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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第127話「最高の結果」

ゲオルグは、ゆっくりと剣を下ろした。


 そして――背を向ける。

 少しだけ、顔を上に向ける。


 天井を見るでもなく、ただ視線を逃がすように。大きく、長い息を吐いた。


 その声は、低く、静かだった。

「……いい剣だった」


 それだけを、残す。


 悔恨も、言い訳も、勝者の誇示もない。

 ただ、剣を交えた者への敬意だけが、そこにあった。


 そして――


 ゲオルグは、振り返らないまま、続ける。

「イリーナ」


「ここまでにするぞ」

 イリーナは、その背中を見つめていた。


 剣を握る手が、微かに震える。


 だが――

 その声に、迷いはなかった。


剣が、納められた。


 その音を合図にしたように、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


 サラは、息を整えながら、ゆっくりと周囲を見渡した。


 倒れている者たち。

 砕けた床。

 血の跡。


 ――そして。


 ミラ。


 サラは、思わず目を凝らした。

 ミラの服。髪。肌。無傷どころかどこにも、血すら付いていない。


(……やっぱり)


 胸の奥で、静かに言葉が形になる。


(この人は、最初から――私たちを殺す気なんて、無かった)


 もし本気で殺すつもりなら、カイも自分も、おそらく生きていられなかった。


 あれほどの剣を振るいながら、血の飛び方まで計算していたのだ。


(守ってる。いやそれ以上の何か…)


 サラは、そう感じた。優しさ、という言葉では足りない。


 赦しでも、同情でもない。壊さないと、最初から決めていたのだろう。


 ただ――


  サラは、ゲオルグの背中を見る。大きく、重く、そしてどこか孤独な背中。


(この人は……)


 癒すことは、できない。抱えてきたものが、あまりにも深すぎる気がした。


 それでも。

(この人は、まだ戻れる。戦う姿は救国の英雄そのものだった)


 サラは、ミラの肩にそっと手を置いた。温もりが、確かにそこにある。


 戦いは終わった。

 少なくとも――殺し合いは。



沈黙が、戦場を包んでいた。


 腰まで地面に固定されたままのイリーナは、ゆっくりと視線を動かし、隣にいる男を見る。


 土に縛られながらも、どこか気の抜けた顔で天井を見上げている魔法使い。


「……おい」


 声は、思っていたよりも静かだった。


「この魔法。解除してくれないか。もう……終わりだろう?」


 ザイルは、少しだけ目を細めた。中央では、剣が納められ、誰も動いていない。殺気も、敵意も、もうそこにはなかった。


「そうだな」


 小さく息を吐く。


「やれやれ……」


 口元に、いつもの軽い笑み。

「なんとか、誰も死なずに済んだか」

 

次の瞬間。

 

地面が、静かに軋んだ。土の拘束が、まるで溶けるように崩れていく。


 腰を締め付けていた圧が消え、重力が、ようやく“普通”に戻る。


 イリーナは、片膝をついて体勢を整え、ゆっくりと立ち上がった。剣を拾い上げるが、構えはしない。


「……礼を言うべきか?」


「いらねーよ」


 ザイルは肩をすくめる。

「貸し借りは嫌いなんでな」


 イリーナは、それ以上何も言わなかった。ただ、一度だけザイルを見て――


 背を向ける。足取りに迷いはない。

 向かう先は、ただ一人。


 一方、ザイルは大きく伸びをすると、首を鳴らした。


「っと……」


 魔力の抜けた身体は、正直に重い。だが、それでも歩く。中央を横切り、血の跡を避けながら、ゆっくりと。


 カイたちのいる方へ。


 サラがこちらに気づき、ほっとしたように息を吐く。ミラも、少しだけ表情を緩めた。


コハルもサラの治療で意識を取り戻し、笑顔でザイルを出迎える。


「……大丈夫か?」

 ザイルが、ぽつりと呟く。


 カイは、まだ立ち上がれないまま、空を見上げていた。悔しさと、満足と、言葉にならない何かが、胸の奥で混ざり合っている。


「終わったんだよな?これで良かったのか?」


 カイの言葉にザイルは、少しだけ笑った。


「帝国の英雄と、その最強の部隊を相手に誰も死なずに退けたんだ。最高の結果じゃねぇか」


 少し間を置いて、軽く肩をすくめる。


「なあ、リーダー」


 その一言で。胸の奥に絡みついていたものが、すっとほどけた。


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 剣は納められた。

 血は、これ以上流れない。

 戦いは、確かに――終わったのだ。

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