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12.戦争と死

 朝起きて朝食を食べて勉強。昼食の後は本を読み、タリアと喋り、遊び、夕食を食べて一日を終える。そんな日を繰り返した。暑さが和らぎ、木から葉が落ち、雪が積もり、雪解けを終えた。


 それはもうすぐ花が季節を迎える日だった。



『明日ネストル様が戻られます』



 テーブルの上に散らかった紙を集めながら、クレイトスが言った。まとめた紙を整えている手を思わず止まり、テーブルの上にある視線を動かせなかった。


 寒くなり始めた頃、日常的に使う言語を帝国語にした。喋る方はまだ少し拙いが、読み書きや聞き取りは完璧。エリオスとクレイトスのお墨付きだ。


 だから、聞き間違いではない。開いた窓からぬるい風が吹き込み、髪を揺らす。視界の端に映る自分の髪の色に、ネストルの冷たい瞳を思い出した。



『ああ、もう1年だもんね。姉さまが来てもうそんなに経つんだ』



 タリアの声で浮かんでいたネストルの顔がかき消される。



『1年……』



 ラフィーナは胸の内の重みを誤魔化すようにポツリと呟いた。意識をそちらは向ける。そうだ、ここへ来たのは春の香りがする頃だった。随分と前だった気もするし、ほんのちょっとしか経っていないような気もする。



『ところで兄さまって何しに出てたの? よくどっか行ってるけど1年なんて長いのは初めてじゃない?』



 タリアの問いにクレイトスは『そうですね』と頷いた。



『簡単に申しますと、戦争の後片付けです。勝利は収めたものの、長きに渡る戦でしたので、国境の村や町では被害も大きかったのです』


『ふーん』



 タリアは自分で聞いたくせに興味のなさそうに返事をする。ラフィーナはカップに手を伸ばし、ぬるいお茶を口に含んだ。乾いていた口の中が潤う。



『センソウって何? センソウに負けたからわたくしはここに来たのでしょう?』



 ラフィーナは首を傾げた。クレイトスは『戦争は……』と少し考える素振りを見せた。



「ラフィーナ様には少し難しいかもしれませんので王国語で説明しますね」



 ラフィーナは「ええ」と頷く。新しい言葉の説明の時、聞き取ることができてもちゃんと理解するには難しい。王国語でも難しい時があるのに帝国語は尚更だ。



「戦うこと。国と国が持てる力の全てを以て殺し合うこと。それが戦争です」



 戦う。持てる力の全て。それが魔法なのかしら、と思う。



「コロシアウとはどんな意味なの?」


「人の命を奪い合うことです」


「イノチって何?」



 重ねて問うと、2人が、いや、イリスも含めた3人が驚きの表情でラフィーナを見た。ラフィーナはその視線を受けて少し戸惑う。どうして皆驚いているのだろう。



「……命とは私たち、生物の存在そのものです。命を奪うことを“殺す”と言い、命を失うことを“死”と言います」


「じゃあ存在を奪うことが殺すということなのね?」



 そう聞きながらも、それはどんなものなのだろう、と思う。存在なんて形のないものをどうやって奪うのだろうか。



「そう、ですね……」



 クレイトスはまるで悩むように言葉を濁す。微妙な間の後に返ってきたのは肯定だった。



「そのような感じです」


「命がなくなったらどうなるの?」



 それに答えたのはクレイトスではなくタリアだった。



「もう会えなくなるの。死ぬことって怖くて嫌なことなんだよ」



 死ぬことは怖くて嫌なこと。心の中で繰り返す。イメージが湧かないが、一応分かった。



『戦争は地獄だよ』



 低い声に視線を向けると、いつもニコニコしているタリアが、視線を落として暗い顔をしていた。『ジゴク』。王国語ではなんというのかしら、と考えてみたが分からなかった。


 聞こうかと迷って、ラフィーナは口を閉じた。あのタリアがこんな顔をするくらいだ。決していいものではないのだろう。



『ごめん、しんみりしちゃったね』



 その言葉と同時に体がふわりと浮いた。驚きつつも無重力の空間に身を任せる。こうして遊ぶのも珍しくない為、タリアの魔法にはすっかり慣れた。



『タリア様はいつも魔法を使っているけれど、魔力はなくならないの?』



 ずっと気になっていた。魔力というものは無尽蔵にあるわけではないとクレイトスは言った。だけどラフィーナの知る限り、タリアは常に魔法を使っている。つまり、自身の周りの重力をいつも弱めているのだ。タリアはいつもふわふわしている。初めの頃は違和感があったそれも今ではすっかり当たり前だ。



『このくらいだったら全然大丈夫だよ。いくらなんでも寝る時までは使ってないしね』


『タリア様方お三方は魔力の量が常人よりも多いですからね』



 同じように浮きながらクレイトスが言った。



『うん、魔法は母さまの遺伝だけど、これは完全に父さまの血だよね』



 母という存在をラフィーナはクレイトスに聞いて知った。ラフィーナには父と兄しかいないことが当たり前だったから。ああ、そうか、タリア達にも父と母がいるのか。そんなこと思いもしなかった。まだ会っていないからかもしれない。



『遺伝は分かるわ。同じ血を引く人から同じものを持って生まれることよね?』



 タリア達3人の髪が皆銀色なのもそれだとクレイトスが言っていた。胸を張って言ったラフィーナにタリアは笑って頷いた。



『そうそう、あたしとネストル兄さまは母さまと同じ重力を操る魔法、エリオス兄さまは父さまと同じ時間を操る魔法を使えるんだよ。時間って言っても色々制限があるみたいだけど』



 初耳だった。時間を操る。エリオス様はそんなことができるのね、と驚く。



『でも魔力の量は父さまの遺伝だよ。父さまは私達3人の誰よりも多いらしいからね』


『あのお方は特別な方ですからね。このレガルディア帝国の長い歴史の中でも他にはいないほどの魔力量をお持ちです』


『すごい方なのね』



 そう笑った時だった。微かに重力が重くなり、体が床に近付く。今日はもう終わりなのね、と思いながらもラフィーナは床へ降りる体勢をとった。

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