4人の表情が硬くなるのをラフィーナは見た。あの顔はどんな意味なのかしら、と思いながらラフィーナは口を開く。
「わたくしはお兄様とそのようにお話ししたことはないわ。わたくしがお話ししてもお兄様はあまりお返事をしてくださらなかったもの」
途端、タリアはハッとしたように口元を手で押さえた。その顔が青ざめていく。どうしたのか聞こうとしたが、先に別の声が言った。
「お前は本当に無神経だな。もっと考えて発言しろ」
呆れたような声。そして呆れたような顔だった。
「ごめん……」
青ざめた顔、震える声でタリアは小さく謝罪した。それが誰に向けてのものなのか、何に対してのものなのか、ラフィーナには分からず、首を傾げた。ネストルが一瞬だけラフィーナを見る。しかしネストルは何も言わずに「で?」とエリオスへ視線を移した。




