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「連載版」私の名前を、婚約者だけが知りませんでした   作者: 夢見叶
第7章 殿下が辺境の門を叩いた。——もう遅い

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第33話 殿下からの謁見申請を、私は辺境伯夫人として受け取った

 封蝋の紋章は、王家のものだった。


 朝、カイが「書状が届きました」と持ってきたとき、その言い方がいつもとほんの少し違った。「書状が届いた」ではなく、「書状が届きました」。丁寧な言い方の方だった。それだけで、何が来たか分かった。


「アレクシス殿下からです」


 受け取った。手が、いつもの薬草の染みと荒れを持ったままの手で、王家の封蝋に触れた。


 宛名を読んだ。


「辺境伯夫人 ミラベル・ヴェストール殿」


 誰に届いた書状か分かるのに、一瞬だけ、誰宛か分からなかった。


 自分の名前だった。正しく、一文字も違わず。私の、名前だった。


 婚約解消のときに私が送った「断り」への返答が、これだったのだと分かるのに時間はかからなかった。封を切ると、接見申請と書かれていた。殿下の名で、辺境への訪問と、功績帰属についての正式な協議の申し出。


 カイが「受け入れるかどうかは、あなたが決めることです」と言った。


 私は書状を机に置こうとして、一秒だけ手が止まった。重さが違った。紙の重さではない。この書状は、私を「受け取る側」として書かれている。送っていた側の人間が、受け取る側の宛名を書いた。


「随行員の中に」とカイが言った。「エルンスト・リーデルとあります」


 エルンスト爺やの名前が出た瞬間、手の中の書状の重さが、また変わった。


 あの人が来る。「5年間ずっと」と言ってくれた人が、この辺境まで来る。


「受け入れます」と言う前に、ベルタが入ってきた。花はもう選びましたか、と言った。謁見の迎えの花を。


 花を選ぶこと。届け先の人を思い浮かべて、その人のために選ぶこと。5年間の習慣だった。でも今日、「アレクシス殿下のための花」を思い浮かべようとして、初めて止まった。


 ——届け先の人を、思い浮かべられなかった。


 白い花にした。礼節として正しい花だったから。それだけだった。それだけになっていた。その「それだけ」が、今の自分の答えのすべてだった。



「アレクシス殿下には、やはり白い花が礼節では」


 薬草室でそう言ったとき、ベルタが小首を傾けた。


「いつも通りでいいじゃないですか。届け先の方を思い浮かべて選ぶ、あれです」


「……それができないから、悩んでいるのです」


「——ということは」


 ベルタが言葉を止めた。私も止まった。


「……白い花です」と私は言った。


 ベルタは何も言わなかった。言わないままで、白い花束を束ねるのを手伝った。その沈黙が、やわらかく、少し複雑だった。


「では、カイ様への花は」と、しばらくして言った。


「いつも通りです」と答えた。


「……なるほど」


 それだけだった。でも「なるほど」の声の温度が、ベルタが何かを分かったということを伝えていた。私が何を分かったかも、多分分かっていた。聞かなかった。聞く必要がなかった。白い花の束を持ち直して、部屋を出た。


 廊下で一度足が止まった。


 5年間、届け先の人を思い浮かべながら選んできた。それができなかった花がある、ということを、今初めて知った。



 窓から薬草園が見えた。


 午後の光が畝の上にある。辺境の土に合うよう選び直した品種が、風の向きに少しだけ揺れている。私が選んで、私が植えた。誰かの代わりとして植えたのではなく、この土地のために選んだものだ。


「受け入れます」と、声に出してみた。


 薬草の匂いの中で、自分の声がした。怖いかどうか確かめようとして、怖くなかった。怖くない、というより正確に言えば——そちらの方向を向いていなかった。アレクシス殿下が来て、何かが動く。それは事実だ。でもその何かが、今の私の居場所を揺らすとは思えなかった。


 揺らすとは思えない、ということが、また少し不思議だった。


 5年前の自分なら、こんなふうに確認する前に、すでに揺れていた。揺れないためにどうするかを考えていた。今日は確認するまで思い出さなかった。「怖いかもしれない」という心配が、来なかった。


 この場所が、私の場所だ。


 声には出さなかった。声にしなくていい言葉だった。



 夜、書斎でカイに「受け入れます」と伝えた後、彼は一通り法的な手続きを説明した。


 謁見の形式。随行員の受け入れ。功績帰属協議の日程。調査申請が出た場合の書類の扱い。一つずつ丁寧に、感情を含まない実務の声で話した。私はその声を聞きながら、白い花を選んだ今日のことを、少しだけ考えた。礼節の花と、気持ちの花は、同じ手で選んでも違う重さを持つ。


「……大丈夫ですか」


 一通り終わった後、カイが言った。一拍だけ遅れて。


「はい」と答えようとして、その一拍が気になった。カイの声が遅れたのか、私の返答が遅れたのか。分からなかった。


「——あなたは?」と聞き返してみた。


「……余計ではありません」と彼は言った。


 意味が全部伝わったかどうか分からないが、なぜか十分な気がした。いつも「余計ではありません」はこちらの言葉を受け取るときに使われる。でも今日は私の問いに対して使われた。自分は大丈夫だ、という意味にも取れた。余計な心配をさせてしまったという照れにも取れた。どちらにも取れるまま、確認しなかった。


 カイが出ていった後、薬草の帳面を開いた。在庫記録の続きに、行を一つ空けて、こう書いた。


 「受け取る側になった。」


 それだけ書いて、閉じた。



 翌朝、ベルタが廊下で待っていた。声が少し低かった。


「……王都から、噂が届きました」


「どこで」


「玄関で、御者の方が」


 侍女ルートの噂というものが、辺境にも届くことは最近知っている。


「ローエンシュタイン令嬢が——殿下との縁談を、お断りになったとか」


 その話を聞いたとき、なぜか最初に浮かんだのは殿下の顔ではなかった。


 エルンスト爺やの顔だった。


 「5年間ずっと」と言ったあの人が、なぜ今の時期に随行員として辺境に来るのか。「殿下のお供として」だけでは、まだ説明が足りない気がした。あの人は5年間、毎日何かを見ていた。見ていた人が、今ここへ来る。


 廊下の朝の光の中で、白い花の束が花瓶にあった。礼節として選んだ花が、朝の光を受けていた。


 その花が正しかったことの意味を、エルンスト爺やが来るとき、もう少しはっきり知ることになると思った。

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