第128話「命令ではなく選択を」
剣を納めたまま、ゲオルグはしばらく黙って立っていた。
倒れ伏す部下たち。
血の跡。
そして――自分が、ここへ連れてきた者たちにゆっくりと、振り返る。
「……すまなかった」
低い声だった。
だが、逃げも誤魔化しもない。
「復讐に囚われ、判断を誤った。その結果、お前たちを巻き込んだ」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。あまりにも真っ直ぐな謝罪だったからだ。
「命を賭ける価値のある戦ではなかった」
視線を伏せる。
「……隊長として失格だ」
静寂。やがて、ゲオルグは顔を上げた。
「ここで解散だ」
淡々と告げ、部下たちを見渡す。
「俺はラムダのもとを去るが、ついてくる必要はない。もう、義理も忠誠も要らん。それぞれ、自分の好きな道を選べ」
それは命令ではなく、解放だった。
その時――
「……ゲオルグ様」
イリーナが、一歩前に出た。
「では、ゲオルグ様は……どうされるのですか?」
ゲオルグは、一瞬だけ空を見上げた。迷いが、ないわけではない。だが――どこか、肩の力が抜けた顔だった。
「分からん」
「何をするかも、どこへ行くかもな」
正直に、そう言った後、少しだけ、口元が緩む。遠い記憶を見るように。
「……冒険者になるのも、悪くない。子供の頃の夢だった。剣一本で、世界を歩くのもいいかもな」
その言葉に、微かなざわめきが走る。
だが――イリーナは、すぐに答えた。
「それならば私も冒険者として着いていきます」
ゲオルグが、目を瞬かせる。
「……まだ、付き合う気か」
「はい」
即答だった。
「今度は、命令ではありません」
剣を胸の前で軽く掲げる。
「自分で選びました」
「もちろん俺たちも着いて行きますよ!」
ゲオルグは、しばらくイリーナたちを見つめ――やがて、小さく息を吐いた。
「……頑固な奴らだ」
だが、その声には、確かな温度があった。
「俺はあの少年と少し話をしておきたい。お前らはどうする?」
「私も!…あの土魔法使いには少し聞きたい事があります」
少し照れたような表情を見せるイリーナに、俄かに盛り上がる五人の部下たち。
「少なくとも俺はこの簀巻きをなんとかしてもらわないと…」
コハルのムチでまだぐるぐる巻きになったハインツに思わず吹き出す一同。
「全員で行くか」
ハインツを囲んで騒ぎ出した部下たちの声を背に、ゲオルグは一度だけ、自分の大きな掌を見つめた。かつて血に汚れ、復讐の剣を握りしめていた手。
今は、驚くほど軽い。
「イリーナ」
「はい、ゲオルグ様」
「……様はやめろ。これからは、ただの冒険者仲間だ」
ゲオルグが歩き出す。その後ろを、迷いのない足取りでイリーナが追う。夕闇が迫る戦場の跡地にもう軍隊の足音はない。
そこにあるのは、自分たちの足で道を選び取った、自由な旅人たちの足音だけだった。




