第十四話
暗殺の標的とその依頼主は、近しい間柄であることが多い。
肉親――それも、親子や兄弟の間で命の取り合いが行われる。
アルエットの両親はすでに薨去しており、セシリアと姉妹二人きりの家族だ。兄弟間の王位争いであるなら、下位の者――弟や妹が兄や姉を排除したがるという構図はわかりやすい。
だが、セシリアは聖紋という揺るぎない証を持つ聖王。アルエットが彼女の命を狙うのならわかるが、逆であるなら動悸がわからない。
他の親族はどうか。先王の弟ロドルフと王妃の兄ナサニエル。
騎士たちが疑惑の目で見ているのはロドルフだ。先王の死に関わったかもしれない、と。今はエテーリア南部の一帯を治める大公だそうだ。
彼なら動悸がある。セシリアは未婚で子がいない。もしアルエットがいなくなれば、セシリアと最も近い血縁者は彼だ。
ナサニエルも同様である。彼自身は王家の血統ではない。しかし彼に息子や娘がいるのなら、セシリアたちの従兄弟ということになる。現聖王――セシリア亡き後、聖紋をその身に得る可能性はあるのだ。アルエットがいなくなれば確率はより高くなる。
だが、であれば姉妹同時に消さなければ意味がない。セシリアが子を持てばその子供たちがまた邪魔になるのだから。
二人は姪たちをよく訪ねてくるようだった。ロドルフに至っては元々ここが彼の居城でもあったわけだから自室もある。
聖殿内で二人の姿が見えると、レンは視界の端でその様子を窺った。
ロドルフは、どういうわけか菜園や庭園に出入りするのをよく見かけた。そして物陰で園丁と顔をつきあわせて話す姿も。
ビロードの上等な上着を着た大公と、土で汚れた年老いた園丁。見てくれも身分も釣り合わない二人だ。平民とも親しげに接するアルエットのような例もあるが、ロドルフはいかにも気位の高い貴族然としていて、奇妙な組み合わせに見えた。
一方、ナサニエルは聖殿内で最も神聖な場所である拝殿に足繁く通っているようだった。
亡くなった先王の王妃は彼の妹だ。拝殿にはその肖像画が掲げられている。若くして失った妹の冥福を祈っているのか。その思いは、レンにはわかる気がした。
「ねぇ、お願いがあるんだけど。明日は少し遠出をしたいんだ」
自身の夕食後、デジレが食堂へ行くのを見送ったアルエットはレンの腕を掴んで物陰に引っ張り込み、こそこそと耳打ちしてきた。
守護者となって以降、あっちこっちにひっぱり回されている。もうすっかり慣れたものだ。
「構いませんが、どちらに?」
「山」
「山、ですか?」
いや、やっぱり慣れない。思わず問い返してしまった。何を言い出すんだこの姫君は。
しかしアルエットは屈託ない様子で、うんと頷く。
「裏の山、あるでしょ?」
そう言われ、レンは納得した。
聖都の外郭壁の外、聖殿から見て裏手には森林が広がっている。起伏もあり、山と言えなくもない。そこは王家が管理する森で、聖殿内の菜園では確保できない山菜類を採ったり、時には狩猟したりする。要するに広い裏庭だが、規模は大きい。迂回して一周するとなれば馬を使っても日をまたぐことになるだろう。
「山道の入り口に管理小屋があるから、そこまで馬で行けば夜までには帰ってこられるよ。山って言っても散策できるくらいには整えられてるから。ねぇ、いいでしょ?」
「承知しました。では明朝、馬を借りて用意しておきます。殿下と俺と、デジレの分でよろしいですか?」
アルエットの目的はわからない。狩猟でもしたいのか、姫君らしく野花でも見たいのか。彼女の場合はどちらもあり得そうだが、今のレンは従順な守護者だ。下手に詮索はしない。
しかし、確認のためのレンの問いに彼女は首を横に振った。
「ううん、馬は二頭でいい。デジレは馬に乗れないから。それに、どうしてもね、マルセルと二人で行きたいんだ。だから姉様たちには内緒にしてて。街の外に出るのは心配だって、あんまり良い顔されないんだよね」
偽りの名で呼び、懇願するように顔を近づけてくる。太陽のような金色の目に映り込んだレンの表情がわずかに揺らいだ。
降って湧いたような好機だ。彼女の意図がわからない以上、油断するつもりはないが、ここで仕留めるしかない。
「わかりました。御供致しましょう」
レンが頷くと、アルエットは軽く飛び跳ねて喜んだ。
「やった。じゃあ、また明日ね。絶対来てね。――信じてるから」
自室へ戻る去り際に、彼女が残した言葉。ぎくりと心臓が震えた。
そう言ったきり『彼』はいなくなった。遠ざかるアルエットの背中へ無意識に手を伸ばしかけ――拳を握る。
失ったものは取り戻せないんだ。思い出に縋って追い求め、泣いて喚いても戻ってこない。わかっている。
わかっているのに、アルエットの影が、凜とした少年の形に見えてしまう。
その幻覚を振り払うため、レンは握った拳の中、手のひらに強く爪を食い込ませた。




