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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第129話「境界線を超えて」

戦場から少し離れた場所。


 崩れた倉も、血の匂いも届かない、静かな岩場だった。


 ゲオルグは、そこで足を止めた。


「……お前たち」


 低い声に、カイたちが振り向く。剣はもう抜かれていない。敵意もない。


 ゲオルグは、まずカイを見た。


「……お前の最後の剣」


短く、だが確かな響き。


「あれはよかった。忘れるなよ。」


「数年後、お前がどれほどの男になっているか…」


 ほんの僅か、口元が緩む。


「楽しみになった」


 カイは、何も言わなかった。ただ、深く、深く頭を下げる。その言葉を、胸の奥に刻み込むように。


 次に、ゲオルグの視線がミラへ向く。


「……ミラ、だったな」

 名前を確かめるように呼ぶ。


「恐怖を与えたこと……すまなかった」


 ミラは、思わず目を見開いた。


「お前の手は人を守るためにある」

 ゲオルグは続ける。


「そのまま、健やかにあれ」


 一瞬の戸惑い。


 それから、ミラは静かに微笑んだ。


「……ありがとうございます」


 その声は、小さいが、確かだった。

 最後に、ゲオルグはサラを見る。


「お前の癒やしがなければ、この少年はここまで戦えなかっただろう」


 評価ではなく、事実として。

「あの激しい戦闘の中に迷わず飛び込む勇気、的確なヒール。騎士団でも通用する良い腕だ」


 そして、わずかに視線を落とす。


「……この二人を、頼む」


 サラは、少しだけ誇らしげに、そしてほんの少し切なそうに、頷いた。


「ええ。もちろん」

 それ以上、言葉は要らなかった。



 一方。


 少し離れた場所で、イリーナは、ザイルと向き合っていた。


 そして遠巻きに、五人の部下――ハインツ、フェルク、オットー、ザカリー、レニが、ニヤニヤと様子を窺っている。


「……ザイル、だったな」


 イリーナが、ゆっくり口を開く。


「貴公の言葉……胸に刺さった」

一瞬、言葉を探すように間を置き、


「……感謝する」

 そして、まっすぐに視線を向ける。


「またどこかでゆっくり話をしてみたいものだ」


 頬が、ほんのり赤い。


 ザイルは一瞬きょとんとし――

 次の瞬間、吹き出した。


「ははっ」

 肩をすくめる。


「今度はバトルじゃねぇよな?」

 ニヤリ。


「剣持たずに酒飲むだけなら、いつでも歓迎だぜ、副官さん」


「おいおいおい!」


 すぐさま後ろから声が飛ぶ。

「副長に春が来たぞー!」


 フェルクが大袈裟に騒ぎ立てる。


「黙れ!」


 イリーナの一喝が飛ぶが――

 その騒ぎは、別の場所でも起きていた。



「……あの、コハルさん、でしたか。」


 拘束が解けきらず、腕をさすっていたハインツが、おずおずと声をかける。


「非常に言いづらいのですが……これ、解いていただけませんか?」


「え?」


 コハルがきょとんとする。

「あ、ごめん! 忘れてた」


 パチン、と指を鳴らす。


 絡みつき鋼鉄のように硬化してきたムチはしなやかさを取り戻し拘束を解いた。自由になったハインツは、しびれた腕を一度振り――


 そのまま、真っ直ぐ頭を下げた。


「……今の戦い、見てました」

 顔を上げる。

「あなたの強さ……惚れました!」


「ちょ、ちょっと待て!」

 すかさずフェルクが割り込む。


「俺もです! 隊長とまともにやり合える人、初めて見ました! めちゃくちゃ格好いいっす!」


「俺も俺も!」


 オットーが身を乗り出す。


「というかコハルさん、俺は最初から可愛いと思ってましたからね! タイプです!」


「お前ら、落ち着け」

 ヒーラーのザカリーが首根っこを掴む。


「見苦しい」

 魔法使いのレニも無言で引き剥がす。


 コハルは、耳をぱたぱたさせながら、しばし呆然するが思わず、笑った。


「……あはは!変な人たちだね。命懸けで戦ってた相手に告白なんて」


 だが、その笑みが、ふっと消える。黄金の瞳が、三人を射抜いた。


「でも」

 静かな声。


「私は、弱いやつは嫌いだよ」

 一瞬の沈黙。


「……仲良くなりたいなら」

 少しだけ、口角を上げる。


「もっと、強くなりな」

 その言葉に、五人は一斉に背筋を伸ばした。


「じゃあ、次会ったときに勝負してください! 俺が勝ったら、お付き合いしてください!」


その青臭い宣言に、コハルはまた大爆笑した。これまでの緊張感が嘘のように、晴れやかな笑い声が倉に響く。


カイたちが待つ方へ歩き出し、ふと肩越しに振り返る。


「いいよ。……勝てたらだけどね」


悪戯っぽく笑って見せたその横顔は、いつもの「近所のねえちゃん」ではなく、誇り高き群れの長の風格を漂わせていた。



「「「はい!!」」」


 戦場には、もう剣戟の音はない。


 そこにあるのは、選ばれた道と、越えられた境界線だけだった。


 英雄は、復讐を降ろした。

 剣士は、再び道を選んだ。


 そして――

 その背には、もう一度、並び立つ影があった。

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