表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
138/138

幕間【粉を制するもの】

すみませんが一週間ほど投稿をお休みします。

新章となる次話は2/9からスタート!

少しだけお待ちください!

――後世の歴史家は、フェルツェン子爵領を


「剣を振るわずして人を飢えさせた土地」


と記している。


フェルツェン子爵家は、代々大きな武勲を持たぬ小貴族であった。


軍事力に乏しく、学問や行政においても特筆すべき才を残していない。


当代当主フェルツェン子爵もまた、傲慢で自意識過剰、己の才を過大に評価する一方で、現実を見通す力には著しく欠けていたとされる。


にもかかわらず――


フェルツェン領は、長く無視できぬ影響力を保ち続けた。


理由は、地理である。


帝都とアルノルト伯爵領、そしてウォーレン伯爵領を結ぶ街道の中央。


さらに大河に面し、水車を用いた製粉に適した地形。この地を押さえる者は、

小麦を挽く権利――粉挽権を握ることができた。



小麦は、そのままでは保存も流通も難しい。粉にされて初めて、都市と軍を支える糧となる。


ゆえに、フェルツェン領を通さぬ食糧流通は、事実上成り立たなかった。


アルノルト伯爵領とウォーレン伯爵領は、互いに不必要な摩擦を避けるため、長年にわたり製粉の大部分をフェルツェン領に委ねてきた。


それは妥協であり、同時に「見ないふり」でもあった。


フェルツェン子爵は、この構造を理解していた。


――正確には「利用できる」と理解していた。


粉挽の税率は徐々に引き上げられ、通行料は理由なく変動し、倉庫は「修繕中」を理由に閉ざされることが増えた。


子爵はそれを、


「正当な権利の行使」

「我が領の発展のため」


と公言して憚らなかった。


領民の評判は、極めて悪い。

重い税。

不透明な徴収。

説明のない命令。


水車の音は絶えなかったが、その恩恵が領民に還元されることは、ほとんどなかった。


それでも、誰も正面から子爵を止めなかった。


止めれば、粉が止まる。

粉が止まれば、都市が止まる。


こうしてフェルツェン子爵領は、剣を振るわず、血を流さず、しかし確実に周辺領を縛る存在となっていった。


後に起こる一連の騒動――


食糧価格の異常な高騰、

不可解な輸送遅延、

そしてある“改革者”との衝突。


そのすべては、この時すでに芽吹いていたと、歴史書は結んでいる。


力なき者が力を持ったとき、

それを抑えるのは剣ではなく、構造である。


フェルツェン子爵は、

その構造の上に、無自覚に立っていたに過ぎなかった。



――以上をもって、

フェルツェン子爵領が後に引き起こす一連の混乱の、最初期の背景についての記述を終える。


この時代、まだ誰一人として、「粉」が剣よりも多くの血を呼ぶことになるとは、想像していなかった。


だが、歴史とは常にそういうものだ。


最も静かな場所から、最も大きな歪みが生まれる。


そしてそれは、

誰もがただの成り上がりと目していた新興貴族が、経済と構造という名の刃を手に取ることで、初めて白日の下に晒されることになる。


——その詳細は、次巻以降に譲る。



『理暦アストレア史』 第三巻・追補節より

編纂:王立史学院 リュシア・フォン=アーベントロート


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ