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Griffe et Aile ~死神の爪と恩寵の翼~  作者: 淡路帆希
背叛の死神
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第三十一話

 金色の獣。人と獣の中間のような生き物。

 いつか見た異形のそれが再び目の前に現れた。

 けれどあの時と違うのは、アルエットが己の力を把握していること。

 そしてすぐ傍に自分以外の人がいることだ。

 アルエットは咄嗟に、後を追ってきた騎士から槍を奪い取った。そして唖然としている彼を蹴り飛ばして遠ざけ、襲いかかってきた獣の攻撃を受け止める。

「離れて! 君たちを巻き込みたくない!」

 振り下ろされた重い一撃に耐えながら、振り返ることなく背後に向かって叫んだ。

「アルエット!? どうしたの!?」

 次に聞こえたのはセシリアの声だ。彼女の傍についているニーナが悲鳴を上げた。しかしこれにも振り返って答える余裕はない。

「姉様も離れて!」

 背後にいる皆を庇い、攻撃を受け止め続ける。獣は他の者には目もくれず、アルエットだけに狙いを定めていた。

 金色の被毛。長い爪。鋭い牙。蘇ってきたようにそっくりだ。でも、何だろう。何かが違う。

 獣が唸り声を上げた。その声にはっとする。

 頭上に掲げた槍の柄を噛み砕こうと牙を立てながら、じっとアルエットを見つめる紫紺色の目。

 この目を、アルエットは知っている。

「レン……!?」

 信じられない思いだった。しかし、ひとつ気がついてみるとその変容した姿にも面差しが残っている。そして何より、ぼろぼろになっている衣服は彼が着ていたものだ。

 動揺は隙を生んだ。獣は一旦距離を取った後、殴り上げるような爪の一撃を繰り出した。

 避けられない。まともに食らう。いや、その寸前で恩寵の翼が発動し彼をばらばらに引き裂く。その光景が脳裏を過ぎった瞬間、背後から人が飛び出し獣の攻撃を阻んだ。

「殿下! お逃げください!」

 ハインツの部下、騎士のユーグだ。彼の剣は獣に素手で受け止められ、びくともしない。次にブノワが戦斧を叩きつける。これは遠く後ろまで跳んで避けられた。

 彼らはアルエットの力を知らない。もし恩寵の翼が発動した時に傍にいれば無事では済まないかもしれない。

 それに、セシリア。彼女にはこの光景が見えない。付き従っているニーナはおそらく腰を抜かしていて動けない。

 ここにいる皆を守る。そして、この獣――レンも。

 だけど、どうすればいい?

 混乱で叫び出しそうになった、その時。またひとり人影が現れた。いや、彼はずっといたのだ。上階の回廊から飛び降りてきたハインツはセシリアに駆け寄ると、その背に庇うように身構えた。

 ハインツは獣と化したレンだけでなく、別の何かも警戒しているようだった。彼の視線の先に目を向ける。

 吹き抜けの高い天井。そこに、人が張り付いていた。いいや、人と蝙蝠が混ざり合ったような何か。

「あれは賊にございます、殿下」

 セシリアを庇ったまま、ハインツが言う。

「そしてその獣は、あの者によって姿を変えられた殿下の守護者です」

「うん、わかってる。でも、どうして?」

「殿下の守護者――レンはあの賊を誘き出し、私に討たせようとした。しかしながら、誤算が。殿下がかつて倒した賊に取り込まれていた魔獣がレンに乗り移っていて、あの男によって暴走させられたのです。そしてレンの中にいる魔獣の名は――雷槌のアーリック」

 神話の時代、精霊フランムルージュによって封じられたはずの魔獣。

 デジレが言っていた魔宝珠によってその力が蘇ったのか。

「あの男、レンを殿下の御力によって惨死させ、アーリックの力を奪い取る算段のようです」

「……そういうことか」

 ハインツはレンの素性をすべて知っているようだ。レンが話したのだろうか。それは今はわからないけれど、これではっきりとした。

 この獣は間違いなくレンなのだ。

「とにかく、レンの動きを抑えなくちゃ。幸い、こっちにはハインツもいるし――」

 アルエットが言いかけた時だった。ばたばたと慌ただしく、若い衛兵が演習場に駆け込んできた。その後ろからは顔を青くした侍女が這々の体で姿を現す。

「伝令! 市中にて複数の賊が民を襲っており、賊は鼠のような化け物とのこと!」

「助けてください! 鼠のお化けが部屋に出て、同室の子が襲われたんです!」

 二人は同時にそう訴えた。

 天井に張り付く男が、にぃっと粘っこく笑う。

 戦力を分散させるため、市中と聖殿内に仲間を仕込んでいたのだ。

「ハインツ」

 真っ先に声を上げたのはセシリアだった。彼女は自分を庇うハインツにはっきりとした声音で命じる。

「あなたは市中に出て民を守って」

「しかし、セシリア様……」

「今、一番に守られるべきはわたくしではないのよ。アルエットでもないわ。どうか見誤らないで。それに、あなたなら、ひとりでも多くの民を守れる。わたくしはそう信じているのよ」

「……御意」

 穏やかなセシリアが厳しい口調でハインツに告げた。己より、そして愛する妹よりも民を想う。たとえ聖紋が偽物であっても、彼女は紛うことなくこのエテーリアの女王であった。

 主に頭を垂れたハインツは部下たちに目を向ける。

「陛下を安全な場所へお連れしろ。その後は聖殿内の賊を討て」

 言って、ハインツは衛兵を伴い外へ駆け出していった。

 残された騎士たちは命じられたもののどうすべきか迷っているようだ。

「言われた通りにして。ここはわたしだけで大丈夫。ううん、違う。わたしがやらなきゃいけないんだ」

 遠くで悲鳴が聞こえた。誰かが襲われている。それを聞いて騎士たちも意を決したように頷き、セシリアとニーナ、そして駆け込んできた侍女を庇いながら演習場から出て行く。

「アルエット、どうか無事でいて!」

 連れられていくセシリアの声。

 振り返ることなくそれに頷き、アルエットは異形と化したレンに対峙した。

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