幕間【粉を制するもの】
すみませんが一週間ほど投稿をお休みします。
新章となる次話は2/9からスタート!
少しだけお待ちください!
――後世の歴史家は、フェルツェン子爵領を
「剣を振るわずして人を飢えさせた土地」
と記している。
フェルツェン子爵家は、代々大きな武勲を持たぬ小貴族であった。
軍事力に乏しく、学問や行政においても特筆すべき才を残していない。
当代当主フェルツェン子爵もまた、傲慢で自意識過剰、己の才を過大に評価する一方で、現実を見通す力には著しく欠けていたとされる。
にもかかわらず――
フェルツェン領は、長く無視できぬ影響力を保ち続けた。
理由は、地理である。
帝都とアルノルト伯爵領、そしてウォーレン伯爵領を結ぶ街道の中央。
さらに大河に面し、水車を用いた製粉に適した地形。この地を押さえる者は、
小麦を挽く権利――粉挽権を握ることができた。
小麦は、そのままでは保存も流通も難しい。粉にされて初めて、都市と軍を支える糧となる。
ゆえに、フェルツェン領を通さぬ食糧流通は、事実上成り立たなかった。
アルノルト伯爵領とウォーレン伯爵領は、互いに不必要な摩擦を避けるため、長年にわたり製粉の大部分をフェルツェン領に委ねてきた。
それは妥協であり、同時に「見ないふり」でもあった。
フェルツェン子爵は、この構造を理解していた。
――正確には「利用できる」と理解していた。
粉挽の税率は徐々に引き上げられ、通行料は理由なく変動し、倉庫は「修繕中」を理由に閉ざされることが増えた。
子爵はそれを、
「正当な権利の行使」
「我が領の発展のため」
と公言して憚らなかった。
領民の評判は、極めて悪い。
重い税。
不透明な徴収。
説明のない命令。
水車の音は絶えなかったが、その恩恵が領民に還元されることは、ほとんどなかった。
それでも、誰も正面から子爵を止めなかった。
止めれば、粉が止まる。
粉が止まれば、都市が止まる。
こうしてフェルツェン子爵領は、剣を振るわず、血を流さず、しかし確実に周辺領を縛る存在となっていった。
後に起こる一連の騒動――
食糧価格の異常な高騰、
不可解な輸送遅延、
そしてある“改革者”との衝突。
そのすべては、この時すでに芽吹いていたと、歴史書は結んでいる。
力なき者が力を持ったとき、
それを抑えるのは剣ではなく、構造である。
フェルツェン子爵は、
その構造の上に、無自覚に立っていたに過ぎなかった。
――以上をもって、
フェルツェン子爵領が後に引き起こす一連の混乱の、最初期の背景についての記述を終える。
この時代、まだ誰一人として、「粉」が剣よりも多くの血を呼ぶことになるとは、想像していなかった。
だが、歴史とは常にそういうものだ。
最も静かな場所から、最も大きな歪みが生まれる。
そしてそれは、
誰もがただの成り上がりと目していた新興貴族が、経済と構造という名の刃を手に取ることで、初めて白日の下に晒されることになる。
——その詳細は、次巻以降に譲る。
『理暦アストレア史』 第三巻・追補節より
編纂:王立史学院 リュシア・フォン=アーベントロート




