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夜明けまで恋して  作者: 鴉野 兄貴
第一章。深夜の酒場にて

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夜明けまでの恋

 「……どうして来てくれなかったんですか」

信子は洋蔵に問いかけた。


 「奥さんがいるの、知ってました」

「……君は幸せになるべきだった」


 手も、握ったことが無い。

教師と。生徒。


 「幸せ。ですよ。恋は一度きりでしたが、夫は私を大事にしてくれます。

息子は、なんとか大学を留年せずに卒業できそうです。娘はもうすぐ結婚します」


 そうか。

洋蔵はそう呟くと、震える手で杯を握る。


 「……素直に言う。君が好きだ」「……私もです」

これまでも。これからも。


 「だから、幸せになり続けなさい」

それが、最大にして。唯一の復讐。


 「……みんな、『懐かしいね』とか言ってましたね」

あんなに酷いことをした覚えは。無いらしい。


 「人間の記憶なんてそんなものさ」

後悔は酒に溶かしてしまえ。呑めないなら寝て忘れてしまえ。


 「判るよね」「子供じゃないんですよ? 」

洋蔵の瞳に映る信子は、あのころのままだ。


 「抱いてくれますか? 」

「もう。勃起(た)たないよ」

ふっと笑いあう。お互いウソが見抜けない歳じゃない。


 「うそつき」

そういって一口。信子。


 「ウソでいいさ」

また一口。洋蔵。


 「誰に抱かれても、ぼくは君が好きだ」

「……嬉しいです」


 女将は何も聞かない振りをしている。

「わたし、幸せになりつづけます」「ああ。私もだ」


 「幸せになってください」

「誰に言っているんだい? ぼくは君の幸せが、幸せだ」

すべてを失って、判ったこと。


 「……もうすぐ。夜が明けるね」

「ふふふ。久しぶりに徹夜しちゃいましたね」


 二人は「お勘定」と呟き、会計を済ませて店を出る。

すっと信子の手が洋蔵の手を握った。


 駅まで歩く。二人。駅までは10分ほども無い。

夜明けまでの時間を惜しむように。今だけ。今だけの気持ちを。


 「……京都側なんです」

「ぼくは、大阪側」


 「また、会えますか。……先生」

「ああ。白川君」


ウソだ。信子もわかっている。これが最後。

「先生、お幸せに」

「ああ。もちろんさ」


 二人は、お互いの幸せに向かって歩く。

夜明けまでの短い。短い恋の物語。

……お酒が抜けるまでの。物語。


夜明けまで。恋して。


(第一話。完)

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