恋の神風(ただし自転車)
とまらない。由紀子は恐怖の表情を浮かべながら自転車を走らせる。
ブレーキが吹っ飛んだオンボロ自転車は由紀子を乗せて大阪の細い道を爆走していく。
「とまってええええええええええぇぇぇぇっっ?!!!!!!! 」
何とかハンドルを操って老婆の背中への衝突を避けた由紀子だが、自転車はありえない高機動を描いた。
由紀子は知らないがドリフト走行に近い。即ちスピードはそのまま角を曲がった。
「いやああああああああああぁぁぁぁ 」
冗談みたいな光景だが、由紀子にとってはジェットコースター並みに怖い。
そもそも由紀子は早いものが苦手だ。
「何やってるの。由紀子さん」
猫のように首を持たれる。服がびりっと破れた。
「その声は久さん」「よっ」
由紀子の乗っていた自転車は派手な音を立てて木でできた電信柱に激突した。
「服」「うん? 」
「弁償してください」
由紀子はやっぱり理不尽だった。
「……」
久の作業服を制服の上から着て久を睨みつける由紀子。
下着と作業ズボンだけの久。所在げなくキョロキョロと周りを見渡す。この辺は周囲の目が良く光っている。
「おーい。ヒサ坊。その子は妹かっ?! 」「あほう! 」久は真っ赤になって叫んだ。
「おいおい。こんな小さい妹がいるなんて聞いて無いぞ。紹介しろよ。久」「莫迦」
周囲のおっちゃんおばちゃんが声をかけてくる。ぶっ壊れた自転車は見知らぬおっちゃんが持って行った。
「あ、この自転車は治しておくから」
ちょっとまっとけや。そのおっちゃんは由紀子にそう言い放つと。
「久。妹さんと話して来いよ」
そういって、おっちゃんはウインクした。粋なおっちゃんだ。
「助けてくれてありがとうございました」「先に言えよ」
お互い、視線も交わさない。そもそも二人の表情からして不機嫌そのものだ。
誰がどう見ても仲がよさそうに見えない。
「その。これ」「はい? 」
由紀子が差し出した手紙には切手が張っていない。
「先日は御免なさい。待ち合わせ場所。届いてなかったんです」「あっそ」
あっそってなんですか。由紀子はカチンと来たが久には悪気はまったく無い。
元々こういうのには鈍いタイプだ。職人生活が長いので口数も少ない。
「ふんふん。楽しみに待っています。か」いつの間にか封筒の中身を奪い取っていた久。
真っ赤になった由紀子が取り戻そうとするが悲しいかな体格の差。
久が手を上に伸ばせば当然届くことは無い。由紀子はどうみても小学生だし。
「かえしてっ?! 返しなさいっ?! 」「俺に宛てられた手紙だし」
「ふむふむ。意外と楽しみにしてたんだな。悪いことしたなぁ」「社交辞令ですっ?! 」
由紀子の蹴りが久の脛に入った。
「どんな女だ」「ふん」
空手の有段者に蹴りを入れる小学生にしか見えない25歳女子は制服を隠すように作業服を纏いなおした。
「お詫びを言いに来たら」「それでもお侘びかよ。おかしいだろ」
「久さんがおかしいんです」「いや」
由紀子は久を涙目でにらみつけた。からかいが過ぎたらしいことに気がついた久は黙る。
「おーい! ヒサ坊ッ! 自転車治ったぞッ! 」
ニコニコ笑うおっちゃん。彼が持ってきた自転車には。
何故か、後部に鉄板で作られた座席があった。
「なんで俺がお前の家まで送っていかないとダメなんだ」「この姿で帰れるとおもうのですかっ?! 」
悪態を交し合う二人を載せた自転車は喧騒渦巻く路地を駆け抜け、三国にある由紀子の居候先の姉の家に向かった。
軽快なベルの音をのこして。




