第130話「同じ景色」
ゲオルグたちが立ち去り、場に残った緊張がゆっくりとほどけていく。
その中で――
サラは、カイの様子を見ていた。
ミラを何度も見ては、言葉を探すように口を開きかけて、閉じる。
剣を握るより緊張しているその背中を見て、サラは小さく息を吐いた。
(……ああ、これは)
次の瞬間。
サラはわざとらしく、足元を見て声を上げた。
「あれ?」
しゃがみ込み、地面を指差す。
「……あ、私、何か落としたかも」
ザイルが、胡散臭そうに眉を上げる。
「は? 今このタイミングでか?」
「ちょっと向こうまで一緒に来て」
有無を言わせない口調。
「暗くて見えないの。手伝って」
ザイルは一瞬、カイを見る。
そしてミラを見る。
カイの顔の赤さと、無駄に真っ直ぐな視線を見て――
「あー……」
すべてを察したように、軽く天を仰いだ。
「なるほどね。はいはい」
肩をすくめて、サラの後について歩き出す。
「ったく……」
小声で、ぼそり。
「青春ってやつかよ」
サラは、何も言わない。
ただ、少しだけ歩幅を緩めて、二人から距離を取った。
その背後で。
カイとミラの世界だけが、そっと切り離される。
「……ミラ。今、話したい。いいかな?」
ミラは一瞬だけ目を瞬かせたが、何も言わずに頷いた。
――沈黙。
さっきまで、剣戟と殺気に満ちていた空間が、嘘のように静かだった。
カイは、拳を握っては開き、また握る。
「……さっきの戦いでさ」
前置きとしては、あまりにも不器用な言葉だった。
「正直に言うと……俺、自分がどれだけ弱いか、全部分かった」
一度、言葉を探すように息を吸う。
ミラは何も言わず、ただ聞いている。
「コハルねえちゃんはすごくて」
「ゲオルグは……もっとすごくて」
「俺は、何もできなくて」
歯を食いしばる。
「それでも」
顔を上げる。
「ミラが、俺を後ろから支えてくれたとき……あの時、初めてちゃんと“前に立てた”気がした」
ミラの指先が、わずかに揺れた。
「だからさ」
カイは、真っ直ぐにミラを見る。
逃げない。誤魔化さない。
「俺……」
一瞬、喉が鳴る。
「ミラのことが、好きだ」
それは、飾り気のない言葉だった。決意表明でも、誓いでもない。
ただ、胸の奥に溜めてきたものを、そのまま外に出しただけ。
「一緒に戦ってくれたから、とか。助けてくれたから、とか」
首を振る。
「そういう理由じゃない」
「……ずっと、だ」
ミラは、すぐには答えなかった。少しだけ視線を落とし、それから――カイを見る。
その顔は、戦場で見せた“聖母のような笑み”ではなかった。
年相応の、少し照れた、柔らかい表情。
「……カイはね」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「自分のこと、弱いって言うけど。いつでも誰よりも前に立とうとする人だよ」
一歩、距離を縮める。
「私は……」
小さく息を吸う。
「カイが前を向くなら」
「その隣に立って一緒にその景色を見ていたいって、ずっと思ってた」
それだけだった。
告白というより、確認。
けれど、それで十分だった。
カイは、しばらく何も言えなかった。
そして――
堪えきれないように、笑った。
「……そっか」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。戦いの疲労も、痛みも、全部その奥に溶けていく。
「じゃあさ」
照れ隠しのように、少し視線を逸らして。
「この先も一緒に、並んでいこうぜ」
ミラは、はっきりと頷いた。
「うん。そうだね。」
短く。
けれど、迷いのない返事だった。その少し離れた場所で。
サラは何も言わず、空を見上げていた。ザイルは、あえて振り返らない。
言葉はもう、ちゃんと届いている。
それだけで、十分だった。




