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Griffe et Aile ~死神の爪と恩寵の翼~  作者: 淡路帆希
アルエットの正体
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第十五話

 早朝に馬を借りる旨は、昨夜のうちに厩舎番に話を付けておいた。

 アルエットが遠乗りするのはそう珍しいことではないようで、厩舎番も「あぁ、いつものね」と軽い反応。普段から好き放題やっている様子が窺えた。

 部屋を出て厩舎へ向かう。王族の居住区から外へ出るための階段に、人の姿があった。小柄な体躯に団子頭。デジレだ。

「マルセル」

 レンの気配に気づいたデジレが顔を上げてその偽名を呼んだ。何かをしていた風でもない、通りかかったわけでもない、誰かを待っていたというように段に腰掛けていた彼女は立ち上がってぺこりと頭を下げた。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

 相変わらず表情筋の動きが乏しく、にこりともしない。何を考えているのか、アルエットとは違った意味でわかりにくい少女だ。

「今日はアルエット様とお出かけだそうですね。わたしはお留守番なので、よろしくお願いします。それと――」

 言いながら、デジレはレンの前に拳を突き出し、手のひらを上にして開いた。その小さな手に載っていたのはカエル、のようなもの。木片をナイフで削ったような作り物だ。

「これ、あげます。先日お菓子を頂いたお礼です」

 うわ、いらない。

 とは思ったが口には出さない。なるべく自然に見える笑顔を作って受け取った。

「ありがとう。これはデジレが作ったのか? 器用なんだな」

「ええ、まぁ。お守りみたいなもんだと思っといてください」

 無表情ながら得意げなデジレ。彼女に怪しまれるわけにはいかないのだから、もう少し機嫌を取っておく。

「嬉しいよ。縁起物だもんな、カエル」

「猫ですが?」

「……」

「猫ですが?」

「……わかった、悪かった」

 謝ったが内心腑に落ちない。だって頭から出ている二つの出っ張りに目らしき小さな輝石が埋め込まれている。この出っ張りは耳のつもりだったのか。あと猫だと言い張るならせめて尻尾つけろ。

 言いたい文句を全部ぐっと我慢して謝る。しかしデジレは拗ねてしまったのか、ぷいっと横を向くと不機嫌そうに足音を立てて去って行った。

 とはいえ、怪しまれた様子はない。ひとまず安堵し、カエル――もとい、猫を懐に仕舞って屋外へ出る。すると、そこでまた意外な人物と鉢合わせた。

「あら、そこに誰かいるの?」

 薄く朝靄の立つ中、聖王セシリアは女神めいた佇まいでそこにいた。庭園で散歩でもしていたのか、薄着に外套を羽織っただけの軽装で、髪にはまだ朝露の残る白薔薇が一輪飾られている。すぐ隣には寄り添うようにハインツの姿があり、セシリアは彼の腕に頼りながら、障害物を避けるための細い杖を持って歩いていた。

「おはようございます、陛下」

「まぁ、マルセルね。おはよう。アルエットはいないの?」

 問われ、言葉に詰まる。今日の外出は姉様には秘密にしていて、とアルエットは言っていた。レンとしてもそのほうが好都合である。

 沈黙は一瞬。ふっとセシリアが笑い、空気が和らいだ。

「いいのよ、わかるわ。また何か、無理なお願いをされているのね」

 さすが察しが良い。彼女は困ったように微笑むと、小さな溜め息をひとつ零した。

「あまり心配しすぎて窮屈な思いをさせるのはいけないとはわかっているのよ。でも、あの子はたったひとりの妹だから……。どうか、傍にいて守ってあげてね」

 そう言い残し、セシリアは去って行った。すれ違いざま、ハインツと目が合う。鋭く厳しい眼差し。他の騎士たちと違い、彼はただの一度も隙を見せたことがなかった。この男だけは真正面から勝負して勝てるかどうかわからない。そういう意味でも、離れた場所で暗殺を実行できるこの好機を活かさなければ。




 馬具を整えた馬を二頭連れ、門へと向かう。アルエットはすでにそこで待っていて、門柱に背を預けていた。レンの姿に気づいた彼女はぷくっと頬を膨らませる。

「もう、遅いよ」

「申し訳ありません。少し手間取ったので」

「嘘、冗談だよ。わたしも今来たとこ」

 一転、にこにこと楽しそうに笑ったアルエットだが、レンはその出で立ちを見て首を傾げた。

 いつもと変わらないスカート姿だ。しかし厩舎番が用意してくれたアルエットの馬の鞍は通常のもの。

 普通、女性が馬に乗る時は跨がらず、足を揃えて横向きに座る。鞍も専用のものがある。しかし厩舎番は慣れた様子で通常の鞍を載せたので、てっきり乗馬に適した服装で来るものだと思っていた。

 レンが訝しんでいると、それを察したのかアルエットは思わぬ行動に出た。おもむろにスカートの裾を両手で掴んで、がばっと持ち上げたのだ。

「なっ……!?」

 慌てて目を背ける。しかし視界の端ではしっかり見えていて――

「は?」

 思わず声が出た。スカートの下にあったのは下着ではなく騎馬用のズボンとブーツという装備だった。

「びっくりした? ねぇ、びっくりした?」

 レンの反応にそれはそれは嬉しそうだ。もう十六だというのに子供みたいな悪戯をする。

 熱くなった顔をごまかすようにレンは咳払いをひとつして、眉間に皺を寄せた。

「殿下、少しは淑女として恥じらいを持ったらどうですか」

「……わたしのこと、女の子だって思ってくれるの?」

「当たり前でしょう?」

 何言ってんだこいつ、という内心の言葉は飲み込む。しかしアルエットはより一層嬉しそうに笑うと、下ろしたスカートの裾を軽く摘まんで淑女らしく一礼した。

「今日は一日よろしくね、わたしの守護者くん」

「はぁ……?」

 やはり何を考えているのかわからない。

 だが、冷静さを取り戻したレンの意識は別のところに向いていた。

 アルエットの腰に提げられた細身の長剣。護身用といったところか。街の外へ出るのだから別におかしくはない。むしろ今までが無防備すぎたくらいだ。

 この程度は想定済み。任務に支障はない。

「さぁ行こう。昼頃には着きたいからね」

 補助なしでひらりと軽快に騎乗したアルエットが馬首を門の外へ向ける。

 そこが死地になるであろうなどとは、思ってもいないだろう。

 彼女を守るものは彼女自身の他にない。

 簡単だ。必ず殺れる。

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