表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Griffe et Aile ~死神の爪と恩寵の翼~  作者: 淡路帆希
背叛の死神
28/41

第二十八話

 オルガたちを連れて山を下り、管理小屋に預けていた馬に荷馬車を繋いで、小屋に住む老夫婦も伴って王都へ戻ったのは夜になってからだった。

 空を飛ぶ術で先に戻ることができたデジレにより帰りが遅れることは伝わっていたが、セシリアはそれはもう心配していた。オルガたちを連れて帰ってきたのだから、何かあったと察するは当然。今夜は一緒に寝ましょうとまるで子供のように言い張ってアルエットを連れて行ってしまった。普段の穏やかで威厳のある姿は、意識してそう振る舞っているのかもしれない。セシリアが偽の聖王だと知った今は、女神めいた美しさながらもただの人間に見えた。

 オルガたちにも慌ただしく部屋が用意され、取り残されたレンはひとり、行動に出る。

「あなたに話がある」

 レンが声を掛けたのは、セシリアの守護者――ハインツだ。今まで直接言葉を交わしたことはない。凍てついた湖のように冴え冴えと青い眼差しでレンを一瞥した彼は、デジレ以上に感情のない声で短く答えた。

「ついてこい」

 そう言ったきり、振り返りもせず歩き出す。しかしその背に隙はない。やはりこの男は敵に回したくないと思いながら、レンも黙ったまま後に続いた。

 ハインツが向かったのは薔薇の庭園の奥まったところだった。届く灯りは月光ばかりだ。男二人でこのような場所にいるのは滑稽に感じたが、そんな軽口を言えるような間柄でも雰囲気でもない。

「ここはセシリア様が大切になさっている庭だ。無断で踏み入る者はいない。――賊以外はな」

 気づいているのかいないのか、その言葉だけではわからなかった。しかし今はもう、そんなことはどうでもいい。

「俺は暗殺者としてアルエットを殺しにここへ来た。だが、今は違う」

 レンは包み隠さず告げた。ハインツは眉ひとつ動かさずそれを聞いていた。

 そう時間も置かず知れることだ。アルエットはどうにか誤魔化しきれると考えているようだが、ここではマルセルという名で通してきた以上、齟齬が生じる。レンの本当の名を知っているのはアルエットだけではなく、オルガたちやデジレもなのだから。

「今日、俺以外の何者かがアルエットを襲った。あなたは今日、どこにいた?」

「何が言いたい」

「確認したいだけだ。襲ってきた者の中に氷の術の使い手がいた。あなたのそれは、氷を操るものだろう?」

 それ、と言ってレンが視線を向けたのはハインツの腕にある聖剣。一度だけ見た武装化したその姿は、硝子のように透き通る――氷の弓矢だった。

「今朝お前に会った後はセシリア様の公務の供をしていた。他国からの使節を迎え、食事を饗してもてなした。それでは不十分か」

「いいや、それでいい」

 思っていたよりもしっかりと答えてくれたことに、レンは安堵した。

 身内以外の人間と会っている。それならば嘘はないだろう。正直、疑いたくはなかったのだ。

 彼がアルエットを襲ったのなら、それはセシリアの命ということになる。そんなことはあってほしくないと、願っていたから。

「お前は、レン・マクベインだろう。オルガ殿のもとにいたという、死んだはずの子供」

 唐突なハインツの指摘に、レンは身構えた。しかし対照的に、彼は肩の力を抜いていた。相変わらず隙は見せなかったが。

「アルエット様から届く手紙をセシリア様に読んで差し上げていたのは私だ」

 そう言ったハインツの氷の表情が、わずかに和らいだ気がした。

 セシリアからの手紙は彼の代筆だったとアルエットは言っていた。ならばその逆もまた然りというわけだ。

「生きているものとは思わなかったが、アルエット様の態度ですぐにわかった。セシリア様も同様だ。でなければ、お前のような者を受け入れたりはしない。セシリア様は妹君の望むものはなんでも叶えて差し上げたいと考えている節があるからな」

「そうか……」

 手紙には何をどんなふうに書いていたのか。わからないが、きっと面白おかしく書かれていたのだろう。こんな時だというのに笑ってしまいそうになる。

「過保護が過ぎるのは困ったものだが、私は私で、セシリア様のお望みは叶えて差し上げたいからな。もしもそれが害になるものであれば――私が斬ればいいだけだ」

 予備動作のひとつもなかった。腰の剣を素早く抜いたハインツが一気に間合いを詰めてくる。レンは咄嗟に鉄甲鈎でそれを受け止めようとした。だが、彼の剣はレンの頬をかすめ――ギィッ! と鋭い悲鳴が背後から響いた。

 薔薇の生け垣に深々と突き刺さった剣。ハインツが振り抜くと、ぼてりと音を立てて小さな塊が地面に落ちた。

「なっ、なんだこれは……!?」

 その奇怪なものの姿に、レンは一歩後退った。

 鼠だった。いいや、鼠のようなもの。異様に大きく膨らんだ頭には、人間の顔がついてた。

「使節を迎えた時に紛れ込んだ鼠だろう。セシリア様の庭を荒らすとは、許せん」

 デジレの話を思い出した。魔宝珠によって獣のように変じる人間がいる、と。

「レン・マクベイン」

 異形の鼠の遺骸を睥睨しながら、ハインツがレンの名を呼んだ。

「お前は、何者だ」

 氷の眼差しがレンに向く。射貫くように。

「今のお前はアルエット様を殺しに来た暗殺者マルセル・シクスか。それとも――」

 答え次第では鼠と同じ運命になる。そう感じながら、レンは彼の視線を真っ向から受け止め、答えた。

「俺は――アルエット・オ・エテールネルの守護者だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ