第三十五話
レンが目を覚ましたのは、あれから丸一日以上経ってからだった。
初めて聖剣を扱ったために体がついていかず倒れたのだろうとデジレは言った。今後、レンはハインツの監督のもと騎士として、そしてアルエットの守護者としての訓練を受けることになる。
暗殺者として近づいた罪への懲罰はただひとつ。デジレの実験に付き合うこと。
言い渡したセシリアが申し訳なさそうな顔をしていたあたり重労働になりそうだが、本来ならば死罪になってもおかしくはないのだから受け入れるしかなかった。
すべてを明かした後、臣民からレンに対する反発が生まれなかったのはアルエットの人柄によるものが大きい。暗殺者を屈服させ従えた豪腕の王女としてすでに噂が広がりつつあるそうだ。
そんなアルエットは、襲撃事件に巻き込まれて怪我をした人々を見舞って回っていた。ハインツやその部下たちの働きにより幸いにも死者は出なかったが、物損も含めて街への被害は少なからずあったのだ。
街や聖殿内で人々を襲ったのはヘラルドの仲間たち――かつてレンが身を置いていた集落にいた若者たちだった。
彼らはヘラルドによって魔宝珠を飲まされていた。自我を保てていた者はほんの僅か。獣化の負担に耐えきれず、捕らえられた彼らは皆、息絶えてしまったという。
彼らもまたレンと同じように都合よく使われていたのだ。暗殺は魔宝珠を集めるための手段に過ぎなかった。
「レンが耐えられたのは、聖剣のおかげかもしれませんね」
レンのことをすっかり研究対象と見なしたデジレは、そう見解を述べた。
「精霊フランムルージュと雷槌のアーリックはかつての宿敵同士です。ずっと聖剣として武装化できなかったのも、レンの中にある魔獣の力と相殺しあっていたからではないかと。それを土壇場で扱えるようになったのは、精霊が魔獣に打ち勝ったということでしょう。精霊に力を与えたのは、まぁ、レン自身の意志の強さといったところでしょうか」
あの時は必死だったせいであまりよく覚えていないが、炎と同時に雷撃も操ることができた。神話の中で、精霊フランムルージュはアーリックを倒した際にその力を奪い取ったという。だからこそレンも同じように、精霊と魔獣の力を同時に使えるのではないかとデジレは付け足した。
「残念ながら魔獣の力はまだレンの中から消えてはいないでしょう。精霊によって沈静化させられているだけですのでくれぐれも油断しないでくださいね。もし万が一、また獣化して暴れるようなことがあれば、わたしが容赦なく息の根ごと止めてあげます」
「あぁ、よろしく頼む」
レンが頷くと、デジレは面白くもなさそうに溜め息をついた。
「その様子なら大丈夫だとは思いますけどね。アルエット様がいれば元に戻れるわけですし。ねぇ?」
からかうならせめてそういう顔をすればいいのにデジレは相変わらず無表情だった。恥ずかしさのあまりレンは口を噤んで赤くなる。
あれからアルエットは何事もなかったかのように接してくる。いや、そうしようと努めているのはわかっていた。以前はまっすぐ目を見て話していたのに、視線が合うとすっと逸らす。そしてくだらないおしゃべりを長々と続けるせいでレンからは何も言えない状態がずっと続いていた。
「別にどうでもいいですけど巻き込まれるのは嫌なんでさっさとなんとかしてくださいね」
レンと話すのが気まずくなるとアルエットはデジレに話題を振るようになっていた。確かにそれは面倒をかけて申し訳ないことだ。
「……わかった。善処する」
とは言ったものの、今ここにアルエットはいない。襲撃の騒動を聞き駆けつけた叔父たちと面会している。そうやって、ひとりで行動することも増えた。
今、レンはデジレの研究室で待機中だ。そこへ侍女がやってきて、アルエットが呼んでいると告げた。
「まぁ、騒動の当事者がいないと話になりませんからね。行きますか」
実に面倒くさそうにデジレは腰を上げた。付き添ってくれるらしい。どうでもいいと言いながら、彼女なりにアルエットを心配しているようだ。
デジレは以前、アルエットのことを嫌いじゃないと評していたが、それはきっと彼女にとって最大の賛辞なのだろう。




